洛西小倉山
一
「小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびの
御幸またなん」と、
貞信公が詠じた。「小倉山麓の寺の
入相にあらぬ
音ながらまがふ
雁がね」とよんだのは
俊成だし、「小倉山麓の里に木の葉散れば
梢にはるゝ月をみるかな」と、歌ったのは
西行法師だ。
その小倉山であった。
中腹の
厭離庵の、ぼろぼろに朽ちた縁に、
紅雀のような
格好に押し並んで、べちゃべちゃ
喋舌っているのは、一条堀川の
足利直冬邸の侍女どもだった。
老女の
枳殻は、渋茶をすゝって、さも渋そうに顔をしかめたが、
「おゝ
美味し!」
と、つぶやいた。
尼が、
「濃すぎましたか?」
と、きくと、庭に立っていた
舜髄が、おお声に笑って、老女
枳殻へ、
「疲れのなおる
妙薬じゃ。元気を出して、てっぺんまで登ろうではござらぬか」
と、去った。枳殻は、あわてたように手をふった。
「もうもう結構! 腰が板みたいでございます」
「ほう、見かけによらぬ弱いお腰じゃの」
「まあ、
厭らし! 山坂は馴れませぬものを──」
「はゝゝ山というほどの山でもござらぬに、たいそうらしい。
敷妙どのさえ、おのぼりじゃ」
「おほゝゝゝ敷妙さまこそ、お達者でいらっしゃいまする。なにぶんにも、
館さまのお
躾けが、おきびしゅうございますによってな」
「ほい、これは
御挨拶だのう」
珍らしく
和やかな天気で、うらゝかな空からそゝぐ
陽光には、まるで
桜花でもふくらみそうな
温みがあった。
一昨日までのひどい寒さをおもうと、まったく無気味なほどの
激変だったが、それだけに
遊山日和としては申分なかった。
「でも、これから上の方に、何かあるのでございますか?」
「
時雨亭という、こわれかけた
亭が一つあるきりでござるが、そこもやはり
定家卿の別荘跡で、眺めのよろしいことは、お話しがお
辞儀をいたす」
「でも、
餘寒もすぎぬきのう今日では、花が咲いておるではなし、
紅葉が色づいておるでもなし。
風流心のない私どもが参ったとて──のうそなたたち」
と、老女は、腰元どもを
顧みた。
「ほんにさようでございますなあ」
と、一人が答えると、もう一人が、
「定家卿なら、さきほどお墓へおまいりいたしましたゆえ、またの御別荘の跡とやらまでは、
拝まずともでございます。のう千鳥どの」
「そうともそうとも。
早苗どのの申すとおりでございます。それにさっき承わったところでは、この
厭離庵とやらもやっぱり、昔は定家卿の御別荘で、小倉百人一首は、こゝで
撰まれたということでございますもの、私どもはもう、こゝだけで
堪能いたしました」
と、一人が云った。
舜髄が、
「はゝゝゝ揃ってお尻の重いことじゃ」
と、笑って、
「そんなら精々どっちりと、お腰をすえて、待ってござれ。たゞし
縁板だけは、ゆがめないようにの」
いつになく下がかりの
冗口をきいて、庭から出て行った。
二
庵の
尼が、
「お
気朗らかな御僧じゃ」
と、つぶやいた。
「お部屋様の兄御でございます」
と、老女が云った。
「いずれの
所化でおわすかのう?」
「天竜寺の僧でございます。舜髄と申されますが、若い
器量よしの手代をつれて、お部屋様と御一緒に登ってゆかれましたのが、堺の
大商人で、
唐土屋伽羅作という方で、あれも、お部屋様の兄御でございます」
「そんなら御兄弟三人が、お
睦まじく旧跡めぐりの
御遊山、というわけじゃ、結構なことでござりますの」
「きょうは朝から方々のお寺めぐり、お墓めぐりで、よい加減のところまでは、物珍らしくも思いましたけれど、足のひらに豆が出来ますと、お供は
辛うございますよ。でもまあ
久方ぶりで、のんびりとすがすがしい気持ちになれました。去年の秋から急に世の中が
物騒になり、戦ははじまるし矢たら無しょうに火事があり、空ではお星さまが
諍いなさるかして、今にも京へ敵の軍勢が攻めのぼって、
市中が焼野の原にもなりそうな話ばかり──毎日おびえておりましたが、ありがたいことには四
条縄手とやらで、楠どの御兄弟が戦死なされて、味方は大勝利──もうもうなんの心配もなく、枕を高う
睡れるとのことで、ほっと
安堵のおもいをいたしましたのが
一昨日でございます。こうして物見
遊山に出かけてまいるなど、ほんに夢のようでございますぞや」
庵の尼は、うなずきながら聞いていたが、
「戦さは、
厭わしい厭わしい!」
と、
独り
語ちた。そして、
「楠の御二代目も──討死なされた!」
味気なげに、そう呟やいて眼をとじた。
「南無阿弥陀仏」
山頂に近い
時雨亭へむかって、舜髄は登っていった。
「露霜の小倉の里に
家居してほさでも袖の朽ちぬべきかな」「忍ばれん物とはなしに小倉山
軒端の松に馴れて久しき」と、定家卿の詠んだ歌を、口ずさみながら登って行った。古井戸、柳の水は、その昔、歌の
聖の定家卿が
筆硯のために汲んだ井戸の
址で、またの名を
硯の水とも呼ばれていた。舜髄はその井戸をひとめぐりして、それから一度、下の厭離庵の方をながめてから、
小径を、竹林の茂みへ入った。やがて竹がつきると、老松の
巨きな幹がわだかまった。小倉山は、
隠掠山とも書かれたくらい、樹木が、奥暗いまで生え茂っていた。落葉する木々が梢をむきだしている冬ながら、
亭の
四辺はかなり濃い
陰影になっていた。
「兄者──」
と、声大きく舜髄が呼んだ。
風や雨に
曝れ荒らびた
亭のなかから、
唐土屋伽羅作が現われた。そして、
「どうじゃ──紅葉のない紅葉山も、わるくはないのう」
と、云いながら手招きした。
舜髄は、近づいて、
「いかゞ?」
訊ねると、
眉根を寄せて、
「難かしい!」
と、
伽羅作が答えた。
三
舜髄と、その兄の伽羅作とは、六本杉の
怪異の作者だった。怪異を作りだした
立作者はむろん
虎夜叉正儀だが、それをたすけて、なくては叶わぬ
助をつとめた
脇作者は、この兄弟であった。
大塔宮のおん崇りが、
仁和寺の六本杉の上に、天狗評議をひらかせ、
御外戚峯の僧正の霊が、副将軍
直義の北の方の腹から男子となって産まれ出るし、一方では忠円僧正が
高師直、
師泰に、また
知教上人は上杉、畠山にのりうつって乱をおこすことになった、という
作為は、むしろ作者の予期以上にも反響をもたらして、その
凶々しい
木魂が京都を、まっさおに
震撼させたのであった。
で、いま、この兄弟は、なにか第二の怪異でも作ろうとしているのだろうか?
きのうの夕がた、
唐土屋伽羅作は、
艫太郎と呼ばれる年若な手代をつれて、
反橋の直冬邸に現われた。四条畷合戦の大勝利を、祝うために、しこたま祝儀物をとゝのえて
伺候したという形だった。
屋敷の家老、
横溝平馬は、
「
堺から、お早々と、それはそれは!」
重たそうな金銀づつみを、進物台に見つけるがいなや、
眼尻の
皺に
相好をくずしたが、じきにわざわざ
渋面をこしらえて、
「
狒々館の大将が、あの
でかいお鼻を、どんなに高々と、太々と、うごめかしたり、
脹らましたりされるかと思うと、
癪で、癪で、我慢ならん! えゝっ我慢がならん! めでたくも、嬉しくもないっ!」
「ひゝゝゝゝ!」
いち早く笑いだしたのは、
丹那市之進で、
「我慢がならんなら、泣くなり
喚くなり、遊ばせだ」
例によって酒気満々。
「なにを!」
「えひゝゝ六条河原で、さらし首のお
通夜でもなさるかな?」
「おのれ、また喰らっておる!」
「
御念にゃ及ぶ。あなたは不芽出度くも、こなたは芽出度いのだ。こう、平馬殿っ! 勝ったからこそ御勝手な熱も吹けようが、これが敗けて御覧じろ、今ごろは、跳ねても吠えても追いつかん」
「馬鹿を申せ。五万の兵が負けてたまるか」
「馬鹿をおっしゃい。相手は楠だ。その首とれば師直様々──正行どのゝ首を持って、明日は一たん
凱旋なさるという。足利万歳、高万歳──われ等も万歳、酒も万歳──
内輪喧嘩は中休み、
万歳楽ウだ、オヤハオヤ! ヨイとこ、どっこい、オヤはおや!」
と、
手拍子、足拍子で踊りだしたので平馬はあっけにとられたし、侍たちはどっと笑いはやした。で、夜は、直冬から許しが出て、
遠侍では、
唐土屋持参の
祝儀樽の鏡をぬいた。いかに師直は憎くとも、めでたいことに
偽はなかったから、にぎやかな戦勝祝い。
舜髄も天竜寺からやって来て、夜がふけたので、伽羅作と一緒に屋敷に泊まった。そして今朝は、伽羅作が、
洛外の旧跡めぐりをしたいと云いだして、案内役は舜髄。
お部屋の
敷妙も、二人の兄と共に、出かけることになった。都の西の郊外は初めてだというし、特別な上天気でもあったし、そこに何らの不自然さはなかったのであった。
四
定家卿山荘の
遺蹟、
時雨亭の中では、敷妙が、悲しそうにすゝり泣いていた。
そばに、
唐土屋の手代が、きりゝと締まった
凛々しい美貌を、さも困ったらしく曇らせながら腕ぐみをしていた。
いくたび建て直されたものか解らぬが、その
都度、小さく、
粗末になって、今は雨露の洩るにまかせた
爾たる無住の小舎だった。
木目の
曝れ高まった板の間に、けばけばしい
唐衣の袖をはわせて、敷妙は、二人の兄が入ってきても、突っぷした顔をもたげずにいた。伽羅作と舜髄は、手代の
艫太郎よりも
下座にすわった。こんな
破れ小舎で、下座も上座もないようなものだが、しかし
訝しなことは、それだけではなく、舜髄が、
「困りましたのう、お身さまが手をお焼きのようでは──」
と、云ったし、主人である唐土屋までが、
ともかくも、いま一度、あなたから、
因果をふくめて頂きたい」
と、頭をさげた。
これでは明らかに、
手代艫太郎などというのは、人を偽る仮の名であることがわかる。
「いや、二度でも三度でも申す」
「どうぞ
納得の参りますように──」
と、伽羅作の
頭が、ふたゝび下がった。
「敷妙どのゝ
頭が、縦に動くまでは、いくたびでも申そう」
そのとき、敷妙が、涙にぬらした
艶やかな顔をあげて、
「
梶丸どの──」
と、呼んだ。
梶丸! 唐土屋の手代に
変装して、京都へ入り込んだのは、虎夜叉正儀の
股肱の
近豎、
尾鷲梶丸だったのである。
だが──いうならば
神出鬼没!
ほとんど
端睨を許さぬ行動だ。
なぜかなら、
正行戦死の
詳報が、東条の城にとゞいた六日の朝、
和泉槇尾山なる
興良親王と
准后親房卿のもとへ、その悲しむべき報らせを運んで、もはや危急のせまった吉野の
行宮を
遷し奉らんがために、さながら
疾風のごとく駒をやる虎夜叉に
扈従して、自分も馬を走らせた梶丸だったし、虎夜叉が
槇尾城の客殿で、親房卿と語っている間、
入側の外の廊にうずくまっていたのも、梶丸だったのである。
それが、翌くる七日の夕がたには、堺の唐土屋と共に、その手代艫太郎として、足利直冬の堀川邸にあらわれたのだ。そして──
梶丸は、今、
「
御得心か?」
と、敷妙の顔を見返した。
「いゝえ」
首は、横に振られた。
「いゝえ、では済まぬ。済みますまい!」
「でも──」
「でも──
厭と、いわるゝか?」
「わたしの身に叶うことならば──」
「叶うことだ。ぴったりと
適うことでござるぞ!」
「まあ! ぴったりと適うなどと──そりゃ
酷、梶丸どの! あんまりでございます」
「いやいや、
酷いことや出来ぬことを、ついぞ一度もおっしゃったためしない殿でござる」
わきから舜髄が、
「のう敷妙。覚悟のほぞを固めに固めて、直冬の
愛妾になっておる身ではないか!」
と、言葉を添えた。
五
敷妙は、うらみ侘ぶるという目つきで、
「もうそれだけで精いっぱいじゃ!」
と、舜髄へ、投げ返すように云った。だが舜髄も、すぐに応じた。
「なんのなんの! 忠義のために
操をすてゝ、朝敵の
寵女になってから、すでに一年半もすぎた。おのが
淫らからというではなし、それが大きなお役に立つならば、この上にも
肉体を汚したとて、五十歩、百歩じゃ」
伽羅作が、手をうって、
「そうだ! 五十歩、百歩だ」
梶丸も、
「確かに!」
そう云った時、敷妙は、金糸銀糸のまばゆいような
浮線綾の胸を、白い手でおさえつゝ、きっとなって、
「梶丸どのは、女心を知らぬ。兵法武芸はお達者でも、まだ恋知らずの若衆では、
遣瀬ないわたしの悩みが、どうまあ汲めよう!
東条の殿のお言葉とあれば、出来まするかぎりは、なんでとやこう申しましょう。二つを二つとも叶いませぬとは、お答えいたしませぬぞえ。一つの方は──
正行の殿のお首の方は──いかようにも働くつもりでおりまするし、まあこの方ならば、どうやら
成就の
めども見えますけれど、も一つの方は──そりや
御難題でございます、御無理でございまする」
と、そう云いきると梶丸は、
「敷妙どの!」
鋭い
声音で、
「御難題とは、なに事ぞっ!」
と、叫んだ。
舜髄は、起ちあがって、
亭の外へ出た。見張るためだった。伽羅作もまた、外に気をくばりながら、だが、妹の面持ちを、はげしく眺めた。
梶丸は、一層するどく、
「おん身にも似合わぬ
返辞を、よくも聞かせた! ああさようか、然らばで──この梶丸が立ち戻って、復命できると思わるゝか? 弱年ながら殿のお
見立こうむって、お使者にまいったそれがしでござるぞ!」
「もし! 死ねとおっしゃるなら、
歓んで死にもいたしましょうが、こればっかりは御難題──」
「えゝっ殿の
御苦衷が、おん身に
解せぬとは情けない。一身一家のかりそめな、
喜憂利害のみにかゝわるなら、いやもよかろう、叶わぬでもよい。恋の辛さに負けようと、女心を立てようと、そりゃ何とでも御勝手なれど、ことがらは恐れおゝくも吉野なる、朝廷の
御安泰か
否かの
岐れ
路にもかゝわる! さ、なにが無理か? なにが
無体か?」
「おゝ!」
と、敷妙は苦しげに
呻いた。
梶丸も、こゝ
懸命のせつない汗を、じっとり
額ににじませながら、
「おん兄上お二人と、二千の将兵を失っても、なお
自若として立たせらるゝ我が殿の、世にも悲壮なお心を──これさ、敷妙どの、おん身は──おん身は──」
声がふるえ、言葉が
出詰まると、たちまち
泪が、はらはらと
澪れ落ちた。
「なんと感じるのだ? 感じないのか?」
と、たゝみかけられて、敷妙は、こらえきれずに、わっと泣き倒れた。
伽羅作も、鼻をつまらせて云った。
「一天万乗の、大君のおん為めじゃ、
忍んでくれ!」
六条河原から清涼寺へ
一
「押すな、押すな、あ痛、たゝ、つゝ足も、足も──足も
体のうちだあ!」
「あゝ痛いっ! 痛いというたら、踏まんどいてくれ!」
「あぶない、つぶれるつぶれる!」
「あれもう、小さいのが居るわいなあ!」
「痛いよう!」
「
細少いのをつれて来るのが間違いだ、
失せろ失せろ!」
「あゝ苦し!
去のうにも動けぬわいのう!」
「こう、
頭が高い、あたまが
邪魔だぞう!」
「ちゞまれちゞまれ!」
「造りつけだい!」
「
烏帽子をぬげやい!」
「
頭巾をとれっ!」
「押すなと申すに、
反吐が出るぞお!」
「き、き、
穢ねえ奴だ、やりきれん、
退け退けえ!」
群集は、老若男女をこきまぜて、広い河原を狭くしていた。
「首は、どこだ? おれには見えんがな」
「そりゃ見えぬはずでござんす、まだ首は、一つも来ておらぬわいな」
「おう、待たせるではないか? いやに
勿体をつけずとも、見せるものなら早ようみせてくれい!」
「あれま、聞こえるぞえ。お侍衆が、こちら睨んでるわいの」
「
勿体ぶるわけじゃよ、楠さま御兄弟のお首じゃ。我りゃ昔からのことを知っとるが、
新田左中将さまのお首がこゝで
晒された時なども、
小半日待たされたぞや。重みからいうたら、こりゃ、それよりか重いお首じゃ。お取んなされた
師直さまのお手柄は、とんでもなく素晴らしいわけだが、吉野の
宮方は、なんぼうお力落しであろうぞ。楠さまも、御二代つゞいて討死なされるとは、よくよく御運のお悪いことじゃ。正行の殿も、
父御様にも
劣らぬお
傑い方だという噂だったがのう。
崇り目に逢いぐせがついては叶わん。そこへいくほかないようなことばかりする。人間というものは
訝しなものじゃわ。運の神様に一度かばわれたとなると、なかなか
容易なことでは
堕ち目が来ないて。
我りゃこの目で見たことだが、ちょうどこの辺で戦があった。そなた達は
頑是のうて、覚えもあるまいけれど、その時は、将軍さまのお命が危なかった。それから湊川では、副将軍さまが、命拾いを遊ばしたし、こんどは今度で師直さまが、ほんのもう少しで
娑婆とお別れになるところだったという。でも、いずれも様が、お首にはおなんなさらんわい」
六条河原は、もう人で埋まった。
だが、
長講堂の
御影堂のわきから、東へ走ってゆく者が、
踵で
膝を蹴られたし、七条
烏丸の辻などは、動きのとれぬくらい
雑沓したし、川東では五条坂どおりも、
八坂の塔から
建仁寺どおりも、
今熊野から三十三間堂の通りも、みんな河原へ河原へといそぐ民衆で
犇めき立っていた。
「
源秀どのゝ首は、どんなに凄いだろう?」
「首になっても、喰いついた
本宮太郎左衛門の喉から離れなかったそうじゃ」
「その
本宮とかいう士は、睨まれた
眼こわさに、狂い死に死んだというぞよ!」
二
河原へ運ばれてきた首の数は、五十ほどだった。
四
条畷、茶ノ
木堤、野々宮の森、佐良々、野崎の
原頭から、京都へ送られた首はおびたゞしい数であったが、それが皆な
曝されるわけではなかった。五十級は、名ある将士の首級だけ──。
でも、ずらりと並んだ
梟首台は、まだその上に
生首が架けられてはいないにも
拘わらず、物々しく
陰惨に眺められた。台に平行して、
竹矢来がいわれ、台の上には、かなり大きな木の札が、立て並べられた。木札には、楠正行之首、楠正時之首、和田高家之首、和田源秀之首というように、首の数だけ書かれてあった。
きのうの温かさは何処へ行ったか、空は、どんより曇って、一月九日の午前の陽は、ほんの
微かに
賀茂川の水に、砂に、
礫に、そして五条橋から七条橋の間の河原にぎっしりつまった群集のうえに洩れた。つめたい風が、だんだん強まって来た。首は、やはりそれぞれ名札のついた
首桶に入っていて、
防腐剤も塗られてあったし、まだ寒中でもあったから、それほどひどく腐敗してはいなかった。けれども
蓋をとってみると、さすがに
むっと──
屍臭が、はげしく鼻をつんざいた。
郎従の一人が、正行の首を桶から、とり出そうとした時──
ちょうど河原院の
築地のあたりで、
「わーあっ!」
と、群集がわめき声をはりあげた。五条橋の
西袂の観衆も、それに呼応でもするように、どっとおめいた。
役人の士はじめ、首桶の
蓋をとった郎従どもは、一度にあっと驚ろいて、河原院の方をながめた。
「待てえ──待てえ!」
声もろともに、騎馬の士が、一騎、二騎、三騎──。
徒歩の郎従が、
馬側を走りつゝ──
市民の群れが、二つに割れると、まっすぐに河原へ乗り下りた
先頭の
士が、
「やめい、やめい、
梟首の儀は無用なるぞう!」
と、大きく、高く
喚わった。
「わーあっ!」
無数の観衆が、どよめき立った。
「やあやあ無用とは
奇怪千万──かくいう
樫村儀左衛門、
奉行いたす梟首を、とめだてなすは何者だっ!」
「おう我こそは、
足利宮内大輔家の家老、横溝平馬
矩近なり。無用々々、
堅く無用ぞ!」
「ちえゝ
烏滸がまし、直冬家の臣に、なんの
権限これあって、いらざる
妨げいたすのか、返辞によっては
容赦はせぬぞっ!」
「やあ
口幅広し儀左衛門、敵とはいい条、南山の名将、楠どのお
首を、
兇賊とえらばぬ取扱いはもってのほかだ!」
「わーあっ!」
群集は、
雷のように鳴りわめいた。おゝかたは歓呼の声だった。
建武中興の業、破れてこゝに十三年、京は、足利の膝元ではあったが、しかしなお楠の
令名は、ふかく市民の
脳裡に刻まれていたのであった。
「だまれ横溝っ、楠は、
持明院の
帝にたいし奉っては逆賊じゃ。朝敵の首を
曝すがもっての外か? 天下の
執事師直殿の命により、この樫村が
奉行ぞ。退れ、退れ、退られい!」
三
樫村儀左衛門は、威たけだかに呶鳴ったが、横溝平馬はからからと笑った。
「片腹痛い!
退れとは何んだ?」
そう云いざまに、馬からひらりと降りた時、樫村はつかつかと進みよって、
「退れとは
去せろということだ。わざと馬から下りたのは、刀の
錆になりたい気か?」
柄を握って睨みつけると、
「
白痴々々、都の飯を
食みながら、平馬の剣を知らぬのか?」
「なにをっ?」
「はゝゝゝお手前の
御朋輩、
熊髭みたいな評判倒れの剣とは剣がちがう」
ふだんは、だらしのないほど物柔らかな平馬だったが、腕には自信があるだけに、いざとなったら強かった。
「おのれ、
武州様の御威光も
怖れずに! それ各

っ!」
ばらばらっと
配下が、平馬をおっ取り
籠めようとすると、すでに
下馬して郎従を集合させていた平馬の部下も、負けるものかという意気込みで走り出た。だが、
「待て、
逸まるなっ!」
と、平馬が制して、
樫村へ、
「さあ尋常に、楠どのゝお首をこなたへ渡さばよし、いやとあらば目に物見しょうぞ。
大御所下御所両公の、お
指図によって参った拙者を、直冬家の使者と
侮らば、後悔ほぞを噛むとも及ぶまい。さあ如何に如何に?」
と、
喚わった。
「なに、御両公のお指図だと? えゝ偽りを申すな、申すな! 樫村は、
騙られはせんぞ。下御所のみならいざ知らず、わが殿の
御執行を将軍家がお
支え遊ばすわけがない。ちえ面倒だ──者どもかゝれっ!」
儀左衛門が、そう叫んだ時だった、ふたゝび群集が大波のように
動揺して馬をとばせて馳せつけた
饗庭命鶴丸と、その従者とが河原へ現われた。
命鶴丸は、
将軍尊氏秘蔵の
近習だったから、群集は、
「命鶴どのう!」
「命鶴どのう!」
と、叫んだ。
儀左衛門は、ぎくりとした。尊氏の命令をもたらしたことを、疑う
餘地がなかったからである。命鶴丸は、足利
譜代の重臣である
饗庭家にうまれて、幼いころから並すぐれて
悧巧だったので、尊氏は自分の側近く
侍らせてその非凡を愛した。政治をすて、軍事を
顧みなくなって、ほとんど
総ての侍臣を遠ざけてしまった尊氏にとっては、唯一の近侍はこの命鶴であった。まるで形に影がともなうように、尊氏のおるところには必らず命鶴がいた。命鶴の顔色によって、およそ尊氏の気持ちがわかったし、命鶴の行動から判断すれば、たいがいは尊氏の意志が見つもれた。
浮世と断ったかのように日は送っても、尊氏は将軍、源氏の長者に相違ないのだから、
二十歳にも達しない命鶴ながら、年齢
不相応な、そして身分にはるか過ぎた
権柄がおのずと附くことになった。で、その命鶴丸に出現されては樫村儀左衛門も、
(駄目だ!)
と、思ったが、たまらなく
業が煮えた。
(一たい誰れが命鶴なんぞを、引っ張り出したのだ?)
将軍の
寵豎は、馬からおりた。
またも市民が、歓呼の声をあげた。
四
一条今出川の
師直館では、朝から戦勝を祝う
宴がひらかれていた。
宏壮な
宸殿には、
堂上公卿や
朝臣たちが招かれて、善美をつくした
饗応に、今や、うちくつろいでいた。うたがいもなく、これは前例のない催しだったろう。なぜかというと、昇殿はゆるされていてもやっと四位の一武臣にすぎない師直の招宴に、やんごとない
雲上びとが列席したのだから、けだし
未曾有だ。師直の
驕慢と、押しの太さは、この一事でも充分
想像されようが、しかも師直は、
会釈と挨拶をすますが
否や、さっさと
宸殿から対の屋へ引っ込んでしまった。
「
葱の枯れっ葉みるような、
公家どもの、相手が勤まるか」
ほんの我まゝからだった。宸殿では、
窮屈で、酒もうまくないからだった。いかに
磊落、無作法でも、
衣冠束帯の堂上人を前に飾っては、そうそうは行儀も乱せない。当人は平気でも、先方が困る。わざわざ
招んでおいて、迷惑な想いをさせては、饗応の趣旨にもとる。むしろ座をはずす方が、自他ともに助かる。と、勝手な
理窟をつけて、東対に引き上げたのだ。そして、
「五郎、そなたは
葱の枯れっ葉の血筋だ。
宸殿へ出て、わしの代理せい」
と、云った。
愛子、
武蔵五郎丸
師夏は、
早熟な顔を
微笑ませて、
「畏まりました。だが父上、葱の枯れっ葉はお
酷うございます」
そばから、師夏の母二条御前が、
「
実にものう!」
と、みやびやかに
額をひそめた。
(どうも
品ばかりよくて、
年増になっても
肝腎な味わいが出てこぬわい)
師直はそう思って、その物足りなさの
償いを探すような眼つきで、下座に
侍っている七八人もの
側女たちを、ひとわたり見廻したが、ちえっ──舌打ちして、
(咲き損ねたり、
薹が立ったり──)
どこかに、ぞっとするほどの美女はいないものか、と考えた。
宸殿では、上座から十人目くらいに、
文章博士、日野
行氏がいた。
「築山は、
宇都の峠をかたどり、泉水は
難波の葦を移したという、この
林泉の結構さは、
洛中でも随一でござりましょうな」
隣席の
宰相中将忠季が、うなずいた。
「将軍も、副将軍も、あってないような形でござりますのう」
「まことに。十万の大軍に
総帥して、南方
討伐の偉功をあぐれば、名はこれ無くとも、内実は立派な
征夷大将軍でござりますゆえ、
幕府はひっきょう
師直殿の幕府じゃわ」
「
楠左衛門督の首うちとられしは──」
と、
宰相中将は声を低めて、
「いわば
女讐討ちじゃ。──再度の出馬で吉野へ攻入り、
弁内侍を、こたびこそ奪いとろうおつもりかも知れませぬぞ」
と、さゝやいた。日野三
位が、
「かも知れませぬな」
と、
鸚鵡返して、にやりとしつゝ、
「
鹿路平で、矢板
将監が斬られたと聞きました折は、この
行氏、実を申せば、生きてある
空もないかに思われましたが、さいわい格別の
崇りものうて──」
そう云いかけた時、武蔵五郎丸が父に代わって宸殿に現われた。
五
樫村儀左衛門は、重ねて言い直した。
「は。
正行殿のお
首のみならず、正時殿のお首以下四十九級、ことごとく奪われましてござります」
「馬鹿っ!」
師直は、酒杯を叩きつけるように、
高坏において、
「奪われた奪われたと、ぬけぬけと、五十級の首のすべてを、な、何者に
奪られたと申すのだ?」
豪胆無双な
高執事も、あまりにも意外な報告に、
愕然となっていらだった。
「は。
宮内大輔直冬さま御家老。横溝平馬どのに──」
儀左衛門は、とっくに観念をきめていたから、
自棄落着きにおちついて答えた。
「なに、横溝平馬に──」
頭脳も
活溌な師直には、たちまち事件の
輪廓だけは、ほゞ
推測できた。と、同時に、直冬への
憤怒が、猛然と爆発した。
「おのれ
小童、どうするか見ろ!」
そう叫んだが、すぐ声を、ぐいとふだん並みに落として、
「儀左。
肋骨は二三本足りなそうでも、平馬は武芸の達者だということだな?」
「さようでござりまする」
「
痴者め。無抵抗で奪わせたのかと訊いておるのじゃ」
「殿。──直冬様のうしろ
楯、
下御所は、それがしとてあえて
懼れませぬ。もし、下御所の御要求ゆえその首渡せとあらば、
不肖儀左めも、刀の
目釘の折れるまで──いゝえ先日の
源秀もどきに、相手の喉に喰らいついても闘ったでござりましょうが、──殿。──大御所さまの
御許から
命鶴どのが、馳せ参られましてはもはや詮なしとあきらめ、たゞ尋常に、相渡しましてござりまする」
「命鶴に刃向うは、大御所への敵対と考えてか──?」
「それがしも殿の
御指令を仰ぐだけの
猶予は乞いましたなれど、命鶴どのはいっかな
容さず──また一つには、なまじ
際どいはずみに殿のお耳にいらば、かえって将軍家との御関係において、おん為め悪しかりなんとも存じましたゆえ、かく申す儀左めが腹を一つ、切って事を済ますにしかずと──」
「待て。悪い覚悟だ。腹切ることは、無用だ。断じて、
罷りならぬぞ」
師直はまず、かたく制してから、
「首を、湊川の合戦後になろうて、河内へ送り返そうためか──直冬は?」
と、
訊した
「いえ、
洛西小倉山のふもとの、
清涼寺に葬るためとござりました。かしこの住職、
堯算老師は、楠どのが幼少時代に師と頼まれた
河内観心寺の、
滝覚坊と深交があったとやら──その
因縁による、と申すことで──」
と、儀左衛門が答えた。
「さようか。だが、送ろうと葬ろうと、わしの鼻を、したゝかに明かしたことに変わりはない。儀左、そちが腹など切って見い、わしの
負い
目がかさむだけじゃ」
「殿──」
「よい。案ずるなよ。──
杯を取らそう」
「はあ」
切腹の覚悟であっただけに、嬉し涙がこぼれた。
師直は、空間をぎゅうっと睨んで、
「直冬め、まともから
楯つくとは、身のほど忘れた夏の虫、
火焔の熱さを思い知らそうぞ」
そう云ったかとおもうと直ぐ、にっこりと無気味に
相形をくずした。儀左衛門が、杯を返そうとした。
「樫村、近う」
「はあ」
「耳をかせ」
師直はなにごとかを樫村儀左にさゝやいた。儀左は、
がぜんと眼をまるくしながら、
「えっ? おう! は」
驚いたりうなずいたりして、聞き終わった。
「どうじゃ?」
「
御妙案!」
「むふゝゝゝ」
「して、時日と
御手段とは?」
「それはまだ、決めてはおらん。だが──うふゝゝふ!」
物騒な、
残虐性をおびた笑いが、濃い
髭のしたの厚ぼったい
唇から、こゝろよげに洩れるのだった。
無体な返報がえし
一
「
押せて来そうかっ?」
と、
士が叫んだ。
その
懸念を打消すように手をふりつゝ、
物見が馳せもどって来た。
「
繰り
出すような、
模様は見えぬか?」
「心配なしっ!」
村雲の
反橋だもとの
直冬邸には、上杉、畠山両家の兵が集まっていた。三条
坊門の下御所からも、武装した
郎党が来ていた。今にも戦がはじまりそうな門前の
景色だった。
そんなふうに警戒を厳重にして、師直屋敷からの
来襲にそなえさせたのは、副将軍直義だった。反師直派の
巨頭である上杉
重能と畠山
直宗は、みずからこの館まで出かけて来るほど形勢を、よういならずと考えた。だが、事件の
発頭人ともいうべき直冬だけは、最初から、しごく楽観気分で、一向にあわてるような様子がないばかりか、青い顔をしてわいわい騒がれてははなはだ
迷惑だと感じたし、そう口に出して言いもした。直冬は、
清涼寺へ送る首にさえ、さほどたくさんな護衛は不必要だと思った。むろん、その
護衛に武装させる
心組などはなかったのだが、そんなことで叔父の副将軍と
諍うにも及ぶまいと考えて、その言う通りになったまでだ。
横溝平馬をはじめ
重立った家来はたいてい、清涼寺へ行ったので、
丹那市之進が、門前の警戒兵と屋敷の内部を
連絡する役目だった。
「
物見っ!
彼邸にしても、ちいっとや
そっとの兵ぐらいは、出入りしておるだろう?」
「ところが、妙でござる。変でござる。たゞ、お公家方のお供衆だけが、あそこの門から顔を出して、あんまり
市巷の人間どもが騒ぐので、
眼をきょろきょろ、何だ、何だと、たずねておるような始末で──どうにも勝手が違い申すぞ」
「おかしいな。青侍衆が、何だ何だときくようでは──
堂上方はまだ
彼邸で召上がってると見える。はての。追手が、
嵯峨野へ裏門からでも押し出しはしなかったか?」
「いえいえ、どの門からも、追手らしい者はたゞの一人も──」
「出なかった、とするといさゝか
拍子ぬけだ。ちえ張合いのないことだ!」
怖じ
気封じに
茶碗酒を、がぶがぶ
煽った後の市之進は、鼻息が
猛しかった。
午後になっても、物見の報告は、
依然──師直屋敷に異状なし。
殿上人への
饗宴はおわったが、邸内の酒もりは、いよいよ
酣というのであった。
やがて、横溝平馬が清涼寺から、とゞこおりなく
埋葬をすまして帰って来た。
「寺の
西門から西、一町ばかりの丘の上に、正行殿のお
首を葬り、導師はすなわち
堯算上人──衆僧の
読経もおごそかでござりました。正時殿のお
首は、やゝ離れし場所に、それから和田殿以下の首級は、その丘の裾の、竹林のなかに、これまた
懇ろに埋めまして、ただいま帰着──」
と、平馬が復命した。
それこれするうちに、暮れやすい曇り空が、ついに、ざあーっと雨をおとしながら暮れて行った。
もはやどう考えても、今出川の
高邸から楠の首を、取戻しに来る心配はなかったので、上杉、畠山の警戒兵は、雨に
濡れつゝ暗い街路を、彼等の屋敷へと引き揚げた。
重能と、
直宗とは、
「いゝ気味でござる。
横道ものも、
音が出なかった。わはゝゝゝ!」
笑いながら、
反橋の直冬邸を辞した。
その夜、
愛妾敷妙は、
「殿──。ふと思いついたまゝ申し上げたことが
因で、今日はとんだお人さわがせをいたしたような、形に相成りまして、まことに心ぐるしゅうございましたぞえ」
と、云った。
直冬が、かぶりをふった。
「なんの!
理由もなく騒いだのだ。わしは
昨夜、そなたに言われたので、はっと気づいた。その点、恩に着なければならんのじゃ。天下の名将、楠
正成の、
嫡男にしてかつ
南山武臣の今の
棟梁を、そのお首を、
獄門にかけては後世末代のものわらいになりはせぬかと、そなたが言うてくれなかったなら、今朝のような手順には、おそらく運べなかったであろう。われながら恥かしい話だが、師直にくしの
怨念から、あぶなく
倫常の礼節を誤るところだった。それというのも去年の暮、師直が
河内へ出陣する折の、
傍若無人を
憤るあまりに、実は昨日の
凱旋なぞは、まったく
他所ごととしか思われず、なんとでも勝手にしろという気持ばかりが、先に立ったでの。──敷妙、お蔭であったぞよ」
「あれ、そのように
仰しゃっていたゞいては──」
「いや本当に、ありがたかった。父上尊氏の
讃めお言葉を、わしは生れて初めて貰うことが出来たのだ。──人の子として、これが喜ばずにおられようか! わしは、不幸で生みの母と一緒に住むことを、
妨げられた。この直冬は、親の慈愛に
饑えていたのだ。──敷妙。わしは、嬉しいぞ!」
「殿──。そのお
歓びはお道理でございまする!」
「だが、歓びは、それだけでない。それ、そのように美しいばかりか、
賢しさは男まさりのそなたを──こうして、いとしむことが出来るという嬉しさ! この嬉しさは
天地陰陽の理にかのうて、ほとんど何物にもかえがたいような熱烈さを持つ。のう敷妙──」
やわらかな肩に、直冬の手がおかれた。
のぞきこむと、うるわしい
双眸が、
泪の露でうるんでいた。
「直冬は、そなたなしには、生きてゆけぬ!」
「──まあ、
勿体のうございます!」
「あゝなんという可愛い声だろう! そなたを得てから、わしの人生観は変わったのだ。──敷妙! 敷妙!」
「わたくしは、
幸福者でございまする!」
たちまち
啜り泣きが、直冬の耳へは、微妙な音楽のように聞えてきた。
「おゝ嬉し泣きに、泣いてくれるか!」
それは
陶酔の
声音であった。
雨の夜は、やゝ
更けて、奥まった
閨には、
銀燭がしずかにまたゝいた。
二
敷妙が、
直冬の
腕にいだかれつゝ流した
泪は、そもいかなる泪ぞ?
彼女は都の
西郊、小倉山の
時雨亭で、
楠虎夜叉正儀の
密旨をもたらして何ごとかを
強いた梶丸にむかって泣きながら答えたことには、死ぬよりもはるかに
辛いとあった。兄の
伽羅作および
舜髄から、かけまくもあやに
畏き大君のおん為めに、
苦肉のはかりごとをめぐらす虎夜叉の殿のお言いつけにそむく気か、と
詰られもしたし、また、忍びかねるでもあろうが忍んでくれ、と
諄々、説きすかされもした彼女だった。自分はしあわせものだと直冬に云った言葉が、うたがいもなく真っ赤ないつわりなら、流した泪はたゞたぶらかしの
空涙であったろうか?
敷妙は、もちろん、たばかるために
直冬に身をまかせている女だった。虎夜叉の密計に
参画したごく少数な人間のひとりなのだ。虎夜叉は、彼女の
美貌と才智とを利用して、かねての計画をいまや実行にうつそうとしているのであったし、敷妙もまた、心も
躰も棒げきった虎夜叉のためならば、たといどんなことであろうと
厭わない──かならず仕遂げよう、と覚悟をきめたその決心のかたさには、たしかに婦女の感情を
超越したものがあった。けれども、
木石でない彼女にとっては、それが死ぬるよりも辛いことであるかぎり、やはり悲しまずにはいられなかった。
泪は、悲しみに
堪えかねた涙──彼女自身の痛ましさを
歎く涙であった。
だが、敷妙としては
不覚の泪に、かえって彼女の
予期しなかった効果がともなった。と、いうのは、この夜くらい彼女をいとしいと感じたことは、これまでの直冬の愛の
経験にかつて一度もなかったからだ。直冬の、彼女への愛情は、いわば
沸騰点に達した。熱愛はまさしく煮えたち、たぎったのである。
その翌くる日──
きのうの雲は、夜の間に、空から
綺麗にぬぐわれて、うらゝかな陽が、
紺碧に春めかしい柔か味をそえさせて輝く晴れやかさは、
一昨日にもまさる
日和だった。
「お
帰館の時刻は──?」
と、たずねる敷妙へ、直冬は、
「たぶん
夕景に相成ろう」
そう答えると、
「あの──わたくしは、今日もう一日、お暇をいたゞいて、兄たちと一緒に出かけたいと存じまするが──」
やゝ言いにくそうに云うので、直冬は微笑した。
「幾日でも出かけるがいい。きょうはどの方面の
見物かの?
八瀬、
大原から
寂光院──
鞍馬山へでも登るか。それとも
叡山か?」
「見残してまいりました天竜寺から、
高雄、
栂尾をまわりまして、帰りがけに
上賀茂の
社へお詣りいたしたいなどと、
堺の兄は申しておりまする」
「あゝさようか。そんなら
叡山の方面は、明日がよかろう。
唐土屋も、こんどはゆっくりと
逗留して、存分に
観てゆくことじゃ。
伏見稲荷、
醍醐の三宝院、宇治の
平等院というように、廻ればずいぶんと名所も多いぞよ。すこしも
遠慮はいらぬからと、そなたからそう申せ」
「お有難うございまする」
敷妙は、三条
坊門の副将軍邸へゆく直冬を送りだすと、すぐ
供仕度をさせた。
前々日、
仁和寺、妙心寺、つれづれ草の
雙びの岡から、
大覚寺、清涼寺、二
尊院、小倉山とまわった時とまったく同様な一行の顔ぶれだった。敷妙は、
肩輿に乗った。
艫太郎の梶丸をつれた
態の伽羅作と、舜髄とは、
輿のまえに立った。老女の
枳殻と、千鳥、
早苗などの腰元どもが
輿側を歩いた。
附近の市民が、目ざとく見つけて、
「あれあれ、
反橋屋形のお
側室が、また今日も何処ぞへお出かけじゃ」
「ほんまにな。えろうお
器量よしだという評判だが、わしはついぞまだ、その美しいお顔を見たことがない。あの
簾をあげんかいの」
「わしも見たことはないけれど、
弁財天か、
吉祥天女の、生まれ変わりみたいだというぞ」
「なんでも、噂によると、直冬さまが
野方図もないお
逆上ようで、朝昼晩のけじめなしに、のべったらにお傍へくっつけてお置きになるから、なんぼなんでも、あれではどうも見てはおれぬほどだし、
側の迷惑はともかくも、御本人様のお為めにもお
躰にも、よくはあるまいということだが、寿命なんぞは縮まっても大事ない、かまわんと、そうおっしゃるので手のつけようがない」
「見てきたようなことを云うの」
「本当のことだもの、気がもめるではないか」
「ぷ。よけいな苦労だ。
此方とらの知ったことかい!」
などと、話し合う者もあった。
輿は、一条通りの街路を、西へ進んで行った。
ちょうどその時、どこの
郎従か三人ほど、なにか至急な用でもあるのだろう、後方から駆けてきて、
輿のわきを走りすぎた。そして今出川の方へ
疾走して行ったが、やがて高師直邸の表の
唐門前まで達しると、いっさんにその門内へと駆け込むのだった。
と、門内の広場に、
牀几をすえて掛けていた
樫村儀左衛門が、
「やあ──どんな
動静じゃ」
そう
喚わると、いま馳せ戻った郎従の一人が、
「は。あんまりな
誂えむきで、ちと気味が悪いほどの気味合いでござりますぞ」
と、答えた。
「なに、気味が悪いほどの気味だと?」
「は。目ざす
妙じるしが、むこうから出かけて参りました」
「え?」
思わず叫んで、儀左衛門は突っ立って、
「そ、それは
真か?」
「
正真正銘、もうすぐそこを通りまする」
「ほう、そりゃ又なんという思う
壺だ! 天の助けかな。だが──なにかの間違いではないか? 人違いではないか」
「どう仕りまして」
「たしかか?」
「
擬いなし」
「うますぎて、
眉唾だぞよ」
「樫村どの。それほどお疑りなら、御自分で
街路へ出て御覧なされ──論より
証拠じゃ!」
「これこれふくれっ
面はよせ。むこうの屋敷へ乱入ということにでもなって見い、五人十人の斬り死ぐらいですむものか。
命冥加と考えたら、念を入れても損は立つまい」
「儀左衛門どの、もう参りまするぞ!」
「一体どこへ行くのだ?」
「どこへ行こうと、そんな事よりか、供は小人数でござる。さあ、お支度なされませ」
「
合点だ。──それ、者ども!」
樫村儀左衛門は、広場にたむろしていた三四十名の
郎従へ、声をかけた。
三
郎従はみんな
武装していた。
儀左衛門みずからも、
小具足を
着けていた。ふだん着は、偵察から戻った三名だけだ。
「はい、坊主と町人で。
輿舁のほかは女ばかりでござります」
「なかなか
暇どるの」
「もう見える時分で──」
「いずれへか曲りはせぬか? 見て参れ」
物見の三名が、
唐門の口ヘ走り出た。
「どうじゃ、参るか?」
「お
築地のはずれで、どう致したことやら、とまっておりまする」
「なに、とまっておる?
訝しいな」
儀左衛門と、
士が二人、門口へ出て行った。
師直邸の
築地わきまで来たとき、だしぬけに
輿のなかから、悲鳴に似た叫びごえがきこえたので、
輿舁きの若党らは驚ろいて足をとめたし、老女の
枳殻は、顔いろをかえて、
簾へ走りよったし、
伽羅作も舜髄も艫太郎も、
愕然となったさまで、輿へくびすを返しつゝ、敷妙の名を呼んだ。けれども答えはたゞ、くるしそうな
呻きの声のみだった。
老女は、
簾から首を突っ込んで、
「もし、どうなされました、もし……」
と、たずねたが、
「苦しい……た、た、た、あゝ痛い:…」
鳩落をおさえてもがき
喘いでいる敷妙の顔は、まるで蒼い
顔料で染めたかのように
真っ
青であった。そのものすごい青さに、老女
枳殻の心は
顛倒した。おしつぶった
眼尻が、きりきりっと釣りあがり、口が、への字にゆがみ、
朱唇がぶるぶる
痙攣して、歯がみの音が
軋るのだった。枳殻は、わなゝく声で、
「も、も、もろころし屋どの……
舜髄どのっ!」
と、
喚いた。伽羅作が、
「敷妙、敷妙どのっ!」
老女を押し退けるようにして、内部をのぞくと、
「薬……薬……」
「おゝ、どこぞ……痛みは、痛みは?」
「こゝ……こゝ……」
敷妙は、さながら二つの
拳でえぐるように、胃の
腑のあたりと、下腹を
圧していた。
伽羅作の肩ごしに顔をさし出した舜髄が、
「なにかの中毒ではござらぬか? それとも
癪かな?」
と、云ったとき、ふたゝび烈しい
呻吟と
痙攣とが起った。そして急病人は、しきりに薬、薬、と呼びつゞけた。
「困ったのう!」
「困りましたなあ! 薬というても──」
「日ごろはしごくお達者ゆえ、
御持薬などの用意はなし──」
と、いう老女へ、舜髄が、
「
生憎と、この近くにお医者の家はなし。お屋敷へ人を走らしても、ひまどるし──これはまた何という悪い場所じゃ、
高殿館の側でござるわい!」
「でもこうなっては
気ぎらいや、
選り
好みなど出来ませぬ。どれ、わたくしが一走り……」
高であろうが、鬼であろうが、かまうものか! 医者と薬! 薬と医者!
そう思いつゝ駆けだす
枳殻のあとから、
伽羅作と
艫太郎がつゞいて、師直邸の表門めがけて走って行った。
「ほい。どこまで
都合よく出来ておるのだ!」
そう呟やいたのは、
唐門の下で、ようすを眺めていた樫村儀左衛門だった。
四
「もし、お
救け下さいませ。
急病人でございまする」
枳殻が、あえぎながら叫ぶと、
「癪の
発作やら、食べ
中毒やら、お
築地ぎわでにわかの発病──まことに
難渋いたしまする。恐縮ながらお屋敷の、
御典薬さまに、お薬の御調合ねがわれますれば、この上もない仕合わせにござりまするが──」
と、
伽羅作が云った。
「それはそれは。いずくのお方かは存ぜぬが、さぞお困りであろう。路ばたでは、お医者の
手当もとゞくまい。見らるゝとおり広やかなる当屋敷のことゆえ、いざ御遠慮のう──
輿を早く、手おくれに相成らぬよう、いそいで舁き込まれよ」
「まあ御親切さまに!」
老女は、儀左衛門へ
会釈した。
「では、伽羅作どの」
唐土屋はうなずいて、
「艫太郎。お
輿をこれへ」
と、云った。
艫太郎はすぐ
輿の方へ走った。
輿が、門内へ
舁きこまれた。
「遠慮は御無用」
急病人は、輿のまゝ
遠侍へ運ばれた。附添って入ったのは、老女と
唐土屋主従だけで、ほかはみな、広い
上框の下の土間で待たされた。しばらくたつと、伽羅作と艫太郎とがなかから戻ってきた。
「いかゞ?」
訊いたのは、舜髄だった。
「
仰々しいほど御丁寧じゃ」
そう伽羅作が答えると、
「いや、
御容態が気にかゝる」
「御容態か。ずいぶん、重いということだぞ。そしてどうやら
此方の御身分が知れておるらしいぞよ」
「お顔見知りの者が、ござったという訳かの?」
「いずれその辺じゃろう」
艫太郎が、わきから、
「枳殻どのさえ、お傍へは行けないほどに奥まったお部屋での、
御療治らしうござります」
と、いった。その眼が舜髄の眼とあって、うなずきかわした。
やがて邸内が、だんだんに
騒めきだして、廊下には走りつゝ行き来る足音がやかましく、庭や
空地へ、なにか運ぶような
気配がしたり、せわしげに
喚わりあう声がきこえたりした。
伽羅作は、艫太郎の耳へ、
「何事でござろう?」
と、さゝやいた。ちょうどそのとき、邸の正面広場で、
ぼうーっ。
法螺貝がひゞいた。
「出陣──」
と、艫太郎がさゝやきかえした。
「はて──?」
伽羅作の
瞳が、疑問を投げると、
「いや──」
艫太郎の瞳は、その疑問をうち消して、当然の出陣であろうことを
暗示した。
法螺貝は三度鳴った。舜髄が、
「艫太郎。──!」
と、呼んだ。
「河内へ、再度の御出馬では、ござりませぬかな」
と、艫太郎は、物ごとがごく順調な、
満足すべき状態で進行していることを、告げるような表情で答えた。でも舜髄は、まだまだ
安堵するには早すぎる、といったような
面持ちで、首をかしげながら、
「それで──な──それならばよいがのう」
そう呟いたとき、老女の
枳殻が、廊下から遠侍へ戻ってきた。青い顔で、
「
唐土屋どの」
不安そうな声であった。
「どうした訳やら、おそばへ通してくれませぬぞや。しいて頼めば、剣もほろゝの
挨拶じゃ」
五
夜がふけてゆくにつれて、
直冬の心のいらだちは
募るばかり──。
「平馬っ、まだか市之進は?」
「は。まだ戻りませぬ」
「どこを探しておるのだ?」
「は。たゞ北の
郊外とばかり──無我夢中で駆け巡っておることゝ思われまする」
「西の方へも、もう一度、人をやってくれ」
「参っておりまする」
日が暮れても、敷妙が戻らなかったのだ。
遊山の一行が、だれ一人、帰って来なかったのだ。市之進ほか
騎馬が数名、郎従が十五六人で天竜寺から
高雄、
栂尾、上賀茂の方面をあちらこちら探してはみたものゝ、
行方は
皆目わからなかった。それらしい一行の姿を、眼にとめた者さえが、いなかった。市之進は、そこで
捜索を
洛北へむけた、ということだけが判っているのみだった。西の郊外でなければ北の郊外かとも思われたが、
大原の
寂光院あたりに夜更けまでうろついておる筈がないと、そう考えて来れば、安からぬ心の
陰影は、だんだんと色が濃くなり増さるだけであった。
「平馬──」
「殿──」
「たゞごとではないの」
「たゞごとではござりませぬな」
家臣郎従は、
捜査のためにほとんど出はらったので、
屋形うちはひっそりしていた、その静けさがなんとなく
颶風の
予兆をはらむ
不穏な
寂莫のようにも感じられた。たゞごとでないことだけは明らかでも、さてどうしたのかさっぱり
見当がつかなかった。明敏な直冬ではあるが、いとしくて堪らぬ敷妙の
失踪だけに、気持の
惑乱が冷静な考えかたを、ひどく
妨げるのだった。とてもじっとしてはいられなかったから、屋形中を歩き廻った。そして僅かばかり居残った人たちへ、いつになく
自制の失われた音声でどなった、かと思うと、一つところに
放心したように
佇んだりした。時間はずんずん経過して、やがて夜半も
丑三つへかゝった。方々を探しあぐんだ家来たちが、ぼつぼつ帰って来た。いちばん望みを
繋いでいた市之進もむなしく戻った。で、もはや、明朝をまって探しなおす外なかった。誰れも彼れも
頭をひねるきりで、
摩訶不思議な神かくしに逢ったようなものだ、などと、云うぐらいが関の山だった。
「皆が、御苦労であったぞ。とにかく、
一睡りいたせ」
直冬は、それでも家来をいたわる言葉は忘れなかった。
自分も、気を落ちつけて、夜の明けるまでは
眠もうと思った。けれども、睡れるどころか物の一刻も
臥褥にはおれなかった。
(
空閨!)
敷妙なき
閨は、たえがたかったのである。
初めて彼女を愛した
一昨年の秋このかた、たゞの一夜といえども
孤独では過さなかった直冬であった。むろん、かりそめの不在なら、淋しくて物足りない程度にすぎまいが、これは一体なんとした事か? そう考えると、いたゝまれなかったのだ。
(師直!)
居間の
茵にすわったとき、直冬がそう心のなかで叫んだのは、ふとある考えが
閃めいたからだった。それは、
丹那市之進が去年の夏ごろ、横溝平馬に告げた話からの
連想であった。
「
莫迦な!」
舌打ちをして呟きながらも、いまの
訝しな連想を、
吟味してみずにはいられなかった。
市之進の話というのは──「いわゆる
狒々館の白羽の
矢番いが、こんどはこのお屋敷の、敷妙さまへ向けられている」と、平馬に語ったことだ。市之進の
乳兄妹が、
如月という名で、師直邸に住み込んで
まわし者の役目をつとめているために知れた情報だった。吉野の
弁内侍をうばい損ねた
業腹いせを、とんでもない場所へ持ちこむのだと、そう市之進が告げたのは、ちょうど六本杉の
怪異のあった日だったので、平馬もよほどあとになってやっと想い出したくらい気にも留めていなかったのであるが、ある時、なにかの
序でに直冬の耳に入れた。──それが今、ゆくりなくいやな連想を産むことになったわけだ。しかし、考えてみると、いかに
狂暴な師直でも、まさか敷妙を
強奪も出来まいに! と、直冬は、自分のあられもない想像の
痴愚を
嘲もうとした。
「馬鹿っ!」
ふたゝび
自嘲の呟きが洩れたのである。
六
(おれは
今日──いや、もう
昨日だ──午後、三条坊門の叔父の
邸で師直が、
河内の戦線へ再出馬したことを聞いた。
麾下の兵に出陣をうながす
法螺の音も、かすかに聞えたし、今出川を発したその行軍の
模様は、叔父の家来や上杉の郎党がみてもどったのだ。
南伐八万の軍を
統帥するために京を
発った師直と、敷妙の
行方とを、結びつけることは、なんとしても不合理だ。敷妙の
輿は朝のうちに洛内を西へはなれた。師直とその
麾下は、
午すぎてから南へ下った。だから途上で相会うことさえがあり得ない)
直冬はそんなふうに考えた。
だが、また師直が戦地へ、女を
輿にのせてつれて行ったという、
下御所の一家臣のはなしが
意識の
表にぽつりと
泛びでた。
「ちえゝ!」
払いのけようとしたが、あべこべに
執拗く
絡みついてくる。
(もしその輿の女が、敷妙なら──? その女が敷妙であるためには──?)
彼女が奪われたとしたなら、
唐土屋と
舜髄とはどうなったであろう?
侍女どもは?
直冬は、師直の屋敷に
如月のいることを思った。もし異変が起ったとすれば、市之進へなんらかのしらせがあるはずだった。すると悲観の材料も、かなり
薄弱ではあった。しかし敷妙の
失踪は厳然たる事実だった。
悶々と、直冬は夜をあかした。そして今日は
捜索隊を、
叡山方面と、伏見、宇治の方面へ出すことにした。家人が大かた出かけてしまった後は、昨夜同様、邸内は
森閑とわびしく
憂色につゝまれた。念のために洛中へも人を出したが、戻ってきて、敷妙一行が一条の
街路を西へ行くのを眺めた市民はいくらもあるけれど、今出川からさきの
街々には、そうした
目撃者は一人もない。ということを報告した。で、この報告を根拠にして考えると、一行はちょうど今出川の
高邸の築地がつゞいている範囲で
失踪したことになる。もし今日も洛外で
行方がしれぬなら、どうあっても疑いを高邸にかけなければならない。と、平馬が結論したのは、もはや正午に近いころだった。その
推理を、直冬も正しいとは思ったが、
「わしは、そうは、考えたくないでの」
と、云った。
「ほかに、考え方がござりましょうか?」
と、平馬が
詰問した。
「そう云われると──無いには無いけれど」
「
横道乱倫の返報がえし、とそう見なければなりませぬぞ」
「楠どのゝ
首級の意趣返しか?」
「さよう──そのこと!」
と、平馬が答えて、直冬が、
「だが、のう──」
云いかけた時、がぜん色めく
騒音が、侍溜りの方からきこえた。
「や!」
「お、あの物音は!」
平馬はたちまち廊へ走り出た。
と、
遠侍から
近習がひとり、
土気色に顔色をかえて駆けこんで来た。
「大変でござる! 大変でござる!」
「おゝ敷妙どのが? 敷妙どのが?」
「
師直に──師直に──」
と、近習はあえぎ入った。
七
わあーっ、と
枳殻は泣きふした。
舜髄も、こぼるゝ
泪をおさえて、
「
沙門の身ながら、
無念に堪えかねまする」
というと、伽羅作は、
「お申訳けもなき次第にて、生きてお目にかゝれぬと存じながらも、まず一通り言上いたして後に御成敗をこうむるなり、腹を裂くなり……」
声もわなわなと云い続けようとするのを、
「これ、
唐土屋! そちに何の
咎あろうぞ、成敗とか切腹とか
滅相もないことを、申すでない」
直冬は、そうさえぎってから、しばらく悲痛な沈黙におちた。平馬が、
「
禍津日にお
遭いなのだ!」
と、
太息をついたが、すぐにまたも、ぎりぎりと歯ぎしりしつゝ、南の方の
宙をにらんで、
「えゝっ
堪忍ならぬ、ならん! おのれ師直っ!」
と、
哮りたった。
「平馬、落着け。──いちはやく
高がしわざと
目星をつけたのはそなたではないか」
直冬の
白皙なこめかみには、
静脈が青くふくれて見えたが、すでに
心馬の
手綱はがっちりと引きしぼられて、
憤怒のためにあわや狂わしく
逸ろうとした感情は、かたく
抑えつけられていた。
「この伽羅作めの
軽卒から、場所もあろうに師直屋敷へ、医者よ、薬──ととびこんだのが、なによりも悪うござりました」
「いえいえそれこそこの
枳殻の
落度でございまする。高であろうと、鬼であろうと、
気ぎらいや
選りごのみなどする場合でないと、わたくしが申したのでございまする。決して決して唐土屋どのがお悪いのではございませぬ」
「いやいや、あと先の
思慮をなくしました手前の落度でござりまする」
「いえいえ」
「いやいや」
「これこれ、悪いのは、
凶事の
魔神のいたずらだ。
こつねんと、敷妙に、
癪を病ませた
偶然にこそ
咎はあろうが、そなた等に落度はないぞ」
直冬は、たがいに責めを
負おうとする唐土屋と
枳殻へ、そう云って寂しく微笑した。その
仄えみをみとめて、平馬はやゝほっとした。だが直冬の頬をはった微笑は、単純なほゝえみではなかった。
諦めたのではなかったし、みずから
嘲けり
憐れんだのでもなかった。むろん愛憎を
客観した
悟入でもなかった。またもちろん、師直への恐怖からむしろ自分の破滅をまぬかれ得た
僥倖をよろこぶ微笑でもなかった。だが然し、いくぶんずつは、そのいずれでもあるような
微笑だった。
それはいわば、直冬の、
複雑な性格の
表現だったのである。
「のう枳殻。師直のたくらみを、
如月がそなたへ告げずに、すぐ市之進まで報らせてくれさえしたら、どうにか
術もあったかも知れぬが、そなたへの密告を
気取られて
監禁されたことも、
分別が足りなかったというより、やはり偶然の
咎じゃ」
直冬はそう云った。
そして、伽羅作、舜髄、枳殻の三人から聞いたことを
綜合して、昨日からの
災難の内容を、しずかに頭のなかでまとめてみるのだった。
まず──
(首の
意恨をはらすために、敷妙を奪おうともくろんだやさきに、敷妙の外出が知れた。そして急病という
偶然が、師直の味方をした)
と。──それから、
(
療治にかこつけて敷妙を、供から引き離した時は、すでに出陣の命令が師直から出ていた。恐らく
癪は間もなく
治ったであろうが、師直は、
目的を果したからには一刻も早く京都を去るのが
悧巧だと感じた。そこで
法螺貝を鳴らして再度の出馬の
麾下の兵を集めた)
と。──又さらに、
(出陣にのぞんで、敷妙の自由をなんらかの手段で──縛って、含ませた綿に
猿轡か、あるいは
痺れぐすりを使ったかもしれぬが──うまく
拘束して、輿にのせ、行軍の
伍列に加えて運んで行った。のこされた伽羅作、艫太郎、舜髄、枳殻以下の女どもゝぜんぶ厳重に
監禁されて、今出川の屋敷で一夜を過ごさねばならなかったのだ)
八
その夜、
伽羅作は、
「
館さま。──
敷妙どのは、もう生きてはおらぬであろうと思われまするが──」
と、云った。
直冬の
面ざしが
啾々と曇った。
あかるい灯かげで、じいっとその顔をながめたのは、伽羅作のうしろ
下座にすわっている
艫太郎だった。
艫太郎──すなわち
梶丸にとっては、直冬の
現在の心持ちを正確に読みとらなくてはならぬという大切な任務が、まだ一つ残っていた。正行の
首級を師直から直冬に奪わせ、その代わりに愛妾敷妙を直冬から師直に奪わせるという大仕事を、じつにすばらしくみごとに成しとげたのであったが、しかしこゝで直冬の心のなかをたしかめ
損ねては、せっかく
仏つくって眼を入れぬようなことになる。
「うむ、死んで
操を守ってくれたかも知れぬ。だが──悲しさに
堪え、苦しみを忍んで、この直冬の奪いかえしの手がとゞくのを、待っていてくれるかも知れぬ。わしは、どうぞそうあってほしいと念じておる。
否、そうあるだろうと
俺は、望みをつないでいる。いやいや、きっとそうするに
違いないと、
俺は信じたい」
直冬は、きょう午後、
監禁から
釈放されて戻った人たちを、いたわり
労らう言葉を残して、叔父
直義を訪ねた。いうまでもなく師直の暴行を告げに行ったのだ。けれども智慧を叔父から借りるつもりはなかった。自分のとるべき態度と手段とは、すでに心に決めておいて
下御所をおとずれたのであった。叔父直義は
愕然として、すぐさま上杉や畠山などの大名たちを召集したが、
対策については意見がまちまちで、
評議は夜まで長びいた。しかし結局一致したのは、師直へのはげしい
憤激だけだった。直冬は、とにかく敷妙の
安否がわかってからだと、そう思って三条
坊門の叔父の屋形から帰ると、伽羅作らを自分の居間へ呼び入れて、もの
憂さと、うら悲しい寂しさとを、いくらかでも
紛らかすための酒の相手をさせているのだった。
「のう伽羅作。──舜髄。わしの口から言ってはちと気がさすけれど、
彼女の愛情の濃まやかさは、言葉では尽くせぬでの──わしに捧げてくれる
真情の熱烈さは、どんなものをも
灼き
熔かすだろう。と同時に又、わしからいかに可愛く想われておるかを知りつくしている
彼女のことだから、決して軽卒に自分の身を殺すようなはやまり方は、せぬぞよ。美しい点ですぐれてると同じほどにも聡明な
彼女の頭で、
貞操にだけ殉じて死ぬるのと、たとい汚された肉体でも惜しみ長らえるのと、どちらがこの直冬を
悦ばせるか、それを考えあやまるとは思えぬ」
聴いていた艫太郎は、内心ひそかに、ほくそ笑った。伽羅作は弟の舜髄とあわせた
視線を、すぐ直冬へうつして、
「では、もし敷妙どのゝ一命に、
恙ござりませねば、
館さまには──?」
そう云ったとき、舜髄も、
「お情け恋いしいの一念から、自害もせずに長らえますならば──?」
どうするか? いかなる手段で
奪り返すか? 言葉には出さぬが、二人は眼でたずねた。
穴生へ御動座
一
「あれ
勿体もないではございませぬか。やんごとない
玉葉のおん身で──あれあれ寮の
御馬に召させられましたぞえ」
と、
勾当内侍が云った。
畏くも、
主上には、もはや
宸殿の
御苑のそとへ
渡御あそばすのである。
「そんなら勾当内侍さま──」
と、
弁内侍が促した。
内侍司──すなわち
温明殿の女官のうちで顔を泣きぬらしていないのは、たゞひとり弁内侍ばかりだった。この
上
の涙は、すでに
涸れ、つきていた。わいて流るべき泪の泉のみなもとは、去年の夏のはじめ、楠正行への切なる恋に破れたときに、あまりにも
夥しくしぼられたうえに、この正月は新春の松の内もすぎぬのに四
条畷の、悲しい敗戦を聞いたために、すっかりと
涸らび
渇いてしまったのであった。
優婉無双とうたわれた花のかんばせも、いたましく
瘻れさびて、いわば生ける
屍にも似た弁内侍は、
「それ、
掌侍がた! 早う!」
と、声をかけた。
二人の掌侍は、泪をぬぐうて、左右から
勾当の内侍を
扶けるようにして
階段をおりた。
中門垣の方で、誰れかゞ、
「弁内侍どの!」
と、
喚わるのが聞えた。
内侍は、それに
応えるかわりに、
「
御鏡は、
主上の
渡御におくれては相成りませぬぞ」
自分の
上司である勾当内侍へ、うしろから
注意の言葉をおくった。
三種の神器の随一、
八咫の神鏡を安置する
賢所の第一

が、勾当内侍と呼ばれ、そしてその第二

が、弁内侍と呼ばれるのであった。──賢所づきの
郎吏たちが、
扈従した。温明殿の
上童と
稚児がつゞいた。
まことに恐懼にたえぬ
御動座にちがいなかった。──行方は重なる山々の雲をわけなくてはならなかった。とても
鳳輦の通うべくもない崖をよじ、谷をくだらなければならぬ
峻険、
羊腸、つゞら折りの悪路、難行だったのである。──
冷泉右府が、
「あゝ、今となっては
愚痴のようではござりますが、この吉野からは落ちとうなかった!」
と、うれわしげに
吐息した。
おなじい想いの
花山院内府だった。
「
穴生には、起き臥しのかのう
棲みかゞ、はたしてござりましょうか、のう?」
洞院左兵衛督が、
「十五年の昔、
金剛山に楠正成、
籠城つかまつった折に、
大塔宮護良の
親王は、かしこの
阿
川入道の城に
御座ござりまして、幕府これを知れども、攻むるに術がなかったと申しまするゆえ──」
と、まだ云いおわらぬうちに、
「
笑止や
洞院の卿!」
さも不興らしい
顔つきで、たしなめたのは二条
左府で、
「虎夜叉正儀の
口吻、そのまゝの受売りは聞きぐるしうござるぞ」
そういわれると、洞院卿はあわてた態で、
「なかなかさようの儀では、
毛頭──口真似などとは思いもよらず。身どもの申すは、かしこ
穴生の地は、それほどの天険には相違なくとも、城はかならずや
渺たる小城にすぎまいという意味にござりまする。ほかに仏閣、神社のきこえし
堂宇の存するではなし──まことまこと心細い限りなればこそ、先日も言葉つくして北畠の
准后へ、このたびの
御遷幸の非を鳴らしましたる次第は、左府公にも聞し召されたではござりませぬか」
と、
弁疏につとめた。
僻南の山間とはいっても吉野は、すでに住みなれた
行在所だった。
蔵王堂、
如意輪寺、それは修験道の
巨刹だった。公卿の屋形に
朝臣の屋敷がつゞきあったし、諸寮の
司や八省の
輔たちのすまいには、従官の家家が連接したし、女院、
女御、内親王、宮々の御所などが、皇居をめぐって
甍をならべ、垣をつらね、
築地をとゝのえた。いうまでもなくすべての
規模は、しごくさゝやかではあったけれど、それでもいくぶんかはかりそめながらも都らしい景色を、そなえかけていたのだ。
ところが今や、そうした吉野を見すてゝ、さらに遙か山ぶかい、どんなにか
棲み
憂いであろう
穴生をさして、あやうい路の岩根をあるき、おそろしい
渓川の瀬をわたらなければならぬと思うと、
供奉の人々は、心弱い
上
や婦女ならずとも、袖が涙でしめるのであった。
二
金峯の中腹までは
輦輿も登れるであろうが、それからむこうは馬にからくも頼れるのみだし、その先となれば
所詮は
徒歩よりほかないということなので、
月卿雲客はいずれも乗りなれない馬で、行けるところまで行くこと以外に
供奉の様式はなかった。
洞院左兵衛督の兄、左大将
実世が、
「せめて、このくらいの路がつゞきまするなら、のう」
と、右大将
教忠をかえりみた。
教忠は、二条左府の令弟だった。
吉野公卿の
錚々──この左右両大将も、いまは
悄然と意気なえつゝ、主上と神器のおん
鹵簿のうしろについて進むのだった。
「
金峯の向うがわは、名にしおう
大天井ガ
嶽の深い
峡谷、
天ノ川の断崖絶壁は、さぞかし身の毛がよだつようでござりましょうぞ」
「まったく、
至尊の渡御あらせらるべき場所ではござりませぬ。女院、女御におかせられても、いかばかり
御心いたむであろう。恐れおゝい極みでござりまする」
「たゞいまの、
勝手神の神前での御製を、承わらば、わがみ独善主義の北畠准后とて、
恐懼して、
慙愧の汗にそびらをひたすことでござりましょうに」
左大将は、准后親房卿への
反感を、ぶちまけるように云った。
憑むかひなきにつけても誓ひてし勝手の神の名こそをしけれ
それは、
行宮を捨てさせ給うた
至尊が、
勝手宮祠の神前をよぎらせられた時の
御製であった。
勝手神は、吉野山八神の一
柱で、
劫初、天孫降臨の直後、
後ろ見のために
降った
鬘受命を、祭神としていたのだ。
「神も仏も、あって
甲斐ない憂き世でござりますのう。
末法の
濁世じゃ!」
と、左大将実世卿がつぶやいた。
教忠右大将も、
憮然として、
「
宸殿の柱や、廊の
鏡板に、やっとのことで
光沢が出かゝり、林泉、
池亭の姿にも、せっかく趣きが添いかかりましたのに、それを見すてゝ
天ノ川の奥へのがるるとは、いぶせき限りではござりませぬか。──師直よしや寄するとも、
宮闕を
冒すという大不敬は、まさか働きも仕るまいに──准后のこけおどしにかゝって到頭、この
体たらく! あゝ
味気なし、味気なし!」
そう、歎じわびると、
「右大将──。准后は、たくみに女院の
御心をとらえ参らせた。
国母の院があのように
御意あっては、ひっきょう諦めるより
途はなかった」
「准后の師直
恐怖病は、あれはきつい
悪熱で、あまつさえ
悪性の感染力もござりましたか、ついには諸卿の大半、
朝臣郎吏の大部分が、由来
公家と申すものは武臣の戦争の
埒外に、たかく超越すべき筈をわすれて、今にも我々のすべてが
虜われてうち首か、かるくも
遠島の憂き目みるかのようにおびえたのでござりまする」
「
教忠の卿」
と、ふたゝび
実世左大将は呼びかけて、やゝおくれた馬を近寄らせながら、
「しかしこうした吉野落ちは、遠島とさまで違いはいたしませぬぞ。
穴生へたどりつきまして、黒木の御所をしつらうとも、いわゆる
茅茨きらず、
采椽けずらずでござりましょうし、
畏きあたりすらさようあらば、我等などは、木の下岩の、岩かげに、松葉、杉葉を
葺きかけて、
苔のむしろを
片敷かねばなりますまい」
と云った。
右大将が、うなずいた。
「
軒端もる雨は、ふせぐに
由なく、大天井の高根おろしが吹きすさびましても、霜の
手枕にこゞえるばかりでござりましょう。あゝ、おもえばいっそ賊軍に捕らわれて、ひと覚悟に首をはねらるゝ方が、増しかとさえ考えられまするのう!」
大宮びとらしい感傷に、気をめいらせると、左大将は、馬の背に
跨ることを避けた公家乗りの鞍つぼで、坂路を危ぶみつゝも、
「いかにも、そうした
愚痴もこぼれまするての。恨めしいは准后よ。
独断。
専横おもいたかぶった、ほしいまゝなこたびの態度は、言語道断──」
親房准后のために満廷の公卿が
圧伏された口惜しさが、いまさらのように激しく感じられたのである。
「楠の──虎夜叉のさしがねとやら、承わりましたぞよ」
「いや。虎夜叉ごときが、なにを申そうと、しがなき
地下人の
妄言──。やはり准后の、正しからぬお心柄より結果せることでござります。──無法なる
弾圧──兵を擁しての
強制は、沙汰のかぎりじゃ!」
「しかし──そのお怒りはことわりながら、
因をたゞせば楠が、
無謀