直木賞受賞作
第2回(昭和10年下半期)受賞

吉野朝太平記

鷲尾雨工

第二巻 昭和10年11月・春秋社刊、松柏館発売




洛西らくせい小倉山おぐらやま

「小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびの御幸みゆきまたなん」と、貞信公ていしんこうが詠じた。「小倉山麓の寺の入相いりあひにあらぬながらまがふかりがね」とよんだのは俊成しゅんぜいだし、「小倉山麓の里に木の葉散ればこずえにはるゝ月をみるかな」と、歌ったのは西行さいぎょう法師だ。
 その小倉山であった。
 中腹の厭離庵えんりあんの、ぼろぼろに朽ちた縁に、紅雀べにすゞめのような格好かっこうに押し並んで、べちゃべちゃ喋舌しゃべっているのは、一条堀川の足利あしかゞ直冬たゞふゆ邸の侍女どもだった。
 老女の枳殻からたちは、渋茶をすゝって、さも渋そうに顔をしかめたが、
「おゝ美味おいし!」
 と、つぶやいた。
 尼が、
「濃すぎましたか?」
 と、きくと、庭に立っていた舜髄しゅんずいが、おお声に笑って、老女枳殻からたちへ、
「疲れのなおる妙薬みょうやくじゃ。元気を出して、てっぺんまで登ろうではござらぬか」
 と、去った。枳殻は、あわてたように手をふった。
「もうもう結構! 腰が板みたいでございます」
「ほう、見かけによらぬ弱いお腰じゃの」
「まあ、いやらし! 山坂は馴れませぬものを──」
「はゝゝ山というほどの山でもござらぬに、たいそうらしい。敷妙しきたえどのさえ、おのぼりじゃ」
「おほゝゝゝ敷妙さまこそ、お達者でいらっしゃいまする。なにぶんにも、やかたさまのおしつけが、おきびしゅうございますによってな」
「ほい、これは御挨拶ごあいさつだのう」
 珍らしくなごやかな天気で、うらゝかな空からそゝぐ陽光ひかりには、まるで桜花はなでもふくらみそうなぬくみがあった。一昨日おとついまでのひどい寒さをおもうと、まったく無気味なほどの激変げきへんだったが、それだけに遊山ゆさん日和びよりとしては申分なかった。
「でも、これから上の方に、何かあるのでございますか?」
時雨亭しぐれていという、こわれかけたちんが一つあるきりでござるが、そこもやはり定家ていかきょうの別荘跡で、眺めのよろしいことは、お話しがお辞儀じぎをいたす」
「でも、餘寒よかんもすぎぬきのう今日では、花が咲いておるではなし、紅葉もみじが色づいておるでもなし。風流心ふうりゅうごころのない私どもが参ったとて──のうそなたたち」
 と、老女は、腰元どもをかえりみた。
「ほんにさようでございますなあ」
 と、一人が答えると、もう一人が、
「定家卿なら、さきほどお墓へおまいりいたしましたゆえ、またの御別荘の跡とやらまでは、おがまずともでございます。のう千鳥どの」
「そうともそうとも。早苗さなえどのの申すとおりでございます。それにさっき承わったところでは、この厭離庵えんりあんとやらもやっぱり、昔は定家卿の御別荘で、小倉百人一首は、こゝでえらまれたということでございますもの、私どもはもう、こゝだけで堪能たんのういたしました」
 と、一人が云った。舜髄しゅんずいが、
「はゝゝゝ揃ってお尻の重いことじゃ」
 と、笑って、
「そんなら精々どっちりと、お腰をすえて、待ってござれ。たゞし縁板えんいただけは、ゆがめないようにの」
 いつになく下がかりの冗口むだぐちをきいて、庭から出て行った。

 あんあまが、
「おほがらかな御僧じゃ」
 と、つぶやいた。
「お部屋様の兄御でございます」
 と、老女が云った。
「いずれの所化しょけでおわすかのう?」
「天竜寺の僧でございます。舜髄と申されますが、若い器量きりょうよしの手代をつれて、お部屋様と御一緒に登ってゆかれましたのが、堺の大商人おおあきうどで、唐土屋もろこしや伽羅作きゃらさくという方で、あれも、お部屋様の兄御でございます」
「そんなら御兄弟三人が、おむつまじく旧跡めぐりの御遊山ごゆさん、というわけじゃ、結構なことでござりますの」
「きょうは朝から方々のお寺めぐり、お墓めぐりで、よい加減のところまでは、物珍らしくも思いましたけれど、足のひらに豆が出来ますと、お供はつろうございますよ。でもまあ久方ひさかたぶりで、のんびりとすがすがしい気持ちになれました。去年の秋から急に世の中が物騒ぶっそうになり、戦ははじまるし矢たら無しょうに火事があり、空ではお星さまがいさかいなさるかして、今にも京へ敵の軍勢が攻めのぼって、市中まちじゅうが焼野の原にもなりそうな話ばかり──毎日おびえておりましたが、ありがたいことには四条縄手じょうなわてとやらで、楠どの御兄弟が戦死なされて、味方は大勝利──もうもうなんの心配もなく、枕を高うねむれるとのことで、ほっと安堵あんどのおもいをいたしましたのが一昨日おとついでございます。こうして物見遊山ゆさんに出かけてまいるなど、ほんに夢のようでございますぞや」
 庵の尼は、うなずきながら聞いていたが、
「戦さは、いとわしい厭わしい!」
 と、ひとちた。そして、
「楠の御二代目も──討死なされた!」
 味気あじきなげに、そう呟やいて眼をとじた。
「南無阿弥陀仏」
 山頂に近い時雨亭しぐれていへむかって、舜髄は登っていった。
「露霜の小倉の里に家居いえいしてほさでも袖の朽ちぬべきかな」「忍ばれん物とはなしに小倉山軒端のきばの松に馴れて久しき」と、定家卿の詠んだ歌を、口ずさみながら登って行った。古井戸、柳の水は、その昔、歌のひじりの定家卿が筆硯ひっけんのために汲んだ井戸のあとで、またの名をすゞりの水とも呼ばれていた。舜髄はその井戸をひとめぐりして、それから一度、下の厭離庵の方をながめてから、小径こみちを、竹林の茂みへ入った。やがて竹がつきると、老松のおおきな幹がわだかまった。小倉山は、隠掠山おぐらやまとも書かれたくらい、樹木が、奥暗いまで生え茂っていた。落葉する木々が梢をむきだしている冬ながら、ちん四辺あたりはかなり濃い陰影かげになっていた。
「兄者──」
 と、声大きく舜髄が呼んだ。
 風や雨にれ荒らびたちんのなかから、唐土屋もろこしや伽羅作きゃらさくが現われた。そして、
「どうじゃ──紅葉のない紅葉山も、わるくはないのう」
 と、云いながら手招きした。
 舜髄は、近づいて、
「いかゞ?」
 訊ねると、眉根まゆねを寄せて、
「難かしい!」
 と、伽羅作きゃらさくが答えた。

 舜髄しゅんずいと、その兄の伽羅作とは、六本杉の怪異かいいの作者だった。怪異を作りだした立作者たてさくしゃはむろん虎夜叉とらやしゃ正儀まさのりだが、それをたすけて、なくては叶わぬすけをつとめた脇作者わきさくしゃは、この兄弟であった。
 大塔宮だいとうのみやのおん崇りが、仁和寺にんなじの六本杉の上に、天狗評議をひらかせ、御外戚ごがいせき峯の僧正の霊が、副将軍直義たゞよしの北の方の腹から男子となって産まれ出るし、一方では忠円僧正が高師直こうのもろなお師泰もろやすに、また知教ちきょう上人しょうにんは上杉、畠山にのりうつって乱をおこすことになった、という作為さくいは、むしろ作者の予期以上にも反響をもたらして、その凶々まが/\しい木魂こだまが京都を、まっさおに震撼しんかんさせたのであった。
 で、いま、この兄弟は、なにか第二の怪異でも作ろうとしているのだろうか?
 きのうの夕がた、唐土屋もろこしや伽羅作は、艫太郎ともたろうと呼ばれる年若な手代をつれて、反橋そりばしの直冬邸に現われた。四条畷合戦の大勝利を、祝うために、しこたま祝儀物をとゝのえて伺候しこうしたという形だった。
 屋敷の家老、横溝よこみぞ平馬は、
さかいから、お早々と、それはそれは!」
 重たそうな金銀づつみを、進物台に見つけるがいなや、眼尻めじりしわ相好そうごうをくずしたが、じきにわざわざ渋面じゅうめんをこしらえて、
狒々館ひゝやかたの大将が、あのでかいお鼻を、どんなに高々と、太々と、うごめかしたり、ふくらましたりされるかと思うと、しゃくで、癪で、我慢ならん! えゝっ我慢がならん! めでたくも、嬉しくもないっ!」
「ひゝゝゝゝ!」
 いち早く笑いだしたのは、丹那たんな市之進いちのしんで、
「我慢がならんなら、泣くなりわめくなり、遊ばせだ」
 例によって酒気満々。
「なにを!」
「えひゝゝ六条河原で、さらし首のお通夜つやでもなさるかな?」
「おのれ、また喰らっておる!」
御念ごねんにゃ及ぶ。あなたは不芽出度くも、こなたは芽出度いのだ。こう、平馬殿っ! 勝ったからこそ御勝手な熱も吹けようが、これが敗けて御覧じろ、今ごろは、跳ねても吠えても追いつかん」
「馬鹿を申せ。五万の兵が負けてたまるか」
「馬鹿をおっしゃい。相手は楠だ。その首とれば師直様々──正行どのゝ首を持って、明日は一たん凱旋がいせんなさるという。足利万歳、高万歳──われ等も万歳、酒も万歳──内輪喧嘩うちわげんかは中休み、万歳楽まんざいらくウだ、オヤハオヤ! ヨイとこ、どっこい、オヤはおや!」
 と、手拍子てびょうし、足拍子で踊りだしたので平馬はあっけにとられたし、侍たちはどっと笑いはやした。で、夜は、直冬から許しが出て、遠侍とおざむらいでは、唐土屋もろこしや持参の祝儀樽しゅうぎだるの鏡をぬいた。いかに師直は憎くとも、めでたいことにいつわりはなかったから、にぎやかな戦勝祝い。舜髄しゅんずいも天竜寺からやって来て、夜がふけたので、伽羅作と一緒に屋敷に泊まった。そして今朝は、伽羅作が、洛外らくがいの旧跡めぐりをしたいと云いだして、案内役は舜髄。
 お部屋の敷妙しきたえも、二人の兄と共に、出かけることになった。都の西の郊外は初めてだというし、特別な上天気でもあったし、そこに何らの不自然さはなかったのであった。

 定家ていかきょう山荘の遺蹟いせき時雨亭しぐれていの中では、敷妙が、悲しそうにすゝり泣いていた。
 そばに、唐土屋もろこしやの手代が、きりゝと締まった凛々りゝしい美貌を、さも困ったらしく曇らせながら腕ぐみをしていた。
 いくたび建て直されたものか解らぬが、その都度つど、小さく、粗末そまつになって、今は雨露の洩るにまかせた※(「クサカンムリ/最」)さいじたる無住の小舎だった。木目もくめれ高まった板の間に、けばけばしい唐衣からぎぬの袖をはわせて、敷妙は、二人の兄が入ってきても、突っぷした顔をもたげずにいた。伽羅作と舜髄は、手代の艫太郎ともたろうよりも下座しもざにすわった。こんなやぶれ小舎で、下座も上座もないようなものだが、しかしおかしなことは、それだけではなく、舜髄が、
「困りましたのう、お身さまが手をお焼きのようでは──」
 と、云ったし、主人である唐土屋までが、
 ともかくも、いま一度、あなたから、因果いんがをふくめて頂きたい」
 と、頭をさげた。
 これでは明らかに、手代てだい艫太郎などというのは、人を偽る仮の名であることがわかる。
「いや、二度でも三度でも申す」
「どうぞ納得なっとくの参りますように──」
 と、伽羅作のかしらが、ふたゝび下がった。
「敷妙どのゝつむりが、縦に動くまでは、いくたびでも申そう」
 そのとき、敷妙が、涙にぬらしたあでやかな顔をあげて、
梶丸かじまるどの──」
 と、呼んだ。
 梶丸! 唐土屋の手代に変装へんそうして、京都へ入り込んだのは、虎夜叉正儀の股肱ここう近豎きんじゅ尾鷲おわせ梶丸だったのである。
 だが──いうならば神出鬼没しんしゅつきぼつ
 ほとんど端睨たんげいを許さぬ行動だ。
 なぜかなら、正行まさつら戦死の詳報しょうほうが、東条の城にとゞいた六日の朝、和泉いずみ槇尾山まきのおやまなる興良おきなが親王しんのう准后じゅんこう親房ちかふさきょうのもとへ、その悲しむべき報らせを運んで、もはや危急のせまった吉野の行宮あんぐううつし奉らんがために、さながら疾風はやてのごとく駒をやる虎夜叉に扈従こじゅうして、自分も馬を走らせた梶丸だったし、虎夜叉が槇尾城まきのおじょうの客殿で、親房卿と語っている間、入側いりがわの外の廊にうずくまっていたのも、梶丸だったのである。
 それが、翌くる七日の夕がたには、堺の唐土屋と共に、その手代艫太郎として、足利直冬の堀川邸にあらわれたのだ。そして──
 梶丸は、今、
御得心ごとくしんか?」
 と、敷妙の顔を見返した。
「いゝえ」
 かぶりは、横に振られた。
「いゝえ、では済まぬ。済みますまい!」
「でも──」
「でも──いやと、いわるゝか?」
「わたしの身に叶うことならば──」
「叶うことだ。ぴったりとかなうことでござるぞ!」
「まあ! ぴったりと適うなどと──そりゃむご、梶丸どの! あんまりでございます」
「いやいや、むごいことや出来ぬことを、ついぞ一度もおっしゃったためしない殿でござる」
 わきから舜髄が、
「のう敷妙。覚悟のほぞを固めに固めて、直冬の愛妾あいしょうになっておる身ではないか!」
 と、言葉を添えた。

 敷妙は、うらみ侘ぶるという目つきで、
「もうそれだけで精いっぱいじゃ!」
 と、舜髄へ、投げ返すように云った。だが舜髄も、すぐに応じた。
「なんのなんの! 忠義のためにみさおをすてゝ、朝敵の寵女おもいものになってから、すでに一年半もすぎた。おのがみだらからというではなし、それが大きなお役に立つならば、この上にも肉体からだを汚したとて、五十歩、百歩じゃ」
 伽羅作きゃらさくが、手をうって、
「そうだ! 五十歩、百歩だ」
 梶丸も、
「確かに!」
 そう云った時、敷妙は、金糸銀糸のまばゆいような浮線綾ふせんりょうの胸を、白い手でおさえつゝ、きっとなって、
「梶丸どのは、女心を知らぬ。兵法武芸はお達者でも、まだ恋知らずの若衆では、遣瀬やるせないわたしの悩みが、どうまあ汲めよう! 東条とうじょうの殿のお言葉とあれば、出来まするかぎりは、なんでとやこう申しましょう。二つを二つとも叶いませぬとは、お答えいたしませぬぞえ。一つの方は──正行まさつらの殿のお首の方は──いかようにも働くつもりでおりまするし、まあこの方ならば、どうやら成就じょうじゅめども見えますけれど、も一つの方は──そりや御難題ごなんだいでございます、御無理でございまする」
 と、そう云いきると梶丸は、
「敷妙どの!」
 鋭い声音こわねで、
「御難題とは、なに事ぞっ!」
 と、叫んだ。
 舜髄しゅんずいは、起ちあがって、ちんの外へ出た。見張るためだった。伽羅作もまた、外に気をくばりながら、だが、妹の面持ちを、はげしく眺めた。
 梶丸は、一層するどく、
「おん身にも似合わぬ返辞へんじを、よくも聞かせた! ああさようか、然らばで──この梶丸が立ち戻って、復命できると思わるゝか? 弱年ながら殿のお見立みたてこうむって、お使者にまいったそれがしでござるぞ!」
「もし! 死ねとおっしゃるなら、よろこんで死にもいたしましょうが、こればっかりは御難題──」
「えゝっ殿の御苦衷ごくちゅうが、おん身にせぬとは情けない。一身一家のかりそめな、喜憂利害きゆうりがいのみにかゝわるなら、いやもよかろう、叶わぬでもよい。恋の辛さに負けようと、女心を立てようと、そりゃ何とでも御勝手なれど、ことがらは恐れおゝくも吉野なる、朝廷の御安泰ごあんたいいなかのわかみちにもかゝわる! さ、なにが無理か? なにが無体むたいか?」
「おゝ!」
 と、敷妙は苦しげにうめいた。
 梶丸も、こゝ懸命けんめいのせつない汗を、じっとりひたいににじませながら、
「おん兄上お二人と、二千の将兵を失っても、なお自若じじゃくとして立たせらるゝ我が殿の、世にも悲壮なお心を──これさ、敷妙どの、おん身は──おん身は──」
 声がふるえ、言葉が出詰でつまると、たちまちなみだが、はらはらとこぼれ落ちた。
「なんと感じるのだ? 感じないのか?」
 と、たゝみかけられて、敷妙は、こらえきれずに、わっと泣き倒れた。
 伽羅作も、鼻をつまらせて云った。
「一天万乗の、大君のおん為めじゃ、しのんでくれ!」



六条河原から清涼寺せいりょうじ

「押すな、押すな、あ痛、たゝ、つゝ足も、足も──足もからだのうちだあ!」
「あゝ痛いっ! 痛いというたら、踏まんどいてくれ!」
「あぶない、つぶれるつぶれる!」
「あれもう、小さいのが居るわいなあ!」
「痛いよう!」
細少こまいのをつれて来るのが間違いだ、せろ失せろ!」
「あゝ苦し! のうにも動けぬわいのう!」
「こう、が高い、あたまが邪魔じゃまだぞう!」
「ちゞまれちゞまれ!」
「造りつけだい!」
烏帽子えぼしをぬげやい!」
頭巾ずきんをとれっ!」
「押すなと申すに、反吐へどが出るぞお!」
「き、き、きたねえ奴だ、やりきれん、退け退けえ!」
 群集は、老若男女をこきまぜて、広い河原を狭くしていた。
「首は、どこだ? おれには見えんがな」
「そりゃ見えぬはずでござんす、まだ首は、一つも来ておらぬわいな」
「おう、待たせるではないか? いやに勿体もったいをつけずとも、見せるものなら早ようみせてくれい!」
「あれま、聞こえるぞえ。お侍衆が、こちら睨んでるわいの」
勿体もったいぶるわけじゃよ、楠さま御兄弟のお首じゃ。我りゃ昔からのことを知っとるが、新田にった左中将さまのお首がこゝでさらされた時なども、小半日こはんにち待たされたぞや。重みからいうたら、こりゃ、それよりか重いお首じゃ。お取んなされた師直もろなおさまのお手柄は、とんでもなく素晴らしいわけだが、吉野の宮方みやかたは、なんぼうお力落しであろうぞ。楠さまも、御二代つゞいて討死なされるとは、よくよく御運のお悪いことじゃ。正行の殿も、父御様てゝごさまにもおとらぬおえらい方だという噂だったがのう。たたり目に逢いぐせがついては叶わん。そこへいくほかないようなことばかりする。人間というものはおかしなものじゃわ。運の神様に一度かばわれたとなると、なかなか容易よういなことではち目が来ないて。りゃこの目で見たことだが、ちょうどこの辺で戦があった。そなた達は頑是がんぜのうて、覚えもあるまいけれど、その時は、将軍さまのお命が危なかった。それから湊川では、副将軍さまが、命拾いを遊ばしたし、こんどは今度で師直さまが、ほんのもう少しで娑婆しゃばとお別れになるところだったという。でも、いずれも様が、お首にはおなんなさらんわい」
 六条河原は、もう人で埋まった。
 だが、長講堂ちょうこうどう御影堂みえいどうのわきから、東へ走ってゆく者が、かゝとひざを蹴られたし、七条烏丸からすまるの辻などは、動きのとれぬくらい雑沓ざっとうしたし、川東では五条坂どおりも、八坂やさかの塔から建仁寺けんにんじどおりも、今熊野いまくまのから三十三間堂の通りも、みんな河原へ河原へといそぐ民衆でひしめき立っていた。
源秀げんしゅうどのゝ首は、どんなに凄いだろう?」
「首になっても、喰いついた本宮ほんぐう太郎左衛門の喉から離れなかったそうじゃ」
「その本宮ほんぐうとかいう士は、睨まれたまなここわさに、狂い死に死んだというぞよ!」

 河原へ運ばれてきた首の数は、五十ほどだった。
 四条畷じょうなわて、茶ノ木堤きづつみ、野々宮の森、佐良々、野崎の原頭げんとうから、京都へ送られた首はおびたゞしい数であったが、それが皆なさらされるわけではなかった。五十級は、名ある将士の首級だけ──。
 でも、ずらりと並んだ梟首台きょうしゅだいは、まだその上に生首なまくびが架けられてはいないにもかゝわらず、物々しく陰惨いんさんに眺められた。台に平行して、竹矢来たけやらいがいわれ、台の上には、かなり大きな木の札が、立て並べられた。木札には、楠正行之首、楠正時之首、和田高家之首、和田源秀之首というように、首の数だけ書かれてあった。
 きのうの温かさは何処へ行ったか、空は、どんより曇って、一月九日の午前の陽は、ほんのかすかに賀茂川かもがわの水に、砂に、こいしに、そして五条橋から七条橋の間の河原にぎっしりつまった群集のうえに洩れた。つめたい風が、だんだん強まって来た。首は、やはりそれぞれ名札のついた首桶くびおけに入っていて、防腐剤ぼうふざいも塗られてあったし、まだ寒中でもあったから、それほどひどく腐敗してはいなかった。けれどもふたをとってみると、さすがにむっと──屍臭ししゅうが、はげしく鼻をつんざいた。
 郎従ろうじゅうの一人が、正行の首を桶から、とり出そうとした時──
 ちょうど河原院の築地ついじのあたりで、
「わーあっ!」
 と、群集がわめき声をはりあげた。五条橋の西袂にしだもとの観衆も、それに呼応でもするように、どっとおめいた。役人やくびとの士はじめ、首桶のふたをとった郎従どもは、一度にあっと驚ろいて、河原院の方をながめた。
「待てえ──待てえ!」
 声もろともに、騎馬の士が、一騎、二騎、三騎──。
 徒歩かちの郎従が、馬側ばそくを走りつゝ──
 市民の群れが、二つに割れると、まっすぐに河原へ乗り下りた先頭せんとうさむらいが、
「やめい、やめい、梟首さらしくびの儀は無用なるぞう!」
 と、大きく、高くよばわった。
「わーあっ!」
 無数の観衆が、どよめき立った。
「やあやあ無用とは奇怪きっかい千万──かくいう樫村かしむら儀左衛門、奉行ぶぎょういたす梟首を、とめだてなすは何者だっ!」
「おう我こそは、足利あしかゞ宮内くない大輔家たゆうけの家老、横溝平馬矩近のりちかなり。無用々々、かたく無用ぞ!」
「ちえゝ烏滸おこがまし、直冬家の臣に、なんの権限けんげんこれあって、いらざるさまたげいたすのか、返辞によっては容赦ようしゃはせぬぞっ!」
「やあ口幅くちはゞ広し儀左衛門、敵とはいい条、南山の名将、楠どのおしるしを、兇賊きょうぞくとえらばぬ取扱いはもってのほかだ!」
「わーあっ!」
 群集は、かみなりのように鳴りわめいた。おゝかたは歓呼の声だった。
 建武けんむ中興ちゅうこうの業、破れてこゝに十三年、京は、足利の膝元ではあったが、しかしなお楠の令名れいめいは、ふかく市民の脳裡のうりに刻まれていたのであった。
「だまれ横溝っ、楠は、持明院じみょういんみかどにたいし奉っては逆賊じゃ。朝敵の首をさらすがもっての外か? 天下の執事しつじ師直殿の命により、この樫村が奉行ぶぎょうぞ。退れ、退れ、退られい!」

 樫村かしむら儀左衛門は、威たけだかに呶鳴ったが、横溝平馬はからからと笑った。
「片腹痛い! 退さがれとは何んだ?」
 そう云いざまに、馬からひらりと降りた時、樫村はつかつかと進みよって、
「退れとはせろということだ。わざと馬から下りたのは、刀のさびになりたい気か?」
 つかを握って睨みつけると、
白痴たわけ々々/\、都の飯をみながら、平馬の剣を知らぬのか?」
「なにをっ?」
「はゝゝゝお手前の御朋輩ごほうばい熊髭くまひげみたいな評判倒れの剣とは剣がちがう」
 ふだんは、だらしのないほど物柔らかな平馬だったが、腕には自信があるだけに、いざとなったら強かった。
「おのれ、武州ぶしゅうさまの御威光もおそれずに! それ各※(二の字点)っ!」
 ばらばらっと配下はいかが、平馬をおっ取りめようとすると、すでに下馬げばして郎従を集合させていた平馬の部下も、負けるものかという意気込みで走り出た。だが、
「待て、はやまるなっ!」
 と、平馬が制して、樫村かしむらへ、
「さあ尋常に、楠どのゝお首をこなたへ渡さばよし、いやとあらば目に物見しょうぞ。大御所おおごしょ下御所しもごしょ両公の、お指図さしずによって参った拙者を、直冬家の使者とあなどらば、後悔ほぞを噛むとも及ぶまい。さあ如何に如何に?」
 と、よばわった。
「なに、御両公のお指図だと? えゝ偽りを申すな、申すな! 樫村は、たばかられはせんぞ。下御所のみならいざ知らず、わが殿の御執行ごしっこうを将軍家がおさゝえ遊ばすわけがない。ちえ面倒だ──者どもかゝれっ!」
 儀左衛門が、そう叫んだ時だった、ふたゝび群集が大波のように動揺どうようして馬をとばせて馳せつけた饗庭あえば命鶴丸みょうずるまると、その従者とが河原へ現われた。
 命鶴丸は、将軍しょうぐん尊氏たかうじ秘蔵の近習きんじゅだったから、群集は、
「命鶴どのう!」
「命鶴どのう!」
 と、叫んだ。
 儀左衛門は、ぎくりとした。尊氏の命令をもたらしたことを、疑う餘地よちがなかったからである。命鶴丸は、足利譜代ふだいの重臣である饗庭家あえばけにうまれて、幼いころから並すぐれて悧巧りこうだったので、尊氏は自分の側近くはべらせてその非凡を愛した。政治をすて、軍事をかえりみなくなって、ほとんどすべての侍臣を遠ざけてしまった尊氏にとっては、唯一の近侍はこの命鶴であった。まるで形に影がともなうように、尊氏のおるところには必らず命鶴がいた。命鶴の顔色によって、およそ尊氏の気持ちがわかったし、命鶴の行動から判断すれば、たいがいは尊氏の意志が見つもれた。浮世うきよと断ったかのように日は送っても、尊氏は将軍、源氏の長者に相違ないのだから、二十歳はたちにも達しない命鶴ながら、年齢不相応ふそうおうな、そして身分にはるか過ぎた権柄けんぺいがおのずと附くことになった。で、その命鶴丸に出現されては樫村儀左衛門も、
(駄目だ!)
 と、思ったが、たまらなくごうが煮えた。
(一たい誰れが命鶴なんぞを、引っ張り出したのだ?)
 将軍の寵豎ちょうじゅは、馬からおりた。
 またも市民が、歓呼の声をあげた。

 一条今出川の師直もろなおやかたでは、朝から戦勝を祝ううたげがひらかれていた。
 宏壮な宸殿しんでんには、堂上どうじょう公卿くぎょう朝臣あそんたちが招かれて、善美をつくした饗応きょうおうに、今や、うちくつろいでいた。うたがいもなく、これは前例のない催しだったろう。なぜかというと、昇殿はゆるされていてもやっと四位の一武臣にすぎない師直の招宴に、やんごとない雲上うんじょうびとが列席したのだから、けだし未曾有みぞうだ。師直の驕慢きょうまんと、押しの太さは、この一事でも充分想像そうぞうされようが、しかも師直は、会釈えしゃくと挨拶をすますがいなや、さっさと宸殿しんでんから対の屋へ引っ込んでしまった。
ねぎの枯れっ葉みるような、公家くげどもの、相手が勤まるか」
 ほんの我まゝからだった。宸殿では、窮屈きゅうくつで、酒もうまくないからだった。いかに磊落らいらく、無作法でも、衣冠束帯いかんそくたいの堂上人を前に飾っては、そうそうは行儀も乱せない。当人は平気でも、先方が困る。わざわざんでおいて、迷惑な想いをさせては、饗応の趣旨にもとる。むしろ座をはずす方が、自他ともに助かる。と、勝手な理窟りくつをつけて、東対に引き上げたのだ。そして、
「五郎、そなたはねぎの枯れっ葉の血筋だ。宸殿しんでんへ出て、わしの代理せい」
 と、云った。
 愛子、武蔵むさし五郎丸師夏もろなつは、早熟そうじゅくな顔を微笑ほゝえませて、
「畏まりました。だが父上、葱の枯れっ葉はおひどうございます」
 そばから、師夏の母二条御前が、
にものう!」
 と、みやびやかにひたいをひそめた。
(どうもひんばかりよくて、年増としまになっても肝腎かんじんな味わいが出てこぬわい)
 師直はそう思って、その物足りなさのつぐないを探すような眼つきで、下座にはべっている七八人もの側女そばめたちを、ひとわたり見廻したが、ちえっ──舌打ちして、
(咲き損ねたり、とうが立ったり──)
 どこかに、ぞっとするほどの美女はいないものか、と考えた。
 宸殿しんでんでは、上座から十人目くらいに、文章博士もんじょうはかせ、日野行氏ゆきうじがいた。
「築山は、宇都うつの峠をかたどり、泉水は難波なにわの葦を移したという、この林泉りんせんの結構さは、洛中らくちゅうでも随一でござりましょうな」
 隣席の宰相さいしょう中将ちゅうじょう忠季たゞすえが、うなずいた。
「将軍も、副将軍も、あってないような形でござりますのう」
「まことに。十万の大軍に総帥そうすいして、南方討伐とうばつの偉功をあぐれば、名はこれ無くとも、内実は立派な征夷せいい大将軍でござりますゆえ、幕府ばくふはひっきょう師直もろなお殿どのの幕府じゃわ」
くすのき左衛門督さえもんのかみの首うちとられしは──」
 と、宰相さいしょう中将は声を低めて、
「いわば女讐討めがたきうちじゃ。──再度の出馬で吉野へ攻入り、弁内侍べんのないしを、こたびこそ奪いとろうおつもりかも知れませぬぞ」
 と、さゝやいた。日野三が、
「かも知れませぬな」
 と、鸚鵡返おうむがえして、にやりとしつゝ、
鹿路平ろくろだいらで、矢板将監しょうげんが斬られたと聞きました折は、この行氏ゆきうじ、実を申せば、生きてあるそらもないかに思われましたが、さいわい格別のたたりものうて──」
 そう云いかけた時、武蔵五郎丸が父に代わって宸殿に現われた。

 樫村かしむら儀左衛門は、重ねて言い直した。
「は。正行まさつら殿どののおしるしのみならず、正時殿のお首以下四十九級、ことごとく奪われましてござります」
「馬鹿っ!」
 師直は、酒杯を叩きつけるように、高坏たかつきにおいて、
「奪われた奪われたと、ぬけぬけと、五十級の首のすべてを、な、何者にられたと申すのだ?」
 豪胆無双ごうたんむそうこう執事しつじも、あまりにも意外な報告に、愕然がくぜんとなっていらだった。
「は。宮内くない大輔たゆう直冬たゞふゆさま御家老。横溝平馬どのに──」
 儀左衛門は、とっくに観念をきめていたから、自棄やけ落着おちつきにおちついて答えた。
「なに、横溝平馬に──」
 頭脳も活溌かっぱつな師直には、たちまち事件の輪廓りんかくだけは、ほゞ推測すいそくできた。と、同時に、直冬への憤怒ふんぬが、猛然と爆発した。
「おのれ小童こわっぱ、どうするか見ろ!」
 そう叫んだが、すぐ声を、ぐいとふだん並みに落として、
「儀左。肋骨あばらは二三本足りなそうでも、平馬は武芸の達者だということだな?」
「さようでござりまする」
痴者たわけめ。無抵抗で奪わせたのかと訊いておるのじゃ」
「殿。──直冬様のうしろだて下御所しもごしょは、それがしとてあえておそれませぬ。もし、下御所の御要求ゆえその首渡せとあらば、不肖ふしょう儀左めも、刀の目釘めくぎの折れるまで──いゝえ先日の源秀げんしゅうもどきに、相手の喉に喰らいついても闘ったでござりましょうが、──殿。──大御所さまの御許おんもとから命鶴みょうずるどのが、馳せ参られましてはもはや詮なしとあきらめ、たゞ尋常に、相渡しましてござりまする」
「命鶴に刃向うは、大御所への敵対と考えてか──?」
「それがしも殿の御指令ごしれいを仰ぐだけの猶予ゆうよは乞いましたなれど、命鶴どのはいっかなゆるさず──また一つには、なまじきわどいはずみに殿のお耳にいらば、かえって将軍家との御関係において、おん為め悪しかりなんとも存じましたゆえ、かく申す儀左めが腹を一つ、切って事を済ますにしかずと──」
「待て。悪い覚悟だ。腹切ることは、無用だ。断じて、まかりならぬぞ」
 師直はまず、かたく制してから、
「首を、湊川の合戦後になろうて、河内へ送り返そうためか──直冬は?」
 と、たゞした
「いえ、洛西らくせい小倉山のふもとの、清涼寺せいりょうじに葬るためとござりました。かしこの住職、堯算ぎょうさん老師ろうしは、楠どのが幼少時代に師と頼まれた河内かわち観心寺かんしんじの、滝覚坊りゅうがくぼうと深交があったとやら──その因縁いんねんによる、と申すことで──」
 と、儀左衛門が答えた。
「さようか。だが、送ろうと葬ろうと、わしの鼻を、したゝかに明かしたことに変わりはない。儀左、そちが腹など切って見い、わしのがかさむだけじゃ」
「殿──」
「よい。案ずるなよ。──さかずきを取らそう」
「はあ」
 切腹の覚悟であっただけに、嬉し涙がこぼれた。
 師直もろなおは、空間をぎゅうっと睨んで、
「直冬め、まともからたてつくとは、身のほど忘れた夏の虫、火焔ほのおの熱さを思い知らそうぞ」
 そう云ったかとおもうと直ぐ、にっこりと無気味に相形そうぎょうをくずした。儀左衛門が、杯を返そうとした。
「樫村、近う」
「はあ」
「耳をかせ」
 師直はなにごとかを樫村儀左にさゝやいた。儀左は、がぜんと眼をまるくしながら、
「えっ? おう! は」
 驚いたりうなずいたりして、聞き終わった。
「どうじゃ?」
御妙案ごみょうあん!」
「むふゝゝゝ」
「して、時日と御手段ごしゅだんとは?」
「それはまだ、決めてはおらん。だが──うふゝゝふ!」
 物騒な、残虐性ざんぎゃくせいをおびた笑いが、濃いひげのしたの厚ぼったいくちびるから、こゝろよげに洩れるのだった。



無体むたい返報へんぽうがえし

せて来そうかっ?」
 と、さむらいが叫んだ。
 その懸念けねんを打消すように手をふりつゝ、物見ものみが馳せもどって来た。
すような、模様もようは見えぬか?」
「心配なしっ!」
 村雲むらくも反橋そりはしだもとの直冬たゞふゆていには、上杉、畠山両家の兵が集まっていた。三条坊門ぼうもんの下御所からも、武装した郎党ろうどうが来ていた。今にも戦がはじまりそうな門前の景色けしきだった。
 そんなふうに警戒を厳重にして、師直屋敷からの来襲らいしゅうにそなえさせたのは、副将軍直義だった。反師直派の巨頭きょとうである上杉重能しげよしと畠山直宗なおむねは、みずからこの館まで出かけて来るほど形勢を、よういならずと考えた。だが、事件の発頭人ほっとうにんともいうべき直冬だけは、最初から、しごく楽観気分で、一向にあわてるような様子がないばかりか、青い顔をしてわいわい騒がれてははなはだ迷惑めいわくだと感じたし、そう口に出して言いもした。直冬は、清涼寺せいりょうじへ送る首にさえ、さほどたくさんな護衛は不必要だと思った。むろん、その護衛ごえいに武装させる心組つもりなどはなかったのだが、そんなことで叔父の副将軍とあらそうにも及ぶまいと考えて、その言う通りになったまでだ。
 横溝平馬をはじめ重立おもだった家来はたいてい、清涼寺へ行ったので、丹那たんな市之進が、門前の警戒兵と屋敷の内部を連絡れんらくする役目だった。
物見ものみっ! 彼邸あっちにしても、ちいっとやそっとの兵ぐらいは、出入りしておるだろう?」
「ところが、妙でござる。変でござる。たゞ、お公家方のお供衆だけが、あそこの門から顔を出して、あんまり市巷まちの人間どもが騒ぐので、まなこをきょろきょろ、何だ、何だと、たずねておるような始末で──どうにも勝手が違い申すぞ」
「おかしいな。青侍衆が、何だ何だときくようでは──堂上方どうじょうがたはまだ彼邸あすこで召上がってると見える。はての。追手が、嵯峨野さがのへ裏門からでも押し出しはしなかったか?」
「いえいえ、どの門からも、追手らしい者はたゞの一人も──」
「出なかった、とするといさゝか拍子ひょうしぬけだ。ちえ張合いのないことだ!」
 封じに茶碗酒ちゃわんざけを、がぶがぶあおった後の市之進は、鼻息がたけしかった。
 午後になっても、物見の報告は、依然いぜん──師直屋敷に異状なし。
 殿上人でんじょうびとへの饗宴きょうえんはおわったが、邸内の酒もりは、いよいよたけなわというのであった。
 やがて、横溝平馬が清涼寺から、とゞこおりなく埋葬まいそうをすまして帰って来た。
「寺の西門せいもんから西、一町ばかりの丘の上に、正行殿のおしるしを葬り、導師はすなわち堯算ぎょうさん上人しょうにん──衆僧の読経どきょうもおごそかでござりました。正時殿のおしるしは、やゝ離れし場所に、それから和田殿以下の首級は、その丘の裾の、竹林のなかに、これまたねんごろに埋めまして、ただいま帰着──」
 と、平馬が復命した。
 それこれするうちに、暮れやすい曇り空が、ついに、ざあーっと雨をおとしながら暮れて行った。
 もはやどう考えても、今出川の高邸こうのやしきから楠の首を、取戻しに来る心配はなかったので、上杉、畠山の警戒兵は、雨にれつゝ暗い街路を、彼等の屋敷へと引き揚げた。
 重能しげよしと、直宗なおむねとは、
「いゝ気味でござる。横道おうどうものも、が出なかった。わはゝゝゝ!」
 笑いながら、反橋そりばしの直冬邸を辞した。
 その夜、愛妾あいしょう敷妙しきたえは、
「殿──。ふと思いついたまゝ申し上げたことがもとで、今日はとんだお人さわがせをいたしたような、形に相成りまして、まことに心ぐるしゅうございましたぞえ」
 と、云った。
 直冬が、かぶりをふった。
「なんの! 理由いわれもなく騒いだのだ。わしは昨夜ゆうべ、そなたに言われたので、はっと気づいた。その点、恩に着なければならんのじゃ。天下の名将、楠正成まさしげの、嫡男ちゃくなんにしてかつ南山武臣なんざんぶしんの今の棟梁とうりょうを、そのお首を、獄門ごくもんにかけては後世末代のものわらいになりはせぬかと、そなたが言うてくれなかったなら、今朝のような手順には、おそらく運べなかったであろう。われながら恥かしい話だが、師直にくしの怨念おんねんから、あぶなく倫常りんじょうの礼節を誤るところだった。それというのも去年の暮、師直が河内かわちへ出陣する折の、傍若無人ぼうじゃくぶじんいきどおるあまりに、実は昨日の凱旋がいせんなぞは、まったく他所よそごととしか思われず、なんとでも勝手にしろという気持ばかりが、先に立ったでの。──敷妙、お蔭であったぞよ」
「あれ、そのようにおっしゃっていたゞいては──」
「いや本当に、ありがたかった。父上尊氏のめお言葉を、わしは生れて初めて貰うことが出来たのだ。──人の子として、これが喜ばずにおられようか! わしは、不幸で生みの母と一緒に住むことを、さまたげられた。この直冬は、親の慈愛にえていたのだ。──敷妙。わしは、嬉しいぞ!」
「殿──。そのおよろこびはお道理でございまする!」
「だが、歓びは、それだけでない。それ、そのように美しいばかりか、さかしさは男まさりのそなたを──こうして、いとしむことが出来るという嬉しさ! この嬉しさは天地てんち陰陽いんようの理にかのうて、ほとんど何物にもかえがたいような熱烈さを持つ。のう敷妙──」
 やわらかな肩に、直冬の手がおかれた。
 のぞきこむと、うるわしい双眸そうぼうが、なみだの露でうるんでいた。
「直冬は、そなたなしには、生きてゆけぬ!」
「──まあ、勿体もったいのうございます!」
「あゝなんという可愛い声だろう! そなたを得てから、わしの人生観は変わったのだ。──敷妙! 敷妙!」
「わたくしは、幸福者しあわせものでございまする!」
 たちまちすゝり泣きが、直冬の耳へは、微妙な音楽のように聞えてきた。
「おゝ嬉し泣きに、泣いてくれるか!」
 それは陶酔とうすい声音こわねであった。
 雨の夜は、やゝけて、奥まったねやには、銀燭ぎんしょくがしずかにまたゝいた。

 敷妙しきたえが、直冬たゞふゆかいなにいだかれつゝ流したなみだは、そもいかなる泪ぞ?
 彼女は都の西郊せいこう、小倉山の時雨亭しぐれていで、くすのき虎夜叉とらやしゃ正儀まさのり密旨みっしをもたらして何ごとかをいた梶丸にむかって泣きながら答えたことには、死ぬよりもはるかにつらいとあった。兄の伽羅作きゃらさくおよび舜髄しゅんずいから、かけまくもあやにかしこき大君のおん為めに、苦肉くにくのはかりごとをめぐらす虎夜叉の殿のお言いつけにそむく気か、となじられもしたし、また、忍びかねるでもあろうが忍んでくれ、と諄々じゅん/\、説きすかされもした彼女だった。自分はしあわせものだと直冬に云った言葉が、うたがいもなく真っ赤ないつわりなら、流した泪はたゞたぶらかしの空涙そらなみだであったろうか?
 敷妙は、もちろん、たばかるために直冬たゞふゆに身をまかせている女だった。虎夜叉の密計に参画さんかくしたごく少数な人間のひとりなのだ。虎夜叉は、彼女の美貌びぼうと才智とを利用して、かねての計画をいまや実行にうつそうとしているのであったし、敷妙もまた、心もからだも棒げきった虎夜叉のためならば、たといどんなことであろうといとわない──かならず仕遂げよう、と覚悟をきめたその決心のかたさには、たしかに婦女の感情を超越ちょうえつしたものがあった。けれども、木石ぼくせきでない彼女にとっては、それが死ぬるよりも辛いことであるかぎり、やはり悲しまずにはいられなかった。
 泪は、悲しみにえかねた涙──彼女自身の痛ましさをなげく涙であった。
 だが、敷妙としては不覚ふかくの泪に、かえって彼女の予期よきしなかった効果がともなった。と、いうのは、この夜くらい彼女をいとしいと感じたことは、これまでの直冬の愛の経験けいけんにかつて一度もなかったからだ。直冬の、彼女への愛情は、いわば沸騰点ふっとうてんに達した。熱愛はまさしく煮えたち、たぎったのである。
 その翌くる日──
 きのうの雲は、夜の間に、空から綺麗きれいにぬぐわれて、うらゝかな陽が、紺碧こんぺきに春めかしい柔か味をそえさせて輝く晴れやかさは、一昨日おとついにもまさる日和ひよりだった。
「お帰館かえりの時刻は──?」
 と、たずねる敷妙へ、直冬は、
「たぶん夕景ゆうけいに相成ろう」
 そう答えると、
「あの──わたくしは、今日もう一日、お暇をいたゞいて、兄たちと一緒に出かけたいと存じまするが──」
 やゝ言いにくそうに云うので、直冬は微笑した。
「幾日でも出かけるがいい。きょうはどの方面の見物けんぶつかの? 八瀬やせ大原おはらから寂光院じゃくこういん──鞍馬山くらまやまへでも登るか。それとも叡山えいざんか?」
「見残してまいりました天竜寺から、高雄たかお栂尾とがのおをまわりまして、帰りがけに上賀茂かみかもやしろへお詣りいたしたいなどと、さかいの兄は申しておりまする」
「あゝさようか。そんなら叡山えいざんの方面は、明日がよかろう。唐土屋もろこしやも、こんどはゆっくりと逗留とうりゅうして、存分にてゆくことじゃ。伏見稲荷ふしみいなり醍醐だいごの三宝院、宇治の平等院びょうどういんというように、廻ればずいぶんと名所も多いぞよ。すこしも遠慮えんりょはいらぬからと、そなたからそう申せ」
「お有難うございまする」
 敷妙は、三条坊門ぼうもんの副将軍邸へゆく直冬を送りだすと、すぐ供仕度ともじたくをさせた。
 前々日、仁和寺にんなじ、妙心寺、つれづれ草のならびの岡から、大覚寺だいがくじ、清涼寺、二尊院そんいん、小倉山とまわった時とまったく同様な一行の顔ぶれだった。敷妙は、肩輿かたごしに乗った。艫太郎ともたろうの梶丸をつれたていの伽羅作と、舜髄とは、輿こしのまえに立った。老女の枳殻からたちと、千鳥、早苗さなえなどの腰元どもが輿側こしわきを歩いた。
 附近の市民が、目ざとく見つけて、
「あれあれ、反橋そりばし屋形やかたのお側室そばめが、また今日も何処ぞへお出かけじゃ」
「ほんまにな。えろうお器量きりょうよしだという評判だが、わしはついぞまだ、その美しいお顔を見たことがない。あのみすをあげんかいの」
「わしも見たことはないけれど、弁財天べんざいてんか、吉祥天女きっしょうてんにょの、生まれ変わりみたいだというぞ」
「なんでも、噂によると、直冬さまが野方図のほうずもないお逆上のぼせようで、朝昼晩のけじめなしに、のべったらにお傍へくっつけてお置きになるから、なんぼなんでも、あれではどうも見てはおれぬほどだし、はたの迷惑はともかくも、御本人様のお為めにもおからだにも、よくはあるまいということだが、寿命なんぞは縮まっても大事ない、かまわんと、そうおっしゃるので手のつけようがない」
「見てきたようなことを云うの」
「本当のことだもの、気がもめるではないか」
「ぷ。よけいな苦労だ。此方こちとらの知ったことかい!」
 などと、話し合う者もあった。
 輿は、一条通りの街路を、西へ進んで行った。
 ちょうどその時、どこの郎従ろうじゅうか三人ほど、なにか至急な用でもあるのだろう、後方から駆けてきて、輿こしのわきを走りすぎた。そして今出川の方へ疾走しっそうして行ったが、やがて高師直邸の表の唐門前からもんまえまで達しると、いっさんにその門内へと駆け込むのだった。
 と、門内の広場に、牀几しょうぎをすえて掛けていた樫村かしむら儀左衛門が、
「やあ──どんな動静ようすじゃ」
 そうよばわると、いま馳せ戻った郎従の一人が、
「は。あんまりなあつらえむきで、ちと気味が悪いほどの気味合いでござりますぞ」
 と、答えた。
「なに、気味が悪いほどの気味だと?」
「は。目ざすたえじるしが、むこうから出かけて参りました」
「え?」
 思わず叫んで、儀左衛門は突っ立って、
「そ、それはまことか?」
正真正銘しょうじんしょうめい、もうすぐそこを通りまする」
「ほう、そりゃ又なんという思うつぼだ! 天の助けかな。だが──なにかの間違いではないか? 人違いではないか」
「どう仕りまして」
「たしかか?」
まがいなし」
「うますぎて、眉唾まゆつばだぞよ」
「樫村どの。それほどお疑りなら、御自分で街路とおりへ出て御覧なされ──論より証拠しょうこじゃ!」
「これこれふくれっつらはよせ。むこうの屋敷へ乱入ということにでもなって見い、五人十人の斬り死ぐらいですむものか。命冥加いのちみょうがと考えたら、念を入れても損は立つまい」
「儀左衛門どの、もう参りまするぞ!」
「一体どこへ行くのだ?」
「どこへ行こうと、そんな事よりか、供は小人数でござる。さあ、お支度なされませ」
合点がってんだ。──それ、者ども!」
 樫村儀左衛門は、広場にたむろしていた三四十名の郎従ろうじゅうへ、声をかけた。

 郎従はみんな武装ぶそうしていた。
 儀左衛門みずからも、小具足こぐそくけていた。ふだん着は、偵察から戻った三名だけだ。
「はい、坊主と町人で。輿舁こしかきのほかは女ばかりでござります」
「なかなかひまどるの」
「もう見える時分で──」
「いずれへか曲りはせぬか? 見て参れ」
 物見の三名が、唐門からもんの口ヘ走り出た。
「どうじゃ、参るか?」
「お築地ついじのはずれで、どう致したことやら、とまっておりまする」
「なに、とまっておる? おかしいな」
 儀左衛門と、さむらいが二人、門口へ出て行った。
 師直もろなおてい築地ついじわきまで来たとき、だしぬけに輿こしのなかから、悲鳴に似た叫びごえがきこえたので、輿舁こしかきの若党らは驚ろいて足をとめたし、老女の枳殻からたちは、顔いろをかえて、みすへ走りよったし、伽羅作きゃらさくも舜髄も艫太郎も、愕然がくぜんとなったさまで、輿へくびすを返しつゝ、敷妙の名を呼んだ。けれども答えはたゞ、くるしそうなうめきの声のみだった。
 老女は、みすから首を突っ込んで、
「もし、どうなされました、もし……」
 と、たずねたが、
「苦しい……た、た、た、あゝ痛い:…」
 鳩落みぞおちをおさえてもがきあえいでいる敷妙の顔は、まるで蒼い顔料がんりょうで染めたかのようにさおであった。そのものすごい青さに、老女枳殻からたちの心は顛倒てんとうした。おしつぶった眼尻まなじりが、きりきりっと釣りあがり、口が、への字にゆがみ、朱唇しゅしんがぶるぶる痙攣けいれんして、歯がみの音がきしるのだった。枳殻は、わなゝく声で、
「も、も、もろころし屋どの……舜髄しゅんずいどのっ!」
 と、わめいた。伽羅作が、
「敷妙、敷妙どのっ!」
 老女を押し退けるようにして、内部をのぞくと、
「薬……薬……」
「おゝ、どこぞ……痛みは、痛みは?」
「こゝ……こゝ……」
 敷妙は、さながら二つのこぶしでえぐるように、胃ののあたりと、下腹をしていた。
 伽羅作の肩ごしに顔をさし出した舜髄が、
「なにかの中毒ではござらぬか? それともしゃくかな?」
 と、云ったとき、ふたゝび烈しい呻吟しんぎん痙攣けいれんとが起った。そして急病人は、しきりに薬、薬、と呼びつゞけた。
「困ったのう!」
「困りましたなあ! 薬というても──」
「日ごろはしごくお達者ゆえ、御持薬ごじやくなどの用意はなし──」
 と、いう老女へ、舜髄が、
生憎あいにくと、この近くにお医者の家はなし。お屋敷へ人を走らしても、ひまどるし──これはまた何という悪い場所じゃ、高殿館こうどのやかたの側でござるわい!」
「でもこうなってはぎらいや、ごのみなど出来ませぬ。どれ、わたくしが一走り……」
 こうであろうが、鬼であろうが、かまうものか! 医者と薬! 薬と医者!
 そう思いつゝ駆けだす枳殻からたちのあとから、伽羅作きゃらさく艫太郎ともたろうがつゞいて、師直邸の表門めがけて走って行った。
「ほい。どこまで都合つごうよく出来ておるのだ!」
 そう呟やいたのは、唐門からもんの下で、ようすを眺めていた樫村儀左衛門だった。

「もし、おたすけ下さいませ。急病人きゅうびょうにんでございまする」
 枳殻が、あえぎながら叫ぶと、
「癪の発作ほっさやら、食べ中毒あたりやら、お築地ついじぎわでにわかの発病──まことに難渋なんじゅういたしまする。恐縮ながらお屋敷の、御典薬ごてんやくさまに、お薬の御調合ねがわれますれば、この上もない仕合わせにござりまするが──」
 と、伽羅作きゃらさくが云った。
「それはそれは。いずくのお方かは存ぜぬが、さぞお困りであろう。路ばたでは、お医者の手当てあてもとゞくまい。見らるゝとおり広やかなる当屋敷のことゆえ、いざ御遠慮のう──輿こしを早く、手おくれに相成らぬよう、いそいで舁き込まれよ」
「まあ御親切さまに!」
 老女は、儀左衛門へ会釈えしゃくした。
「では、伽羅作どの」
 唐土屋はうなずいて、
「艫太郎。お輿こしをこれへ」
 と、云った。
 艫太郎はすぐ輿こしの方へ走った。
 輿が、門内へきこまれた。
「遠慮は御無用」
 急病人は、輿のまゝ遠侍とおざむらいへ運ばれた。附添って入ったのは、老女と唐土屋もろこしや主従だけで、ほかはみな、広い上框あがりがまちの下の土間で待たされた。しばらくたつと、伽羅作と艫太郎とがなかから戻ってきた。
「いかゞ?」
 訊いたのは、舜髄だった。
仰々ぎょう/\しいほど御丁寧じゃ」
 そう伽羅作が答えると、
「いや、御容態ごようたいが気にかゝる」
「御容態か。ずいぶん、重いということだぞ。そしてどうやら此方こちらの御身分が知れておるらしいぞよ」
「お顔見知りの者が、ござったという訳かの?」
「いずれその辺じゃろう」
 艫太郎が、わきから、
「枳殻どのさえ、お傍へは行けないほどに奥まったお部屋での、御療治ごりょうじらしうござります」
 と、いった。その眼が舜髄の眼とあって、うなずきかわした。
 やがて邸内が、だんだんにざわめきだして、廊下には走りつゝ行き来る足音がやかましく、庭や空地あきちへ、なにか運ぶような気配けわいがしたり、せわしげによばわりあう声がきこえたりした。
 伽羅作は、艫太郎の耳へ、
「何事でござろう?」
 と、さゝやいた。ちょうどそのとき、邸の正面広場で、
 ぼうーっ。
 法螺貝ほらがいがひゞいた。
「出陣──」
 と、艫太郎がさゝやきかえした。
「はて──?」
 伽羅作のひとみが、疑問を投げると、
「いや──」
 艫太郎の瞳は、その疑問をうち消して、当然の出陣であろうことを暗示あんじした。法螺貝ほらがいは三度鳴った。舜髄が、
「艫太郎。──!」
 と、呼んだ。
「河内へ、再度の御出馬では、ござりませぬかな」
 と、艫太郎は、物ごとがごく順調な、満足まんぞくすべき状態で進行していることを、告げるような表情で答えた。でも舜髄は、まだまだ安堵あんどするには早すぎる、といったような面持おももちで、首をかしげながら、
「それで──な──それならばよいがのう」
 そう呟いたとき、老女の枳殻からたちが、廊下から遠侍へ戻ってきた。青い顔で、
唐土屋もろこしやどの」
 不安そうな声であった。
「どうした訳やら、おそばへ通してくれませぬぞや。しいて頼めば、剣もほろゝの挨拶あいさつじゃ」

 夜がふけてゆくにつれて、直冬たゞふゆの心のいらだちはつのるばかり──。
「平馬っ、まだか市之進は?」
「は。まだ戻りませぬ」
「どこを探しておるのだ?」
「は。たゞ北の郊外こうがいとばかり──無我夢中で駆け巡っておることゝ思われまする」
「西の方へも、もう一度、人をやってくれ」
「参っておりまする」
 日が暮れても、敷妙が戻らなかったのだ。遊山ゆさんの一行が、だれ一人、帰って来なかったのだ。市之進ほか騎馬きばが数名、郎従が十五六人で天竜寺から高雄たかお栂尾とがのお、上賀茂の方面をあちらこちら探してはみたものゝ、行方ゆくえ皆目かいもくわからなかった。それらしい一行の姿を、眼にとめた者さえが、いなかった。市之進は、そこで捜索そうさく洛北らくほくへむけた、ということだけが判っているのみだった。西の郊外でなければ北の郊外かとも思われたが、大原おはら寂光院じゃくこういんあたりに夜更けまでうろついておる筈がないと、そう考えて来れば、安からぬ心の陰影かげは、だんだんと色が濃くなり増さるだけであった。
「平馬──」
「殿──」
「たゞごとではないの」
「たゞごとではござりませぬな」
 家臣郎従は、捜査そうさのためにほとんど出はらったので、屋形やかたうちはひっそりしていた、その静けさがなんとなく颶風あらし予兆よちょうをはらむ不穏ふおん寂莫せきばくのようにも感じられた。たゞごとでないことだけは明らかでも、さてどうしたのかさっぱり見当けんとうがつかなかった。明敏な直冬ではあるが、いとしくて堪らぬ敷妙の失踪しっそうだけに、気持の惑乱わくらんが冷静な考えかたを、ひどくさまたげるのだった。とてもじっとしてはいられなかったから、屋形中を歩き廻った。そして僅かばかり居残った人たちへ、いつになく自制じせいの失われた音声でどなった、かと思うと、一つところに放心ほうしんしたようにたゝずんだりした。時間はずんずん経過して、やがて夜半も丑三うしみつへかゝった。方々を探しあぐんだ家来たちが、ぼつぼつ帰って来た。いちばん望みをつないでいた市之進もむなしく戻った。で、もはや、明朝をまって探しなおす外なかった。誰れも彼れもかぶりをひねるきりで、摩訶不思議まかふしぎな神かくしに逢ったようなものだ、などと、云うぐらいが関の山だった。
「皆が、御苦労であったぞ。とにかく、一睡ひとねむりいたせ」
 直冬は、それでも家来をいたわる言葉は忘れなかった。
 自分も、気を落ちつけて、夜の明けるまではやすもうと思った。けれども、睡れるどころか物の一刻も臥褥ふしどにはおれなかった。
空閨くうけい!)
 敷妙なきねやは、たえがたかったのである。
 初めて彼女を愛した一昨年おととしの秋このかた、たゞの一夜といえども孤独こどくでは過さなかった直冬であった。むろん、かりそめの不在なら、淋しくて物足りない程度にすぎまいが、これは一体なんとした事か? そう考えると、いたゝまれなかったのだ。
(師直!)
 居間のしとねにすわったとき、直冬がそう心のなかで叫んだのは、ふとある考えがひらめいたからだった。それは、丹那たんな市之進が去年の夏ごろ、横溝平馬に告げた話からの連想れんそうであった。
莫迦ばかな!」
 舌打ちをして呟きながらも、いまのおかしな連想を、吟味ぎんみしてみずにはいられなかった。
 市之進の話というのは──「いわゆる狒々館ひゝやかたの白羽の矢番やつがいが、こんどはこのお屋敷の、敷妙さまへ向けられている」と、平馬に語ったことだ。市之進の乳兄妹ちきょうだいが、如月きさらぎという名で、師直邸に住み込んでまわし者の役目をつとめているために知れた情報だった。吉野の弁内侍べんのないしをうばい損ねた業腹ごうはらいせを、とんでもない場所へ持ちこむのだと、そう市之進が告げたのは、ちょうど六本杉の怪異かいいのあった日だったので、平馬もよほどあとになってやっと想い出したくらい気にも留めていなかったのであるが、ある時、なにかのついでに直冬の耳に入れた。──それが今、ゆくりなくいやな連想を産むことになったわけだ。しかし、考えてみると、いかに狂暴きょうぼうな師直でも、まさか敷妙を強奪ごうだつも出来まいに! と、直冬は、自分のあられもない想像の痴愚ちぐあざもうとした。
「馬鹿っ!」
 ふたゝび自嘲じちょうの呟きが洩れたのである。

(おれは今日きょう──いや、もう昨日きのうだ──午後、三条坊門の叔父のやかたで師直が、河内かわちの戦線へ再出馬したことを聞いた。麾下きかの兵に出陣をうながす法螺ほらの音も、かすかに聞えたし、今出川を発したその行軍の模様もようは、叔父の家来や上杉の郎党がみてもどったのだ。南伐なんばつ八万の軍を統帥とうすいするために京をった師直と、敷妙の行方ゆくえとを、結びつけることは、なんとしても不合理だ。敷妙の輿こしは朝のうちに洛内を西へはなれた。師直とその麾下きかは、ひるすぎてから南へ下った。だから途上で相会うことさえがあり得ない)
 直冬たゞふゆはそんなふうに考えた。
 だが、また師直が戦地へ、女を輿こしにのせてつれて行ったという、下御所しもごしょの一家臣のはなしが意識いしきおもてにぽつりとうかびでた。
「ちえゝ!」
 はらいのけようとしたが、あべこべに執拗しつこからみついてくる。
(もしその輿の女が、敷妙なら──? その女が敷妙であるためには──?)
 彼女が奪われたとしたなら、唐土屋もろこしや舜髄しゅんずいとはどうなったであろう? 侍女こしもとどもは?
 直冬は、師直の屋敷に如月きさらぎのいることを思った。もし異変が起ったとすれば、市之進へなんらかのしらせがあるはずだった。すると悲観の材料も、かなり薄弱はくじゃくではあった。しかし敷妙の失踪しっそうは厳然たる事実だった。
 悶々もん/\と、直冬は夜をあかした。そして今日は捜索隊そうさくたいを、叡山えいざん方面と、伏見、宇治の方面へ出すことにした。家人が大かた出かけてしまった後は、昨夜同様、邸内は森閑しんかんとわびしく憂色ゆうしょくにつゝまれた。念のために洛中へも人を出したが、戻ってきて、敷妙一行が一条の街路とおりを西へ行くのを眺めた市民はいくらもあるけれど、今出川からさきの街々まち/\には、そうした目撃者もくげきしゃは一人もない。ということを報告した。で、この報告を根拠にして考えると、一行はちょうど今出川の高邸こおのやしきの築地がつゞいている範囲で失踪しっそうしたことになる。もし今日も洛外で行方ゆくえがしれぬなら、どうあっても疑いを高邸にかけなければならない。と、平馬が結論したのは、もはや正午に近いころだった。その推理すいりを、直冬も正しいとは思ったが、
「わしは、そうは、考えたくないでの」
 と、云った。
「ほかに、考え方がござりましょうか?」
 と、平馬が詰問きつもんした。
「そう云われると──無いには無いけれど」
横道乱倫おうどうらんりんの返報がえし、とそう見なければなりませぬぞ」
「楠どのゝ首級くびの意趣返しか?」
「さよう──そのこと!」
 と、平馬が答えて、直冬が、
「だが、のう──」
 云いかけた時、がぜん色めく騒音そうおんが、侍溜りの方からきこえた。
「や!」
「お、あの物音は!」
 平馬はたちまち廊へ走り出た。
 と、遠侍とおざむらいから近習きんじゅがひとり、土気色つちけいろに顔色をかえて駆けこんで来た。
「大変でござる! 大変でござる!」
「おゝ敷妙どのが? 敷妙どのが?」
師直もろなおに──師直に──」
 と、近習はあえぎ入った。

 わあーっ、と枳殻からたちは泣きふした。
 舜髄も、こぼるゝなみだをおさえて、
沙門しゃもんの身ながら、無念むねんに堪えかねまする」
 というと、伽羅作は、
「お申訳けもなき次第にて、生きてお目にかゝれぬと存じながらも、まず一通り言上いたして後に御成敗をこうむるなり、腹を裂くなり……」
 声もわなわなと云い続けようとするのを、
「これ、唐土屋もろこしや! そちに何のとがあろうぞ、成敗とか切腹とか滅相めっそうもないことを、申すでない」
 直冬は、そうさえぎってから、しばらく悲痛な沈黙におちた。平馬が、
禍津日まがつびにおいなのだ!」
 と、太息といきをついたが、すぐにまたも、ぎりぎりと歯ぎしりしつゝ、南の方のちゅうをにらんで、
「えゝっ堪忍かんにんならぬ、ならん! おのれ師直っ!」
 と、たけりたった。
「平馬、落着け。──いちはやくこうがしわざと目星めぼしをつけたのはそなたではないか」
 直冬の白皙はくせきなこめかみには、静脈じょうみゃくが青くふくれて見えたが、すでに心馬しんば手綱たづなはがっちりと引きしぼられて、憤怒いかりのためにあわや狂わしくはやろうとした感情は、かたくおさえつけられていた。
「この伽羅作めの軽卒けいそつから、場所もあろうに師直屋敷へ、医者よ、薬──ととびこんだのが、なによりも悪うござりました」
「いえいえそれこそこの枳殻からたち落度おちどでございまする。高であろうと、鬼であろうと、ぎらいやりごのみなどする場合でないと、わたくしが申したのでございまする。決して決して唐土屋どのがお悪いのではございませぬ」
「いやいや、あと先の思慮かんがえをなくしました手前の落度でござりまする」
「いえいえ」
「いやいや」
「これこれ、悪いのは、凶事きょうじ魔神まがみのいたずらだ。こつねんと、敷妙に、しゃくを病ませた偶然ぐうぜんにこそとがはあろうが、そなた等に落度はないぞ」
 直冬は、たがいに責めをおうとする唐土屋と枳殻からたちへ、そう云って寂しく微笑した。そのほのえみをみとめて、平馬はやゝほっとした。だが直冬の頬をはった微笑は、単純なほゝえみではなかった。あきらめたのではなかったし、みずからあざけりあわれんだのでもなかった。むろん愛憎を客観かっかんした悟入さとりでもなかった。またもちろん、師直への恐怖からむしろ自分の破滅をまぬかれ得た僥倖ぎょうこうをよろこぶ微笑でもなかった。だが然し、いくぶんずつは、そのいずれでもあるような微笑ほゝえみだった。
 それはいわば、直冬の、複雑ふくざつな性格の表現ひょうげんだったのである。
「のう枳殻。師直のたくらみを、如月きさらぎがそなたへ告げずに、すぐ市之進まで報らせてくれさえしたら、どうにかすべもあったかも知れぬが、そなたへの密告を気取けどられて監禁かんきんされたことも、分別ふんべつが足りなかったというより、やはり偶然のとがじゃ」
 直冬はそう云った。
 そして、伽羅作、舜髄、枳殻の三人から聞いたことを綜合そうごうして、昨日からの災難さいなんの内容を、しずかに頭のなかでまとめてみるのだった。
 まず──
(首の意恨いこんをはらすために、敷妙を奪おうともくろんだやさきに、敷妙の外出が知れた。そして急病という偶然ぐうぜんが、師直の味方をした)
 と。──それから、
療治りょうじにかこつけて敷妙を、供から引き離した時は、すでに出陣の命令が師直から出ていた。恐らくしゃくは間もなくなおったであろうが、師直は、目的もくてきを果したからには一刻も早く京都を去るのが悧巧りこうだと感じた。そこで法螺貝ほらがいを鳴らして再度の出馬の麾下はたもとの兵を集めた)
 と。──又さらに、
(出陣にのぞんで、敷妙の自由をなんらかの手段で──縛って、含ませた綿に猿轡さるぐつわか、あるいはしびれぐすりを使ったかもしれぬが──うまく拘束こうそくして、輿にのせ、行軍の伍列ごれつに加えて運んで行った。のこされた伽羅作、艫太郎、舜髄、枳殻以下の女どもゝぜんぶ厳重に監禁かんきんされて、今出川の屋敷で一夜を過ごさねばならなかったのだ)

 その夜、伽羅作きゃらさくは、
やかたさま。──敷妙しきたえどのは、もう生きてはおらぬであろうと思われまするが──」
 と、云った。
 直冬のおもざしが啾々しゅう/\と曇った。
 あかるい灯かげで、じいっとその顔をながめたのは、伽羅作のうしろ下座しもざにすわっている艫太郎ともたろうだった。
 艫太郎──すなわち梶丸かじまるにとっては、直冬の現在いまの心持ちを正確に読みとらなくてはならぬという大切な任務が、まだ一つ残っていた。正行の首級くびを師直から直冬に奪わせ、その代わりに愛妾敷妙を直冬から師直に奪わせるという大仕事を、じつにすばらしくみごとに成しとげたのであったが、しかしこゝで直冬の心のなかをたしかめそこねては、せっかくほとけつくって眼を入れぬようなことになる。
「うむ、死んでみさおを守ってくれたかも知れぬ。だが──悲しさにえ、苦しみを忍んで、この直冬の奪いかえしの手がとゞくのを、待っていてくれるかも知れぬ。わしは、どうぞそうあってほしいと念じておる。いや、そうあるだろうとわしは、望みをつないでいる。いやいや、きっとそうするにちがいないと、わしは信じたい」
 直冬は、きょう午後、監禁かんきんから釈放しゃくほうされて戻った人たちを、いたわりねぎらう言葉を残して、叔父直義たゞよしを訪ねた。いうまでもなく師直の暴行を告げに行ったのだ。けれども智慧を叔父から借りるつもりはなかった。自分のとるべき態度と手段とは、すでに心に決めておいて下御所しもごしょをおとずれたのであった。叔父直義は愕然がくぜんとして、すぐさま上杉や畠山などの大名たちを召集したが、対策たいさくについては意見がまちまちで、評議ひょうぎは夜まで長びいた。しかし結局一致したのは、師直へのはげしい憤激ふんげきだけだった。直冬は、とにかく敷妙の安否あんぴがわかってからだと、そう思って三条坊門ぼうもんの叔父の屋形から帰ると、伽羅作らを自分の居間へ呼び入れて、ものさと、うら悲しい寂しさとを、いくらかでもまぎらかすための酒の相手をさせているのだった。
「のう伽羅作。──舜髄。わしの口から言ってはちと気がさすけれど、彼女あれの愛情の濃まやかさは、言葉では尽くせぬでの──わしに捧げてくれる真情まごころの熱烈さは、どんなものをもかすだろう。と同時に又、わしからいかに可愛く想われておるかを知りつくしている彼女あれのことだから、決して軽卒に自分の身を殺すようなはやまり方は、せぬぞよ。美しい点ですぐれてると同じほどにも聡明な彼女あれの頭で、貞操みさおにだけ殉じて死ぬるのと、たとい汚された肉体でも惜しみ長らえるのと、どちらがこの直冬をよろこばせるか、それを考えあやまるとは思えぬ」
 聴いていた艫太郎は、内心ひそかに、ほくそ笑った。伽羅作は弟の舜髄とあわせた視線しせんを、すぐ直冬へうつして、
「では、もし敷妙どのゝ一命に、つゝがござりませねば、やかたさまには──?」
 そう云ったとき、舜髄も、
「お情け恋いしいの一念から、自害もせずに長らえますならば──?」
 どうするか? いかなる手段でり返すか? 言葉には出さぬが、二人は眼でたずねた。



穴生あのう御動座ごどうざ

「あれ勿体もったいもないではございませぬか。やんごとない玉葉ぎょくようのおん身で──あれあれ寮の御馬みうまに召させられましたぞえ」
 と、勾当内侍こうとうのないしが云った。
 畏くも、主上しゅじょうには、もはや宸殿しんでん御苑ぎょえんのそとへ渡御とぎょあそばすのである。
「そんなら勾当内侍さま──」
 と、弁内侍べんのないしが促した。
 内侍司ないしのつかさ──すなわち温明殿うんめいでんの女官のうちで顔を泣きぬらしていないのは、たゞひとり弁内侍ばかりだった。この※(「クサカンムリ/(月+曷)」)じょうろうの涙は、すでにれ、つきていた。わいて流るべき泪の泉のみなもとは、去年の夏のはじめ、楠正行への切なる恋に破れたときに、あまりにもおびたゞしくしぼられたうえに、この正月は新春の松の内もすぎぬのに四条畷じょうなわての、悲しい敗戦を聞いたために、すっかりとらびかわいてしまったのであった。優婉無双ゆうえんむそうとうたわれた花のかんばせも、いたましくやつれさびて、いわば生けるしかばねにも似た弁内侍は、
「それ、掌侍しょうじがた! 早う!」
 と、声をかけた。
 二人の掌侍は、泪をぬぐうて、左右から勾当こうとうの内侍をたすけるようにして階段きざはしをおりた。
 中門垣ちゅうもんがきの方で、誰れかゞ、
「弁内侍どの!」
 と、よばわるのが聞えた。
 内侍は、それにこたえるかわりに、
御鏡みかゞみは、主上おかみ渡御とぎょにおくれては相成りませぬぞ」
 自分の上司うわつかさである勾当内侍へ、うしろから注意こゝろづけの言葉をおくった。
 三種の神器の随一、八咫やたの神鏡を安置する賢所かしこどころの第一※(「クサカンムリ/(月+曷)」)ろうが、勾当内侍と呼ばれ、そしてその第二※(「クサカンムリ/(月+曷)」)が、弁内侍と呼ばれるのであった。──賢所づきの郎吏ろうりたちが、扈従こじゅうした。温明殿の上童かんわらんべ稚児ちごがつゞいた。
 まことに恐懼にたえぬ御動座ごどうざにちがいなかった。──行方は重なる山々の雲をわけなくてはならなかった。とても鳳輦ほうれんの通うべくもない崖をよじ、谷をくだらなければならぬ峻険しゅんけん羊腸ようちょう、つゞら折りの悪路、難行だったのである。──冷泉右府れいぜいうふが、
「あゝ、今となっては愚痴ぐちのようではござりますが、この吉野からは落ちとうなかった!」
 と、うれわしげに吐息といきした。
 おなじい想いの花山院内府かざんいんないふだった。
穴生あのうには、起き臥しのかのうみかゞ、はたしてござりましょうか、のう?」
 洞院左兵衛督とういんさひょうえのかみが、
「十五年の昔、金剛山こんごうせんに楠正成、籠城ろうじょうつかまつった折に、大塔宮護良だいたうのみやもりなが親王みこは、かしこの※(「砥−石」)川入道あとがわにゅうどうの城に御座ぎょざござりまして、幕府これを知れども、攻むるに術がなかったと申しまするゆえ──」
 と、まだ云いおわらぬうちに、
笑止しょうし洞院とういんの卿!」
 さも不興らしいかおつきで、たしなめたのは二条左府さふで、
「虎夜叉正儀の口吻こうふん、そのまゝの受売りは聞きぐるしうござるぞ」
 そういわれると、洞院卿はあわてた態で、
「なかなかさようの儀では、毛頭もうとう──口真似などとは思いもよらず。身どもの申すは、かしこ穴生あのうの地は、それほどの天険には相違なくとも、城はかならずやびょうたる小城にすぎまいという意味にござりまする。ほかに仏閣、神社のきこえし堂宇どううの存するではなし──まことまこと心細い限りなればこそ、先日も言葉つくして北畠の准后じゅんこうへ、このたびの御遷幸ごせんこうの非を鳴らしましたる次第は、左府公にも聞し召されたではござりませぬか」
 と、弁疏べんそにつとめた。
 僻南へきなんの山間とはいっても吉野は、すでに住みなれた行在所あんざいしょだった。蔵王堂ざおうどう如意輪寺にょいりんじ、それは修験道の巨刹きょさつだった。公卿の屋形に朝臣あそんの屋敷がつゞきあったし、諸寮のつかさや八省のすけたちのすまいには、従官の家家が連接したし、女院、女御にょうご、内親王、宮々の御所などが、皇居をめぐっていらかをならべ、垣をつらね、築地ついじをとゝのえた。いうまでもなくすべての規模きぼは、しごくさゝやかではあったけれど、それでもいくぶんかはかりそめながらも都らしい景色を、そなえかけていたのだ。
 ところが今や、そうした吉野を見すてゝ、さらに遙か山ぶかい、どんなにかいであろう穴生あのうをさして、あやうい路の岩根をあるき、おそろしい渓川たにがわの瀬をわたらなければならぬと思うと、供奉ぐぶの人々は、心弱い※(「クサカンムリ/(月+曷)」)じょうろうや婦女ならずとも、袖が涙でしめるのであった。

 金峯きんぶの中腹までは輦輿れんよも登れるであろうが、それからむこうは馬にからくも頼れるのみだし、その先となれば所詮しょせん徒歩かちよりほかないということなので、月卿雲客げっけいうんかくはいずれも乗りなれない馬で、行けるところまで行くこと以外に供奉ぐぶの様式はなかった。
 洞院左兵衛督とういんさひょうえのかみの兄、左大将実世さねよが、
「せめて、このくらいの路がつゞきまするなら、のう」
 と、右大将教忠のりたゞをかえりみた。
 教忠は、二条左府の令弟だった。
 吉野公卿の錚々そう/\──この左右両大将も、いまは悄然しょうぜんと意気なえつゝ、主上と神器のおん鹵簿ろぼのうしろについて進むのだった。
金峯きんぶの向うがわは、名にしおう大天井おおてんじょうたけの深い峡谷きょうこくてんノ川の断崖絶壁は、さぞかし身の毛がよだつようでござりましょうぞ」
「まったく、至尊しそんの渡御あらせらるべき場所ではござりませぬ。女院、女御におかせられても、いかばかり御心みこゝろいたむであろう。恐れおゝい極みでござりまする」
「たゞいまの、勝手神かってのかみの神前での御製を、承わらば、わがみ独善主義の北畠准后とて、恐懼きょうくして、慙愧ざんきの汗にそびらをひたすことでござりましょうに」
 左大将は、准后親房卿への反感はんかんを、ぶちまけるように云った。
  たのむかひなきにつけても誓ひてし勝手の神の名こそをしけれ
 それは、行宮あんぐうを捨てさせ給うた至尊しそんが、勝手宮祠かってぐうじの神前をよぎらせられた時の御製ぎょせいであった。
 勝手神かってのかみは、吉野山八神の一はしらで、劫初ごうしょ、天孫降臨の直後、うしろ見のためにくだった鬘受命かずらうけのみことを、祭神としていたのだ。
「神も仏も、あって甲斐かいない憂き世でござりますのう。末法まっぽう濁世じょくせじゃ!」
 と、左大将実世卿がつぶやいた。
 教忠右大将も、憮然ぶぜんとして、
宸殿しんでんの柱や、廊の鏡板かゞみいたに、やっとのことで光沢つやが出かゝり、林泉、池亭ちていの姿にも、せっかく趣きが添いかかりましたのに、それを見すてゝてんノ川の奥へのがるるとは、いぶせき限りではござりませぬか。──師直よしや寄するとも、宮闕きゅうけつおかすという大不敬は、まさか働きも仕るまいに──准后のこけおどしにかゝって到頭、このていたらく! あゝ味気あじきなし、味気なし!」
 そう、歎じわびると、
「右大将──。准后は、たくみに女院の御心みこゝろをとらえ参らせた。国母こくもの院があのように御意ぎょいあっては、ひっきょう諦めるよりみちはなかった」
「准后の師直恐怖病きょうふびょうは、あれはきつい悪熱おねつで、あまつさえ悪性あくしょうの感染力もござりましたか、ついには諸卿の大半、朝臣郎吏あそんろうりの大部分が、由来公家くげと申すものは武臣の戦争の埒外らちがいに、たかく超越すべき筈をわすれて、今にも我々のすべてがとらわれてうち首か、かるくも遠島えんとうの憂き目みるかのようにおびえたのでござりまする」
教忠のりたゞの卿」
 と、ふたゝび実世さねよ左大将は呼びかけて、やゝおくれた馬を近寄らせながら、
「しかしこうした吉野落ちは、遠島とさまで違いはいたしませぬぞ。穴生あのうへたどりつきまして、黒木の御所をしつらうとも、いわゆる茅茨ぼうしきらず、采椽さいてんけずらずでござりましょうし、かしこきあたりすらさようあらば、我等などは、木の下岩の、岩かげに、松葉、杉葉をきかけて、こけのむしろを片敷かたしかねばなりますまい」
 と云った。
 右大将が、うなずいた。
軒端のきばもる雨は、ふせぐによしなく、大天井の高根おろしが吹きすさびましても、霜の手枕たまくらにこゞえるばかりでござりましょう。あゝ、おもえばいっそ賊軍に捕らわれて、ひと覚悟に首をはねらるゝ方が、増しかとさえ考えられまするのう!」
 大宮おおみやびとらしい感傷に、気をめいらせると、左大将は、馬の背にまたがることを避けた公家乗りの鞍つぼで、坂路を危ぶみつゝも、
「いかにも、そうした愚痴ぐちもこぼれまするての。恨めしいは准后よ。独断どくだん専横せんおうおもいたかぶった、ほしいまゝなこたびの態度は、言語道断──」
 親房准后のために満廷の公卿が圧伏あっぷくされた口惜しさが、いまさらのように激しく感じられたのである。
「楠の──虎夜叉のさしがねとやら、承わりましたぞよ」
「いや。虎夜叉ごときが、なにを申そうと、しがなき地下人じげびと妄言もうげん──。やはり准后の、正しからぬお心柄より結果せることでござります。──無法なる弾圧だんあつ──兵を擁しての強制きょうせいは、沙汰のかぎりじゃ!」
「しかし──そのお怒りはことわりながら、もとをたゞせば楠が、無謀