師直の放縦
一
「うふゝゝ、うい
奴だ」
そう呟きつゝ、
高師直は、
几帳のかげから現われた。
白絹の
布帛で、濃い胸毛の、ふとく縮れたのにたまった汗のたまをぬぐいながら、つりあげてある
半蔀の下まで出て、熱ぼったい息をあらく吐きだしてから、ふかぶかと外気を吸ってほゝえんだ。
庭苑は桜花の夕ぐれだった。
西の対屋の
廊の
欄に、寵愛の
側室──側室には違いないが、二条関白の妹姫だから、実にやんごとない高貴な身分なのである。だが師直の愛子五郎丸を心ならずも産まなければならなかった──その二条
御前づきの女房たちの
もたれているのが、花の
隙間に、おぼろに見えた。
師直は、
「
小渚──」
と、女の名を呼んだが、答えがなかった。
几帳のかげでは、小渚が装おいをなおしているらしく、
袿のすそが、ほの暗い中でゆらいだ。
「どうじゃな、三位卿よりも頼もしくはないか?」
師直は、脂ぎった鼻と、厚い唇をゆがめた。小渚は、
文章博士、日野三位
行氏卿の愛妾だった。
「これさ、もはや恥じろうにも及ぶまいに、さあ出てまいれ」
袍も、
表袴も、ぬぎすてて、下がさねの襟をはだけ、ながい
石帯と、金蒔絵の太刀とを、床にほうりだして──。でも、頭には、
巻纓の
老懸をかぶったまゝの師直であった。
きょうは、洛西の天竜寺に、
持明院法皇が、嵐山の花をみそなわした。師直は、それに
扈従し奉った
供奉の正装を、ふだんの
狩衣に着かえる暇さえ惜しむほどに、あわたゞしく、こゝ一条今出川の、自分の
館の東対屋の一間へ、女をひき入れたのであった。
「小渚。まいれと申すに」
ふたゝび呼ばれて、女は
羞恥をおびつゝ、師直のそばへ歩みよった。その柔かな手くびを、ぎゅっと
捉らえて、
「約束の品々を、とらすぞよ」
そういって師直は、あかあかともう
灯のはいった別室へ、小渚をつれてゆくと、
「おゝ!」
おもわず驚きの目をみはったのも道理、台のうえにうず高く、まばゆいほどに見事な錦の
綾が、女人のこころを惑わさずにはおかぬような
絢爛さを、きらめかしつゝ積みかさねられてあったのだ。
「なんとまあ、あでやかな
綾錦!」
手を、胸に──。
動悸をおさえて、
「あの──これを?」
「
遣わすのじゃ」
「くださる? くださるのでございまするか?」
「その
裹みも取らすぞ。こなたの台の上のだ。それをあけてみい」
高脚の台のうえには、
縫箔の布づつみが載っていた。
なかばは夢心地で小渚が、
裹みをとくと、なかは、
燦然とかゞやく
砂黄金──。
「あっ!」
あぶなく倒れかけて、ようやく
肘で、
躰をさゝえた小渚であった。目をつぶって、
額には八の字を刻んで、たしなみも、すっかり忘れて、あえいだ。
「なんと、嬉しかろう? 師直は、
偽りは申さぬぞ。遣わすと云ったら、かならず遣わす」
と、こだわりなげに笑って、
「首尾よく、三位卿と
北の
方に因果をふくめて──
納得をさせて、
梅枝とかを
囮につかって、吉野の
宮居から、このわしの、首ったけの──な、あらん限りの財宝にかえてもと──それほどに想いこがれているあの
美女を、まんまとおびきだしたなら、ふゝゝゝ──」
目尻に、
卑猥な
皺を、ふかぶかと寄せて、
「この
懐に、しっぽりと、かい
抱かせてくれさえすれば、
成就の謝礼には、どんな褒美でも、およそ望みのまゝであろうぞ。なんの、これしきの、
当座の引出物は、ほんの
手附だ。ふとした出来心から、そなたをもせがんだ、その
酬いは、また何ぞ別に考えよう。わしは女に、
物吝みはせん」
四十代を、なかば過ぎたとは思われない師直の、
壮んな
赭ら顔を、いかにも
霊験のあらたかな、福運の神でも仰ぐような気持で、小渚は見あげた。
「きっと頼んだぞ」
「はい」
女の肩に、大きな
掌をかけて、片手が、黒髪をなでた。
「立ち戻って、申すべき筋道は、忘れはしまいな? 先刻いゝ聞かせたとおり──よいか?」
「はい」
「師直に逆らわば、誰であろうと
容赦はせぬぞ。
顔世を出し渋ったために、身をほろぼしたのが
塩谷判官だ。かんがみていましむべき前例だぞ。くつがえった車の
轍は、心して踏まぬようにと──まず
北の
方に申せ」
「はい」
「わしの所望に、かぶりをふった
菅宰相も──なんぼ
菅原道実の子孫であろうと、いかに北野の長者であろうと、な、あの最後じゃ。
公卿でも、殿上人でも、この師直に睨まれたら、いのちはなかろうと、三位卿を、おどかすのじゃ」
「はい」
さすがに
怖気だちながらも、小渚が、
「わたくしに叶いまするかぎりは──」
と、答えたとき、襖へだてた
彼方の廊で、
「師直、師直」
と呼ぶ、従弟の、播磨守
師冬の声がきこえた。
二
頭にだけ、
勿体らしく
老懸をつけた、変妙な姿が目に入ると、
「な、なんでござる
埒もない、その
風態は!」
師冬が、いらだった声で、とがめた。
だが、みだらな
態を、一向はじる
気色もなしに、師直は落着きはらって、
「用か?」
「師直」
あきれた眼で師冬は、従兄と、ついぞ見知らぬ女とを、見くらべて、太い眉をぴくぴくとしかめた。
すでに
膏肓に入った悪癖ではあるし、師直ほどではなくても、
師泰も、
師秋も、また師冬自身にしても、決して女あさりは嫌いどころか、
高の一家一族は、その道の達者ぞろいなのだが、いま、容易ならぬ噂を、聞きこんで駆けつけただけに、腹にすえかねた思いで、
「一大事が、起りかけておる」
と、叩きつけるようにいうと、
「ふうむ、一大事がの」
師直は、まるで
他人ごとらしく呟いた。そして手を伸ばして、小渚が躰をさがらせていたのを、またも身近に引きよせて、
「あれ、
武州さま!」
と小声でこばむのを、小脇にかゝえて、白い頬にほつれる
鬢の毛を、まさぐった。
「女を、女をはなたれい」
「大切な女だ。感心な心がけの者だぞ。
和ぬしがせくなら、こゝで聞こうではないか。かまわん、申せ」
「細川、畠山、石堂、
吉良など、十五六人の大名らが集っている」
師冬が、
髯のあつい
顎を、つきだすと、
「上杉の屋敷にか?」
「おう、御存じかもはや?」
「いや、知らん。話せ」
「上杉も、今日という今日は、
堪忍袋の緒をきらしたと見える」
「
連判でも、つくろうというのか?」
「お身の、
毒舌のたゝりだ。のどかなるべきお花見の
御遊に、
月卿雲客のつらなる前で、あのように
完膚なきまでに、のゝしられては上杉とて、
無念骨髄、つね日ごろお身をうらむ
宗徒の大名らを
鳩合して、
下御所へ
弾劾の決議をつきつけるかも知れぬ。いや、きっとそういたすであろう。下御所にとっても、お身は目の上の
瘤じゃ。うっとうしゅうて、こらえかねてござるぞ」
下御所というのは、足利将軍
尊氏の弟、
直義のことである。
「ふゝゝゝ!」
と、師直は、あざけり笑って、
「連判に、頭かずがそろわば、わしの地位、あやうしと
和ぬしは申すのか」
「それはお身への、将軍の御信頼を疑いはせぬが─」
「なら、案ずるな。
執事の権能を、わしからうばう力が、直義どのにあるものか」
執事というと、名は軽そうにきこえるが、実は将軍の代理者ともいえる権力を、がっちり握っていた師直であった。だから天下の副将軍とあがめられる直義にたいしてさえ、一歩もゆずろうとはしなかった。
「しかし──」
と、師冬は、頭を横にゆすって、
「国々に、戦雲うごきつゝある時ならばいざ知らず、吉野がたの、おもなる大名小名が、なかばは
滅び、のこるは
屏息、意気なえて、
康永このかた、すでに五年の泰平つゞきだ。それゆえ、わしらの武力も、ひところほどには
幅がきかぬ。世がおだやかでは、弱いやからの、人なみづらが通る。われわれ
高の、兄弟
従兄弟が、いかに戦ったかを、彼等はわすれて、たゞたゞお身の、権勢と、
富を、にくみ、うらやんでいる。しかるにお身は、
強気一
図の
自儘三昧──認識をかいた豪奢のたらだら」
「はゝ、なにがたらだら」
「美邸に住むもよし、美女を蓄うるもあながち悪しくはなけれど、ほど、ほどがござろうぞ」
「いうな。お
許までが──」
「いや申す!」
百戦
不撓の
双肩を、ぐいとそびやかして、
「かくいう師冬、そもそもこの
館が気に入らん」
「さようか。だが、わしには、かなり住み心地がよい。
雑賀石の巨大なのを運ばせて、築山には、宇津の峠のおもむきを
象どったし、泉水には、
難波の
葦のながめをうつしたでの」
「そ、それがよくない。悪うござる」
「
普請にも、念を入れたぞよ。
寝殿、
対屋──
泉殿から
渡殿まわり──」
「武州っ!」
と、師冬はさえぎって、
「武弁武士の
棲家には、とんと似合わぬ構えじゃ。身どもが気にくわんと申すのを、ふにおちぬげなしらじらしさが、よけい面白うござらん。将軍家の
土御門東洞院御所をも、はるかにしのぐ結構ずくめは、
分をわすれた
贅沢だ。
栄燿だ。あの
唐門のきらびやかさは、だいそれた
潜上だ、
下剋上だ。そしられても
弁疏の
辞はござるまいぞ」
「あるある」
「え、なんと?」
「
威圧のためじゃ」
せまらぬ声で、師直は、おゝどかに答えつゝ、女の黒髪の下で、
頸窩をいろうた。
「あァれ殿、殿──」
小渚が身をくねらせた。
三
「のみならず」
と、師冬は、ふたゝび肩を、そばだてゝ、
「
前の関白、二条公の姫ぎみを、
掠奪もひとしい手段で
閨にいれたのを手はじめに、
眉目うるわしとあれば、見さかいもなく、およそ
東武士とはつり合わぬ雲上、高貴の女性をもてあそばるゝは、お身の病いだ。師直、
御辺の、うりょうべき
病患じゃ」
はげしい語気を、やはり軽く、
「ちがう、違う」
受け流して、膝のうえでもがく女を、抱きすくめながら、師直が、
「それも、これもだ──」
と、てらてら
脂肪びかりのする自分の顔を、そむける女の頬さきへ、もって行って、
「みんな、武将の威光というものを、かゞやかすのに役立つのじゃよ、あやかれ、あやかれ」
臆面なしの頬ずりに、師冬は、むかむかとなって、
「つ、つける薬がないっ!」
たちかけると、
「まて。わしの
薬味の、処方だけきいてゆけ。
播磨、──
末法堕落のいまの世に、なまじいな説法や
掟で、人の統治がつくと思うか? せんずるところ実力で、
否応なしにおしつけるおしの一手じゃ」
「ほう! 色におぼれ、栄華をすごすのが、世を治むる
秘訣とは! なるほど、こりゃおしの一手かしれぬて」
師冬が、皮肉に
苦笑いしながら、座を立つと、師直はようやく
真顔で、
「建武の
乱れは、なぜ起った?
公家をのさばらせては、政治はとれん。殿上人の増長によってかもされた大乱をしずめたはわしの弾圧政治だ。
大塔宮の御生母、民部卿
三位局の旧御所を、こうして我が邸に造りかえたのも、ふかい所存があってのことだ。わしは、ことさらに身分の高い姫たちに寝屋の
伽をしいるのじゃ」
従弟が、
(だめだ! 病いは骨がらみ──)
そう思った時、
「見るがいゝ──」
と、師直は、おゝきな小鼻を、うごめかして、
「
青公卿たちの、
今日びの柔順さを。あだかも猫じゃ。いまの猫ども、かつては建武の虎であったぞ」
小渚の、ふくらかな肩が、
衣ごしに、なであげ、なでおろされた。
巌丈な腕に、さっきから抱えられつゞけているのだ。
「建武の乱は──」
師直は、従弟の
眸を、じっと見あげて、
「ひっきょう、
尊氏の殿が、
公家を甘やかしなされ過ぎたことに
萠した。雲上人に、武の力を、分譲されたのが、間違いの
因だった。
護良親王のおんことは、申すまでもあるまい。
親房、
顕家両卿に、奥州の軍権をにぎられたがため、わしらは長い年月、いかに苦労したか?
暦応のたしか元年、青野ガ原のいくさを、おぬし忘れはせぬだろう?」
鎌倉をおとしいれて、
破竹のいきおいで上ってきた北畠顕家卿の大軍と、美濃の青野ガ原で戦ったのが、師冬だった。奥州鎮守府の兵は、つよかった。
「命が、危うかったではないか」
師冬は、敗れた。そして追われた。
鎮守府将軍顕家卿は、
畿内に入った。
「わしは、安倍野と石津で、手いたい戦をしなければならなかった。あのときは、
師泰も
師秋も、必死だったぞ」
師直が負けたなら、京は
保てなかったにちがいない危機であった。しかし、高の主力軍と決戦した顕家卿は、武運にめぐまれずして
堺浦の、乱闘のちまたの哀れ露と消えた。
「のう師冬、その後も東国で、親房卿は、なん年おぬしを手こずらせたか──」
「昔話は、やめてほしい」
「健忘症でも、関城や、
下妻城をかこんだ折に、なめた辛苦は舌のさきに、こびりついておるはずだ」
奥州の武力が、
常陸に拠った親房卿の城々を、
後詰めした。
楠は、湊川に死し、
新田は越前に斃れたが、親房卿は、その嫡男、顕家を陣沒させても、
戟をおさめようとはしなかった。師冬はさんざんもてあましたのであったが、それはもはや過去の記憶というだけのもので、いまや目前の敵はけっして
南朝方ではなくて、味方の内部に、幕府のうち
輪にあると、そう思わずにはいられなかったので、
「もし上杉が、非常手段に訴えなば、なんとなさる? さあ、それ訊きにきたのだ」
「非常手段? ばかな!」
膝の女を
玩具あつかいに、ぐるり向き変えらすと、
袿の裾が床になびいた。
「あれ、ごめん遊ばして──」
と、躰をちゞめて、
小渚がかこつと、師冬も、
我慢できずに、
「見苦しいっ!」
どなったが、師直は、
傍若無人だった。
「やくな、やくな」
「ちえ、
痴れ狂う時かっ! 対策をきこう、対策を」
「上杉が、
重能が──ふん!」
「そりゃ
傲慢でござるぞ、武州っ! 上杉は、将軍家の
外戚だ」
「人を買いかぶる前に、おのが
値打を知れ」
「おみは、
弾劾を怖れぬのかっ?」
「わからぬ男じゃ、帰れ!」
「後悔なさるな!」
「たわけめ。
足利の天下にしたのは、この師直だ」
「よし! あとで詫びさせてやるっ!」
師冬は、
牀をけって、渡り廊へ出た。
あまりにも思いあがった師直には手がつけられぬ。が、高一門の、
浮沈の瀬戸は、近づいている。指図はなくとも、備えなくてはならん。師冬は、そう考えながら、ながい廊下をいそいだ。
四
小渚と、引出物を、日野邸へ送りとゞけるように、師直が郎従にいゝつけたとき、老臣の
益子弾正が、もうかなり老いしなびた顔を暗くして、対の屋へ入ってきた。
そのあとから、矢板
将監がついて来て、弾正と共に
入側の、
簀の
子の
端にすわった。顔一ぱいの熊毛髭で名の通った、この将監は、戦場
場数の勇士だった。
「殿──」
両人は諌めに
伺候したのであった。
「お詫びごとの使者を、おたてなされませ」
「なに、詫びごと?」
師直は、元弘以来、自分のために犬馬の労をおしまなかった弾正入道の、
懸念顔をながめて、
「おれに、あやまれというのか?」
「
重能の殿は、上杉家の御当主じゃ。将軍さまとは、お
従兄弟どうし、院の昇殿をいの一番におゆるされになった方でござります」
弾正が、そういうと、熊毛髭の将監も、
「建武の三年、正月の加茂川原合戦に、将軍家のおん身代りとして、討死されたは上杉の御先代、兵庫入道
憲房どのでござりましたぞ。まった延元は三年、わか葉のはつ夏──」
と、述べかけるのを、
「風も、緑に、
薫るころおいか」
そうさえぎって、師直は、
狩衣の腰ひもをしめた。侍女たちが、礼服をたゝんで、
装束筥におさめた。
「阿倍野の決戦には、
憲藤、
重行、御兄弟があっぱれ奮闘、お命を捨てられました。上杉こそ、勲功随一のお家がらでござります」
熊毛髭が声をはげますと、
「将監──」
にやり微笑をうかべつゝ、師直は、
黄帛縁のしとねに、どっかり坐って、
「おれは、師冬にわめかれて、もう耳がつかれた。ほかの話ならいとわぬが、上杉の
太鼓だけは、たゝくのをやめい」
「
館──」
と、首をゆすぶりながら、弾正入道が膝をすゝめた。
師直は、
「言ってきかすが──」
と、かぶせて、侍女のはこんできた
蘭の湯を、一口すゝってから、
「その
方らは、上杉をなにか大層な名門かのように考えているが、
公家出といってもたかの知れた
故実有職の家筋でしかないぞ。わが高の家とて、
惟頼が
下野に土着して武士となるまでは、やはり
京の公家仲間だ。
御堂関白の世の
春宮亮、
業遠、その子
成佐、孫、
惟章、みな学業をもって朝廷につかえたのだ。もとよりおれは、公家などを
敬いはせぬ。だが、家柄からいっても、上杉と劣る高ではないのだ」
「でも兵庫入道どのは、将軍家のおん母ぎみと御兄妹であらせられた」
「弾正──。おれの先祖は、将軍家の祖先、足利義国の弟じゃ。だが、そんな
苔の下の
詮議よりは、なまあたらしい武功だ、手柄だ。そして現在の腕が、ものをいう」
師直は、そういってから、侍女をかえりみて、
「
酒肴をもて」
と、命じた、弾正と将監は、目を見合わせた。
「この
両人にも、飲ますのじゃ」
侍女は、かしこまって立った。
「おれの心祝いを、その方らにも
頒けてつかわす。じつに素晴らしくよいことがあるぞよ。まだ、ほんの前祝いだが、
怺え
性のなくなるくらい嬉しいのだ、わははゝゝ!」
師直は、腹の底からわらって、あきれいぶかる両人へ、
「しかめ面を、すきな酒で洗いおとせ」
そういうと、将監が、
「お酒どころでは、ござりませぬ。すわといわば、間に合うよう、屋形を
警固めなくてはなりませぬ」
「馬鹿め! 誰れが寄り合おうと、泣き寝入りだ。いらぬ心配は、あたまから追ん出して、飲め飲め。そちには、一骨折ってもらいたいことがあるぞ、将監」
「は。
拙者に?」
「とても、大儀な
務めだぞよ」
「はあ」
「仕おわせたら、恩賞は
莫大じゃ。しかと働いてくれ」
「殿、いかなるお役にござりましょうか?」
熊毛髭が見上げると、
「飲みながら、申しつける」
師直は、にこやかに答えた。
京の日野邸
一
「え、戻った? あの、
小渚が、も、もどったとや?」
日野
行氏卿が、叫んだ。
もはや帰らないものと、かなしくも諦めきっていた
鍾愛の女が、ふたゝび我が屋形に──と聞くが早いか、死びとのように青ざめた
顔に、さっと血の気がもどったのである。
けれども、まだ疑ぐるように、
「まことか? まことか?」
いとも
仰山にわめく三位行氏卿は、
文章博士で、
大学頭だから、当今の
碩学に違いないが、いたって小心の臆病もので、人がらは一向すぐれていなかった。
「おみごとなお引出物を──」
そう、侍女の
梅枝がつげると、
「な、なに、引出物?」
まず、自分の耳を信じなかったが、たちまち、
「おゝ!」
があんと、不安にうたれて、
「小渚、小渚を、はよう!」
呼べといわれて、梅枝は、
「あの──たゞいま、北の方さまと、お話し中でございまする。なにやら、おひそやかに、人をお遠ざけになりまして」
と、答えたので、ますます勘違いした三位は、またも
血相を蒼白にかえて、北の対屋へと走って行った。
「おゝわが
夫!」
北の方は、三位をみるなり訴え声で、
「高の執事どのが、御難題を──」
「引出物──引出物で、
購おうと申すのであろう? あゝ錦の山、
綾きんらん──」
と、はこびこまれた贈り物へ、目をすえて、
「むゝ
砂黄金の、おゝづつみじゃな。宝をつんで、小渚──小渚──」
愛妾を、ひしと
抱えて、
「そもじを、買おうとは、憎いわ僧いわ、えゝなんとしょう?」
と、取乱して、女々しくうめく三位へ、北の方が、
「あれ、さようではございませぬぞえ、
夫の卿」
「いや、そうじゃそうじゃ、
蛇の前の
蛙だ!」
「いゝえ、蛇は蛇でも、蛙は小渚とおもいきや、とおい吉野の──」
「
おろちにねらわるゝ小兎だ、
小渚だ。あゝ小渚だ! のがれようとて──」
三位は、北の方の言葉もきこえないらしく、そう歎きわびながら、愛妾の肩から
牀にくずおれたまゝ、ぐったりと
俯伏したので、小渚が、のぞき込んで、
「もし、卿さまの、おぼし違いではございませぬか?
館さま! 武蔵守どのゝ御執心なのは──」
「いやいや
外道だ、鬼畜だ! おそろしいのは
魔性師直──」
むっくりと顔は、もたげたが、文章博士の魂は、ひらいた
瞳から、ふらふらとぬけて出たかのようであった。
空虚になった。
脳裡には、高武蔵守師直の所望を、にべもなくしりぞけたがために、無残にも、
横死をとげた北野の長者、
菅宰相のいたましさが、たゞ一ぱいにひろがった。
と、にわかに目先が
暗々となり、斬りおとされた自分の首と、真紅の血潮をふく胴体とが、まがまがしいまぼろしに描きだされた。
「あっ!」
恐怖のさけびと共に、むちゅうで頭上の
冠を、両手でつかんで、
仰に倒れたから、おどろいて北の方と小渚は、右と左から、介抱しつゝ、
「わが
夫!」
「卿さま!」
「もうし、師直どのゝ
懸想人は、吉野の宮居に住もう女でごさいまする」
「わたくしはただ、頼まれましたのみでございまする」
「のう、お気づよう、夫の卿! 小渚は、なかだちを、橋わたしを、
強いられたまでゝございまする」
「お引出物は、申さば、お
周旋の
料の──お手附──。
媒介を、首尾よう果たしたなら、お礼は望みのまゝ、館さまの思召し次第とございました。さあ、おこゝろを
確かと──」
小渚は、女子よりも弱い
性根の行氏卿を、たすけおこして、背中をさすった。
と、どんより
眼をひらいて、
「おゝ、そんなら
懸想人は、小渚、そもじでは、あらざりしか?」
「はい」
「さらば──さらば誰れぞや」
「吉野に、宮仕えなされます、
弁内侍さまでございまする」
「なに、弁内侍とや?」
しまりの失せた、三位の
下顎を、小渚はいつになく、さげすむ気持で眺めるのだった。
──三位と師直! こうも
差別のあるものか? 暴虐でも、
理不尽でも、あれほど強い武家と、みやびやかがよいにしても、かくまで弱々しい
公家と──いずれが、このもしい?
あくどい師直の
移り
香が、まだ消えずにいた。小渚のこゝろは、あやしく動いた。
二
日ごろは、どこまでも物やさしくて、学には
秀で、詩歌の道にも
堪能な、大宮びとの師表で、まことにいみじき文芸の
長であり、経史の
司であると仰ぎみていた自分のあるじに、
今宵は思いがけもなく幻滅をおぼえた
小渚であった。
「へだたる吉野の、内侍をば」
そう、三位はいったが、小渚は答えなかった。
心がまるで
顛倒して、
推理の力が、どこへかけしとんでしまったらしい行氏卿を、今出川
館での師直の、山がくずれてもおどろかぬ態度に、ひきくらべていたのだった。
(播磨守師冬どのほどの
豪傑が、一大事といってあわてるのを、ぐいとおさえて、言いまくるあの
御胆力──そしてまあなんという、きびきびとしたお
頭の働きよう!)
三位へは、北の方が、
「内侍は、いとけない頃から
珠をあざむく、顔かたちでございました。吉野へまいって後、もはや十とせ、うるわしい
莟がさぞ、あでやかに花咲いたことでございましょう。噂によれば、
俊業どのも、妹の内侍のために、よい婿がねを探しておらるゝとやら申しまする。──
南山の若公家たちは、われこそわれこそと
競いたっておるとやら、街の
童んべまでが
取沙汰いたしまするものを、師直どのの白羽の矢がむいたとて──なんでそのように、わが夫には?」
と、きかれて、
「身が、いぶかるは、
非道の高が
強淫ではないぞよ。たゞ──」
いゝさして、
太息とともに、うなだれつゝ、
「橋渡しを、まろの
愛しむ小渚に、強いた心が──?」
「それとても、あきらかと、わらわは
訝しみませぬ。内侍は、父ぎみ俊基朝臣なきのちは、この館にひきとられ、伯父ぎみなるわが
夫をば、実の親とかわりのう、したわれつゝ育った
女でございまする」
「お方、お身はそう云わるゝが、南山の
賢所の
掌侍をつとむる内侍を、まろが力で、なんとしょう?
陣鐘矢叫び、さいわいやんで、こゝ五六年、天下はからくも穏かだが、天竜寺の供養ごときで後醍醐の院の、おん
尊霊が
和まろうか? 北畠の親房卿はなお
健かだし──楠の一族は、ひそかに武をねり、
戈をみがくとか聞く。吉野の
欝憤は、ふかいぞよ」
三位はやっと、どうやら文章博士らしく、そして五十という歳に手のとゞいた中老
相応な、分別がおを、夫人へ見せて、
「殊に、内侍の兄、
俊業は亡父の
志をうけて、南朝に忠勤をはげんでおる。幼少のころは、内侍ともども我が家にあって、まろになついてはいたけれど、吉野へ走ってこのかた、
雁のたよりも絶えてない、うとましさだ。北と南にわかれては、それも詮ないことではあるが、そうした兄をもつ内侍がもとへ、いかに、まろが言い送ろうと、とてもとても! こりゃ、山を動かせよ、海をうずめよ、と
強うるにもひとしい難題じゃ。
無体じゃ」
そういゝおわって、うち
萎れると、
「そりゃ師直どのとて、やすきわざとは、おもわれませぬ。まともの手だてでは、おぼつかないとあって、たばかり
奪うたくらみを、
彼方からお授けでございまする。のう、小渚」
「はい」
「なんと? いつわって奪えと──?」
「北の方のおん文を、梅枝に
携えさせて、吉野へつかわせ、との事でございました」
と、小渚はこたえて、いまはむしろ、師直に味方する気持で、
「このはかりごとが、
成就のあかつきには三位の官位を進め、かつは所領をも、たんまりと参らそうが、もし
諾けがわせ給わずば、おん身の上、よもや
安穏ではあるまい。先には塩谷判官、近くは菅宰相、
在登の卿のためしもある。前のわだちは、ゆめ踏みたもうな、とございました」
「おゝ、
諾けがわずば、
安穏ではあるまいと?」
「はい」
「申したか」
「はい」
まっさおな三位の
顔が、ぎゅっとゆがんで、ひきつった。
「あゝゝ、まろは見こまれた! まろは──北の方──どうしたら、
大蛇に、よい智慧が、いやいやお身に、よい智慧がないか、大蛇の

の、
贄とならずに──」
と、三位は、頭も、舌も、しどろもどろに、
「どうじゃ、分別は?
思案は、これさ思案は、小渚、そもじは──頼む。まろは、まろはもう考える力がない、あゝ! 目が、目がくらむ」
うめきつゝ、どっと倒れたのだった。
「北の方、小渚、う、う、う──」
「いたわしいけれど、内侍を
贄に──」
三位卿夫人は、そう呟いた。
小渚が、
「
梅枝を、お呼びなされませ」
と、いうと、北の方がうなずいた。
燭台の灯がゆれた。庭さきから、なまぬるい
微風が入ってきたのである。待賢門外の春の宵は、もの静かにふけて行った。
二十四年のむかし、後醍醐のみかどの、おん
股肱として、
正中の変の中心人物となった日野
俊基朝臣は、この館のあるじ行氏卿の弟だった。まことに似つかない弟と兄であった。弟は、討幕の志がならず、捕われて鎌倉へおくられた。そして
仮粧坂で斬られた。公家にはまれな、
胆のすわった人となりであった。ところが兄は、今、師直をおそれて、婦女子までがさげすむほどに見苦しく、とりみだした。そして弟の遺した子、弁内侍は、師直という
淫魔への
贄にそなえられようとしているのだった。
水越峠
一
大和と
河内の国ざかい、水越峠のいたゞきが、
峠路にけずられた崖の
赭土を、あかるい春陽に反射させていた。ふかい渓谷は、白雲でうずまったかとまがうばかりに、らんまんと山桜を咲かせていたし、
渓谷からそばだつ懸崖を、めぐりめぐり登る坂みちが、
薄緑にもえでた喬木林の、

、
樫、
欅などの梢を、縫いつゞるかのように見えた。
峠の尾根は、北のほうへも、だんだん高まって、国境を蜿々と走るのであるが、南はすぐ
急勾配で、その斜面は、千古
斧鉞をいれない常緑の大森林を、おごそかに抱きつゝ、
金剛山の
峻しい峯へつらなっていた。
「
虎夜叉──。あの山のおかげで、ずいぶん遠廻りさせられるのう」
と、馬上で、次郎
正時がいった。
おなじく馬上で、弟の虎夜叉
正儀が笑った。
「はゝゝゝ。おかげで、
千早の城は
堅固なのだ。小言も、いわれますまい」
正時は、
手綱をつめて、
「だがの、吉野がよいには、まこと
邪魔だぞよ」
正儀の馬が、いなゝいた。
「なんの。馬にあるかせて。──山国そだちのくせに、次郎兄も案がい
栄耀いわるゝよ」
そう、正儀がいうと、
「──虎夜叉」
と、正時は背後を、ちょいと振り返って、弟と視線を合わせたが、すぐ向き直った。
「お身は、あいかわらず
籠城万能論らしいが、わしは別じゃ。山地の戦よりも、はなばなしい野戦を好む」
「次郎兄は、すっかりと兄上にかぶれめさったな。あまり、ほめらるゝことではござらぬぞ」
「なに、ほめらるゝことではないと?」
とがめる語気でいったが、こんどは背後を
顧みずに、
「兄上
正行にかぶれることが、悪いというのか? かぶれるなどという言葉が、第一よくない。気にいらん」
「かぶれたが悪いとは、決して申さぬ。また、あなたが、心から同感なされたとすれば、なおさら結構じゃ。たゞしかし、この虎夜叉は、ほめませぬぞ」
「ふゝゝ、お身らしい言い方をするわい」
正時は、そういって口をつぐんだ。
弟の馬は、兄の馬の
尾に、鼻をすりつけながら、坂を登って行った。
徒歩の郎従どもは、小半町もおくれていたし、
恩智興武とその家来らは、その後からだった。そして和田一家の人々は、すでにはるか目の下になった桜の林のふちから、まだ姿を現わさぬほど
後れていた。
楠正行のふたりの弟、正時と虎夜叉正儀は、いま、吉野から河内へ帰る途中なのであった。
二
登りが、急になった。
馬は、あえいだ。虎夜叉が、
「吉野に、兄上が居残られた理由を、次郎兄はなんと解さるゝ?」
と、いったので、あえぐ馬に一鞭くれた正時は、さもいぶかしげに振り返って、
「
異なことをいうの」
「あなたには、異なことゝは
覚さぬか?」
「なに──なにをさ?」
やゝ
鈍重とさえ見える
面持で、きゝかえした。
「
謎でござるよ」
持ちまえの、
批判めく薄わらいが、正儀の唇にうかんだ。
「謎──?」
「謎を、わたくしに解かすなら、恋のしわざと解く」
「え、恋のしわざ?」
「さよう」
「ばかな! 兄上が──兄の殿が恋、わはゝゝゝ!」
鞍つぼに、笑いこける正時の、その笑い声のおさまるのを待って、
「笑うのは御勝手ながら、わたくしの
察見の矢、きっと
図星でござろうぞ」
「虎夜叉、お身はときおり、人をからかう。よからぬ
癖じゃ」
「
戯れ
口は、気散じの妙薬だ。──妙にうっとうしい時や、
緊張が、度をこした折など、きゝめがあらたかだ。たゞし只今の話は、おゝ
真面目でござるよ」
今年ようやく二十歳、とは、どうしても思えぬ
熟成た口調だった。いや、物の言いかたのみでなく、容貌といゝ、態度といゝ、三つ年上の正時の方が、むしろ弟らしく見えた。現にいま、着ている小桜色ぼかしの派手な
狩衣が、だいぶ不似合なくらいだ。長兄の正行とくらべてさえ、若くはなかった。そして頭脳も、気持も、
外貌よりまだ一段と老成のおもむきがあった。
正時の狩衣は、
萠黄だった。その袖を、自分の手でしっかりと掴みながら、やゝ
厳しく、
「亡き父ぎみは、かりそめにも、
揶揄冗談はつゝしまれたというぞ。──おのが頭のよさを、虎夜叉お身は、悪用するのだ」
そう、正時がいったとき、
白辛夷の花枝──ちょうど崖から路へ、
下ざまに差しでたのを、ぽきりと、虎夜叉は折った。
兄が、言葉をつゞけた。
「逆賊足利を、いかにして討とうと、お心くだく以外、兄の殿正行に、なんで
他意があろう」
弟は白辛夷の、大輪の花弁の濃い香を、
嗅ぎしめながら、
「次郎兄の、嗅ぐ鼻のうといこと!」
「なに、鼻が?」
とたんに、乗馬がまた、いなゝいた。
正時は、
鎧のかゝとで、馬腹をうった。
虎夜叉が、
「ものゝ裏の匂いが、おわかりにならん」
「おれは、
正路をふんで、けっして裏道は通らぬからな」
「通れるかぎりは、無論よろしかろう。しかし正路は往々、ふさがることがある」
しばらくして、正時が、
「兄上のこと、いさゝかは、
根拠あって申したのか?」
と、たずねた。
「さすがに、お気にはかゝると見える」
「お身とは、てんでお
生れつきが異うぞ。
早熟に女色をおぼえた自分の物差で、
出鱈目におしはかったとて寸法が合うかよ」
それには答えずに、正儀は花枝を捨てゝ、
手綱をしぼった。
頂上にちかづいて、坂の
勾配が、ひどくなった。二騎の馬は、汗だくだくで、あえぎをはげしくした。
「
不憫じゃ。おりてやろうか」
と、いう兄へ、
「癖になる。山国の馬だ」
と、弟が答えた。
馬は、
胸衝きの急坂を、からくも登りつめて、兄弟を国境に立たせた。金剛山脈の西斜面は、一しおふけた春景色を敷きひろげていた。
三
兄弟は、馬をやすませつゝ、眺めおろした。
青崩の大きな谷が、
水分の盆地へ、傾きひらけていた。うらゝかな陽の光をあびて、紅、白、
萠黄、真っ黄色──。わか葉の緑に花のいろを、まぜてかげろう、この山峡こそ、兄弟がそこに生まれ、そこに育ち、
湊川に尊王の
大旆をかゝげて討死した父、
正成の遺志をつぐべき長兄の、
正行と共に成長し、今年はもはやその父の壮烈きわまる戦死をとげた延元元年から、指折りかぞえると十二年目の正平二年、
多聞正行は二十五歳、次郎正時は二十三歳、虎夜叉正儀は二十歳の春をむかえた楠氏、譜代の
采邑であったのだ。
累世の居邸の
杜かげに、屋形の白壁が光っていた。すこし離れて、鎮守がみ
建水分神社の朱の鳥居と、重臣の神宮寺正房の屋敷に年古る
毬形の老杉とが、くだり一里はんの麓にめだった。
楠氏の
邸館の杜は、
扇の形をした盆地の、ちょうど
要の位置にあった。盆地のまん中で、この
青崩の谷の水をあつめた水分川が、金剛山から流れだす千早川を合流させているのが、あざやかに見えた。盆地の東のふちは、こゝ
水越峠の尾根の
支翼だった。そして西の
縁をかぎっているのは、上赤坂、下赤坂、
甘南備、
東条の四つの丘で、それが、それぞれ城を
擁した。つらなるその四つの城は、水分をまもる要害で、
櫓のいらかに、塁の
狭間に、
寨の柵の石垣に、
外郭めぐりの
塹壕に、楠の武力の尋常でなさがあらわれているのであった。
「虎夜叉」
と、正時は、盆地の春の
粧いから、目を転じて、
「兄上が、吉野におとゞまりなされたは、近衛左大臣や
花山院の内府なんどの、柔弱な、
怯懦なお心持を、いくぶんでも骨のある考えかたに向けかえて、堂上にはびこる非戦論を一掃しようとの御存念、と、わしは思う」
そういったが、弟はまだ、眺めつゞけていた。
水分川が、盆地を横ぎり、神山の山峡をぬって、
富田林の北にぬけ、そこで石川の本流に出合い、南河内の平野をうるおしつゝ、丁字形に、大和川へぶつかる姿──それを見ていたのである。
「花ぐもりで、岸和田から
堺うらの、海は
霞にとけているし、大和川の川向うも、おゝ空と野原のけじめはつかぬ。だが我れわれの領土、南河内と、南
和泉は、一望のもと、文字どおりじゃ」
正儀の目には、銀光をはなつ
狭山池があった。
淡緑い
和泉の山々があった。一族和田の城と
砦があった。
「のう虎夜叉」
と、かさねて正時が、
「兄の殿は、こんどの
御評定には、異常なお覚悟で御参加あったものと思うがの、どうじゃ?」
「いかにも」
虎夜叉は、和田の本城である
槇尾城から、目近の観心寺の三重の塔へ、視線をうつして、
「しかし、お宿を
如意輪寺から、
俊業朝臣の
館にかえられた一事が、次郎兄の
解釈を裏切る」
と、独りごともどきにいうと、
「わはゝゝゝ!」
兄は、
豪放に、笑いごえを
爆発させて、
「なんのことだ! そ、それがおぬしの、──はゝゝは!」
と、なおも笑いつゞけつゝ、
「そ、それが
出鱈目の、あて
推量の
根拠か。なにかと思ったら、
痴な!
埒もない!」
「なかなか」
首をふりながら、弟はやっと、眼を、兄の顔へむけて、
「北畠准后
親房と、四条
隆資卿、まったくこのお
両人ほか、ござるまいではないか? 兄上が、まず動かそうとなさるゝならば──。な、北畠の
館も、四条屋形も、所在はともに、如意輪寺の隣りじゃ。ところが兄上は、
蔵王堂よりもなお手前の、日野邸へ、わざわざお宿がえなされた」
「それが?」
「次郎兄」
「なにが
訝しい? 俊業どのゝ亡き父君、日野
俊基朝臣は、われらが父上と
肝胆相照らした仲であったぞ」
「それはいうまでもなく、日野俊基ば、正中の昔、いち早く尊王、討幕をとなえた人傑でござる。かしこくも先皇、
後醍醐のみかどに、われらの父をば、結びつけまいらせし、建武維新の殊勲者だ。だが、いまの俊業は、不肖の子、むしろ父の名をはずかしむる
凡庸の
資でござるぞ」
「しかし、日野と楠──特別な間柄だ」
「いや、昔の
誼みは、おろそかには思いませぬが、われらが兄正行が、
恢復の大業を、ともに語るべき友にはあらず」
そういゝきった正儀の
眸には、明敏なかゞやきがあった。
四
顔立ちは、一見兄弟らしく似てはいた。だがよくみると、正時の
顔の
造作は間がのびていた。気質は、
胆汁質で一本気だった。
弟が、俊業を、
不肖凡庸とあなどったので、不快な色をうかべて、
「お身は、秀才だ。万事に器用じゃ。だが一つ、珠に
瑕瑾がある。惜しいかな、深い瑕瑾だ。重大な
闕点だ。それは、ほかでもない、父に
肖ていないという短所だ」
「とんだ
傍道へ、おそれになったな」
「えゝ聞け!」
と、たちまち語気はげしく、
「
他人を、不肖の子とのゝしるまえに、おのれを
顧みろ! 神童が、たゞの才子に
堕したは、その
闕点のせいだぞ。学問、武術、ゆくとして可ならざるはなしという、その英材が──と、おれはうらめしいのだ。お身のあらゆる長所でうずめても、うずめつくせぬ深い
瑕瑾だぞ、虎夜叉っ! わしは、うらめしくて涙が出る!」
声が、わなゝいた。そしてやゝ、黙して後、
「わしとて、決して
俊業の朝臣を、お世辞にも
俊髦の
器とはいわん。しかし兄の殿は、純情の
仁じゃ。道をとうとぶお方じゃ。
器量おとればとて、ふるき
誼みをすてゝかえりみぬお人ではない。そこがおぬしとは、人格の異るところだ」
「お言葉どおり」
と、
会釈した正儀は、
「十日ほど、宮中から──」
云いさして、
莞爾ほゝえんだ。
正時の
瞳がひらいて、
顎がすこし、前へ出た。
「
禁裏から、十日ほど何が?」
「日野
館におやど下り、なさるそうな」
「む?」
「うとい!」
「え?」
「
内侍が、
弁内侍が──」
「なに、内侍どのが?」
と、正時は、やゝ
白眼をはだけて、
「お身に、そのようなことが、どこから?」
あやしんで訊くと、虎夜叉が、
「俊業朝臣から、承わった」
と、答えた。
「朝臣が、お身に──?」
正時は、半信半疑に、手をこまぬいた。
こくり
頷いて、虎夜叉が、
「たしかに、
恋慕のなやみが、兄の殿にあった」
そう呟くようにいうと、
萠黄狩衣の袖を、ぱっと左右へあけて、大きく首を、正時はゆすった。
「なにを
証拠に、申すのだ?」
「兄上のまなざしに、人知れず胸こがす者の、もだえが、見えましたゆえ」
「ふゝん!」
鼻で、あざわらって、
「いつの間にやら、虎夜叉は
読心術まで、おぼえたそうじゃ」
正儀は、
真顔で、頭をさげて、
「こゝ半月ほど、専心に修業つかまつった」
そう応酬したとき、
徒歩の郎従たちが、ようやく峠の頂上に現われた。
正時が、
「
下ろう」
と、
手綱をひいた。
正儀も、馬を、くだり坂の方へ、進めた。
兄は、やはり
前行しつゝ、
「お顔色の、すぐれぬのは、肉体すこやかでないせいじゃ。わしと、お身とは、ちと達者すぎるで──出来ることなら健康を、わけて差上げたいが──まゝにならぬでのう」
「
憂鬱は、御病身のためもある。しかし」
と、弟は、ちょいとことばを保留してから、
「恋は、
曲者じゃ」
やゝ皮肉に、だが自分に呟くようにいって、鞍のうえで眼をつぶった。
吉野の日野邸
一
吉野の
邑──たゞ修験道の霊場、
蔵王堂と
如意輪寺の名と共に、
深山の桜の名所として知られただけの、
僻南の山里も先帝、
後醍醐の院がおそれおゝくも仮の宮居を、おかせられてから最早十年あまり、仕え奉る、公卿、
朝臣たちが、それぞれ棲むべき屋敷を、こゝに設けるようになった
今日びでは、いくぶんか
行在所らしい趣きをそなえてきた。
だが、なにぶんにもかりそめの土木のことだから、どの屋敷も、いたってお
粗末で、これが殿上人の屋形であろうかとうたがわれた。
日野
俊業朝臣の住いも、もちろん、その例に洩れよう筈がなかった。
日野邸は、蔵王堂から西へまがって、一目千本の桜の名所へ下る坂の、そのおり口にあったから、
行宮のある如意輪寺からは、かなり離れていた。
気分がすぐれず、病いの気味合いということで、宿さがりを願った弁内侍は、
輿で、兄俊業の邸に戻った。めっきり長くなった春陽の
日脚も、吉野山の西尾根に、ちかづく時刻だった。
わかき
嫂の、俊業夫人は、内侍を西の
対へむかえ入れて、いたわった。
「まあ、おやつれあそばしたこと!」
嫂は、そういって、いろいろ容態を気づかい尋ねた。
「五蔵の病いでは、ございませぬ。たゞ
味気のうて味気のうて、
遣るせなさの、つのりつのった
気鬱の
症でございまする」
と、内侍は答えた。
さながら
妖桃の春をいたむる
顔ばせ、
垂柳の風にたえかねた物ごし──という、ふるい
譬えが、ぴったりと当てはまるような
容貌であった。嫂の言葉どおり、目の
縁に、頬のほとりに、やつれは見えてはいたものの、なやめる美女の
態には、また一種いうにいわれぬ魅力がふくまれていた。
「
医師は、誰れでございましたか?」
「あの──
医師には
診せませぬ。ながらえたとても、かいのない命でございまするものを!」
「まあ、内侍さまのお言葉とも思われませぬ。かいのない命などと、どうした訳でございましょう?」
俊業夫人は、いぶかしそうに、見まもった。
浮線綾に、
山吹の花を散らし織りにした
唐衣を着た、若い嫂は、四条大納言の息女で、
眉目うつくしい女性だった。けれども山河へだてた
京童まで、国色無双と噂する弁内侍のうるわしさと並べてみると、朝の陽に光をうばわれる、残んの星のようにしか見えなかった。
「たぐいもないその美しさで──なぜ、そのように──この世をお
儚なみなさるかのように?」
と、嫂は重ねていうと、
「
嫂上さま!」
と、だけで、たちまち
薄縁に
突っ
臥して、堪えがたそうに
泪をながした。そして声をしのばせて、しめやかに
啜り泣いた。
嫂は、いざり寄って、
濃香に緋の
牡丹花の織りだされた内侍の唐衣の、背をそっとさすりながら、
「もし内侍さま。──
躬らおもとめになった病いとやら、おきゝいたしては、なおさらのこと、わらわは心にかゝりまする。さあ、あたりにさいわい人はなし、お胸のうちのお秘めごとを、どうぞわらわにだけ、お洩らし下さいませ。わが
夫はお兄上。のう、内侍さま、
他人にはおつゝみなされましょうとも、わらわへは、なんのお心おきがございましょう。さあ
仰しゃって下さいませ」
といった。
だが、答えは、
堰き止めることの出来ない、涙だけがあった。
俊業夫人は、しかし
根づよく、なだめたり、すかしたりして、ひそかにひめられた
憂鬱の
因を、さぐりあてようとつとめた。夫人は、聡明で、思慮ぶかく、それで勝ち気な
質は、父
隆資卿そっくりだった。先帝以来、南朝の
重なる支柱の一本だった四条大納言には、たしかにふさわしい息女であった。だが、
俊業のつれあいとしては、かなりに過ぎた妻だったので、なにか事があると夫は、いつも夫人に、導かれていた。
「御遠慮あそばしては、却ってお恨めしゅう存じまするぞえ」
そういって、夫人は、のぞき込んだ。そして、内侍の耳へ、自分の顔をよせて、何かさゝやこうとしたとき、
「内侍どのは、それにか?」
俊業朝臣の声が、きこえた。
入側に立ちどまって、
怪訝らしく、妹の様子をながめたが、
「
所労のため、宿下りを願った由、お身に病いがあろうとは、つい昨日まで、夢にも知らなかった。いかゞじゃの?」
と、いゝながら入って来て、坐った。
俊業の
端麗な顔には亡父俊基の
面影がしのばれた。が、体格ははるかに劣って、
脆弱だった。
「楠どのと、話に身をいれて、つい遅くなった。当分は、日夜語りあえるものを、今日に限ったかのように、万事を忘れて──おん身をさえ、なおざりに致した。許されい」
俊業が、そう云いおわらぬうちに、内侍は、
「おゝ!」
と、おもわず叫ぶように声を立てゝ、その
凄艶な美貌をもたげた。
驚きと、
歓びと、
羞耻と、待望とが、内侍の表情のなかで、あやしくまじりあった。
「あの──楠の──楠の殿には──この
館に?」
と、
訊く内侍へ、嫂が、
「昨夜から──こゝしばらくは、
御滞留とのことでございまする」
と答えた。
俊業夫人は、心の中で、たしかに──と
首肯けるものをつかんだ。
敏感な若夫人は、
(楠どのに──内侍は恋している)
と、思った。だが、なぜ、ながらえても
甲斐ないなどとまで
儚なむのであろう?
俊業夫人には、それが
解せなかった。
この吉野に住む
公達が、いかに多く、内侍へ、胸をこがしたことだろう。けれども、そうした
懸念は、すべて片想いに終った。だれ一人、この麗人の心を、とらえ得たものはなかった。内侍はあれほど美しくても、
情知らずなのであろうか? とさえ思われたのに──。
楠への恋──。それは、ふさわしい恋だ。武家ではあるが、正行ほどの若人は、殿上の公達にも、あるかどうか? ないともいえる。内侍は、ないと感じたにちがいない。けれども、何故の
悲観であろう? 身も世もないように?
夫人は、考えたが、わからなかった。
俊業が、云った。
「楠どのは、お宿を、我が館へうつされたのだ。次郎、虎夜叉、ふたりの御舎弟は、和田、
恩智など
宗徒の衆をはじめ、郎党たちを引き具して、今朝未明に如意輪寺の宿坊を
発たれた。居残った郎従たちは、わずか十人たらずゆえ、手狭いこの屋敷でも、事欠かぬのが、身どもの仕合わせであった。──その昔、亡き父上、
俊基が、正成の殿と回天の事業を、ひそかに
談らわれたのにあやかって、身どもゝ今や、正行どのと、討幕の再挙について
図ろうと思うのじゃ。──内侍どの、よろこんでたもれ。亡き父上は、わしがこのたび、正行どのを我が家に迎えたことを、草葉の蔭で、どのくらい御満足におぼすであろう!」
そう云って、眼をしばたゝいた。胸は、
亢奮におどるのであった。
だが、内侍の胸の高鳴りは、それに幾層倍か知れぬ輪をかけていた。
二
おさえてもおさえても、嬉しさが、はげしい
戦慄となって、からだじゅうを
匐いまわった。
「おゝ兄上、わらわは、うれしゅうございまする!」
声も、
情の熱にうかされたように、わなゝく内侍へ、
「む、うれしいか。──おゝうれしそうな!」
と、俊業は、たゞもう、自分の悲壮な気持へ、自分の忠と孝の至誠へ、同感しての内侍の歓びである、とばかり思い込んで、
「たんと、よろこんでほしい。身どもゝこれで、はじめて父
尊霊の
位牌の前に、自分を、さまで恥ずることなくぬかずける。また周囲の人々へも、顔むけがなる。──のう内侍どの。あまりに
傑れた父をもつ子は、つらいものじゃ。心ひそかにしばしば泣けてくる。父俊基は、あの若さで、山伏姿に身をやつして、勤王の士を求めるために、単身、雄々しくも、諸国の山河を
跋渉したではないか。それが、どうじゃ。あれ
俯甲斐なき子の
態よ! 父は勇敢にも大難に殉じた。鎌倉は
化粧坂の露ときえても、名を後の世に
遺したのに、あれあれあの子の、安きをぬすむにがにがしさよ! 烈々たる父の
気魄はいずくにかある、と蔭口をきかれ、後ろ指をさゝれる、そのつらさ。
推量して欲しいぞよ、内侍どの!」
つらかった、いろいろの記憶を、一遍に想いだしたかのように、暗然となると、内侍もまた、それとはまるで異う理由から、一度は陽に照り映える花のようにかゞやいた顔を、たちまち曇らせた。
内侍の恋うひとは、嫂の今感づいたとおり、楠多聞兵衛
正行その人であった。如意輪寺の
苑でふと相見た一目の恋が忘れられず、夜も、昼も、こがるゝ想いに、胸をむしばまれて、睡られなかった。いても、立っても、面影が眼の先にこびりついて離れなかった。そのやるせなさから、とうとう羞かしさを忘れて、如意輪寺の
吉水法印に、切ない心のなかを告げて、ひそかに楠への、なかだちを依頼したのであった。吉水法印は、内侍を、まるで肉身の孫のようにいとしんでいた。で、老法印は、内侍のために、正行に会って、語った。だが、内侍の意中を告げられた正行は、にべもなく、それを
拒んだのだ。とても、かなわぬ恋だ、あきらめるほかあるまいと、そういわれたとき内侍は、世の中が真っ暗くなったように感じた。内侍のふかい
悶えは、そこから生じた。
崇めなついていた老法印の言葉ではあったけれど、こればかりは
諦めらるゝ事柄ではなかった。こばまれたのだから、無ろん、諦めたいとは思った。忘れようとは思った。だが、そう思えば思うほど、いよいよつのる恋であった。ついに内侍は
賢所のつとめがおろそかになるのを怖れて、宿下りを願ったのであった。
ところが、兄の
館に還ってみると、そこには恋う人、正行が、如意輪寺から宿を変えて、こゝしばらく滞在するというのだ。内侍の心は、嵐のように動いた。
そして、たちまち堪らなく悲しくなった。
恋い人は、この屋敷のなかに──と思うと、あさましくも心が、狂いそうに感じられてきた。
内侍は、
心地苦しいからといって、この対の屋の寝所の、
臥褥に入ったまゝ、食事もとらず、かしずく女房たちにも顔をあわせなかった。夜がきても、そして人は寝静まっても、内侍は、とても睡れなかった。
(こうして、気が──狂ってゆくのではなかろうか?)
しかし、
暁近くなって、どうやらすこしは心が静まってきた内侍だった。で、朝は、
臥褥を離れて、
朝餉の箸もとり、嫂と顔を合せて、語りあいもした。
嫂が、午後、ふたゝび姿を見せた。
きょうもまた、のどかな
日和だった。せまい庭ではあったが、泉水、築山、植込みなど、ひと通りは設けられていた。その庭に咲く桜を、ながめつゝ、嫂は、
「一目千本は、ついそこでございますもの、お気散じにいかゞでございます? こゝ両三日が見ごろの花ざかりを、御覧あそばしては?」
と、すゝめた。だが、
「心憂い折の花は、ひとしおこゝろを
滅入らせまする」
内侍は、さびしげに、ほんのわずか
微笑んだ。
「そんなら、いま
少時お待ちあそばせ、おっつけ、このさゝやな庭景色──なんの
風情もない眺めが、きっとお心を晴らすであろう眺めに変わりましょうぞえ」
「眺めの変わるとおっしゃるのは」
「申さぬが花──。さぞやお胸をときめかす花とだけ──。もし、内侍さま、今朝はやばやとわが
夫は、わらわの
実家の館へ、参られて、まだ帰られませぬ」
「四条館へ──あの、お一人で?」
「いえ、お二人で、仲むつまじげに──」
嫂が、そう答えたとき、この対屋から、あまり
隔たっていない
中門の扉があいた。
内侍は、兄俊業が庭に入って来た姿を目にいれた
刹那、
(お二人で──)
と、いう観念が、非常なはやさで、頭にきらめいたので、はっと感じたその
途端に、
「あれい!」
自分を忘れて、おもわず叫んだまゝ、全身をこわばらせた。
恋う人!
楠多聞兵衛正行が、中門をくゞって、庭にあらわれたのであった。
弁内侍受難
一
前日の夕がたは、花曇り、というよりも、やゝ雨模様にくもった空が、今日はまた
乳藍色もふかぶかと、うらゝかに晴れていた。
正午すこし前のことだった。
西の対屋へ、嫂が入ってきて、
「内侍さま。
梅枝と申す女房が、たずねて参りました。お目もじいたしたいと申しまする」
「わらわに?」
梅枝という名は、ごくありふれた侍女名であった。現に、中宮御殿にも、女御のお召使いにも──。で、
「御所からでございましょうか?」
「いえ、京の日野
館の梅枝、と申しまする」
「あら、京の!」
驚いたのも道理だ。その梅枝なら、伯父三位卿の邸で、内侍があどけない時から、物心をおぼえた十四歳まで、十年あまり、ねんごろに
侍いてくれた侍女だった。自分が、吉野の人となってからは、まったく消息をきかなかったが、だしぬけに、今おとずれて来ようとは!
「三位卿
北の
方の、お文をたずさえましたとやら」
「
世話をかけた
女でございまする。お通し下さいませ」
恋さえなかったら、どんなにか心が動いたであろう。
だが、命消えてもとまで、こがるゝその人に、昨日は、初めていろいろと、言葉を交わすことが出来た─。
(あゝなんという気高いお
顔だろう! なんとそのお姿のりゝしいことよ! しかも
情知る人の
眼差しであった。そして、この胸に、ひしひしとせまるようなお声いろ!)
もう幾晩も、つゞきかさなった睡り
不足に、あたまも、心も疲れきって、まどろむともなくまどろんだ夢は、恋うその人から許された夢であった。
けれども、許されたのは、夢であって、現実ではない。現実は、つれない
拒絶である。こばむ人をいつまで恋うて、大切なお勧めを怠るのか? あきらめなくてはならぬ。あきらめるには、心をよそへ
紛らさなければならない。
そう思いながら、内侍は、梅枝の入ってくるのを待った。
まもなく、俊業夫人の後ろについて、梅枝が現われた。──みまがうほどに内侍をあでやかにした十年の歳月は、梅枝を四十女らしく老けさせていた。
「──
子さま!」
と、呼びかけたなり、わっと泣き伏した梅枝を見ると、さすがに内侍も、
「まあ、めずらしいこと、梅枝!
伯父ぎみにも、北の方にも、お変わりはあらせられぬか?」
と、なつかしげに
尋ねた。
梅枝は、泪にぬれさせた顔をあげて、
「はしたない嬉し涙、お許しくださりませ。──うるわしい
御気色を、十年ぶりでお見上げいたしまする。京のお邸ではお二方様はじめ、皆様がおすこやかで、
子さまの──おゝわたくしとしたことが、
不調法な──もうもう絶えず内侍さまの、お噂ばかり。なにくれとなくお不自由がちな
深山のお住まい、さぞかし──と思いまいらせても、都と吉野、北と南のおん仲たがいでは、なかなかに、お
音信をいたそうにも、
便とてもございませぬゆえ──」
「それは、こなたとて、おなじ思いじゃ。お二方の御恩を、わすれはせぬけれど──」
「おなつかしさが、
弥ませば、わが子とも思うのに、逢うよしもない心
憂さよ、と
袂をおぬらしあそばす北の方さまでございまする」
「おゝ伯母ぎみには、わらわのことを、それほどまでにか!」
「ほんにうらめしい世の中じゃと、それはそれはお痛わしいお歎きでございまする」
詞藻に
御堪能な持明院朝の寵臣として、文芸の府の
長に任ずる
文章博士の邸に召しつかわるゝ女房だけあって、梅枝は、言いまわしが、ひどくうまかった。
「産みの親よりも、育ての親に、いつくしみの深いためしも、まゝございまする」
と、またも泪を、こぼしてみせた。
内侍も、つい引き入れられて、
「ほんに産みの恩より、育ての恩!
襁褓のおりに、
両親に死にわかれたわらわは、伯父ぎみと伯母ぎみの、御養育の御恩に、むくいる
術の今はないのが、心苦しい」
「内侍さま。これは──北の方のお文でございまする」
持って来た
文筥を、出して、
「そのお筆にもございましょうが、北の方さまには、このたび、住吉に御参詣を、よいしおに、
河内の
高安まで、お
輿をはこばれました」
「なに、高安まで?」
文筥をひらきながら、内侍がきゝかえした。
高安は、内侍の乳母の在所なのであった。それが、記憶にのこっていた。
「はい。
彼所には、あなたさまに、お乳まいらせました
安岡が、百姓の
賤が家ながらも、ゆたかに暮しておりまするので──」
「おゝ
彼女も、つゝがなくて──」
「はい。その安岡の家で内侍さまを、お待ちなされてござります」
「北の方が、わらわを?」
「はい、高安まで、おはこびを、ぜひぜひお願いいたせと申しつかりました」
梅枝は、こゝだと思ったから、
「まあそのお文を、御覧下さいませ。はかない世の中といゝ、ましてお互いに

ぎあう南と北にわかれて離るゝ身の上ゆえ、このたびでなくては──この
機をのがしては、もうもう逢い見るおりは来ぬやも知れぬと、そう申し上げよという、お言葉でございました」
内侍は、三位卿夫人の手紙を読んだ。
こまごまと、
思慕の情を述べて、
「乱れがましき世に
侍れば、こたびをおいて、いかでか相
見え参らせん」
と、あった。そして、その奥に、
『逢見んとおもふ心を先だてゝ、袖にしられぬ
道芝の露』
と、一首の歌が、書きそえられていた。
「
嫂うえ──」
内侍は、俊業夫人へ、
「いかゞ致したもので、ございましょう?」
と、いうと、
「高安とやらまで、お越しなされませ」
嫂は、そう答えたが、すぐつけたした。
「でも、わが
夫は、なんと申されまするか、わらわから
訊ねてみましょう」
北の対へ立ち去る嫂の後ろ姿を見おくって、内侍はむしろ正行のそばから離れる方がいゝと思った。
二
供は、
女房二人、
青侍三人。
梅枝のつれてきた迎えの人数は、青侍四人と
輿丁六名。
弁内侍は、もたらせの
塗輿に乗った。
輿わきに附添った梅枝が、
「音にきこえた吉野山、盛りの花に、ちょうど参りあわせたわたくしは、
果報ものでございました。あゝ美しいこと! 見晴らすかぎり、花また花でございまするのう! このあたりが、一目千本、とやら申すのでございましょうか?」
などと、しきりに口をきいた。
一目千本は、やゝ散りかけていた。
折りからわたる山風が、
花吹雪となって、路へ、人の肩へ、
簾をかゞげた輿の中へ、花びらをまいた。
「さきほどは、胸にゆとりがございませぬので、眺め残していそぎましたが、もうお使いを果たしたも同様な今は、心もかるく、
深山の春に酔いまする」
陽は、すこし西にまわって、乳をとかしたような青空が、かぐわしい
霞のようにたなびく桜が、そして
陽炎いたつ
草が──
春愁を感じさせるほどに
駘蕩とした山路を、輿がくだって行った。
くだるにつれて、路が白く、そして、ぼうっと
薄紅く、散った花弁でうずまっていた。
「高安までは、よほどの道のりであろうの」
と、内侍がたずねると、
「およそ十四五里がほどは、ございましょう。朝まだきに発ちましても、女の足がまじりましてはどうせ
中一泊り。──北の方さまは、さぞお待ちわびて、おわしましょう」
梅枝は、そう答えたが、やがて言葉をついで、
「でも、内侍さまは、またとないようなよい折に、おやどさがり! 思えばこれも、北の方が日ごろ御信心のあつい、
住吉神の、御利やくでもございましょうか」
「──そんなら途中で、どこぞに
宿るのであろうの?」
内侍はやゝ、不安げにいった。すると、宿はとらねばならぬけれど、せいぜい、路をいそいで、行けるところまで行くつもりだと、梅枝が答えた。輿でゆられるにつれて内侍は、そうはげしくはないけれども
眩暈をおぼえて、胸もとが、なんとなく気味わるくなった。梅枝はなお、
能弁に話しかけたが、内侍は口をつぐんでしまった。
まどった
揚句に、やっと心をきめて高安へ、行くことにした内侍であった。嫂がまずすゝめたし、兄の俊業も、でかけた方がよかろうと云ったのだ。
俊業は、妻から、内侍の病いの気は
気鬱のせいで、──じつは恋わずらいであること、そして恋いびとは誰れあろう楠正行であることを告げられた。これまで身分の尊い殿上人の
公達から、どんなに熱心に言い寄られても、ういた心を
微塵も動かさなかった内侍は、兄から見れば、むしろはがゆいくらいだった。十七八ならばともかくも、内侍はもう二十はとうに越していた。
妙齢はすでに過ぎていたともいえた。どんなに美しくても、女には
年頃というものがあるのに、こゝろ固いにもほどほどがあると──そう思うと、兄は気がもめてならなかったのであったが、──だから、恋い人が楠と聞いた
刹那、やれうれしや、それは実によかったと感じたのであったが、意外にも楠が、内侍の恋を拒絶したと知った時、
(あゝ、人の世はまゝにならぬ!)
と、おぼえずも
嘆声をもらさずにはいられなかった
俊業であった。
(ほんとうに、似合わしい
男女であるのに!)
今の
誼みからいっても、今の関係から考えても──まったく、これ以上にふさわしい
夫婦はなかろうに、さりとは楠も、かたくなゝ!
俊業は正行の心がうらめしかった。けれども、朝敵討伐に
余念のない、忠孝一図に凝りに凝った精神は、内侍の恋をさえ
容れる
余裕をもたぬのだと思うと、うらむよりは、雄々しくも、
健気にもそびえ立つ高さの前に、頭をさげなくてはならなかった。
不憫でも、妹を、断念させなければならない。思いきらすには、心をできるだけ
他事へ、そらしてやらなくてはならぬ。それには丁度いゝ伯母の使者だった。
そう考えた俊業は、ためらう内侍をうながすために、京の日野家と自分兄妹の関係について、いろいろと語り聞かせたのであった。
──そもそも日野家は、
宗家の日野南家も、分家の日野北家も、
持明院(北朝の統)
御譜代のおん
寵あつい
眤近であった。北畠親房卿の書いた「
職原抄」に、「今に至り日野南家、
儒は
納言に昇る。日野俊光卿、始めて大納言に任じ
畢んぬ」
と、ある。すなわち俊光は、大納言となって、伏見上皇の院
執権という
顕職に任じたのだ。そして分家の
種範も、三位、
文章博士にのぼった。それまでは、文章博士は
宗家の日野南家の任で、分家は代々、正四位下
大内記を出世のとまりにしていたのである。で、宗家の三人の子、
資名、
資朝、
資明、それから分家の二子、
行氏、
俊基、いずれもみな伏見院から愛された。ところがそうした
生粋の持明院
閥の家にうまれた俊基が、宗家の次男の資朝と共に、
後醍醐の帝の、歴史の御研究に公然と
参与しまいらせて、
大覚寺統の文学興張に
首となって働いたので、世間は奇異の眼をみはった。しかも、それどころか
秘かに、おん機密を託されて、
画策につとめた。
資朝はもっぱら、帝の
御帷幄に加わったし、俊基は
偽籠居してその間に、外をうけ持った。
修験者に身をやつして
水分の楠正成を訪ねたり、吉野、熊野の衆徒や
郷士を、説いて廻ったりしたのだ。その結果が、
正中の
変となって、建武維新のさきがけをしたから、二人の周囲は、あっとおどろかされた。資朝は、佐渡へ流されてのち斬られたし、俊基は、すぐ鎌倉へ護送されて、
扇谷の
仮粧坂で、
古来一
句 無
死無
生
万里雲尽 長江水清
と、辞世の
頌をのこして首を
刎ねられた。青侍の後藤助光は死骸を
茶毘に附し、むなしい遺骨を抱いて、京に帰ったので、北の方は悲しみに堪えかねて、
稚い二歳の俊業と、生れたばかりの
子(弁内侍)を、ふり捨てた。亡き夫の四十九日に、濃い墨染の
法体と
態を変えたのだ。そして嵯峨野の奥の、
柴戸のなかで、
菩提をとむらった。が、間もなく夫のあと追って、この世を去ってしまった。
旧記に、
「俊基は、
累葉の
儒業を継ぎて才学
優長なりしかば、
顕職に召仕われて、官、
蘭台に至り、職、
職事を
司どれり」
と、ある。
蘭台は、
蔵人頭だし、職事は
右少弁だ。たしかに重要な地位だった。また資朝も、中納言としてときめいていたのだ。この二人が悲惨な最後をとげたから、日野一門はふるえあがった。
戦々兢々として、北朝に従順を誓った。俊基と資朝は、当時の
公家には出色、
稀有な人物だった。だが、日野家の一族からいわせると
異端者であった。その後、俊業は、亡父俊基のこゝろざしを自分の心として、
敢然と吉野へ走って南朝につかえたが、伯父の行氏が北朝の文章博士でいることに対しては従来の関係からいって、特にいきどおりを感じるといったようなことはなかった。むろん、平安朝
型の伯父の典雅さを、意気地なしと小馬鹿にしてはいたものゝ、格別、憎しみの感情はもたず、自分兄妹が養育された
恩誼は、ありがたく思っていた。
で、俊業は、内侍に、
「高安へ参らぬとあっては、
情誼にそむく、人でなしとも、そしられよう」
と、いった。
正行は朝から外出していた。たぶん北畠
館へ行ったのだろう、と嫂が、内侍に告げた。なにか──虫の知らせか、妙に後ろ髪をひかれるように感じた内侍だったが、やっと決心して迎えの
輿に乗ったのであった。
梅枝が、
「内侍さま──」
と、呼んだ。
受け
応えがなかった。内侍は、美しい
額を、悲しそうにひそめながら、
睫毛を白い
下瞼にくつけていた。
背後の、山の上に残してきた人の引力に、なやむのだった。そして
躰の疲労も、にわかにはげしく感じられた。
輿は、桜の山を、麓までおりつくした。
そこは、吉野川の
峡谷で、路は、谷の崖ぶちに沿い、崖は、絶壁となって、
六田の
奔瀬に裾をあらわれていた。
淙々と流れる川瀬の音を聞いても、やゝしばらく眼をひらかなかった内侍が、
「陽のあるうちに、
河内の国境を、越せるであろうか、のう梅枝。──
水分の、楠館──の
傍を、この輿は、通るであろうの?」
そう、いゝながら見ひらいた目で、眺めるともなく
川面を見て、
(おや?)
と、思った。
三
吉野川が、逆に流れている。
(おかしい!)
いや、路が、川の流れと、
逆行している。
(でも、やはり
奇異じゃ!)
内侍は、輿が川上の方へ進んでゆくのを、心でたしかめてから、
「あれ、路が、ちがいはせぬか?」
といった。
「いえいえちがいませぬ。一里ほど上りますれば、
上市でございまする」
梅枝が、そう
返辞すると、内侍はいぶかしげに、
「あれ、上市へ? ──河内へまいるには、吉野川の
縁を
下市まで下って、それから山路へかゝると、わらわは聞いておったに、げせぬことをお云いじゃのう」
と、たゞしたが、梅枝はほゝえんだ。
「内侍さまは、地理をおわきまえなさいませぬ。南河内の水分へなら、さよう参るが
順路でございましょうが、高安は、おなじ河内と申しましても、大和川をこえて北。中河内でございますゆえ、この谷をくだって下市へまいっては、かえって遠まわりに相成りましょう。やはり上市から、
竜在峠をこえまして、三輪、大安寺とまいる方が、近くもあれば、路もよろしゅうございまする」
内侍に、道のりの遠いか近いかの判断がつくわけもなかった。
梅枝は、京の西、
嵐山のふもとに、天竜寺が
建立されたこと、その天竜寺は、後醍醐の
帝の御冥福をいのるために、
尊氏将軍が、あらゆる
費えをおしまずに建てた一大
伽藍であること、そこで行われた「天竜寺供養」が、どんなに盛大だったか、その折の
結縁に、
行幸あそばした上皇のおん行列が、どんなに立派だったか、ということなどを口きらずに内侍の耳へ入れた。
「かしこくも、上皇には、
御簾を、おかゝげあそばしましてな、路々につどう老若貴賤の見物どもを、みそなわしたのでございます。ありがたく、わたくしも拝みました。
黄練貫のおん
衣に、おん
直衣は
雲立涌の織物でございました。お
指貫は、たしか薄色でございました。お供は
西園寺大納言
公重の卿はじめ、宰相中将
忠季卿──
頭左中弁宗光朝臣──御本家の
資明中納言さまも、わが館さま行氏卿も、きらびやかな御装束でございました」
梅枝の言葉は、のべつに続いた。
輿が半里ばかり進んだ頃、──
上市の
邑はずれには、
髭が頬一面、眼の下まで、真っ黒ぐろと、すさまじく生えはびこった、筋骨のたくましい武士が、強そうな馬にまたがって、ぎらぎら
眸をひからせていた。
それは、
熊毛髭の
将監──
高師直の家臣にその人ありと知られた豪勇の士、
矢板将監であった。
脇楯、
籠手、
臑当にがちり身をかためた
小具足いでたちで、おそろしく長い刀をおびていた。そばには、おなじような装束の騎馬武者が数騎と、三十人あまりの郎従が、立ちはだかっていた。
そこは、吉野川の北岸で、路が
追分になっていて、一方は
六田へ、岸に沿うてくだる街道、一方は、あぶなげな釣り橋で川を越えて、細い
渓川づたいに、吉野の
邑の後ろ手へ、のぼってゆける近道だった。しかし、この近道の方は、輿の通れるような路ではなかった。
「あゝくたびれた!」
郎従の一人が、路ばたの草原に尻をついて、腰をさすると、二人、三人と、ばたばたとまねて、たちまち十人ほどが、可憐な
山慈姑の花を、尻の下にしきつぶした。
「むゝう眠い! おれは睡っとうて、たまらん」
「まさか、くたびれ儲けになりあしまいな」
「なってたまるか、
昨夜はねずの峠越しだ」
「
慾得なしに、寝転びたいの」
「ぐっすりと
一睡せんことには、どうもならん」
「弱音をはくな。いゝ女のそばになら、二晩三晩は、まんじりともせず喰い下っておるくせに!」
「馬鹿を申せ、そなたとは違うぞ」
「
心許ないて、ちと」
「こう、ひまどってはの」
「心配御無用、出来ばえは
保証するわい!」
「ふん、お前の知ったことか?」
「ふくれるなよ。うんとこさ
御褒美が、待っているわさ」
「
気どられたのでは、ないか知ら?」
「猫の子を、
盗ってくるのとは、事がちがう。訳が
異る」
「
鄙びたれども、雲居に近い、
九重のおく深い場所からおびき出すのだ。そう、おいそれと参るものか」
「そうともそうとも。
気どられるはずが、ないではないか?」
「いや、ないとはいわれん」
「いや、ない!」
「いや、なくはない!」
「こう、そりゃなくはないの。今の甚五が
口真似ではないけれど、雲井に近い
上
をおびき出すのに、
輿をかついで行ったのは──大きな声では云えないが、ちいっと念が入りすぎて、過ぎたるはなお及ばざるのではないかのう?」
「
須野左。みょうなことをいう。相手が貴い
上
だからこそ、輿も
舁いて迎えに行ったのじゃ」
「だからこそ、
尻尾をつかまれはせぬかと、かく申す須野
左門、案じている」
「な、なぜさ?」
「相手が、輿のない
女かよ?」
一人が「なるほど」と、感心して、
「はゝゝ梅枝それで
腰くだけか!」
と、笑うと、一人が、
「なあにあの腰は、二枚腰じゃ」
と、首をゆすぶった。
「ほい、いつ
検めた?」
「誰れが、たゞで聞かすか。だが
塗輿の件は、八幡大丈夫、と思う」
「大丈夫、
気どられる
気遣いはないと、この甚五も思うの。さきが
天眼通ではあるまいし、まあ考えても見るがいゝ、京の
街が、寝静まってから、今出川のお邸を出て、奈良、
櫟本、
柳本、三輪と──大和路へ入ってからは、伊賀は
名張の佐々木殿館へまいる一行という触れ込みゆえ、たれも、われわれを吉野へ行く者とは考えまいさ。な。三輪の宿で、きのう一日
逗留して、楠の主従が
河内へ、のこらず帰ったということを、ごく内密にたしかめてさ。の、それから
昨夜、急に夜中
発ちだ。
初瀬へ曲ったものと思わせて、まっすぐに、
多武峯をこして
竜在峠、
松明たよりの山路の暗闇を、
寝不足の眼を皿にして、足は
擂粉木──らくではなかったよ、なあ! 峠をおりて、朝からずっと、この
追分で立ちん棒、棒のように相成った
脚腰を、ふんばって、
上市の
邑から吉野の方へは、人っ子は論ないこと、犬一疋、鹿一疋もまだおろか、蛇一本、
蜥蜴一本、通さなんだ。
塩焼飯で、腹をもたせて、見張っている目は、だいぶかすむが、
熊髭どのに頑張られては、
瞼を相談させるわけにもゆかぬので、のう──われわれを
怪しいと注進に、走って行った人間の、ないことだけは、たしかにわかる。と、すればだ、どうじゃ?」
「いかにも!」
と、皆が、うなずいた。
「お互に、
恩賞にあぶれるおそれは、およそないのう」
そう、甚五がいったとき、
騎馬の士の一人が、
「
起てっ!」
と、どなった。
街道に、輿が見えたのである。
「やあ、来た来た!」
「ござった!」
「おいでなすった!」
山慈姑の花咲く草原から、郎従らは、尻をあげて、
往還へかけ戻った。
「とうとう
罠に、しめこの
内侍じゃ!」
「てへ、かたじけないぞ!」
「おやおや? あたじけない
供だな、たった二三人らしいぞ」
「ちえ、張合いがないのう!」
「ぷ。おれたちの、働き場所がふっとんだわい」
「ふっとばした梅枝婆アめ、おぼえていろ!」
「婆アはなかろう、
脂ぎっている」
「二枚腰どころか、十二枚腰じゃ」
「腰か、腕かは知らんが、すごいての」
「そりゃ

じゃよ、口じゃよ」
「あの口で、
手柄を総なめ、総なめ!」
「ちえちえ、いまいましいなあ!」
「これさ、さもしい
根性、出すまい出すまい!」
輿の脇で、梅枝が、手をふった。
熊毛髭の
将監が、
「御苦労っ!」
と、馬上で大声をはなった。
追及
一
正行は今朝、北畠
館をおとずれた。
それは、
親房卿の心をうごかして、
朝議の再開をねがうつもりだった。
こゝ両三年は現状維持、なお
形勢をみてから──という、先日の決議が、なんとしても不服だったのである。正行は、一日も早く、戦いたかった。決して軽々しくはやって、
無謀に功をいそぐのではない。
間諜は京都からしきりに、高師直と、上杉
重能との不和、
軋擽をしらせて来る。執事武蔵守
師直、越後守
師泰、播磨守
師冬、刑部大輔
師秋、伊豫守
重成などの高一族と──伊豆守
重能、弾正
少弼朝定、左馬助
朝房たちの上杉一門との争いは、足利幕府の勢力が、まっ二つに分裂することを意味するのだ。だから
時機は、すでに熟している。そう正行は考えたのであった。
(北畠の
准后は、先帝以来の
補弼の
棟梁でおわす。その親房卿が、戦機、熟せり、戦わなければならぬ、と一言、みかどの御前において仰せあって下さりさえすれば──鶴の一声。
群卿は、さながら
群鶏のごとく──おれは、すぐにも開戦が、できるのだが──)
きのう、
俊業と一緒に、四条大納言の館をたずねたのは、大納言
隆資卿をまず説いて、隆資卿から北畠准后の心を、開戦論の方へかたむくように語らってもらうためだった。俊業も、正行のために、口をそえて、
岳父の大納言へ極力、申しのべた。
だが、大納言は、正行と俊業の言葉を、とりあげなかった。
「よしや、
麿が、いかに申そうと、准后の御心、なんとして動こう。北畠の卿は、東西に
征戦をお重ねになって、多年、兵馬の間に
起臥あそばされたお方じゃ。帝業
補佐の尊きおん身でありながら、同時にまた、三軍に将たるべき
器ゆえ、おん
躬ずから戦機をみるの明をそなえておられる。なんで他入の言によって、御自身の御判断を、右左されようぞ」
そういわれては、正行は直接に、親房卿にぶつかってみる外なかった。
で、今日、北畠館に
伺候したのであったが、親房卿は、昨夜らい、風邪の気味で、なお
臥所にあったので、
謁することが出来なかった。
館の門をでると、正行は
少時たゝずんでいたが、南へ歩きだした。
供の郎従、
橘内が、
「いずれへ?」
と、伺うと、
「
御陵へ」
と、答えた。
しばらく歩いて、左へわかれる
木下路を、はいってゆくと、そこには、先帝、後醍醐院の
御陵があった。
おそれおゝくも
仮の宮居、おんわびしき
行在と定められた
吉野寺、吉水院如意輪寺の客殿の、裏手の
築地ぎわから高まる丘陵の一端に、
常盤の緑と、年ごとにめぐむ
葉の、濃淡に、いとも
蓊鬱と、おゝわれつゝ、かんさびてある御陵の御まえに、正行は、ひれふして、黙祷に時をうつした。
そして、頭を、もたげてからも、容易に目をひらかなかった。
「──身は南山にうずむと
雖も、
神はつねに
北闕を望む」
正行の
脣から、低くもれるのは、おん
傷わしき、先帝の御辞世のみぎりの、
御詠の句であった。
瞼の間から、
滂沱として、涙がわいた。涙は、青白い頬を、つたい流れた。
やがて御陵前を辞した正行は、木下路を戻ったが、
邑の方へはかえらずに、足を
山路へむけた。
橘内が、また、
「いずれへ、お越しなされます?」
と、云った。
「奥の
社へ」
と、正行は答えた。
二
十町ほど、登ると、山路は奥の千本の、さくら林のなかに入った。
橘内が、うしろから、
「下の千本は、もう昨日あたりから散りはじめましたし、
鎮守のお社、
蔵王権現うらの、中の千本も、どうやら色があせかけたようでござりますが、
奥は、ちょうど七八分──山の深いせいでもござりましょうが、花は満開よりも、半開からこのくらいが、眺めどころでござりましょうな」
そういったが、正行はだまったまゝ登って行った。
ほんのりと
紅をとかした白雲のなかを、わけのぼるようで、花は申分なくめでられたけれど、
主の殿のうしろ姿が、なぜかしらひどく淋しげに見えるのが、橘内には気にかゝった。
桜花の中を、五六町のぼると、
金峰神社の社頭だ。そこは、吉野連峯ちゅうでは、最も高い場所だった。
正行は、神前にぬかずいてから、眺望のきく地点へ行って、腰をおろした。
社の附近には、
青侍をつれた公家が二三人、吉水院の衆徒や
里人の間にまじって歩いていたが、このあたりは、ちょうど人影が絶えていた。
吉野川の大きな峡谷が、正行の目の下の、如意輪寺の森や、
蔵王堂のいらかなどの彼方に
蜿々と横たわっていた。
正行は、その峡谷をへだてた西の空に、自分の領土の
標識をなす金剛山の、峯をながめた。
金剛山は、
葛城、
信貴、
生駒とつらなる金剛山脈と、
紀伊見峠、
槇尾山、
牛滝、
根来の峯をつなぐ紀伊山脈とを、左右の両翼に従えて、こゝ吉野
金峰の、すぐ背後からそばだち重なる大峰の
峻嶺と、相対峙して、おごそかに南朝の皇居をまもっていた。
橘内が、わきから、
「じつに金剛山は、どこから眺めましても、頼もしい姿でござりまするなあ!」
と、いった。
だが正行は、やはり答えなかった。
橘内は、金剛山の頂きと、主君の
眸とを、ときどき見くらべたが、いつまで待っても、主君の視線は、山頂とつながれたまゝだった。
(妙だ。どうなされたのだろう?)
橘内は、自分も樹の根に尻を落ちつけて、さて──と、腕組みをした。
考えてみると、いぶかしいのは、今日にかぎったことではなかった。近頃は、ずっと、いぶかしいといえば、いぶかしいことばかりなのである。
橘内は、正行のごく気に入りの郎従の一人であった。
延元元年五月二十二日の
払暁、
桜井の駅はずれで、
正成の
胡床の前に、正行の座をつくるために
楯板をしいた男は、この橘内だった。爾来、ほとんど一日も、
傍らから離れたことのないほどの、忠実ぶり──。歳は正行よりも、十ばかり多かった。
──しかし、いぶかしいことばかり、といっても、
(どこが? なにが? どうしたというのだ?)
と、橘内は自分の心にきいてみた。
わからなかった。──では、いつ頃からおかしく感じられたか、それを考えてみたが、おもい出せない。
(困ったな!)
橘内は、
当惑した。
極端な主人思いと同時に、盲目的な正行びいきで、
依怙地というほかない正行
信者だったから、いわば、もし正行に
痘痕があったならば、えくぼに見えたであろうし、正行が顔をしかめれば、よしんば
食あたりの腹痛のせいでも、それが崇高に感じられた。
そうした橘内に、どうして正行の眼が今、金剛山の頂にこびりつきながら、そこに、女人の──美しい弁内侍の
面影を、まぼろしに見ていようなどと想像が出来よう。もし、出来たら、
突嗟にあっと、腰をぬかすか、眼をまわすかした橘内だったかもしれなかった。
やゝ
小半時も、正行はその幻影の甘美のなかに、じいっとひたっていた。その間じゅう、これもまた、じいっと驚くべき辛抱づよさで、主君の高遠な
思索をさまたげまいと思う一心から、神妙に身動きもせぬよう努めていた橘内が、あまりに
根をつめた
機勢に、ふと
喉をつまらせて、不覚にも大きく
咳入ったので、正行は、はっと我れにかえって、
「おゝ!」
と、うなるように呟いたが、すぐ、
「ちえゝ
痴愚め!」
突っ立ちざまに、そう、おのれを
叱咤したのであった。
が、橘内は、自分が叱られたものと思い込んで、顔色をかえつゝ草のなかへ、両手をついて平伏した。
「と、とんでもない
不調法──ひらに、ひらに御容赦下さりませ」
「橘内、なにを申す?」
「はあ。
真っ
平──」
「なにを詫びるのじゃ?」
「まことに、不調法に
咳入りまして──」
「なあんのこと! そちの
咳か」
正行も、さすがに微苦笑をうかべたが、たちまち
欝欝となって、草の上を、歩くともなく歩きつゝ、
(おれは、なんのために山へ?)
と、
自問して、
(内侍を避けるために!)
そう、自ら答えた。
(だが、内侍の
宿下りを知って、日野邸へ、寺内の
宿坊から移った自分ではないか。──避けずとも、わが心を、
毅く、毅く持て!)
三
倒れそうにあえぐ
汗馬から、跳び下りざまに日野邸の門内へ、かけこんだ野田四郎が、大音に、
「
率爾ながら物申さん。当館にお宿りある楠の殿へ、
葛の
砦の野田四郎、御注進にまいって候ぞ。お取次ぎ頼もう」
と、呼ばわった。
雑舎の中の青侍が、おどろいて、一人が、
「
河辺どの、河辺どの!」
と、楠の家臣、河辺
石掬丸をよびたてる間に、一人が廊を、
対の
屋へ走って行った。
車宿を、仮りの
厩にして、主君正行の馬と、石掬丸
宗連の馬に、
秣を
喰ませていた郎従が、とび出してきて、心配顔で、
「四郎どの、──?」
と、問うようにいうと、
「わが殿は、おわすか?」
四郎は、
中門の方を指さしつゝ、きいた。
「
御他行でござる」
「御他行とは、いずこへ?」
「北畠准后さま
館とか承わった。お供は、橘内でごさる」
雑舎から、
「野田どの!」
「なんぞ異変でも──?」
と、郎従たちが現われた。
邸の
下部、
婢女たちが、窓からのぞいた。
河辺石掬丸が、走り出た。
「野田!」
「おゝ石掬丸! 御注進じゃ」
「わどの自身で──
徒事ではあるまい? 殿のお留守、それがし承わろう」
「申そう。京の執事、
高師直が臣、
矢板将監──きこえた
剛者じゃ」
「む、矢板将監が?」
「
逞兵およそ三四十人を従えて、
一昨日未明に京をたち、大和路くだって昨日は
終日、
三輪にとゞまっていたが、伊賀の
名張へ行くのだといつわって
夜路を、
竜在峠へ向ったのだ」
「すると?」
「今朝ひき明けには
上市に、ついた筈じゃ」
「と?」
「目ざすは、こゝ吉野ほかあるまい」
「はて?」
と、石掬丸は
解せぬげに、
「わどの、三四十人と云われたの?」
「小勢ながら、
屈竟な郎党らしい。まだ、上市にひそんでおるのだ。あゝ、間に合うてよかった」
と、野田四郎が、この邸の様子に
安堵をおぼえて、そう
独りごとのように云った。
石掬丸が、
「禁裡の御警衛には
青屋どのゝ
吉野衆、五百はあろうし、北畠館にも伊勢、熊野の兵がおる。屈竟とはいえそれしきの小人数で、なにが出来よう? こけな、
愚かしい
振舞でござるのう」
「あいや、油断は
禁物。矢板将監は、
老獪師直が
股肱じゃ。京の密偵はみな、東条の虎夜叉どの御奉行ゆえ、
細作の
諜報は、けさ河内へまいった。で、虎夜叉さまより、それがしが砦へ、
急報がござったのと、上街道と中街道を、みはらせておいた拙者が手先の
報せとが、ぴったり
符合いたしたので──こりゃ
暫しも
猶予はならんと、まっしぐらに、馬をとばせて、かくの通り。郎党どもは後から参ろう」
「これさ、矢板将監勇ありとも、三四百ならば、ともかくも──」
「いや、
真っ
面ならあえて、おそるゝには足らんが、なんらかしぶとき
詐謀がありそうじゃ。特に当日野館を警戒せよと、虎夜叉さまよりお申し越された」
「なに、当館を警戒せよとは? む、わかった。
刺客に備えよとじゃな」
「あいや違う。矢板が一行には、京の日野家の女房らしき者が一人、加わっていて、あやしい
空輿を、
舁かせたる由──」
「えっ? な、なんと?」
石掬丸が、叫んだ。さっと、面色が変わっていた。
だが、おどろいたのは、野田四郎の方も同断──。たちまち叫びかえした。
「やあ! そ、その驚きは心得ず──?」
「おう、しからば三
位家の、女房
梅枝が──」
「おう、その梅枝が?」
「あゝ遅かった、遅かった、こりゃ何としょう、一大事じゃ
大事じゃあ!
館の衆っ、内侍さまはかどわかされた!
奪われましたぞ!」
と、石掬丸は、声張りあげた。
雑舎のなかゝら、叫びごえと、人の走る足音が聞えた。四郎が、
「ちえゝっ遅なわったか
後れたか!
掬丸、遠くは行くまい、奪われたは
何時じゃ?」
と、いうと、
「殿へ、准后
館へ走れ」
石掬丸はそう、郎従の一人に命じてから、
「
半
ほど前じゃ」
「追わずばなるまい?」
「もちろん。だが待たれい、殿が──」
「殿のお言葉は明らかだ」
郎従が門外へ、かけ出した。
「とは思うが、人数がたりぬ。いずれへか、
助力、もとめずばなるまい」
「
青屋どのへ、誰れか──」
と、野田四郎がいうと、石掬丸が、
「伍平太、走れ」
「は。青屋どのお邸へでござるか?」
「
速いところを二三十人、頼んで参れ」
言いつかった郎従が、邸外へ走り去ったとき、対の屋から、
血相をかえたこの館のあるじと夫人とが、中門の門ぐちへ、現われた。
「わらわが、わるうございました」
「いやいや
麿が、わるかった」
「わが
夫、なんと致しましょう」
「北の
方、なんと致そうのう?」
「禁裡へ、なんともおん申訳けが──」
「ない、ない、ない!」
石掬丸が、
「
朝臣!」
と、叫んだ。
「おゝ石掬っ!」
そう呼ぶ、俊業朝臣の声が、絶望的におのゝいた。
野田四郎が、
「まことに不慮の
御災厄──いかばかりか御心痛! 拝察つかまつる。いま
一刻、
諜報早くばと
憾まれまするが、すでにかくなる上は、われら楠主従が
能うかぎりは働きましょうほどに、その努力お
俟ち下されい」
心は、あせりながらも、つよい語調でいうと、俊業朝臣は、感せまった
声音で、
「おゝいみじくも雄々しき、その心──俊業いうべき言葉をもたぬ!」
と、そう答えたとき、郎従が一斉に、
「殿──」
石掬丸も、一緒に、
「殿っ!」
と、叫んだ。
満面蒼白な正行が、門のところで、
「馬ひけっ」
あかく
逆上せた顔の橘内が、馳せ入って、主君の乗馬を、
車宿から曳き出した。
野田四郎と石掬丸が、
「殿っ! 追わせらるゝか?」
と、走り寄った。
正行は、すでに馬上の人となっていた。
石掬丸は、おのが乗馬へ──四郎も、門外に乗りすてゝおいた馬ヘ──。そして郎従らは、主君の馬をめぐってあつまった。橘内が、
轡をとった。
朝臣と夫人が、表門の外まで走りでた時はもう、正行の馬と七人の郎従とが、
一塊りとなって濛々と土けむりあげつゝ、坂を下っていた。そのあとを、四郎の馬と、石掬丸の馬が、追って行った。
門ぐちには、青侍と女房たちも、つどい立って、眺め送っていた。
見る見るうちに、人と馬は、下の千本の
花蔭に没した。
誰れの馬か、一声、高くいなゝいた。
鹿路平の血烟
一
「おれは、有卦に入ったのだ!」
熊毛髭の将監は、小躍りするほど嬉しかったので、
「神ほとけの御冥護があったのだ」
と、いったが、なお言いたりないように、
「おれは、神仏の思召しにかなったのだ」
そう、つけたすと、一人が、
「御大、もう楠殿の首を、とったような!」
と、笑うと、
「もはや、とったも同然じゃ、わはゝゝ!」
熊毛髭が、ふとく哄笑を、傍へあびせた。
敵も横列、味方も横列。
まだ距離はあるけれど、敵も味方も、ことごとく刃の鞘をはらって、睨み合いつゝ近づくのだ。
春陽の光が、刃影に反射した。
「これほど大きな獲物は、ないぞっ!」
と、矢板将監、銅羅めいた声をひゞかせた。
「天下無双の手柄首っ!」
と、応ずる者があった。
「うて、うて、討てっ!」
と、はやす者があった。
味方は、多武峰を背負っていた。敵の後ろには、竜門岳がそびえた。
そこは、鹿路平──。
吉野から奈良へ通じる大和路の、いわゆる上街道は、上市の邑から、竜門岳の中腹をよぎる竜在峠をこえると、多武峰のふもとまでは、十町ばかり平坦な高原をとおる。この原は、大職冠鎌足公の廟所である談所ガ森と、古歌に知られた音羽山の裾とで、一度くびれてから、ふたゝび倉梯宮址の旧跡へひろがっているのだが、宮址の方は鹿路平とは呼ばれない。
まんまと、弁内侍を、たばかり奪った矢板将監は、この鹿路平で、正行に追いつかれたのであったが、追手はわずか十人、それも平常着のまゝだのに、我が方は四十人に近い人数でみな小具足を鎧う、粒選りの兵だ、と思うとせゝら笑いが出た。ところが意外にも、楠多聞兵衛正行こゝにあり、その輿、もどせ! とよばわられたので、俄然、射倖心がめらめらと燃えさかり、勇気は、とみに百倍、という形になって、馬からとび下りた。楠──と聞くまでは、鞍からはなれる気など毛頭なかった将監であったが、いまや勃々と功名にあふられて、刃渡り四尺もあろう長剣をぬき放ち、六尺有余の巨躰を、どしりどしりと運びつゝ、鏖殺しの陣をおのが左右に張って、敵正行とその郎従に迫りゆくのであった。
内侍の輿は、蒲公英の咲く草のなかに、据わっていた。内侍の女房と、青侍は、まるで生きた気もなく輿わきで、ふるえるのみだった。代わり舁きとも六名の輿舁きは、固唾をのみながら、立っていた。
緑の毛氈をしきつめたような高原には、さんさんと照る日光の下に、山うつぎ、やま牛蒡、山あらゝぎ、岩ざくら草、蘭、すみれ、山慈姑など、春の草花が燎らんと咲いていたが、あわや薫風は一じんのなまぐさい風と変じて、凄惨な修羅の巷が、この平和な緑いろの上に、この色とりどりの花の上に、まさに現れれようとしているのだった。
「かゝれっ!」
と、熊毛髭がさけんだ。
二
た、た、た、うしろに、正行はさがった。
たしかに、刃の鋩から柄へ戻ってきた圧力を、感じると一しょに、血しぶきも見たのだ。
だが敵は、刀をふりかぶったまゝ、のめずるばかりに迫った。と、思う刹那、その敵は、片手を柄から放して、おのが腹をかゝえた。そして手を、腕を、赤くそめて、草のなかへ、本当にのめずり倒れた。
正行の感覚に、手応えが、よみがえった。
いま、最初の敵へ、片手突きに、剣を突込んだのである。
(実戦──血闘──なんの、雑作ないぞ!)
そう感じたとき、第二の敵の鋩が左の肩の上に光った。
正行は、だが、間を見切ったから、かわさずに、とび込んで、皮鞜で蹴りのけつゝ、第三の敵の手許を、横なぐりにはらった。
悲鳴とゝもに、敵の、刀をにぎった拳が、手くびから切断されて、第四の敵の横面へとんで、頬を傷つけて地べたに落ちた。
た、た、た、うしろへ、その隙に正行は、再びさがった。
将監が、
「突込めッ!」
と、どなった。
正行は、第三の敵から、双手突きに襲われた。
左腕に、熱感をおぼえて、
(かすられた!)
そう思った時は、すでに正行の剣が、敵の頸部をふかく割っていた。
「殿っ!」
と、石掬丸が、闘いつゝ叫んだ。
一人を斃して、二人と渡り合っているのだ。
と、野田四郎も、
「殿──。将監は、それがしが──」
刃を鳴らしながら、
「引受け申すぞっ!」
と、よばわった。
「わはゝゝ、楠殿、どうじゃ?」
そう呼びかけた敵将、矢板将監と、正行の距離は、およそ五間ほどであった。
「四郎──。案ずるに及ばぬぞっ!」
と、正行が、よばわり返した。
そして血ぬられた剣を、第四の敵に対して構えた。
味方の刃で顔に負傷した男は、須野左門だった。須野左は、手負い猪のように、たけっていた。
石掬丸が、ふたゝび、
「殿っ! それがしと、お代わりあれい! 将監へは、掬丸が向いまするぞっ!」
と、叫んだ。
熊毛髭は、まだ動かずに突っ立っていたが、やがて正行へ対うことは明らかだった。
「えゝ、邪魔なっ!」
と、石掬丸は気をいらって、さらに一人を、から竹わりに斬り斃した。けれども新手がふたり加わって、敵はまたも三人になったばかりでなく、将監へかゝるのを遮るために、四五人の郎従がひかえているのだ。
「ちえゝっ!」
石掬丸は、うなった。
主君の剣技を、決して危ぶむわけではない。湊川における先君の沒後、五六年に亘るはげしい切磋鍛錬によって、主君の剣技は、疑いもなくはるか超凡の域に達していた。おそらく、いかなる強豪と白刃をまじえても、後れはとらぬであろう。主君も、自分も、実戦の経験はもたない。真剣をふるって闘うのは、今日が始めてだ。しかし、主君はたちまち三人を、自分も二人を斬り伏せた。熊髭の将監の豪勇といえども、主君としては怖るゝに足らぬかも知れぬ。否、主君の敵ではあるまい。多聞丸の剣は、幼時からほとんど入神の凄さがあった。多聞兵衛正行の今の鋩の鋭さは、たしかに無敵だ。──が、然しながら、万一? 万が一?
と、思う石掬丸は、ぎりぎりと歯ぎしりして、
「白癩っ!」
袈裟がけ。
また一人、血煙りあげてのけぞった。
三
おもいは同じい野田四郎。
「えゝ青蠅ども、失せろっ!」
叱咤の声もろとも、刃が、敵の只中で、きらめいた。
四郎が突進したあとに、二人の敵が、骸になって斃れた。
自分が頭を割られでもしたかのように、返り血で真っ赤になった四郎は、息つくが早いか、
「とう!」
一人の高腿をはらって、熊毛の将監めがけつゝ走りだそうとした時、背中に何か重い物が、ぶつかったのを感じた。
と、その瞬間、肩骨の下に灼熱をおぼえた。
(やられた!)
そう思いながらも、ふりむきざまにふるった刃が、さいわいにも敵の肋骨を裂いたので、この太刀は肩上におろされたものゝ、深くは入らなかった。
(傷は浅い、これしきの──)
四郎は、奮然と起ち直ったが、五人の敵の刃でかこまれている自分を意識して、将監へいどもうとすることは──それをあせるのは、無謀に近いと感じた。
(殿? だが、殿は?)
正行の姿は、前の方には見えなかった。
(後ろをみては、危いが──)
しかし、顧りみずにはいられなかった。
すでに正行は、小山のような将監の巨躯と相対して刃をかざしていた。
四郎は、太刀風を感じた間一髪、からくもかわしたが、危機は果然──。
かわした側から浴びせられたのである。
刃が鳴った。がきり、鍔もとで受けたには受けたが、のびた鋩で、鬢を薙がれた。
もはや四郎は、血まみれだった。
さすがに、正行の郎従は、橘内はじめいずれも、一人よく十人に当り得る猛者であった。寡をもって、おびたゞしい衆に敵抗することは、いうまでもなく楠の伝統だ。
けれども、敵も強かった。高師直がすぐりにすぐって、将監に配属させた精兵だけあって、命知らずの精悍ぶりが、ふるう刃の火花と散るので、橘内以下は、二人ずつ相手に闘うのが精一ぱいだった。
「えゝっ」
「おうっ」
雄叫びの声々──。
鏘然と鳴る剣刃のひゞき──。
斬りつ斬られつ、しぶく血、ほとばしる血、ながるる血!
すでに息絶れた骸。なおうごめく骸。──骸の周囲の草は、赤黒く染まった。
四
「参れっ!」
正行は、剣を、片手上段にかざしていた。
「──楠殿。この刃、鋭うござるぞ」
将監は、平正眼に構えていた。
しばし睨みあいつゝ、待機したが、乗ずべき隙は、どちらにもなかった。
だが、平押しに、じり、じりと、将監が進みだした。
「えゝっ!」
正行が、はげしく気合を入れた。
けれども、撃ち込めなかった。
(手剛い!)
たいがいの者なら、正行のいまの気勢──空声にこもる剣気の凄じさに、圧倒されて、そこに、多少とも隙が生じるのである。現に、須野左門が、この一喝を喰らって、ひるむところを斃されたのだ。が、矢板将監には、効かなかった。
肉迫は、ますますつゞけられた。
──一尺、五寸、三寸、一寸──あわや、間が見切れなくなる。見切れないなら躱すか、受けるか、しからずば相討ちに、薄紙一枚の機先を争うか? 正行の心頭には惑いの旋風がおこった。
──躱すのは、破綻のもと。おそるべきは第二襲だ。受ければ、あの巨躰で、躰当り。あきらかに不利だ。が、受けて、捨身の──?
(否! 襲う位置に立たねばならん!)
高くかざした剣が、ふるえた。
正行は渾身の気鋭をこめて、
「えゝっ!」
と、おめいた。
だが、その意図は、むなしく、依然、守勢に立ちつづけなければならなかった。しかも、いま、すべての気力をかたむけて叫んだ直後、正行は、ふしぎな乱れを、わが呼吸に感じた。と、ついぞ覚えぬ種類の、深酷な疲労を意識した。──はて?
(あやしき胸苦しさ?)
熊毛髭のなかで、らんらんと眼が、光りを増した。
「楠殿──。そりゃ、剣法の型でござるか? お若いにしては、あっぱれ、あっぱれ!」
正行の顔色は、さながら死人のように蒼かった。
将監は、やゝ微笑をうかべつゝ、
「お疲れの体と、見たは僻目か? 返り血とばかり思いしに、どこぞ傷手なと負われたか。さあまっこの通り、隙だらけじゃ」
と、誘いの隙、ひろびろと見せて、
「いざ、尋常に勝負いそごう。──楠殿。この将監は果報者じゃ。南朝武士の棟梁たる、おん身のお首、いたゞかば、天下無双のいさおしと、それがしの名はとどろいて、鹿路ガ原の大手柄、後の世までもかゞやき敷かん。さあ! さあ参られい!」
ふとぶとゝいう敵将を、
「えゝ烏滸がまし!」
と、睨む正行。だが、呼吸はいよいよ不調。流汗りんり。
──鼠賊四人を斬ったのみ。傷といっても、左の腕と腿、わずかにかすっただけ。それで、これほどの疲労は? なぜだろう?
そう、正行が自分をいぶかって、
(実戦になれぬ所為か?)
と、思ったとき、
「たあう!」
四尺の大刀と、六尺の巨体とが、きらめきつゝ、圧倒的に躍り込んだ。
五
ぱっと、火華が散った。
戞然と、刃と刃が、合って鳴った。
術と力が、せめいだ。
鍔と、鍔が、せり合うた。
声と、声が、高く、太く、互いにはげしく、叫び交わした。
と、たちまち、両体がはなれた。正行の体は、燕のように流れた。将監の大刀が、鋩ぶかく地べたへ斬り込まれた。
「あっ!」
熊毛髭の片方の手が、長い柄から、脇腹へ移った。おさえた手が、見る間に、朱にそんだ。斬られた横腹から鮮血が、ふきだしたのである。
そのとき、正行は、剣を杖に、草地について、危く昏倒しそうな躰を、さゝえ止めていた。気力のありたけを、いまの一撃に、そゝいだのであった。技は、力をしのいだ。しかし正行の胸は鉛でもつまったかのように、ふさがって、気息が、えんえんとなった。と、咳嗽──ときならぬ咳が、いとも苦しく、咽喉のおく、気道の奥から、込み上げてきた。
正行が、咳にむせんでいる間に、将監は、脾腹をおさえながら近寄った。
「楠殿は、風邪っぴきか?」
熊毛髭は、もの凄く、にたりとした。
腹の傷はかなりの深傷だったけれど、あまたの戦場で不死身といわれた豪気の将監、
「覚悟っ!」
と、叫ぶと共に、脾腹の片手を、柄へ戻して、大上段にふりかぶった。
正行は、なお咳入りつゝも、防ぎの刃を青眼につけた。が、今度こそ危いと感じた。
(斬れる!)
と、将監は信じた。
射倖貪婪の
、その
に煽られる灼赤な鉄──。
だが、あまりにも乱れた対者の太刀先は、かえって無気味であった。前にも増して鋭い切返しがという懸念が、将監を、ためらわせた。
この躊躇の下で、正行は、いわば晩夏の夕空にわく雲の峰のように、むくむくと、心の表面にふくれ上るものを感じた。
それは、きれぎれの断想だった。──父、正成と叔父正季──湊川、炎暑うだるような日、辰の時から申の時まで、三
六刻の長い時間──重い武装──百倍の敵──幾十合の血戦──腑甲斐なき我が身、不肖の子──いま斬られて、命おとさば、かゝる死? 一期の不覚! 分別もなく──内侍──内侍を救うためとはいえ──討幕の重い責任をにのう身が──。
「おゝっ!」
と、正行は叫んだ。
最後の断想──討幕の重責という観念が、疲労困憊の底から、猛然とふるい起たせたのである。
蓮華草の黄白の花叢を蹴って──。
一閃の鋩が、紫電となって、ぱっと血潮の飛沫を散らした。
「うわあっ!」
将監は、熊毛の顔面を顎から斜めに薙ぎあげられて、左の眼球をさえ真っ二つに劈かれたので、楠の脳天へ微塵と撃ちこむ大刀も、とっさに空で力を失い、わめきともろとも、たじたじと、よろめくところを、
「とう!」
薙ぎ上げた余勢一ぱいに、返す刃で正行は、横鬢からこめかみをたゝきわった。
「ぎゃあッ!」
悲鳴が、血烟りのなかで、ひゞいた。
頭蓋骨のくだけた手ごたえに、
(充分!)
と、感じた途端、気のゆるみから、正行はべたべたと横倒しに、躰を伏せた。
斬った方が倒れたのに、斬られた方は、まだ立っていた。梟剛な矢板将監は、致命の重傷に意識を、昏濁させ、もはや全身を硬直らせながらも、仁王立ちに、大刀を握ったまゝ立っていた。
「殿っ! 殿っ!」
血達磨がころげるように、橘内が、痛手も忘れて、走ってきた。
主君の危急! 敵に見せた背後を、浅かったが四五寸、斬られたけれども構わず馳せつけたのである。
正行が斬られたと思ったのは、橘内だけではなかった。野田四郎も石掬丸も、はっとばかり胆を氷らせた。
だが正行は、むっくりと起きて、
「将監をしとめたぞっ!」
と、よばわった。
ちょうどその機みのように、将監の大きな躰が、死骸になって、地べたへ倒れた。
「橘内──。予に怪我はない! 闘ってくれ」
正行は、そういゝながら、橘内を追って来た敵の鼻づらへ、ばさり一刀をあびせた。
「おう、殿う!」
と、歓喜の声を、橘内があげた。
そのとき、どっと鬨のひゞき、人馬の出現! 高原の一端にあらわれたのは、郎従伍平太の報せによって馳せつけた吉野衆、青屋刑部の僧兵たちと、野田四郎の郎党をまぜた、およそ五十人の一隊であった。
准后への悃願
一
親房卿は、痛そうに、顔をしかめて、
「御無礼」
と、中啓を、左に持ちかえ、躰を海老のようにかゞめて、
「ゆるされませ。──寄る年波でな」
そう云いつゝ、わが腰をさすった。
客の、大納言、四条隆資卿は、げにも道理──と、同情の面持で、
「幾春秋を関東で、あるいは野戦に、あるいは長き御籠城に、み躰を酷使あそばしてはのう!」
と、いった。
「六十を超えては、まこと意くじ無う相成る。一昨々日から臥せって、医師の円性入遺が、ほんの苟且の風気と診てくれましても、いっかな枕あがらず、足腰、背骨のふしぶしの疼き痛むを、わずろうて、つい先刻まで、いぶせく臥所にこもっておった始末でござる」
「それはそれは! 御加養の、きついお妨げをつかまつって──」
「いやいや、なんの御遠慮──。自分もかようのことでは、上への御奉公がおろそかになる。こゝ三、五年は、真に重大な時期じゃで」
みずから励ますごとく、頭をふった従一位准后、親房卿の、老いた顔には、不撓不屈の気魄が見えた。肉体は衰えても、けいけいたる眼光には、さかんだった往年の面影が、まだありありと偲ばれた。
こゝは、如意輪寺前の准后館、その客殿であった。行宮に奉仕する仮の棲家だから、むろん輪奐の美どころか、板もろくろく磨いてない粗普譜ではあるが、場所に不足のないだけに、南面の庭苑はひろびろとつくられていたし、中門墻と、邸の外郭の築地との、中間には、多くの武士を屯させておく雑舎造りの建物が、屋根を並べて、はなはだ殺風景に庭苑をとり巻いていた。
客殿の簾はかゝげてあった。垂れた壁代の隙から、苑樹の、あざやかな、若葉の芽ぐみが見えた。
大納言が、
「で──その歌は? と、おたずねでござりましたな?」
そういうと、准后はうなずいて、
「なんと?」
「逢見んとおもう心を先立てゝ、そでにしられぬ道芝の露」
「──その歌と、文の筆蹟に疑いのうてはのう。──三位と北の方をおびやかしての、師直が憎むべき詐謀──。楠なかりせば、内侍はむごたらしゅう淫魔の餌食、その薄倖は申すに及ばず、俊業どのにも責が残り、縁につながる大納言、おん身も安からぬ想いなされたでもあろうに!」
「まこと、仰せのとおり。楠へは、感謝の言葉に苦しみおりまする」
「九人の家釆、いずれも重傷。うち四人は、ついに絶命、とのことでござったの?」
「いかにも」
「貴卿からねんごろに、ねぎらわるゝよう」
「それは、御意までものう、身どもにかないまする限りは」
「どうぞ」
北畠准后は、そういってから、少時あって、
「叡聞にも──達したことで、ごさろうな?」
と、たずねた。
「おん覚えあさからぬ内侍がことにござりますゆえ、昨日、畏きあたりへ──」
「貴卿が?」
「はい。拙身、奏聞に及びました」
「恐れながら竜顔も、さぞかし──?」
「竜顔いともうるわしく、ことに楠への、御感斜めならず、正行まいり合わざりせば、内侍は憂たてや辛き目に逢いつらんに、いみじくも探り知り、かつは健気にも闘うて、よくも奪い返しつるものかなとて、忝けなくも内侍を、准后の卿よ、内侍を──」
「内侍を?」
「正行に、賜わらむとの、勅諚でござりました」
「ほう、内侍をば、楠に?」
親房卿が眼を見はると、大納言が、
「楠に、いまだ定まれる妻ありとも聞かずと、畏くも宣わせ給うて、御恩賞として──」
と、答えた。
「定めし、有難く拝受の旨、奉答つかまつって、聖恩に感泣いたしたであろう」
そういう准后へ、
「親房卿。世には、意外なことも候ぞや」
と、四条大納言は、じっと目をすえて、
「随喜の涙に、むせぶことゝ存ぜしに──」
いゝ措くと、
「ほう? いかゞつかまつった? いとも忝けなき天恩を──」
准后は、いぶかしげに訊ねた。
二
「それを、なんと案に相違──」
「なに──?」
「いなみ奉った」
「おゝ、いなみ参らせたと?」
准后が、おもわず瞠目した。
大納言は、直衣の襟に、笏をあてゝ、
「心得がとう思召すであろう」
「げにも、のう」
「准后の卿──。楠は、一首の歌を詠進して、勅諚に奉答いたしたのでござります」
「ほゝう。いかなる歌を?」
「──とても世に長らふべくもあらぬ身の、かりの契をいかで結ばん──」
と、大納言は、正行詠進の歌をつげた。
親房卿は、
「──とても世に──」
と、その歌を口ずさんでみて、
「大納言」
と、呼んだ。顔は、とみに緊張を加えていた。
隆資卿が、
「楠は、いよいよ戟を──」
と、いうと、准后はうなずいて、
「成敗を一戦に賭ける覚悟の──」
中啓で、胸をたゝいて、
「ほぞを、かためたとみえる」
吉野の朝の
宰である両卿が、しばし眸を合わせつつ、言葉をとぎらせた。
四条隆資卿は、愛姫が内侍の嫂である関係から、内侍の恋についても、ひそかに聞いていたのであった。
准后が、
「楠とても、青春の齢、
たき内侍の美貌へは、心ときめかぬこともなかろうに、さりとは、のう隆資の卿」
と、事をうらむように云った。
「そのことでござる」
大納言は、繧繝縁の上畳から、やゝ乗り出すような態で、
「後顧の種は、蒔きとうないという存念でもござりましょうが、開戦をいそぐは、いまにはじめぬ多聞兵衛が──」
と、いゝかけて、ふと気づいたらしく、
「申し忘れました。今度の御恩賞として、なお楠は、従四位下、左衛門督に任叙あって、昇殿を許されましたぞ」
「それは重畳。いや、そうなくてはかのうまい──楠家の当主じゃ。が、それをも拝辞は、いたさなかったでござろうな?」
「まさかに!」
と、隆資卿は微苦笑したが、すぐ新らしい官名を呼称にして、
「彼、左衛門督の持説は、すみやかなる開戦。湊川の一戦この方すでに十有二年、ひたすら蓄積して参った楠家の武力、その精鋭をもって戦わば、なんでむざとは敗れましょうや。よしや一旦の利を失うとも、河泉、紀和の天険にたのまば、首将の生命を、なんで危殆にさらす怖れがござりましょうぞ? されば、詠進の歌にあらわれた、決死の覚悟なるものが、拙身には──」
「そりゃ身どもにも、解しかねる。たとい、今たゞちに戦端をひらくにしても、なにが、さまでに突きつめた心構えに、楠を?」
准后は、眉根をひそめて、直衣の袖を重ねた。
覧に博く、識に達し、「職原抄」を著した北畠卿であった。覇業への足利の異図を、いち早く看破って、奥州の鎮守府で鎌倉に対抗した親房卿であった。坂東の孤城に拠り、高師冬の大軍に囲まれつゝも、帝王の傅たるの身をわすれず、吉野の今上の帝のおんために「神皇正統記」を書いて奉ったほどの准后であった。が、しかしながら、
(──人のこゝろの、陰影は、さても探りにくいものじゃ!)
と、口のなかで、つぶやいた。
大納言も、
「せまきに過ぐる、心の持ち方!」
と、独りごとのように云った
准后は、建武の維新以来、ほとんど武士のなかで暮してきたといってよかった。武家武士の気持というものに対して、だから、いわゆる長袖公卿たちとはまるでちがう関心なり、認識なりを持っていた。それだけに、正行の、心のおきどころが、よけい気にかゝった。
だが、楠の武の力こそ、吉野の朝廷の、最もたのませらるゝ藩屏であるのに、その力を駆使すべき若き武将が、戦わざるにはやくも前途を悲観した、とみるほかはないような、正行の態度への疑問は、四条大納言にしても、親房卿に劣らず深まっていたのであった。
「准后の卿──、この館に、楠を召されて、貴卿より──」
と、大納言がいう時、渡殿から廊に、雑掌の青侍が、参入して、
「楠左衛門督の朝臣、参られてござりまする」
と、報じた。
雑掌は、すでに、正行が左衛門督兼行河内守に昇任したことを、知っていたのである。
「中門より、これへ」
准后は、そういった。
かしこまって、雑掌がさがった。
三
やがて、正行の狩衣姿が、庭苑を横ぎった。
寝殿に近づいて、南面の階段をのぼると、正行はすぐ廊に坐った。そして、慇懃に色代した。
「そこは端近じゃ。進まれい」
「は」
「殿上人と、なられた和殿。さあ」
准后は、まねいた。
正行が、客殿の入側に入って、坐ろうとすると、
「いや、これへ」
「は」
正寝の間へ、正行は進んだ。初めて、准后や正二位大納言というような尊い雲上人と、席を同じゅうするごとが出来たのである。だが、むろん両卿は上畳のしとね、正行は薄縁さえ敷かぬ板敷に坐ったのだ。
「よくこそ。──左衛門督に昇叙、まことにめでとう存ずる」
「聖恩の鴻大。身にあまる光栄にござりまする」
「弁内侍の危難、救われしお手柄の次第は、只今、四条の大納言より事つぶさに、承わった。あたら郎党を四人まで喪われた遺憾はござろうが、梟勇の聞え久しき矢板将監を、みごと討ちとめし剣のさえ──和殿、御自身にも、さぞや満悦のことゝお察し申す」
准后は、正行の蒼白な顔を、ながめつゝ言いついで、
「微傷、おわれたとか、庇口はいかゞでござるか? 手当てに如才はなかろうが、破傷風は、あながち傷の深浅によらずと聞く、お顔いろ、すぐれぬようだが──」
「御配慮、かたじけのう存じまする」
と、正行は頭をさげた。
四条大納言が、
「左衛門督どの」
と、呼んで、
「一品の卿も、和殿詠進の和歌のこゝろには、お首をお傾けあそばされた。武将の覚悟、げにも壮烈な覚悟ではあれど、旌旗うごかず、鉦鼓ひゞかざる限りは、妻をむかえ、家をとゝのうるがまず当然な儀ではござらぬかのう?」
准后も、
「それが常理と、親房も思う。──恩賜拝辞の件について、この親房が率直にいうならば、第一に、綸言に悖り、有難き恩賜をいなみ奉ったは、おそれおゝい極みじゃ。第二には、故正成どのゝ嫡孫うまれ出でぬ前に、和殿がもしも、戦場で討死さるゝがごときことあらば、孝の道にそうまい。──すくなくとも、この二つの点では、不忠不孝の謗りをも招くであろう。──再考を要しはせぬか、のう左衛門督?」
そう、諭すようにいうと、大納言が、さらにつけ添えて、
「畏きあたりでは、そこもとの拝辞にもかゝわらず、重ねての御沙汰あるやに洩れ承わった。内侍が、わりなくも正行を恋うと、やんごとなき御耳にきこえつるためとかや申す。されば考慮を、あらたむる余地は、充分にござろうぞよ」
正行は、つゝましい声で、
「綸旨に悖りしは、まこと恐懼に堪えませぬ。勅諚は、是非の彼岸にあり──」
と、准后をじいっと見て、
「帝は即ち至善なり、とは、亡き父正成の教訓でござりました。それがしが罪、万死に当りまする。さりながら、おん諭示の第二段につきましては、正行に異見がござりまする。正行にとりましては、桜井駅の遺言まもるが専一の孝、と存じまする」
そういった顔には、鋼のごとき意志がほのめいた。
「左衛門督──」
准后は、老熟な語気で、
「桜井の駅の遺訓には、ひたむきに死ねよとばかりござったか? 一死、かならずしも大義をのぶる所以ではあり得まい。かくいう親房は、おのが嫡男顕家を、堺浦の石津において陣没させてより、いくたびとなく戦いに打ち敗れ、ある時は、荒野の闇にひそみ、あるいは海洋の、すさまじき波濤の水底に、のまれんとしつゝも生きながらえて、見らるゝとおり老いよろぼうたが、大君への忠、神ながらの御国、正統の朝廷への御奉公にかけては、あえて人後におちたとは存ぜぬ。──和どのに、勘考を望むのは、そこじゃ」
そういゝ終った時、正行はだまって頭をさげた。そして、准后へは答えずに、四条大納言の方へ顔をあげて、
「たとい重ねての、御沙汰あらばとて、所詮は拝辞のほかござりませぬ」
と、いった。
大納言が、
「玉の緒も絶えなんばかりの、切なる恋じゃ。むごたらしゅう踏みしだくは、あまりにも情け知らぬ業でござろうぞ」
なじるように云うと、
「大納言のお言葉ともおぼえず。討幕の旗じるしを高くかゝげて、大義に殉ずる道より、わきへ、心をうつろわす正行と思召すか」
切なる恋は内侍のみではなかった。われと我が燃ゆる想いを打ち消して、からくも情を殺した心の痛さ、その痛さにふれられたので、正行の言辞は、つい刺を含んだ。
青白い頬が、かすかにふるえ、声も、やゝおのゝいて、
「一人の女人の胸の線が、よしや悲恋に破れきずつくとも、それにかゝわり泥むそれがしではござりませぬ」
そういゝきったとき、北畠准后が、
「楠──」
と、おさえるように呼んだ。
四
「親房が申すことを、きかれよ。──兵を動かすにはなお早い。いきおいをながめつゝ待てば待つほど、利勢はわが方へ、めぐり来る気配が見ゆるでの。ひと頃は、あるかなきかに屏息せる味方の諸国武士にも、ようやく恢復の意図が、みちてまいったのに、京都は内紛の兆しをやゝ現わして、つとに闘志はあせ、人気は懈怠、増長するものもあれば、また虚脱するものもある──」
「准后の卿──」
と、正行が、さえぎって、
「さればこそ、誅伐の兵を挙ぐべき好機が、いまや熟せりと、それがしは考えまする。お言葉の腰折るは恐縮ながら、正行が申条に、しばし御耳を、かされませ」
「む、申されよ」
「京都に内紛の兆ありと仰せられましたが、幕府の各勢力、それぞれ徒党して、内にせめぐは、事すでに久しゅうござりまするぞ。将軍尊氏は、積悪の報い到って、悔悟の魑魅につかれしかのよう、政務を捨て、兵馬をかえりみず、たゞたゞ後醍醐院証真常の、仏事供養をいとなむばかり。副将軍直義は、執事の師直と、また外戚上杉は、高の一族と、鼎立のかたちにて拮抗するのみならず、尊氏が庶子直冬は、嫡男義詮と仲むつましからず、内訌が乱とならぬは、互いに牽制しあうがため、均衡のかろうじて保たるゝが故にほかなりませぬ。しかしながら、その均衡さえも、師直が驕慢、乱行、飽くを知らず、漁色に京を荒らしつくして、このたびのごとき暴虐をなすにおいては、もはや破綻は目の前でござりまする。されば、──一品の卿へ、正行ひとえに、お願いつかまつる。希わくは、先日の廟議の決に、御変更これあるよう、准后のお力をもちまして、おん取計らわせ賜わりませ」
悃願の面には、ことせめて思いつめた者の表情があった。
親房卿は、
(なぜか、開戦を、あせっておる!)
と、思った。
「和どのゝ希望は、よくわかった。なれど、待たれい──今しばらく待たれい。──薩摩の谷山にある征西府が、肥後に首尾よう移るまでは、時機でない」
そういった親房卿の語を敷衍するように大納言が、
「西国のみか、奥州にても、また近くは熊野、十津川、南伊勢、いまだ充分には準備が、とゝのわない。もし、はやまって事をあげなば、准后の卿御苦心の、東西近畿ならび起つという、おん画策も、惜しや画餅にも帰さんおそれ、決してなしとせずとは思われぬか?」
と、いった。
だが正行は、首をふって、
「四条卿、御杞憂なされますな。──帰順の腹はきめながらも、表面になお鮮明な義旗を樹てぬ肥後の阿蘇家も、正行たゝかいを京都にいどめりと聞かば、かならず菊地どのと手を握り、征西の宮、懐良の親王を、決然とお迎えまいらするでござりましょうし、また東北の霊山におわす顕信卿と、伊勢は大湊なる顕能卿とは、准后の御愛子、なにとて義戦におくれを取られましょうや」
そういってから、親房卿へ、
「准后のお声には、廟堂の諸卿がた、こぞって唱和あられます。なにとぞ御評定の御変改を、御考慮くださりませ」
と、牀へさげた烏帽子を、ゆらめかしつゝ、
「それがしは戦いとうござりまする。正行一期のお願い! 菊水の旗を、京都へ、押し進ましむるようお捌きのほどこそ、願わしゅう、願わしゅう存じまする」
声涙ともに下る熱請に、親房卿も、われ知らずつりこまれた。
(おゝ、さまでに!)
が、たちまち、深い瀞のような心境に立ち戻って、
「いそがば、まわれという。待たばきっと内乱を、かもすであろう粉糾、軋轢も、戦雲が一たび動いたならば、あるいは解けて、消えるかも知れぬ。兵馬を統ぶる高兄弟の権威は、戦いの開始とともに、俄然、強まるであろう。足利の諸兵を操縦することにかけては、なんというても師直は、第一人者じゃ」
面をもたげた正行の瞳を、見入って、
「患い、外にあれば、内部は団結する。ふだんは白眼をむいて視かわす輩も、さて、戦時ともならば、みな師直に服するでもあろうからのう」
師直の戦時における統制力のために、多年、苦しめられてきた北畠准后は、波瀾重畳の過去になめた自分の経験から、そう、おもんばかるのであった。
しかし正行は、勝たんがためにのみ戦いを、希いねごうのではなかった。にわかにわいた正行の悲痛な心もちは、准后の叡智、明察をもってしても、とうてい感得は出来なかった。だから二人の心と心は、しっくり合うところまでは、まだよほどへだたりがあった。
(必勝と誤算して──と、そう思われておるに違いない)
と、感じると、正行は、
(いっそ、すべてを、打ち明けようか──?)
とも、思われた。けれども、自身にもなおよくつかめない何物かゞ、ありのまゝに言うことを、ためらわせた。
そして、たゞ、
「親房卿へ。それがしが、一期の悃願、お聞き届け下さりませっ!」
と、ふたゝび牀にぬかずいた。
泪が、板敷に、はふり落ちた。
庭苑の
葉がくれに、老鶯が一声ないた。
五
(なぜであろう?)
親房卿の不審は、にわかに深まった。
鶯が、また一声──。
そのとき、正行は、
(あゝ、咳が──)
と、感じた。とたんに、胸もとの圧迫が、空虚に低く、よわく、だが執拗くつゞく咳嗽を、いざない出した。
狩衣の袖のかげで、そっと自脈の膊動をうかゞいつつ、苦しそうに咳入っていた正行は、やがてその咳嗽がやむと、
「ゆるされませ」
と、汗を手帛で、ぬぐった。
顔は、傍の両卿をおどろかすほど、蒼かった。准后は、またも、
(破傷風──?)
と、懸念しながら、たずねた。
「医師は?」
「典薬頭、円性先生をわずらわしました」
そう、正行が答えた。
「少納言入道ならば安心じゃ。しかし──」
何か言いかけて、准后は口をつぐんだ。
(たゞならぬ顔色──負傷のせいでないとすれば?〉
しばらくして、
「左衛門督は、何故さまでに、戦うことをあせらるゝのじゃ?」
准后の語気は、改まっていた。
正行は、返答に窮した。
「現状では、まったく勝味のなき戦を、たゝかわんとする理由を訊こう」
「────」
「熊野においての、兵船建造は、なんのためぞ? 和殿も、橋本正高を遣わして、工事を督励させてはおるものゝ、明後年ならでは、輸送、海戦に堪うるだけの数はそろわぬであろうに、さあ、なぜにあせらるゝ?」
「────」
「理由なくてはかのうまい!」
「────」
「さあ、なんと?」
「────」
答えることの出来ない、告げることの出来ない理由なのである。
正行は、弁内侍を奪い返そうとして、鹿路平で矢板将監と血闘の刃をまじえた時、実に意外な疲労と、困憊をおぼえ、あやうく将監のために討たれかけた。ほとんど昏倒しそうになったからであった。ふと脳裡にひらめいた、湊川の血戦についての観念が、さながら冥々の加護であったかのように正行を奮起させて、将監を斬らせたには斬らせたけれど、正行は、はじめて自分の肉体が、ひどく衰弱していることをはっきりと自覚して、天をあおいで歎いた。あまり健かでないことはかねて知ていった。が、かくまで病弱とは? たしかに病魔、疑いもなく胸の患い、いつしか我が身体はむしばまれていたのである、と思うと口惜しかった。父の遺訓を実行する前に、もしこの病身が斃れたなら? たゞの一度も朝敵誅伐の戦場にのぞまずして病死せば? なんの顔ばせあって黄泉の父に見えられよう! そうだ、勝算はなくとも、湊川に倣って、たゝかえるだけたゝかって、義のため、道のために、討死しなければならぬ。ぜひとも開戦の勅許を、いたゞかなくてはならぬ。そう心を決した上で、おのが疾患の真相と、病いによる、およその死期とを、たしかめるために、宮廷医少納言入道円性の診断を仰いだのであった。特別の思召しをもって宮廷医が、日野邸へ差遣されたことが倖いだった。負傷の手当てをうけた時、正行は、ひそかに診察を乞うた。自分の予想は的中した。病いは労咳、それもかるからぬ喀血の症とあった。だが、典薬頭は、死期に関しては予言を避けた。正行は、自身の病いを、どこまでも秘密にしておきたかった。その悲壮な心境に感激した典薬頭は、診断のことについては決して他人にもらさぬと、かたく約束した。(正行病むと聞かば、周囲の者は、いよいよ、戦うことを遮り止めるだろう)──そう考えたので、正行はあくまで匿す覚悟をきめていた。で、いま、准后への返辞につまったのであった。
(しかし、理由を告げずに、いかに願ったとて、准后のお心の動こうはずがない)
親房卿が、
「なぜか?」
と、さらに鋭く問いつめた。
「病弱ゆえ。──ほかに理由はござりませぬ」
と、正行はたゞ、そう答えた。
「病弱?」
親房卿は、汗ばんだ蒼い顔を、じっと見直した。
「病弱とて──」
と、四条大納言が、言葉をはさんで、
「格別、名のつくいたずきの床につかれたとも聞かぬに──。」
首を、かしげるように、眉根をよせると、
「隆資の卿」
と、親房准后が、なにか容易ならぬことに思いあたったかのような面持ちで、
「左衛門督は──正成どのゝ後継者だ」
そう、意味ありげに呟いた。
「楠の──当主であることが──?」
大納言は、准后の顔をながめた。
「いそがなくてはならぬ──かも知れぬ」
と、准后は独りごとのように云った。
「え、なんと仰せある?」
と、大納言が、訊き返した。
六本杉の怪異
一
こゝは京都──。
一条は堀川、村雲の反橋の橋だもとにある、足利直冬の屋形うちの、遠侍と廊下でつゞいていた雑舎の一室であった。
はげしい雨の音を聞きながら、人待ち顔でいたのは、堺浦の商人、唐土屋伽羅作──年ごろは三十がらみであった。
商人といっても、近畿随一の要津、堺の港の目貫の場所に、軒を並べる大手筋のうちでも、指折りの分限者の後継だから、人品も賤しくなかったし、眼鼻立ちのりゝしいことは、並みたいていの武士よりも、むしろ立ち勝っていた。
(あつらえ向きの暴風雨だったわい!)
口のなかで呟いた。
屋内の燈火までも吹き消して、建物をふるいゆるがした烈風と、大雷とは、もはや、やんだけれど、雨は、車軸を流すほどに降りしきっていた。
この館の臣、横溝平馬が、入ってきて、
「きつい暴れようでござったな。舜髄どのは、おゝかた途中で雷にあわれたであろうが、どこに雨宿りしてござるやら、この分では容易には歩けますまい。昼間ならば、ともかくも──嵯峨野の闇のまん中では、思いやられる。途方にくれておられるかも知れん」
そういうと、伽羅作も、
「そのことでございます。こうと知れたら何も今晩、あわずともでございましたに──」
と、心配顔を見せた。
「天竜寺御衆徒のお一人ゆえ、嵯峨野路は、なれてござろうが──。どうにも、ひょんな俄か荒れだ。花が散ったばかりだというのに、時違いの大雷。こりゃいよいよ物騒にならねばよいが、のう唐土屋どの」
「そのことでございます。陰陽寮の卜部の宿禰さまがおっしゃったとやら──犯星とかいう星が、客星とやらにどうぞしたとか、太白と、辰星と、歳星とかいう三つの星が、合ったか、続いたか致しまして、またしても世の中が、とんでもなく乱れるのだと申します。ほんとうに怖ろしいことでございますのう」
「陰陽寮の占卜は、まことに的中いたすので」
「この春は、いやな話ばかり聞きますので、気がくさりまする。天竜寺が、建って後醍醐院さまの御供養はあれほど御鄭重に、前代未聞とやらの御行事でございましたが、まだまだ南朝方のお怨みは消えぬかして、今年はまったく不思議つゞきで──」
「凶々しいことだらけでござる。なかでも気味の悪かったのは、仙洞御所の大牀の上に、犬が二歳か三歳かくらいの童子の生首を、くわえあげて、三声ほえたという話と、同じ御所の、中門廊の屋根の上を、緋の袴をはいた怪しい女房が、つたい歩いたという、あの話でござるよ」
「仙洞御所でのお気に入りの朝臣、隆邦の中将さまが御発狂なさいまして、天竜寺からのお戻りがけのお馬を、御所のお苑から、御殿のなかまで、お乗り入れになったという噂も、堺の浦で知らぬ者が、ないほどでございます」
伽羅作が、そういうと、平馬は、ふいっと思いついたように、不安げな顔つきで、
「舜髄どのも天竜寺から来られるのだ。──ちょうど仁和寺の六本杉あたりで、落雷にでもあって──?」
と、いゝさした。
「そのことでございます。八つざきにでも、されはしなかったかと、先ほどから、案じておるのでございます。なにしろ、妹が、御勿体もない御寵愛を、館さまから頂いておりまするゆえ、血を分けた兄の一人の舜髄に、なにか崇りがあったとて、不思議つゞきの今日びのこと、それも因果とあきらめるよりほかございますまいが、私にとっては大切な弟、逢いたいなどと沙汰せねば、こうした荒れには遭わずともと、なにやら自分が手にかけて、殺しでもしたように思われてなりませぬ」
伽羅作は、すっかりしおれてしまった。
と、平馬が、急に笑い出した。
「これさ、唐土屋どのでもあるまい。縁起でもないことを云いだして、現実、雷に裂かれた死骸でも見てきたように! いまにも舜髄どのが、参られたら、それこそ大笑いでござろう」
「そうならまことに嬉しゅうございますけれど、弟は私とは違ってたいそう学問好きでございましてな、きっとひとかどの名僧になってみせるなどと申しておりましたが、とんだ厄日に、嵯峨野路を──」
「それ、またしても! 不吉な話は、もう止めじゃ。のう伽羅作どの、おぬしのお土産の、生一本の酒のおかげで、遠侍は先刻から、いやもうえらい上機嫌でござるぞ。天変地異も糞くらえで、あれあれ、あの通り──この大雨の音にも負けずに、ひゞくでござろう、な、さかんな笑いごえが。──若侍どもの、仲間入りでも、致そうではござらぬか?」
平馬が、誘うと、伽羅作も、やっとその気になったらしく、
「さようでございますな。館さまの御機嫌うかゞいに堺浦から上って参って、ふさぎ込むなどは、以ってのほかでございました」
そう答えて、平馬の後について遠侍へ、出て行った。
宮内大輔直冬は、将軍尊氏の庶子だった。尊氏がまだ北条登子を娶らぬ以前に朝日局に産ませた竹若丸、それがこの直冬であった。直冬は、今年二十三歳。まだ正室を迎えずに、愛妾の敷妙が、専房の寵をうけていた。この敷妙は、唐土屋伽羅作の妹だったが、去年の秋、侍女としてこの館に召使われることになって間もなく、直冬の閨をなぐさめた。そして、その美貌と聡明とで、直冬の心を、すぐさま緊ととらまえてしまった。敷妙よりも前に寵を得た女も二、三あったのだが、直冬の愛のすべてが、たちまちのうちに、この新らしくて美しい妾へ、吸収されたのであった。
「有難う頂戴に及んでおる」
「忝けのうござる」
「男山の吟醸、伊丹池田の菰冠り、一夜や二夜で飲みつくせぬところが、特に気にいり申した」
「かような次第なら、今後はしばしば、足しげくおいでくだされ」
「決して御遠慮には及ばん。また我々も決して御遠慮はつかまつらん」
「さあ、おもたせの銘酒、いかゞでござるな」
「拙者から一献、けんじよう」
「この方も一献」
「身どもも一献」
「いや手前は三献まいろう」
若侍たちは、たちまち唐土屋をとりまいた。
主君の寵女の兄ではあり、町人ながらもふところは福々、看板にいつわりのない唐土屋で、渡宋、渡元の大船までもつ伽羅作だったから、侍どもはしきりに頭をぺこぺことさげたが、もう呂律のまわらぬほど酔いくずれていた。
一人が、
「こう、平馬どのっ!」
と、さけんだ。
「なんだ?」
「今出川の狒々館で、当館の敷妙さまを、ねらっとるそうではござらぬか?」
「馬鹿を申せ!」
「なに、馬鹿? 馬鹿とはなんだ、平馬どの、ばかとはなんでござるっ!」
「ばかとは鹿が、馬を乗せたことじゃ」
「へ、なあるほど? 鹿が、平馬を乗っけたな、平ら馬を。こう、平ら馬どん」
「た、平ら馬? 無礼なことを申すなっ! その方、酩酊しておるぞっ」
「ほい、飲んだ酒なら酔わずばなるまい、米の水だ、げえーぷ、はゞかんながら、大狒々屋敷、師直館へ、諜者に入込んどるあの如月は、かく申す丹那市之進の乳兄妹じゃ。今出川のことなら、箸のころんだまでも知っておる、この方だ。あんまり安くふまぬように願いたい!」
「はゝ御大層に並べおった!」
と、横溝平馬も仕方なしに笑って、
「だが、また何ぞ、新規に聞きこんだことでも、あるのか市之進?」
「兜をぬいでおいでなされた、えひゝゝ!」
「人の物、わが物の、見境のない高さまのことだ。なにをしでかすか、わかったものではないからな」
「お気にかゝるとみえる」
「すこしは、形のある話か?」
「形がのうて、かようなことが、御当人さまの兄御もおられるこの場所で、いえるものではござらん」
「と、申すと?」
「御承知のとおり、つい先日、吉野の宮から弁内侍をかすめそこねて、熊髭どのを斬死させ、さんざんにどちをふまれた狒々様だ、歯ぐきをむいていがまれたが六日の菖蒲じゃ。送り返された日野家の女房梅枝から、弱そうに見えても滅法界、楠の若大将がすごいという話を、聞かされたが落ちでは高さまも、業腹じゃ。なんぞお代わりを召上らんことには、どうにもお腹がおさまらぬとあって、そこで白羽の矢番いが、こんどはこなたの館の敷妙さまへ──」
「む、向けられたのか? 市之進!」
平馬は、顔色をかえた。
いつか、若侍たちも、さかずきの献酬をやめて、耳をかたむけていた。
一人が、叫んだ。
「やあ市之進っ、それほどの一大事を、なぜ早うつげなんだっ?」
また一人が、
「もし真実なら、大変じゃ、館の御安危にもかゝわることじゃぞっ!」
と、どなり出した。
「やい、大きな声を、出すな。拙者も、日が暮れてから聞いて来たのだ」
そう、丹那市之進は答えて、大杯を、ぐういと乾して、
「かくなる上は、酒で英気をやしのうて、いざといわば闘うだけだ。一旦むけた白羽の矢、放たずに納うような師直さまでもなし、といって、むざと敷妙どのをお渡しになる館でもあるまい。なら闘いじゃ、腕ずくじゃ。のめのめっ!」
「よしっ! のむ、のむ。各
、のもうではないか?」
と、一人がわめくと、
「のまう」
「のむぞっ」
声が、そろった。
二
平馬は、じっと、考えていたが、
「市之進、たしかであろうな?」
と、念をおした。
「弓矢八幡、男山!」
と、市之進が答えた。
「唐土屋どの。手前は、このこと、殿のお耳に入れて参る」
平馬は、そういって、遠侍から出て行った。
「もし」
と、伽羅作は、わなわなふるえる声で、
「どう致したら──私はもう、怖ろしゅうてなりませぬ。今出川のお屋敷は、将軍様の高倉館よりも、何層倍かお広いようでございます。侍衆も、何百人とおられましょうに、失礼ながら当お館は御無人ゆえ、私はもう、生きてるような気がいたしませぬ!」
「はゝゝゝ、唐土屋どのも苦労性じゃ」
「なんぼ、お狒々さまの横車でも、のう」
「こちらは将軍家の公達じゃ」
「闇から棒に寄せては参らん」
「そりゃ何千人でも、立ちどころに、今出川へは集まるじゃろうが、こなたにも大きな後楯がござるでの」
「そうともそうとも。三条武衛館の直義のとの、天下の副将軍が、だまっては在さぬわい」
若侍が、口々に、伽羅作をすかした。
篠つく雨は、なお頻っているらしく、孫廂をたゝいた。その音を、いきなり、圧するような、けたゝましい声が、入口の沓脱でひゞいたかと思う途端、
「あっ!」
なにか、えたいの知れぬ物──とにかく真っ黒い物が、遠侍の広敷へ、ころげ込んできた。
「おゝっ!」
真っ黒い物が、さけんだ。
手もあり、足もあり、頭もあった。
「や、舜髄っ! 舜、舜髄ではないかっ!」
と、さすがに兄弟、いち早く認めて、唐土屋が、よばわった。
まるで、溝川の水底からでも這い上ったような態で、黒い法衣から滴と泥を、したゝらせながら、天竜寺の所化、舜髄が、はげしく呼吸をはずませ、眼を精一ぱいはだけて、牀の上に半身を起した。
「舜髄どの、しっかり!」
「気をたしかに!」
若侍が、両三人、走りよって介抱した。
「あゝ、やっと、やっと来た!」
と、舜髄は、はじめて人声を聞かせた。
「どうされた?」
「いかゞなされた?」
「苦しい! 水、水!」
「それ、水、水っ」
「酒、酒──酒をやれっ」
さかずきの酒と、茶碗の水が、舜髄の口ヘはこばれた。一人が、背中を、さすってやった。目を白黒させながら舜髄は、まず酒と、それから水を飲みほして、ほっと太息を吐いた。
伽羅作が、
「舜髄!」
と、肩に双手をかけた。
「兄者! わしは、天狗さまを見てきた」
「なに、天狗?」
「天狗さまじゃ! おそろしい天狗さまじゃ! 見たばかりか、天狗さま方の、お話声もすっかり聞いて参った! あだやおろかの天狗方ではないのだ!」
「これさ、おぬしは正気なのか?」
「正気でなくば、このように怯えはせぬ。灼きつくような雷光──耳も聾になりそうな雷鳴に、どっと降りだす驟雨だ──こりゃたまらんと、仁和寺の、六本杉の樹蔭へしばし雨宿りを、しておる間に出逢ったのが天狗評定だ! 身の毛もよだつようなおそろしさに、逃げようとしたが躰がなえて、脚がすくんで動けないのだ!」
「へーえ、不思議なことも、あればあるものだなあ!」
唐土屋が、そういうと、
「ほう、天狗評議!」
「天狗評定とはきたいじゃのう!」
と、若侍たちが、引きこまれた。
「どんな格好の天狗でござった?」
「どんな声でござった」
「どんな評定でござった?」
舜髄が、
「天下の安危にかゝわった御評定ゆえ、まずもって、館さまのお耳に達して、それからじゃ」
と、答えた。
「え? 天下の安危を──天狗どもが?」
と、兄、伽羅作がいうと、
「あ、滅相もない! 天狗ども、などと云ったら、罰があたる。なまやさしい天狗方ではござらん。大塔宮さまの御外戚、峯の僧正春雅さまだの、浄土寺の忠円僧正だのという、南朝の大天狗方の御評定じゃ」
と、弟、舜髄が答えた。
「え、南朝の!」
「大塔宮さまの御外戚の!」
「峯の僧正!」
三
そばには、すゞしの衣に、木蓮の花をおいた浮線綾仕立ての唐衣を、さながら北の方もどきにまとった愛妾、敷妙がいた。
僧、舜髄と、平馬は、室内に入って坐ったが、唐土屋伽羅作は、侍女と一緒に入側に残った。だが、いくつもおかれた切燈台のともし灯は、あかあかと、入側まで照らしていた。
直冬は、茜いろの地に黒模様の、若々しい狩衣を着て、薄縁の円座を敷いていた。烏帽子はもう、ぬいでいたのであったが、容易ならぬ怪異をみて来たときいて、いま、対の屋の居間に、舜髄をよび入れたのだ。
「ぬれたまゝの衣、着心地が悪かろうの?」
「いえ、それどころではござりませぬ」
「さようか。さらば、聞こう」
「早速、みたまゝ聞いたまゝを申し上げまする。──沛然という豪雨の闇空が、不思議や、あかるく見え澄んだのでござります。あっとおもう暇もなく、愛宕の山や、比叡の峯の大空から、虚空を飛行してまいった四方輿のかず、六本杉の梢に引きめぐらした幔幕の内に、あつまったと見えました時、さっと吹く一陣の風に、幕張りがまくれあがりました。と、そこにつらなる方々の容貌が、ありありと現じたのでござります。一段と高い座にある方々が、上座から順に名乗られました。まず第一番が、峯の僧正さま──」
「おゝ、峯の僧正!」
「濃い香の衣に、御袈裟──水晶の珠数つまぐられ、眼を月のようにかゞやかせて、われこそは、大塔の宮のおん外戚、峯の僧正春雅なり、とござりました。で、その次は、南都の知教上人──」
「む、知教上人」
「第三番は、
浄土寺の
忠円僧正──」
「おう忠円僧正」
「その次ぎ次ぎ、いずれも、
正中、
元弘、
建武、
廷元と、後醍醐の
帝のおんために命を捨てられた方々でござります。やがて、銀のお銚子に金のお盃で、お
酒宴──お酌は、
鳶のようなくちばしの、脇の下から
翅のはえた天狗たちが、致したのでござります。やがて、峯の僧正さまがお声も高らかに、さてもこの
足利の世の中を、いかにして騒動さすべきやと、そう仰せられますと、浄土寺の忠円僧正が、それはいとも
易きことにて候。まず、副将軍直義は、
女犯戒を持して、俗人においては自身ほど
禁戒を犯さぬものなし、と思う
我慢心が、強く候。そこがかくいう忠円の
附目、すでに去年九月の一日の夜、身ども直義に
憑り移りて、彼の北の方を犯し、その腹に
懐胎させおき候ゆえ──」
「えゝっ! な、なんと?」
さっと、顔色を変えて、直冬がさけんだ。
「おそろしいことでござります!」
と、舜髄の
声音が、おのゝいた。
愛妾、敷妙は、面を
蔽うてふるえだし、平馬は、口をひらいたまゝ、恐怖の目をみはった。
入側では侍女が、唐土屋にしがみついて、おびえた。
「──その腹に
懐胎させおき候ゆえ、峯の僧正には、その腹の子に、
憑り移り給うて、男の子となって生れさせ給うべし」
「おゝ舜髄っ、なんという物凄いことを!」
と、直冬は、ほとんど座にたえぬように、またさけんだ。が、舜髄は、語りついだ。
「また、天竜寺の
夢窓国師が
法眷に、
妙吉侍者という僧あり。
道行ともに足らずして、おのれほど
学解の人はなしと思えり。この慢心こそ
窺うべきところにて候ぞ。されば、峯の僧正には、その心にも
憑りかわり給いて、政道に
容喙し、難をば起させ給うべし。なお、知教上人は、上杉伊豆守
重能、畠山大蔵少
直宗が心に入りかわり、師直、師泰兄弟を討たんと
謀らわせ給え。この忠円は、たゞちに高兄弟が胸に喰い入りて、上杉畠山を滅ぼし候わん」
「あゝ
凶々しい! 舜髄!」
「忠円僧正のお言葉は、それで尽きたのでございます。峯の僧正が、おゝ、いみじくも計りしよなと、仰せられたかと思うと、たちまちに、まぼろしは消えて真の闇──杉の
梢が、雨風に、鳴りはためくだけでござりました」
舜髄は、そう語り終って、ほっと
吐息をついた。表情に刻まれた
畏怖は、まだ深かった。
直冬は、顔も躰もこわばって、すぐには物を言えなかった。敷妙が、ふるえながら、
「わが殿──」
と、寄り添った。
四
夜は、雨のなかを、ふけて行つた。
館は、あらゆる部屋々々に、廊の
端々にまで、
悽凄しい気分を
籠らせていた。
直冬は、
閨の間に入ったが、
狩衣を、白ねり
褻衣の小袖に着かえても、
短檠のほのかな
燈し
灯のそばに坐ったまゝ、
几帳の奥の
臥褥へ行こうとはしなかった。
「のう敷妙」
「はい」
敷妙も、薄紅梅いろの
臥褥着をまとって、しずやかに、ぬぎすてられた
狩衣を、おりたゝんでいた。
「そなた──は、あの叔父上館の──北の方御懐胎の件について、なにか舜髄にもらしたことが、ありはせぬか?」
父尊氏の若かりし日の
面影そのまゝの顔をくもらせて、直冬はひくい
声音でたずねた。
「あれ、──わたくしが?」
「そなたが──」
「なんで、まあ!」
「舜髄は、およそ千人にも近いという天竜寺
所化の一人、いわば末の末の
法眷じゃ。寺内でも、秘密を知るは、おそらく、
夢窓国師のほかには
志玄御坊と、
妙吉侍者どのくらいのものであろうに、──そなたがもらさねば、舜髄の知るはずがないとも思われるでの」
「あら、──
異なことをおっしゃいまする」
と、敷妙は、美しい
顔をうらむがように仰がせて、
「そのおうたぐり、わたくしにはとんと
解せませぬ。兄舜髄はたゞ、みたまゝ、聞きましたまゝを申し上げたのでございましょうに?」
「それはそうじゃが──なれど、人はわが心に露、
型のないことを
幻にみるものでない」
そういって、直冬は、じいっと目を閉じた。
生れつきの俊敏が、新興の宋学の
泰斗、独清軒
玄恵法印に師事して、学ぶところの浅くなかった直冬であった。だから、かるがるしく
怪異を信じ、みだりに
妖言にまどわされるような人物ではなかつた。
敷妙が、
「でも──」
と、
短檠の灯の脇へ、いざり寄って、
「舜髄は、──去年九月の一日の夜、などと申したではございませぬか。わたくし、そこまでは殿より、うかゞった覚え、ございませぬものを」
と、いった。
「むゝ、そこまでは──」と、
眼みひらいて、
「そなたにも語らなかった」
直冬は、そういったが、やゝあって、
「──
懐胎日──懐胎日──」
つぶやきが、なやましげに聞えた。
むろん敷妙を、ふかく疑って言いだしたわけではなかったのだ。たゞ、あまりにも不思議な、
奇怪な感じの、持って行き場所が、どこにもほかに見つからぬためであった。
(たしかに、九月一日の
夜半!)
──こうした妖怪事が起らなくても、充分に不思議といえばいえる
懐胎だったのである。
──副将軍、参議、
左兵衛督、足利直義は、
女犯戒を心ひそかに立てゝ、その
戒律をかたく守りつゞけて来たのが、去年の九月一日の夜半、どうした惑いか、ふらふらと北の方の
寝室を、ちょうど十三年ぶりでおとずれた。直義が、なぜそうした心の誓いを立てたかというと、それは大塔宮への
畏怖からであった。
建武二年の七月二十三日、直義の臣、
淵辺伊賀は、鎌倉は
薬師堂谷、東光寺の御所でもったいなくも、
護良親王に対して
大逆を犯した。その大逆の伊賀は、すぐに狂うて死んだが、責めは
到底まぬかれぬ直義自身も、悔いと
恐懼にさいなまれ、堪えがたい苦しさから
遁れる路を、この心の誓いに求めたのであった。以来、北の方は、
独閨をつゞけなければならなかった。北の方は、
吉良氏、
渋川の
貞頼の
女だったが、
嫁いて数年、まだ身ごもらぬうちに、この夫の女犯戒に出逢って、
空閨をかこつことになった。そして去年はすでに四十歳に達していた。それが、たゞ一夜の語らいで、あやしくも
受胎した。考えてみると、新婚後の幾年かのあいだにも
妊まず、その後は
禁慾の十三年をすごして、四十歳に老いた女が、こつねんとして、腹に異状をおぼえたのだから、北の方その人も、また直義みずからも、ことの外、驚きもし、いぶかりもして、ふかく事柄を秘した。たゞならぬ身とはいえ、果してそれが懐胎かどうか、ひそかにたしかめるために、
和気、
丹波両流の医事の
博士、本道外科一代の名医を、三条坊門の館にまねいた。直義の
坊門邸にあつまった専門家は、かわるがわる北の方の
躰を診て、
「おもうに、これは、
労わりの風気が
因の症と存ずる。
労風を治する薬として、
午黄金虎丹、
辰沙、ならびに
天麻円を配して、御治療まいらせよう」
と、いう博士があった。また、
「やつがれの
診断は、気によって生じたる腹臓の
閊え。されば気を
収むる薬餌には、
兪山人と
降気湯、それへ
神仙沈麝香をも加えて配剤なつかまつろう」
と、いった名医もあった。また、
「身どもは、これ、純乎たる
腹病と診察申した。よって、
金銷正元丹、さらに秘伝の
玉鎖円、この両剤をもって、御療治にあたる所存でござる」
と、そう述べた
典薬もあった。だが、たゞひとり、典薬頭、
和気仲成だけは、しばらく首をひねって後、
「なんとしても、
御懐妊としか
診られませぬぞ」
と、断じた。
この仲成の診断は、いろいろに
診た名医たちにも秘された。
だんだん月が重なるにつれて、北の方は、仲成の診たてのあたったことを自覚した。年が
翌けると、あきらかに、
胎動をおぼえたからであった。そして、今月、七月目で、しのびやかに
著帯をおこなった。
それは、つい昨日のことなのである。
「大塔宮ざまの亡き
御霊魂への──」
と、敷妙が、直冬の
眸をながめつゝ、
「お
慎しみから、と、──いつぞやのお寝物がたりに──」
そう云いかけるのを、
「もう、よい」
「でも──」
「もう、よい」
さえぎって、
「だが、解きがたいは、怪異の謎じゃ。──
幻象が、
仁和寺の六本杉で、それも
舜髄のような、はるか
局外の者に、なぜ現われたか──という謎じゃ」
直冬は、目をつぶって、うなだれた。
その瞬間、いぶかしや美女の
双眸は、いきいきと、むしろ
嬉しげにかゞやいたではないか。
はて、
何故であろう?
千早と新屋敷
一
「
与茂──。暗くなったな」
「日が暮れゝば暗くなるわさ」
「みごとな
夕映だったが、月の初めの
朔日だから、今夜は
闇夜の、ちょうどまん中じゃ」
「それほど解っていたら、こぼすな」
「こぼしはせんが、
足許が見えん。──与茂。
富山の
砦から、
松明をかりて来るのだったな」
「松明なら、麓村ので間に合う」
与茂平と
度々平は、
虎夜叉正儀と、
近習梶丸とが乗った馬の前、十間ほどを、小声で話しながら歩いていた。
「
度々──。こんな時刻に──気になるの。御急用にちがいないが」
「吉野から、
安西九八郎どのが戻った」
「む。そして、殿の
御相伴をして、飲み食いされた」
「おれたち二人も、はやばやと夕飯をたべた」
「そんなことは、どうでもよい」
「よいものか。腹がへっては、お供ができんぞ」
「
弱虫め!」
「お互いにな!」
「だが、どうも気になるて」
「それもお互いさまじゃ」
馬上の虎夜叉と
梶丸は、黙々としていたが、やがて
麓村に入ると、梶丸が、
「与茂平──。
佐々良の家から、松明をとって参れ」
と、書いつけた。
与茂平は、路に沿う一構えの、小じんまりした屋敷のなかへ、入って行って、百姓家ふうの
萱葺の、だが武士の
住居には相違ない家の玄関に立って、
「──
東条の、虎夜叉の殿、たゞいま、千早の城まで参らせらるゝ。松明、二挺、
所望いたす」
大きな声で、そういうと、奥から、
主の佐々良大蔵が、もうかなり曲った腰を、右、左にゆすりながら走り出て、屋外の闇をすかしつゝ、
「おやすい御用じゃ。
何挺なりとお持ちなされ。して、
乙の殿は、いずれにおわす?」
と、いったとき、くらがりから虎夜叉の声がきこえた。
「
健康か
大蔵爺。──馬をあずけて行く。登らすのは、ちと無理じゃ」
柴垣の
門口から、前庭へ、虎夜叉と梶丸があらわれて、下馬した。
「
乙の殿、
久濶でお目にかゝりまする。
夜分の御登山とは、なんぞ
早急なる事態なと、
出来いたしたのでござりますか」
「いや、かくべつ
急くという用ではない。そゞろに青葉の匂い
嗅ぎに来て、爺の無事な顔見たようなものじゃ」
「お
戯れ
口を──。いよいよお
弔い合戦が、はじまるのではござりませぬか? そのための、お打合せに、お山の御留守居、
神宮寺どのの許へ、成らせらるゝとお察し申すが──?」
「爺。相変わらずの
性急じゃの。まだまだそうは運ばぬよ」
「はてな。爺はまた、お山の侍たちの噂どおり、吉野におわす館の殿が、
弁内侍さまをお
救助あそばしたで、頭から湯煙りたてた
高師直、大軍を狩り催うして押寄せるを、ござんなれとばかり迎え撃つ、それきっかけに
湊川の御無念、はらすべき大戦が、さては
間近と存じたのに──」
「なるほどな。爺の考えそうなことじゃ。こんどこそ、腰は
梓の
弓形でも、兵庫へお供できなかった埋め合わせ、第一線にというだろうが、その意気で、せっかく
養生してくれ」
大蔵爺は、そういわれて、
白髪あたまをふった。
「養生なぞは
御免蒙る。とんでもない。この上いつまで
辛抱は、なり申さん!」
半農生活──各自の
采邑に、大なり小なりの家屋敷を構えて、ふだんは家人や従僕に、
鋤鍬をとらせて、農業にいそしむが、一旦、事あれば、農具を武具にかえ、家人を兵に、下僕を
卒に仕立てゝ、駒に鞭うちつつ
最寄々々の城や
砦へ、馳せつける──それが楠の家臣一般の生活だった。この佐々良大蔵も、むろん、その一人なのである。
大蔵の悴、大助が、
松明を二挺もって、家の
下口から出て来て、
「
虎夜叉さまには、お山のお城に、御一泊なされましょうな」
と、いゝながら与茂平と度々平へ、その
照明を渡した。家僕らが、乗りすてられた馬の方へ行ったとき、
「爺や、行って来るぞ。」
正儀は、大助へも、
「泊るかも知れん。また帰るかも知れん」
そういって、前庭から表へ、
松明に照らされながら出て行った。
二
麓村から、山路が二筋に分れて、「
胸衝き」とよばれる
急坂は、城の大手へ、「
肩衝き」とよばれる急坂は、城の
搦手へ通じていた。「お山」とは、
金剛山だ。その中腹にたつのが、
千早の
城であった。
そこは十五年の昔、
元弘の三年、勤王の旗をかたくまもって
正成が、北条慕府の、
雲霞の大軍を、なやましぬいた古戦場だった。敵はまず、
峨々として近よれそうもなくそびえる
金剛の
険嶽を、あおがなくてはならなかった。千早城のそのまた上、峯の
頂辺にそばたつ
国見の
砦を、おどろきの眼でながめなくてはならなかった。登るべき路は、二人とは並べぬほど細かったので、
雑木の枝にすがったり、岩のかどをつかんだりして、刀は背に負い、弓は
頸にかけ、槍や
長巻や
薙刀は、束ねて繩で吊りあげながら、大石だの、丸太だの、樹の
根株だのが、地響きもろともに落ちてくるのを怖れつゝ、よじ登らなければならなかった。この山の名、この城の名は、
楠の名とともに、たちまち天下にとゞろき敷いたのであった。そして四方に義軍が起り、北条幕府が倒れて、
建武の
維新となったが、
足利の反逆のために、その
中興の業やぶれてこゝに十二年──山と城とは、さながら
再挙を待つかのように、
水分の盆地の初夏を、じっと見おろしているのだった。
だが、盆地の
翠色は、夜の闇に没し、城は、山腹の
寂莫に眠ろうとしていたとき、留守居の
神宮寺正房は、
「なに、
乙子──虎夜叉どのが?」
と、驚いていった。
正房は、
水越峠下の自分の屋敷に妻子をのこして、この大切な城をあずかっているのである。
木戸が、中庭へあいて、
松明がかゞやいた。
「正房、夏になったのう」
虎夜叉は、
無造作に、縁へ腰かけた。
「これは
乙殿、御機嫌うるわしゅう」
正房は、広い肩が、がくりがくりかしがるほどの、ひどい
跛を引きながら、縁ばたへ出た。湊川激戦の
生紀念だった。
負傷の
痕は、それのみでなく、指は三本とれていたし、顔はいたましくひきつっていた。
「お呼びくだされば、参ったものを。わざ/\」
「九八郎が、きょう吉野から戻った」
「ほう。して、
館は、なお
御滞留かな? 御母堂様にはどんなにか、お待ちかねでござろうに」
「もう
近々に、戻らせらるゝ」
「
石掬、野田、その他の手負いも、おゝ方、傷が
癒えたとみえまするな。おゝ、申し後れた。このたびは、館御名誉の御昇任──かたじけなく
昇殿をもお
許され──
恭悦至極に存じ上げる」
「正房。──開戦の勅許が、下るかも知れぬぞ」
「え! そりゃ、ま、
真実でござるかっ?」
「親房卿も、お
根負けの形じゃという」
「あゝ有難や! 弁内侍をという忝けない
思召まで、御辞退申して願わせられた、その
甲斐が、あったのじゃ! 有難いことじゃ!
乙どの。──乙殿っ!」
「なんじゃ?」
「えゝ、なんじゃとは! 乙殿っ!」
「どうした?」
「ど、ど、どうもこうもないわいっ!」
ぴしゃりっ、
縁の
牀板を、正房は
平手でたゝいた。
「お身さまの、その顔、その顔は?」
「この
面が?」
「えゝ、そのお
面が、気にくわん!」
「困ったな。だが
生れつきなら
詮なかろう」
「乙殿っ! 詮ないではすまん。先殿
御精霊に、この神宮寺が相すまん! 乙殿──乙殿っ!」
「乙殿が、へってしまう。」
「うれしくはござらぬか、うれしくは!」
「うれしいどころか、
大悄気じゃ」
「なにっ!」
「泣きたいくらいだ」
「ばかっ!」
ごつりっ、
拳で、正房は、
縁をたゝきつけた。虎夜叉は、うすらに笑いつゝ、
「指の
古疵を、ちといたわるがいゝ」
「ちえっ、わしはもう厭じゃ!
還ってほしい。帰らせられい」
「せっかく、来たのだ。そういうな」
「虎夜叉どのは、そも何のため来られたんじゃ」
「そりゃ相当の
目的なしには、夜路を、とぼとぼ参りはせぬよ」
「前置きは迷惑じゃ」
「すこし人並みな声になったの」
「あ、よけいなことを!」
「開戦と聞かば、さぞかし神宮寺が
亢奮するであろうと、そう思って、あらかじめ、火の手を消しに来たのだ。
一月がかりで喰いさがられては、北畠の准后も
土俵を割るかもしれん。いや、割りそうじゃ。兄上が、
颯爽と御帰館になる、
勅許を得てじゃ。正房、そこでお身の火の手が、兄上の熱をあおった日には、
河内、
和泉は丸焼けになろう。わしはそれが心配で──」
「乙殿っ。さてもさても見下げはてた
御根性じゃわい。戦うことを、大びらに、さゝえようとなされるのか?」
「そうだ。あくまで、両三年、待って貰うのだ。待たばかならず、勝てるのだ」
「あゝ、
不肖の
乙子、不肖の弟! 正成の殿は、敵を都にひきいれて、
河尻ふさいで
叡山から、瀬田、宇治をつなぐ味方の軍と、北、南より
挾みうたば、勝つべき戦さを、闘わで、兵庫へ下られまいたぞ」
「場合がちがう。いまとは形勢もちがう」
「中陣は弟御、
正季どの。先陣はお
従弟弥四郎正種どの。敵の大将直義が旗本めがけて、切って入り、突撃、
短兵、白闘戦。高兄弟と
卿律師、細川の軍、駆けなびけ、上杉
吉良の諸隊とも血戦して、七百人が
総討死じゃ。生きて河内へもどったは、この
正房たった一人じゃ。いかに湊川の戦いが
激しかりしかを、語りつたえんがためでござった。殿の
厳命もだしがたく、死すべかりし
生命を拙者がながらえたのは、乙殿──お身さまのような人を、楠の御家門から出すまいがため、そ、それがためでござったぞっ!」
「
十八番が出たの。尊い
生紀念、楠の家宝じゃよ、おぬしは。だから兄上も、おぬしのいうことなら、一番よくお聴きなされる。そこでじゃ、
不惑をこえた
年甲斐に、ちと落ちついて物事を考えてほしい」
「何、落着いて──?」
「長老株ではないか」
「────」
「わめくだけが
能でもなかろう。この虎夜叉を、ほめよなぞとは決して云わん。たゞ兄の殿の、ありがたい
恩賜を拝辞してまで、妙におあせりになるお心を、この上、そゝりたてぬよう気をつけて貰いたい。それを申しに参ったのだ」
虎夜叉正儀は、縁から腰をあげた。そして
仄暗い中で、神宮寺の
傷痕でゆがんだ顔を見入って、
「おぬしも大分、あきれたらしいが、わしもまことにあきれかえった。まさかに、これほどとも思わなかった。のう
生紀念、お身は一体、いまゝでにたゞの一度も、なぜ
館が戦いを、さまでにあせらるゝかという疑いを、胸にわかしたことが、あるのか」
と、なおしばし、ながめていたが、
「今晩は、これで帰る。──ようく、考えてくれ」
いいすてゝ、梶丸と、
松明の方へ、中庭を
過ぎって行った。
三
神宮寺正房は、とうとう睡れなかった。
虎夜叉め言葉が苦になったのだ。いゝ
歳をして、よく考えて見ろ、といわれた。たゞの一度も疑問が起きぬのか、ともいわれた。
東条から夜おとずれた理由も、一言、聞かされたには聞かされた。けれども、どう考えても、すべてがわからなかった。しまいには、五
里霧中をさまよう気持になって、
額の
古疵がいたむようにも感じられて心が、いらだった。
掻巻を蹴りやって、窓をあけると、かすかに東がしらんで見えた。
(
新屋敷へ──行こう)
何べんも考えたことを、ついに決心した。
水分の新屋敷──それは、楠の三兄弟の、仲の次郎
正時の
住邸だった。
思い立てば、待てもしばしもない
性分だから、いきなり郎従が三人、たゝき起された。
郎従は、睡りたらぬ目をこすりながら、
厩舎から、正房の乗馬をひきだして、二人はそれを麓まで、夜明け前の暗い急坂を、谷へはまらぬように心をくばりながらつれて行かねばならなかったし、また一人は、
大跛の主人の下坂を安全にするために、はなはだ骨の折れる杖の役目を果たさなければならなかった。
千早川の谷からわく
払暁の霧は、まるで雨のように人と馬をぬらした。
麓村はどの百姓家も、佐々良大蔵の家も、まだ寝静まっていた。そこから新屋敷までは、およそ一里半。
門前についても、まだ
朝陽はのぼらず、門扉はかたくとざされていた。
郎従の声は、役にたゝなかった。正房自身の
音声がやっと門番の暁きの夢をやぶった。
屋敷は、
下赤坂の城を、間近にながめる位置にあって、濠と
築地をめぐらし、川の水をひいた濠が明けきらぬ空と、かゞやかぬ
翠とをうつしていた。
この屋敷は、故
正成が弟
正季のために工事を起し、半ばにして湊川の
陣没となった思い出のからまる屋敷で、やはり同じ運命をみた
観心寺の五重塔と共に、人人の泪をさそう種であったが、
基礎と一重しか出来てない塔の方は後まわしとして、ほんのもうすこしで兎も角も住める
館になる、というので、かなり手をぬいてこしらえあげられた。で、こゝには、次郎正時が、叔父正季の
遺児の庄五郎
正氏を、手許に引き取ってすんでいた。正氏は今年、十五歳だった。正時は、
再従弟の
正忠をも同居させていた。この正忠は、湊川で最もはげしく
挺進して、まさに
敵帥直義を斬ろうとまでした一門随一の
驍将、楠弥四郎
正種の子で、いまはもはや二十歳だった。
まだ薄ぐらい客間へ、神宮寺は案内された。
「驚かすのう、わはゝゝゝ」
と、わらいながら屋敷の
主が、あらわれた。
「ゆるされい、次郎の殿」
「まるで
夜中発ちではないか。若い者には
真似ができん。父上にきたえられた士は、ちがったものじゃ。あたまが下る」
「お
賞めは、痛みいる。じつは、
思案にあまって、お
智慧を拝借にまいった」
「はて、思案にあまって」
「はい」
「そりゃお
門ちがいじゃ。
東条になら、あまっておる智慧はいくらもあろうが、わしには
生憎と持ちあわせが、いたって
乏しい」
「いえいえ、その東条が来られたのじゃ」
「え、来られた? どこへ?」
「昨晩、
拙者がもとへ」
「ほう。虎夜叉が、
千早の城へ」
「開戦の勅許が、下るだろうと云って来られた」
「なかなか。下るものか」
「
安西九八郎が東条に戻っての報告では、たぶん下るというので、とにかくそうあった場合、館の殿を、戦をあそばさぬように、お
支え申せと、この
正房におっしゃった」
「おぬしに、虎夜叉が──」
「さよう。その
乙殿の云われたことが、たゞの一つも手前には
解せませなんだ」
「あれの
頭悩はちと、いや大いに我々のと、
構造がちがうから、どうも調子が合わぬて」
「合うの合わんの
喋舌ではござらん」
「人もあろうに、おぬしにのう、
非戦論の味方になれなどと──」
「なさけない
御根性だと、縁をたゝいて
諌めれば、指のもげた
古疵をいたわれなぞと、はぐらかし、乙殿乙殿と呼べば呼ぶで、乙殿がへってしまうという
御返辞じゃ。ひとのことは頭から、
愚弄するに事欠いて、のう
生紀念とおいでなさる。おまえは楠家のたっとい家宝じゃと申されたその唇のかわかぬ間に、それがしの湊川
戦ものがたりを、
十八番が出たなと嘲りわらう。ありゃ御家門のお面汚しじゃ。ありゃ、なんとしても──」
「わはゝゝゝ。」
わだかまりのない笑いごえが、神宮寺の言葉を消した。
「太郎兵衛、なにかと思うたら、益体もない! 湊川の懐古談は、おぬしの十八番。また唯一の生存者、激戦の生紀念に相違はなし、手の指の古疵をいたわれも、あえて侮辱ともいえまいがの」
「ほ。次郎の殿まで!」
神宮寺は二指足りない右手でたゝくかわりに、こんどは投げ出しの足の踵で、牀をたゝいた。
「お身さままでが、そ、そのようなこと言わっしゃるなら、太郎兵衛正房、皺腹を切らねばならぬ」
「ははゝ、四十を幾つも越さで、まだ皺腹でもあるまい。」
「ほ、それだ。虎夜叉どのを──口真似なさるか?」
「神宮寺──。一酷すぎるぞ」
「先とのゝ御依託に対して、申訳がござらん! 御後室に、顔向けが成り申さん! 腹切ってお詫びいたすほかござらん!」
「それそれ。それがよくない」
「あん?」
「わしら兄弟の少年時代なら、それで結構。だが、虎夜叉さえ、すでに二十歳。いや、彼の二十歳は、他の三十にも勝さろう。たしかに、稀有な秀材じゃでの」
「ぷ! 邪智慧は、そりゃあまるほどあろう。読み書き諸芸に達者でも、人間がうそならば楠のお人ではない」
「むろん、父上のような完全な人間ではない。人格において欠点はあろう」
「なに、あろう? はゝゝゝ!」
さげすむように笑って、
「こりゃ可笑しい。太郎兵衛、お尋ね申す」
「なんじゃ?」
「そもいつから、邪宗へ、宗旨がえなされた」
「宗旨がえはせぬよ」
「新屋敷どの──」
膝関節のまがらぬ脚で、ふたゝび牀をたゝいて、
「亡きお父上をおそれず、母ぎみの、きびしい御訓戒をも尻に聞かせて、稚児輪の頃より、女子にたわむれ、侍女をもてあそぶ乱痴気沙汰、沙汰のかぎりへ
かけて、うすっぺらな態度、人を人とも思わぬ口ぶり、虫唾もはしれば、癪にもこたえる! さあ、あの横邪を、あの碌でなしを、な、なんでかばわれるのじゃ?」
ひきつった頬へ、急に泪が、ぼろぼろとこぼれ出した。
四
男泣きに、泣きじゃくって、
「楠を、枯らそうとする毒虫じゃ! 悪魔の夜叉じゃっ!」
と、神宮寺はさけんで、
「あの夜叉を、あの夜叉を──お身さまが、お身さまが──」
声を、ふるわせると、
「これさ。太郎兵衛」
正時は、さゝえて、
「亢奮がすぎる! そう一図に思い迫っては困る」
「えゝ、なにが過ぎる! なにが困るっ!」
「さけばずとも、話は出来よう」
「出来ん、相ならんっ!」
「しずかに!」
「地声だっ!」
と、一層荒くさけぶので、おもわず正時も、
「だまれっ!」
と、さけびかえした。
「いやじゃっ!」
「えゝわめくなと申すにっ!」
と、正時自身もわめいた。
廊下から入側へ、驚いた顔で庄五郎正氏が走ってきた。
元服したばかり。薄香──黄ばんだ薄赤い色の水干を着ていた。亡き父親の正季の面影よりもむしろ従兄たちによく似た顔立ちで、さながら東条の虎夜叉の下に、もう一人、弟があるかのように感じられるのであった。
「おゝ、庄五郎」
と、正時はよんで、
「いゝところへ来た。そなたの贔負な虎夜叉を、神宮寺が、悪魔の夜叉だとわめきたって、手こずらせている」
と、いった。
神宮寺も、するどく正時にどなられた途端に、庄五郎に走りこまれて、気勢がくじけた。
正時が、庄五郎へ、
「そこへ──坐れ」
と、神宮寺の脇に敷いてある薄縁を指さした。太郎兵衛も薄縁を敷いていた。家臣の身分で、正時の前で敷物に坐るほど重んじられていたのである。
だんだんあかるくなった室内へ、さわやかな朝日が、さっと射し入って、神宮寺の睫毛にのこる涙の粒を光らせた。
「泪をぬぐえ」
と、正時がいった。
指の足らぬ手が、眼瞼をこすった。
「太郎兵衛──。その庄五郎などは、わしにときどき叱られるくらい、東条に心酔しているぞよ」
「にきびの出るお歳じゃ。おゝかた女でもほしゅうなったのであろう。──館の殿は、弁内侍さまをも、いらぬとおっしゃったに。やれ、やれ、とんだことじゃ」
と、皮肉に、神宮寺は、庄五郎を尻目にかけた。
「兵衛どの!」
と、庄五郎正氏が、きっとなって、
「手前が崇めるのは、虎夜叉どのゝ長所でござるぞ。近づきがとう高くそびゆる、識見、卓見──海のような胆略──おそろしいほどの博覧、強記と、かぞえたてれば限りのない才能に対してこそ心酔もいたせ、女色にふけるという噂がもし真実なら、この庄五郎、なんでさような不身持に賛同しよう」
と、いゝなじった。正時も、
「神宮寺──。十五歳の庄五郎にむかって、いうべき言辞ではなかったぞ。おぬしとて、そうまで心ひがめなくとも、よいではないか」
「ひがめさせたのは誰れだ?」
と、太郎兵衛がうそぶいた。
「わしだというのか?」
「論ないこと」
「おぬしが、あまり頑なゆえ、わしも虎夜叉をほめた。どなりもした。しかし、庄五郎にも始終いゝきかせておることじゃが、わしは、虎夜叉にいろんな欠点をみとめる。女色のことも無論だが、それよりも才を弄し、能を恃みすぎて、自分をほこる気持がわがまゝとなって、兄の殿の統制に服さないことゝ、亡き父上に対してさえ、時たまには、とんでものう不遜な考えかたをして、きゝずてにならぬような口を利くこととが、あたら惜しい珠に、珠の値打を零にも等しゅうする瑕瑾となっているのだ」
正時のいうことを、ほとんど、うわの空できいていた神宮寺は、庄五郎へ、
「あの世で、正季の殿は、よい息子を遺した、これで兄の館にも肩身がひろいと、な、どんなにか鼻、たかだかでおわそう!」と、いった。
たちまち、庄五郎が気色ばんだとき、正時が、
「まあ聞け。聞いてくれ、太郎兵衛」
なだめるような調子で、さえぎった。
近習が三人、現われた。茶をもってきたのであった。
五
「神宮寺へ、朝餉を進ぜよ」
正時は、そう近習にいってから、
「こんど虎夜叉が、兄の殿の御統制を由々しくやぶるようなことあらば、わしも断乎として赦さぬだろう。すなわち、兄上の衷情が、禁裡に達し、かしこきあたりを動かし奉って、開戦の勅許くだるとせばじゃ、そして、虎夜叉がなおかつ戦うことに非を唱うるならば、それこそ違勅の不臣、兇悍ゆるすべからざる不逞──かくいう正時、きっとその罪を糾弾せずにはおかぬ。のう太郎兵衛、安んじてくれ。おぬしも、わしの口から今の言葉を吐かすために、夜中起きして見えたのであろうが?」
じっと見つめながら、返答をうながすと、
「あん、違う」
神宮寺が、肩をそらした。
「なんと?」
「あたりまえじゃ。承わらずとも解っておる」
「ほう。では、なんのために?」
かなり意外な面持ちで、正時がきゝかえした。
「太郎兵衛は妙にきがかりでな、昨夜は、一睡もとれませなんだ」
「きがかりとは、なにが?」
「乙殿にいわれたことが──」
「はて、おかしいの。おぬしに云わすと人外な、あの虎夜叉がなんといおうと──?」
「ところが、そうではござらん」
「変だな」
「まったく変でござる──どう考えてもな」
「これさ、なにを申す」
「てまえは、こう云われた──のう生紀念、お身は一体、いままでにたゞの一度も──なぜに館が、戦いをさまでにあせらるゝか、という疑いを、胸にわかしたことがあるのか?」
「む──なぜあせらるゝかの疑い──」
正時は、そう呟いた。なにか、ぎくりと、心をついたものがあったのである。
「わからん」
と、神宮寺は、ゆがんだ眼を、かっとみはった。
「あせるもあせらぬもないではござらぬか? 一意専念、湊川のお弔らい合戦へ、精進あそばす館の殿じゃに!」
わきから庄五郎が、
「次郎さま」
と、かしこげな顔で、よびかけた。
「────」
正時が、やゝ暗い表情で、かえりみると、
「差出ぐちと、おぼすかも知れませぬが、館の殿の、ひたすら開戦をいそぎたまう御心のうちには、ひょっとしたら──みずからの御健康にかゝわる御懸念が──ふくまれておるのではなかろうかと、なんとのう気になってなりませぬ」
そういう庄五郎へ、正時がまだ口をひらかぬ前に、とがった声で神宮寺が、
「なんの──賢しげに? お健かでないようにいう者もござろうが、お顔色、白いは御性分じゃ。お健かでないお躰に、あれだけはげしい戦の御演習や、武技の鍛錬やが、どうして出来申そう。さあ、いつ、館が、どのようなお患いをなされた? 太郎兵衛の耳は遠くはないはずじゃが、ついぞ我が殿が、病いの衾まとわれたと、聞いたおぼえがござらん。坂東一の大剛といわれた矢板将監を、弱いお躰で、斃せるものか?」
と、かぶりを、ぶるぶるっとふった。
だが、それには答えずに、庄五郎が、
「次郎さま」
と、ふたゝび呼んで、
「京都に、内乱が起るだろうという、虎夜叉どのゝお言葉は、ほとんど確実と信じてもよいものとそれがしは考えまするが──?」
と、いった。
けれども、正時は、もくねんと、何か思案にしずんでいた。
「笑止々々、はゝゝゝ!」
と、太郎兵衛はわらった。
「神通力ではあるまいし、空の星の二つや三つやが出逢ったとて、なにが解ろう?」
しかし、あざけってはみたものゝ、ふと正時の暗い面つきを見ると、おや? ──と、自分もなにかしら得体のしれぬ不安──それは昨夜来つゞいている不思議な気持なのであったが、その不安のまん中へ、突きもどされたように感じられた。
「次郎さま」
と、庄五郎は、三たび呼んだ。
「弁内侍の奪われますることを、あらかじめ探り知ることの出来た、虎夜叉どのゝお力は──たゞもう、驚くのほかはない──実に、素晴らしいものと、それがしは思いまするが?」
「うむ」
と、次郎正時がうなずいた。
そのとき、朝飯の膳が、太郎兵衛のために運ばれた。
東条の城
一
水分盆地の北の端にわだかまる東条の丘のうえに、城が築かれたのは、三年ほど前だった。
この東条の丘は、寛弘寺の鼻とよばれた丘陵の尖端を、石川平野へつきだして、富田林の邑を見おろし、さらに大和川の流域にひろがる摂、河、泉の広漠たる大平原が、おゝ空につらなるのを、一目で見はらすことのできる位置にあって、背後は、下赤坂、上赤坂、甘南備の三つの丘とつゞきあい、その甘南備の丘は、和泉山脈のふかい褶に、つゝまれるように抱かれて、天野山金剛寺の山と相対していた。
(敵に勝たんがためには、この丘に、堅固な城を築かなくてはならん)
そう考えたのは、虎夜叉が十六歳の頃だった。
虎夜叉は、仲兄の次郎正時と一しょに、二千貫ずつの知行を、長兄から分けてもらった時、さっそく、この東条の丘に、まず自分の住むべき屋敷をもうけた。
十七歳の春、虎夜叉は、正行にいった。
「兄上──。東条の丘に、築城なされませぬか? ただ防ぐだけならば、千早の城でも事足りましょうが──攻防をかねる城のないことが、遺憾でござる。出撃に便のうては、兵機をつかみそこねましょう。敵を千早に引きつけておいて、東条から長駆、八幡、大渡り、山崎を扼すことは、もっとも望ましい戦略かと存ずるが、それには東条に城がいる。城なくしては、そうした作戦が出来ませぬ」
この言葉をいれて、正行は、東条の城を築かせた。虎夜叉正儀の屋敷は、築城を見越して、丘のうえでも一ばん枢要な場所に構えられてあった。で、城が出来あがった時には、この屋敷は、いきおい、城の中核に包みいれられてしまった。つまり屋敷の周囲に、塁石がめぐらされ、そのまた周囲を、やゝ低い胸壁と、ふかい空濠とがめぐることになったのだった。塁の上には、いくつも櫓が建ち、塁の内側にも、塁と胸壁との中間にも、相当がっちりした兵舎が造られた。城の門は、四方にあって、空濠には、はね橋が、籠城の場合には、すぐ門の扉口ヘつりあげられるような装置でかかっていた。
広さも、堅固さも、赤坂の二つの城などとは、とても比較にならなかった。千早のような天険を背負ってはいないが、代わりに四通八達ともいえる要衝に拠っているこの城が築かれたため、楠の武力は、たしかに、その幾割かを強めたにちがいなかった。
「乙殿のみが、結構なお城におさまって──」
などと、いう者もおゝかった。
正行が、母堂とともに棲む水分館も、正時の新屋敷も、水堀と築地をめぐらすだけで、なんら防備がなかった。いってみれば、ほんの普通の住邸でしかないから、兵舎なぞの設けもあろう筈なく、従って、そこにおる家臣や郎従の頭かずも知れたものだった。ところが、東条の城が出来たとき、楠の、いわば常備兵ともいうべき家来どもの半分以上が、そこに駐屯することになった。ほかの城や、所々の砦にも、むろん、散らばっていたし、千早城をあずかる神宮寺太郎兵衛のもとにも、三百人くらいはいたようだ。が、東条こそ、兵備の中心となった。
「変なものよ、のう。東条のお城は、あれは館正行の殿のお城で、なにも乙殿のものではあるまいに!」
「いかにもな。内部にあるお住邸だけは、正真正銘、虎夜叉どのゝ館であろうが、お城は預りものよ」
「とはいうものゝ、妙な形じゃ」
「妙とも。まるで乙殿のために出来た城のようじゃ」
いろんなふうに噂されたが、それから三年たつ間に、誰れがなんといおうと、虎夜叉は実質的に東条城の主としてふるまうようになっていた。正行は、一族や重臣の口から聞える虎夜叉潜越という非難の声に、すこしも耳をかさずに、東条の城と兵とについては、すべてを、末の弟に委せきっていたのだった。
二
「駕籠のまゝ、これへ通せ」
と、虎夜叉がいった。暗い夜だった。
「は」梶丸は、せまい中庭の墻のそとへ、去った。
木戸のある高い墻と、武器庫の背中の黒い壁と、一棟の隔離した建物とが中庭をかこむ形になっていた。「玄々寮」と名づけられた、この建物は、築山と築山の谷あいのような場所を通る長い廊下で、屋形の母屋へも、対屋へも、つながれていたが、その廊下の両端には、妻戸があって、掛金の戸締りも厳重だった。だから、この一郭は、いわば秘密の別天地で、東条の城内の他の部分とは、まるでかけ離れた場所ともいえるのだった。
建物は、がんじょうな書院造りで、そう広くない幾つかの室に劃られていた。平常の居間は、寝殿造りの対屋の方にあったが、なにか秘事にかゝわると、虎夜叉は、きっとこゝに匿れる。そして匿れたら最後、ごく少数の人以外には、まったく動静がわからなくなってしまう。
墻の外に、また墻があって、城内の士卒さえ知らない間道を、一筋かくしていた。間道は、馬も通れるだけの構造に出来あがった地下の抜け道となって、城の塁下をよぎり、搦手の丘の、横腹のある地点へと通じていた。この秘密の通路は、虎夜叉が非常に工夫をこらしてこしらえたもので、人知れず城からぬけ出して、また密かに城へもどることが出来た。地下道の出口は、厚い扉でふさがれていて、特別な方法によらなければ、その扉はあかなかった。だから、|搦手そとの丘の中腹で、よしんば抜け道の出口が見つかったにしても、扉を|破壊せぬかぎりは、内部がうかゞえない。しかも、大きな岩石を利用して構築された扉は、容易なことで破りうるものではなかった。
それはとにかく、今この間道から、町人風の男が一人、つき添った、ふたり
舁きの駕籠が一挺はいって来たのだった。
肩替りの
駕籠舁きが、短い
脂燭で、闇を照らした。
墻の間で、駕籠がとまった。附添いの男が中庭へ、木戸をあけて入って行って、玄々寮の一室から現われた
梶丸と会って、ほんの二こと三こと話し合っただけで、梶丸はすぐ、奥の間の虎夜叉に取次いだし、その男は、駕籠のそばへ戻った。で、梶丸は、通せと云われて、木戸から出て行ったのであった。
まもなく、駕籠が、中庭へ
舁きこまれた。
町方や
邑人でも用いる、ごく粗末な
綱代の駕籠ではあったが──虎夜叉の郎従、度々平と与茂平とが、庭におり立って迎えたし、
回廊へは、
昵近の侍女の
幾波が出て、膝まずいた。
駕籠の中からあらわれて、
濡縁にあがったのは──その
粗末な綱代とはおよそ
不均合いな、一見、名ある館の、わかき北の方とも思われる、うるわしい
上
──。うすくれないに、
青鈍で
浮紋した
衣と、
杜若を
経にむらさきに、
緯燕脂の段に織った
唐衣とが、室内のあかるいともしびに、あでやかに照らされた。
おゝ、この麗人、この忍びやかな
訪れびとこそ、誰れあろう──
それは、
敷妙であった。足利
直冬の愛妾、敷妙であった。
京は一条堀川、村雲の
反橋ぎわの館で、直冬から、またない
寵女といとしまれている敷妙──それが、いぶかしくもこつねんと、こゝ
隠密の玄々寮に出現したのだった。
さても、この敷妙と──虎夜叉とは?
三
玄々寮には、附属の
屋舎が、厩や、
輿轎の置場までそなえていた。
綱代駕籠の
舁き
夫らは、与茂平に案内されて、舎内の一室へ入ったし、附添いの男──それは
堺浦の、
唐土屋の手代で、
萩二郎という、あるじ伽羅作の
腹心の若者だったが、度々平と一緒に別室に入って、休息した。
奥の一間では、虎夜叉が、
「美しゆうなったの」
と、
会釈をすました敷妙に云った。
「あら──」
とばかり、
怨ずるような流し目へ、
「敷妙──」
と、
仄えみを見せて、
「心の苦労は、察しておるぞよ」
すぐ、真顔になって、じいっと眺めいりつゝ、
「よくも、いみじく働いてくれた。
正儀、礼のいゝようもないぞ!」
そう、しんみり云われると、たちまち
溢れるような嬉しさをおぼえて、
「おゝ、わが殿! そのおひと言が、承わりたさの一念から──」
とても
抑えきれぬよろこびに、こみあげる感動に、
躰じゅうが、わなわなとふるいだした。敷妙は、ついに感きわまったのだろう、わっと、
嗜みをわすれて泣きくずれた。
「おゝ、無理ないぞ、泣け、泣け! たんと泣け!」
しばし、泣くがまゝにまかせて、
「そなた」
と、やがて虎夜叉がいうと、
「殿──」
うれし涙に泣きぬれた顔を、あげて、
「お
側をはなれて、
半歳あまり──まあ、どのように今日の日が、待たれたことでございましょう!
御推量くださいませ」
「待たれたであろう。推量は致す。だが敷妙、そなたが
今宵、こゝに見えようとは、虎夜叉は思いもよらなかったぞ、危き橋を、なぜ渡ってきたのじゃ?」
「お叱りは、覚悟のうえでございました」
「そなたほどの気性、よもやこれぎり、
堀川の館へ還らぬつもりでもあるまいに」
「還りとうないは山々ながら、還らずともよいというお許しの出ませぬのに、なんでまあわたくしが──?」
「これ。
情を殺し、想いを
撓め、
操をもすて、身をすてゝと、決心のほぞ、かたく定めて
足利館へ、入り込んだそなたではないか?」
そう、
毅々といわれて、敷妙は、なやましげな
面持ちで、
「もし。あやうい橋と──仰せではございまするが、兄、伽羅作の急な病いと
偽りまして、堺の実家より駕籠のむかえ。ゆめ
悟られまするような気づかいはございませぬ」
「いや、それは浅はかだ。そなたに似合わぬ心のゆるみじゃ。事のやぶれは、そうしたゆるみから起る」
虎夜叉は、そういってから、手をたゝいた。
「はあ」
蔭で、
答えがあって、
幾波が襖をあけて入ってきた。
「茶を入れい」
「はい」
「そして
折鶴をよんで、
夕餉の仕度させい。敷妙はまだ食べてはいまい。供の者にも、とらせよ」
幾波は、心得てさがった。
「虎夜叉さま」
と、切なそうな声で、敷妙がよんだ。
「ゆるみじゃ」
と、正儀は、それへかぶせて、
「直冬が、人を
唐土屋へつかわさば、なんとする?」
「兄は、
仮病の床にふせっておりまする」
「だが、そなたの
不在を、どう云いくるめる?」
「
岸和田の伯母も病いと申すことに──」
「
痴な!」
「でも、万に一つも、人の参るような心配はございませぬものを。あの──堀川では、露ほども疑われてはおりませぬ」
「そう思うのが、即ちゆるみじゃ。──そりゃ恐らく、堀川の邸から人は参るまい。しかし、もし参ったら?」
「たとい参りましても、病気見舞の品、とゞくだけのことでございまする。
岸和田までもおとずれる
憂えは──」
「敷妙」
と、虎夜叉が、さえぎって、
「伽羅作の病い、重からずと知るだけでも、直冬の胸に、疑念の黒雲が、わかずにいようか? それを疑わずにおるような、直冬と思うのか? ──そなたは接している。わしは聞くだけだ。だが、聞くところを、いろいろ、
綴ぎあわせてみると、年は若いが、あの直冬、
足利一門じゅう随一の男じゃ。おそるべき人物じゃ。それだけに、こなたの
操作には、身も入れば、張りも出る。わしが、つけた
目星に、あやまりはなかった。な、──そなたに、
辛きおもいさせておる
甲斐も、あろうというものじゃ。しかしまた、それなればこそ、心にみじんも、たるみ油断があってはかなわぬぞ。去年の秋──わすれもしまい九月の一夜、あれほどそなたを
歎かせて、やっと
得心させたわしだ。また
納得してくれたそなたでもあるぞよ。わしとて、
未練は残った。虎夜叉は悲しかった。なぐさみに
弄あそんだそなたではなかったからだ。虎夜叉は、そなたを愛していたのだ。つらい思いをさせたのは、たゞたゞ朝敵調略の悲願からじゃ。のう、敷妙、わしのいうことを、心の底にきざんでくれ。直冬にわずかでも、そなたを疑う気持が、きざしたなら、これまでの
辛苦が水の
泡になろう。
企みに企んだ、あの
仁和寺の──六本杉の
怨霊評議なども、そなたが信じられておればこそじゃ。伽羅作が参っての話には、直冬は、首かたむけて、そうした
幻ろしがなんの
由縁もない
舜髄にあらわれたのが不思議だと、いったという。さすがに敏感じゃ。直冬の
慧しい眼の光は、ほんの
間一
髪の、きわどいところまで
届いたのだ。疑ぐらぬまでも、信ずることが浅かったなら、せっかく仕組んだ
怪異の種もわれて、この虎夜叉の工夫が、伽羅作と舜髄の大骨折とともに、
徒労になったやも知れなかったぞ。いや、なるかも知れぬ。そなたが、すこしでも
訝られたら最後、きっとなる」
じっと
神妙にきいていた敷妙は、うつくしい顔を、悲しげに、もたげて、
「かずかずのお言葉、いたらぬ心にも、ひしひしと
応えました。どうぞ、わたくしの浅はか、お
赦しなされて下さりませ」
そういった時、次の間から、茶を、
幾波がはこび入れた。
四
虎夜叉は、茶を飲んで、
「どうじゃ、一服」
「はい」
敷妙が、飲みおわると、侍女の幾波は、もとの
朋輩でもあり、かつ、それよりも自分とは
従姉妹あいという近親でもある敷妙を、さもなつかしそうに眺めて、
「もし敷妙どの。──
弁内侍さまは、まことにお危いことで──でもあのように
御厄難からおのがれあそばしたのは、館の殿のおはたらきとは申せ、そもじどのより
逸早う、こなたさまへ、お知らせがあったればこそでございます」
と、いったが、敷妙はたゞ、
「ほんに、ともかくもお間に合うて、何よりでございました」
と、答えた。それは自分の大きな
手柄だった。
師直の今出川館へ、入れておいた間諜から、偶然に聞きこんだ事柄を、この東条へしらせたために、弁内侍の
災厄は救われたのであった。けれども、そんな手柄ばなしをする心の余裕を持たなかったから、すぐ、虎夜叉へ、
「あの──お赦され、いたゞけましょうか?」
そう、伺いをたてると、
「すんだことは、今さら
詮ない。向後は、直冬がそばを去らぬようにな。じかに逢わずとも、
伽羅作を通して、どんなに詳しい話も出来よう。つれないようだが、虎夜叉のため、辛抱してほしいぞよ。よいか」
「はい」
声が、ふるえた。
「
夕餉たべたら、すぐと帰れよ」
「えゝっ?」
「今夜のうちに、堺に戻って、明朝は、いそいで京へ立ち帰れ。」
「────」
「やっとの思いで参ったものを、すぐ帰れといわれては、そりゃ
本意なかろう。──わしとて、そなたの口から、直冬の話のみならず、将軍や副将軍の噂、師直や上杉の評判など、聞きとうなくはない。だが、大事の前の小事じゃ」
「──わが殿!」
「な。あきらめて、帰れ」
「もし! そりゃあんまりでございまする。せめて、せめて
今宵は一夜だけ──」
「ならぬ。戻れ」
「との。お
慈悲でございまする!」
「聞きわけのないことじゃ」
「では、なんとしても──」
「帰ってくれ」
「おゝ!」
敷妙は、こらえられずに泣き伏した。
そばから、
幾波が、
「わが殿へ。それではあまり、おつれのうはございませぬか? 朝まだきにお
発ちなら、
今宵の帰りと、どれほどの違いもございますまいに! いえ、
丑三つ過ぎて堺におつきでは、却って訝しゅうございましょう。どうぞ、
今宵一夜はお許しあそばして、つもるおもいの物語に、お耳をかしてあげてくださいませ」
と、真情をこめて、とりなした。
しばし、虎夜叉は考えていた。
幾波のいうとおり、
丑三つ過ぎての
堺着は、一こう気の利いたことではなかった。また、せめて一夜をという願いを
容れてやることは、敷妙の心をどのくらい励ますかわからない、とも思われた。帰らすなら、わが郎従どもに
衛らせて──と、すでに決めていた
思案ではあったが、虎夜叉は、たちまちそれを
翻して、
(泊めてやろう)
と、思った。
五
「──静かでございますこと。──物音ひとついたしませぬ」
うっとりした
眼ざしで、敷妙がいった。
まだ、さほど夜もふけぬのに、四辺の室々は、しいんと、人のいない家のように、ひそまっていた。
幸福に酔う敷妙であった。
「
宿直のもの二三人のこして、皆、この玄々寮から引き退ったのじゃ。そなたの供だけは、
雑舎におる筈じゃが、酒のおかげで、もう
白河の
夜舟だろう」
「
萩二郎は、酔いつぶれるような男では、ございませぬぞえ」
「む、あれは役に立つ。もう何遍か、
修験者姿で、伽羅作の手紙を届けに参ったが、頼もしい奴じゃ」
「兄は、よい手代を、たくさんに持っておりますので、まことに心づようございまする」
「唐土屋一家の、上下協力、
団結のまごころは、虎夜叉ふかく恩にきる。そなたの家というものがなかったとしたら、わしの
隠密のはかりごとも、あたまには考え得たかも知れぬけれど、行うことは、とても出来なかったにちがいないぞよ」
「あれ、そのようにおっしゃっていたゞきましては、
勿体のうございます。亡くなりました父は、
水分の
先館さまから、海山の御恩を頂戴いたしました。兄は父の
遺言をまもりまして、およばずながらも力のかぎりは、お役の端にも立ちたいと、たゞ一心なのでございますものを、血をわけた弟の
舜髄、妹のわたくしが、どうして
苟且におもわれましょう。ましてや殿にはわたくしへ、おいとしみの情けまでくださりましたその上に、
従妹の幾波さえもお目かけらるゝ、ひとかたならぬ
御鴻恩──身を粉にしてもその御恩報じに、つくさずにはおられませぬ私どもでございまする」
「敷妙。──
建武の御一新に、堺浦の
商人で、楠の
庇護を蒙らぬものは、一人もない筈じゃ。そなたの家のみが、特に
恩顧をえたという話を、わしは聞かぬぞ。ひっきょう、この虎夜叉正儀が恵まれたのだ。なんという
倖いか、唐土屋一家──そなた達を、おのが手足にすることが出来た。わしは、わが運のよさと、そしてそなた達とに、感謝しなくてはならぬ。わけても、そなたの、すぐれた美しさと、すぐれた
賢さとには、いま改めて礼を述べるぞよ」
「あらもう、おそれ入りまする」
「今後はますますそなたの才と
美貌とに、たのむ事が多くなろう。──敷妙。はたらいてくれ」
「はい。足らわぬながらも──」
感激に、ぼうっと目のふちを、うすくれないに染める敷妙であった。この殿のためならば、命もいらぬ。すべてを、あらゆるものを捧げたとて、なんで惜しかろう、そう思わずにはいられぬ敷妙であった。
こゝは、
隠避な玄々寮の内部でも、ことに隠微な
密房で、外界からはまるで窺いしることの出来ない場所だった。こゝは、虎夜叉正儀の
側ちかく召使われる侍女侍童でさえ、特定の者以外は、近よることを許されない場所だった。こゝは、虎夜叉の
閨でもあれば、また沈思、
瞑想の
茵をしく部屋でもあった。酔うべき室であったと同時に、
醒むべき室であった。
謂ってみれば、虎夜叉正儀は、酔いながらも醒めつゝあることも出来るし、醒めている間にも酔うことも出来る人であった。こゝは、虎夜叉によって、「
衆妙房」と名づけられた部屋で、
間にかゝげられた
扁額には、その三つの文字が、自筆でかゝれていた。
老子のいわゆる
玄の又
玄「
衆妙の
門」という句からとった玄々寮であり、衆妙房でもあったのだ。
「敷妙。──話は逆もどりだがの」
と、虎夜叉がいった。
「それから、直冬はどうした?」
きかれて、敷妙は、直冬が六本杉の怪異を叔父の
直義に告げて以後、どんな気持でいたかについて語った。
「うむ。では、むしろ予想外に
憂欝だな?」
「はい」
敷妙という名も、この部屋、衆妙房に
因んだものだった。敷妙は、直冬館の侍女に住みこむ時は、むろん本名のお
舟であったが、自分の希望として同じ
源氏名で呼ばれることになった。(せめては名だけでも──)と、虎夜叉からつけてもらった敷妙という名を、変えるに忍びなかったのである。
「直冬は、父
尊氏に会ったか?」
「いゝえ」
「相変わらず、父を
恨んでいると見えるな?」
「ますます
酷うございまする」
「だが、将軍へも、師直からすぐ、話は伝わったであろうの?」
「はい」
「師直へは、誰れが伝えた?」
「
畠山からでございました」
「ほう、畠山が」
「副将軍も、上杉も、師直へは洩らさぬつもりでおられたらしゅうございますけれど、畠山が、細川
顕氏に会いましたとき、浄土寺の忠円僧正にのりうつられたあの師直、師泰と、南都の
知教上人に
憑かれたこの畠山、上杉とは、いずれが勝つか、どの途、血を流して勝負をきめねばなるまいと、そう申したのでございます。すると細川が、妙なことをいわれるがどうした訳かと、いろいろ訊きたゞしまして、それをそのまゝ師直へ告げたのでございまする」
「なるほど。細川がの」
「細川が、師直に心寄せていようとは、畠山も意外だったと申しまする」
「む。おもしろくなって来たぞ」
「高の師泰と師冬とが、
具足に
長巻や槍というものものしい郎従たちを引きつれまして、師直の今出川館へ集まりました」
「いつ?」
「つい四日ほど前のこと。何か聞きちがいからでございましたが、一時は大騒ぎで、いまにも戦さが始まりそうでございました」
「ふうむ。よほど心が、おびえたと見える」
虎夜叉はほゝえんだ。
(思う──つぼ!)
そう感じたのだ。
六本杉の
怪異は、
所期のごとく、着々と京都をおびやかしていた。虎夜叉の苦心の謀計は、まさしく
図にあたりつゝあったのである。
後室来訪
一
近習の
梶丸が、膝まずいた。
虎夜叉が、
「何か?」
と、
訊くと、
「これを──」
梶丸のさしだす一通の手紙を、受取って、
幾波が取次ぐと、虎夜叉は、さかずきを、
蒔絵の
高坏の上において、その手紙をひらいた。
読みおえると、まるめて、
折鶴の膝へ、
「焼きすてよ」
と、投げた。そして梶丸へは、
「使いは、
萩か?」
「はい。──御返辞は?」
「いらん」
そういって、手をさかずきへ戻した。
梶丸はこゝろえて、立ち去った。
「何事ものう──?」
と、幾波がうかゞうと、
「そう」
虎夜叉はうなずいた。
(よかった)
と、
安堵したように、幾波と
折鶴とが、顔みあわせて、ほゝえんだ。それは、無事に足利直冬の館に戻ったことを、敷妙から知らせてきた手紙だったのである。
「つげ」
「はい」
折鶴が、酌をした。
二人の美しい侍女を、右と左に坐らせて、
夕餉の膳にむかっている虎夜叉だった。
そこは、玄々寮の一室ではなくて、西の
対屋の常の居間で。
入側と廊の先には、かなり広やかな庭がひろがっていた。
初夏にめずらしく夕焼けた空の下で、たそがれてゆく庭の青葉を、ながめながら幾波が、
「寮とはちがい、こちらは
晴々しゅうございますこと」
といったとき、廊へ、あわたゞしく、近習の一人が現われた。
「──
水分の館より、
御後室さまが見えさせられました」
「なに、母者びとのお成りと?」
「は。いともお急ぎの
御気色にて、もはやそれへ、お渡りでござりまする」
「さようか」
近習が去ると、幾波と折鶴とは、両側からやゝ腰をうかしつゝ、
「殿 ──?」
「わたくしどもは──?」
と、うかゞうと、
「いや、
退るには及ばぬ」
虎夜叉は、そういって、
大床と自分の座の中間を指さした。
「それへ、
厚茵をもて」
「はい」
幾波は、入側の
衝立のかげから、厚い
円座をはこんで、席を設けた。
そのとき、近習と侍童に導かれて、後室
久子の方が、
南江朝隆をつれて入ってきた。いうまでもなく故
正成の未亡人で、正行、正時、正儀の三兄弟の
実母だった。
「ともし
灯を入れさせい」
そう、折鶴にいゝつけて、虎夜叉正儀は母堂を座に迎えた。そして
会釈の顔をあげて、
「母上には、かような
夕餉時刻に、わざわざのお出まし。お召し下ればよかったに、恐縮でござる」
と、いうと、後室はじろじろ食膳の
高坏、酒の瓶子、入側まで下がって坐わっている二人の美しい侍女などを、見まわしてから、
「恐縮ではのうて、きつい迷惑なのであろうがの」
わが末子の顔をながめたが、庭の
薄明に背をくれて
大床の方をむいているので、その表情は、暗がりから識別がつかなかった。
けれども、室はすぐ
明々となった。侍童たちが燭台をはこび込んだのである。内部の造作だけは
書院風のこの室の装置や調度類には、
水分の
館では見られぬ
贅沢さがあった。
「母上」
と、虎夜叉は微笑して、
「まず、御用むきを仰せられい」
と、うながした。久子の方は、入側へふたゝび目をやった。南江朝隆が、そこに控えている幾波、折鶴と並ぶように、坐っていた。朝隆は、久子の方の
甥だった。
後室が、まねいた。
「朝隆、進むがよいぞ」
南江は、入側から、
閾をこえた。
久子の方の生家、
南江の家は、楠譜代の家臣のうちではおよそ中どころの家で、神宮寺や、
恩智や、大塚などとは家柄がちがっていたから、朝隆は、父の
朝忠が湊川で正成とともに自刃し、叔母は現在、主君の母堂ではあっても、それを誇るような
挙動は、かたく
慎しんでいたのだった。
後室が、
「──虎夜叉。
水分では、殿みずからが
曲物と
土器の膳で、召しておらるゝぞや」
と、いった。正儀は、また微笑して、
「
蒔絵の
高坏にのせますと、おなじ食べものでも、味を添えまするでな」
と、答えた。
「正儀。
先殿は、
橡粥にさえ、
舌鼓うたれました」
「舌鼓は、どうかと存ずる。それがし
稚心に、
不味そうなお顔で召上がる、と思ったことをおぼえておりまする」
「これ、またそのような!」
後室は、表情の曇りをふかめて、
「そなたはまあ、あれほど母が申したに、酒と色の
慾、どうあっても
慎しめぬのか? 妻を定めて
娶るまでは、そばに
女子は近づけませぬと──酒も
平素はたしなまぬと、口ぎれいに言うた者が、この
体裁は、なんとしたことじゃ? よくもわたしを
欺きましたぞ!」
そう、なじられても、平気でうすわらいをたゝえている虎夜叉の
面には、
微酔さえ、ほとんど出ていなかった。だが、すでに
瓶子は、
高坏の膳わきに、幾つも並んでいたのであった。
「毎度のお小言やら、お叱りやら、うっとうしさに
辟易つかまつってな。──ほどよく、そら
言で、お気やすめを申した。たゞし、酒にも色にも決して、
乱れは致さぬ。母者びとの
御懸念は御無用じゃ」
「なに、みだれはいたさぬ? 底なしの
猩々飲み。酒には酔いつぶれはせぬかも知れぬが、それその
女子どもは?」
「
商人なにがしの妹と、町人それがしの娘、たゞの
召使いでござります」
虎夜叉は、さらさらっと答えた。
「たゞの召使い?」
後室は、
唾を呑んでから、
「正儀!」
と、声をいら
立てた。
二
「たゞの召使いに、なんで
生絹の小袖など着せます? わたしの若かった頃など、生絹は
晴着にしか
纏わなかった。そなたを産んでからも
平素着は、
絹布とはいえ土地の手織じゃ。色合いも、ほんの
単色。──のう虎夜叉。そのように
素性いやしき女に、けばけばしい
装させて、この大切な東条の城あずかる身が──これ、うわの空で聞きながさせはせぬぞえ──おのが
年齢もおもわず、
てかけ、
めかけと
露わには──いえいえ呼ぶか呼ばぬか知らぬけれど、あられもない
慰みをたのしむとは、ほんに浅ましい
心柄じゃ。謹巌な兄たちに、ちと
憚かってもらわのうては、亡きわが
夫の殿、
羽林中将正成のおん
位牌に、お申しわけがないで、わたしはこの顔むけられませぬぞ」
「御尤も」
「な、なに、御尤も?」
「母上としては、さも
在られましょう」
「えゝ、そなたのことを、いうておるのじゃ」
と、さもいまいましげに、首をふって、
「虎夜叉。お身とても、
正成の殿とわたしの
間にうまれた子ではないか? 天下に
双びのないお美しさと、噂きかぬ者はなかろうあの
弁内侍さまを、かしこくも賜わろうという
御諚を、いなみまいらせた正行どのへは、わが子ながらも母は、
額ずかずにはおられぬ気がする。そうあってこそ
天晴れ、楠の後つぎじゃ。のう、そうした
館と、お種も腹も、おなじい弟とうまれながら、あゝれ、あの
態と、うしろ指、そなたは差されたいのか?」
つめよるような
気配の母堂へ、
「指さすものは差せ、でござります。しかし虎夜叉は、兄弟、長幼の
序は、わきまえておりまするぞ。二人の兄、めとらざる前に、それがし、
妾はたくわえませぬ。あの女は、どちらも
下嬶、たゞ身のまわりの雑用に使うだけ。男手よりは
便宜でござる」
「などと云いくるめても──
臥所に
伽させて、いとしがれば、
妾じゃ、愛妾じゃ」
「ちがいまする。
寝屋のことは仰せあるな。ふたりとも、侍女に過ぎませぬ」
「そりゃ
詭弁とやらじゃ。ひそめたとて、あらわれずにはいぬ
不行跡は、これ──」
「母上──」
虎夜叉正儀は
支えて、
「まさか、それがしが
臥所あらために、世は泰平
無聊に苦しむという
今日びでもござらぬに、
夜かけて水分の
館から──な、そのためお越しなされたわけでもござりますまい。さあ、どのような御用談か、それ承わろう」
と、そういった
顔は、にわかに
真顔になっていた。
(おゝ!)
後室は、おぼえずぎくりとする感じにうたれて、
乙子の
眸を見直した。
三
考えるまでもなく、急に自分を責め
嘲む気持に変わった後室だった。
なぜかなら──なにも虎夜叉の、今にはじめぬ
素行を、事新らしく詮議だてに来たわけでないことは、その虎夜叉から
的を射られたとおりであって、そんなことよりはもっと、
否、どのくらい差迫っているかわからぬ
緊急の相談に、とるものもとりあえず
輿をいそがせて、こゝ東条の城をおとずれた後室だったのである。
それも、相談というよりは、頼みに来たのであった。子を見ること親に
如かずという言葉がある。むろんあたらぬことも多いが、およそは一半の
真理だ。久子の方は、正成にとって良妻であったと同時に、正行兄弟にとっては賢母であった。というと
月並にきこえるでもあろうが、事実、夫への内助と、夫なき後の三子への
訓育とは、
傍の見る目に涙がわかずにはいなかったのである。末の子の虎夜叉が、父にも兄にも似ぬ
鬼子にうまれついたことを、誰れよりも深く
慨きかなしんだのは、この母であった。けれども、また虎夜叉が、鬼子ながらも実際おどろくべき
麒麟児だったことを、みとめ喜ぶことの深さにおいても、おそらくこの母の右にでる者はなかったであろうと思われる。だから、口に出しては如何にも憎々しそうに叱りも責めもするけれど、一面
内心ではいつも何かしら頼もしいような気がして、時には自分の感情のなかに含まれた
矛盾に、われながら
訝かるという風な久子の方でもあった。
「虎夜叉──。そなたに頼みたいことが
出来して、それで参ったのじゃ」
と、後室は、がらり調子をかえて、
「けっして、責めに出向いたわけではない」
わびるように云ってから、
「実はの、今日、
館が吉野から──つい一

ほど前に帰られての、それで──」
「おゝ兄の殿が、御帰館か」
「で、明日、一門
宗徒の人々を、
水分に召しあつめ、今度いよいよ開戦の
勅許を、賜わった旨、お申渡しがあるとの事じゃ」
「ほう、開戦の勅許を──」
虎夜叉の顔には、とっさに、複雑な
表情がうごいた。
後室が、つゞけて、
「まず出陣の支度、お申しつけの上、
先殿十三回忌
御法要をば、一年くりあげてこの五月二十五日にいとなむべき由、いゝ聞けらるゝというお話を、わたしは聞くと一緒に胸さわぎが、ふしぎなくらい
昂まって、どうしたことやらひとりでは、居ても立ってもいられぬほど気がもめてのう、
明朝がまたれず、
今宵のうちに、そなたに逢って相談もし、頼みごとも聞いて貰おうと、そう思って──」
と、まだ云いおわらぬうち、虎夜叉が、
「いや、お胸さわぎは不思議ではない」
まるで別人のように、重々しくいってから、
「来年の
正当忌御法要を、お繰りあげなさるなどは、もってのほかだ」
と、母の
双眸を、力づよい目の光で、やゝしばし静かに見入った。
「おゝ、その言葉、そなたのその言葉、聞きとうて参ったのじゃ」
「母上。お心安う──」
「あゝ、そう云うておくれか!」
「正儀が、あくまでお
諌めいたそう」
「それで、わたしも一
安堵じゃ」
「
母者びと!」
「正儀、頼んだぞや!」
すこし間をおいて、
「新屋敷にはまだ逢わぬけれど、逢ったとて、こうした場合、
邪魔にこそなれ役には立たず、
恩智の
左近老が達者でいたなら、よい分別もかしましょうが、それも
冥土の人になったし、恩智ばかりか、館のおために生き残った老臣たちは、揃いも揃って病死したゆえ、いまでは諌めてもらおうにも、その人がない。せめて
観心寺の
滝覚御坊が、今年までゝも長らえて
在したらのう」
「
愚痴をおっしゃること。
黴のはえたのや
苔むした石頭が、そろっていた日には、なおさら厄介じゃ、はゝはゝ」
低く笑うと、
「そなたはお笑いだけれど、館の戻られたお顔つきを──ほんに思いせまって決死の
面を──まだ見ぬによって笑ってもおられようが、それはそれは怖いような、なんともいえぬ
凄味じゃぞえ」
後室は、くすんだ色の
衣の襟を、手でおさえた。その指先が、ほとんど恐怖に近い感じのよみがえりのために、ぶるぶるとふるえた。
(はてな?)
虎夜叉は、心でつぶやいた。めざとくも、母の指さきの
戦慄をみとめたからである。だが、
(行ってみればわかる)
と、思われたから、
「とても世に長ろうべくものお歌もござるし、
御法事さえ繰りあぐるお心とあれば、お
面ざまなぞは、見ずともじゃ」
「──
先殿は、ついぞ一度も、あのようなお顔つきはお見せにならなかった。──」
後室の心の窓に、たちまち、
桜井駅の、夫
正成の容貌の大映しがあらわれた。
四
後室
久子の方は、
追憶の淵へ、ずるずるっと引込まれた。
(あの時は──)
──
延元は元年、五月二十一日の
昧爽の
川霧がまだ、ふかぶかと立ちこめて、
朝陽ののぼる時刻へは、かなり間があった。久子の方は、夜ひと夜、
輿をいそがせて、やっと
淀川を渡ったとき、さいわいにも
湊川への出陣の行軍にであうことが出来たのであった。
尊氏が、九州四国中国をこぞった海陸十万の大軍で、都へせめのぼると聞いて、久子は、驚いて在京の夫をおとずれるために、
水分から出てきたことが、神仏の
冥助か、正成の決死の
首途にまにあって、
今生一度の
訣別の言葉をかわしうる
際どい機会を、つくってくれたのだった。
──松林のなかで、
松明が、未だ明けぬ夜の闇をてらした。
男山も天王山も
宝寺の
塔も、真っ暗い
寂莫のなかで睡っていた。正成は、
鍬形の
兜に大鎧を着て、
牀几にかけていた。弟
正季と従弟の弥四郎
正種、それから和田
正遠、その三人だけが立っていた。
恩智左近、
神宮寺正師、
正房の父子、和田
正遠、
貴志左衛門、矢尾の別当
顕幸、子の正春、宇佐美正安、久子の方の実兄である
南江朝忠、その他の部将たちは、草の上に坐っていた。だが、兵はみんな立ったまゝだった。
楯の上に、
多聞丸正行と、久子の方が坐った。
──正行が「どうしても、
兵庫へお供かないませぬか?」といった。「ならぬ。還れ」と正成がいった。そして、「万事は
左近に託しておいた。左近を頼め。──昨夜いゝきかせた父が言葉、そちは覚えておるか?」「はい」「云うてみい」「はい。──大義は必らずしも我が
今生一生のうちに行われ得なくともよい。大義を行う
志そのものが千
載不朽なのである。父がこの志を抱いて討死せば、精神は子に、孫に、
曾孫に生き残り、さらに広く世の人の心にも生き残って、つねに大義の道を示すであろう。父の志はそこで
未来永劫に滅びないであろう。父は死所を得て死ぬのだ。死んで、わが一族を、そして永く後人を
鼓舞して、人臣の
嚮うべき方向を
指示しようと思うのだ。父が死んだ後、楠の一族は逆賊と戦って闘いぬくだろう。よしや我が一族が
全滅の悲運をみようとも、楠の精神は、きっと生生と
躍動をつゞけて決してほろびることなく、天下が、国家が、非常時に出あうたびごとに、心ある人々の胸に宿って、敢然たる
奮起をうながすだろう。と、おっしゃったと思いまする」……
(わが夫の、その時のお顔つきは、ほとんど平常と変りはなかった)
と、後室は、口のなかでつぶやいた。
「母上──」
と、虎夜叉が呼んで、
「桜井の駅の
御追想でござるか?」
「おゝ! そうじゃ、つい想い出にふけったぞや」
「それがしは、御免蒙って
夕餉をすませまする」
正儀は、
高坏へむきなおって、箸をとった。幾波は、手招きされて、入側から食膳のそばに戻った。そして飯をよそった。
その間に、後室はふたゝび目をつぶって、十二年まえの
幻像に追いついた。
──正成は、正行にむかって云った。「その通りじゃ。このたびの戦さばかりは、万死あって一生期しがたいのだ。わが
献策、
容れられずんば、
河内に退いて
後図をなせ。それが却って
大君への忠だ。という言葉にも無論、一理はあろう。しかし正成は、大義に殉ずることに一死を捧げて、
末代までも不滅な
生命に生きたいのだ。正季、弥四郎、和田以下七百人をも、わしと共に死なせて、またわしと共に生かしたいのだ。わかったか?」「はい」と正行が答えた。正成はなお諄々と
訓えて、最後に、「
水分に帰って、父の志を継げよ」といった。東が白み、世にも悲壮な情景は、やがて旭の光りをあびた。正行も、久子の方も、
橋本の渡しまでついて行って、そこで永久のわかれに切なる涙をながしたのであったが、正成の眼は
潤みもせず、まことに清らけく澄み
透っていたし、
面色も、桜井駅においてそうであったと同様に、
自若として動きを見せなかった。……
(あの顔色の
蒼さ!)
と、後室は、現在へ一とびに戻って、
(あの顔色のちがいだけ、わが子は父に劣っているのだろうか?)
と、考えた。
飯はすでに食べ終ったが、虎夜叉は、
瓶子に残った酒を、
幾波につがせて飲んでいた。
「──母者びと。好きな酒なら、こうして飲みながら──」
「おや、また酒か!」
「酒をのみつゝ母上と語るもよし」
「虎夜叉」
「それがし兄の殿なりせば、恩賜の
弁内侍、ありがたく頂戴におよぶ」
「あれ。そなたは──酔いが出たのかや」
「来年の
正当忌のいとなみが、おぼつかないほど不利、困難な戦さなら、なぜ
此方から
挑むぞ」
「これさ、ほんに酔うたのか?」
「いゝえ」
と、さかずきを
乾して、
「さあ、お供いたそう」
「え?」
「
水分へ」
「おゝ、そんなら今晩──」
「吉野の朝廷の
御安危にもかゝわる。明日を待たれませぬ」
虎夜叉は、座を立った。
「
梶丸──。馬をひかせよ」
「はあ」
玄々寮から
入側に戻っていた梶丸が、心得てさがった。
水分館
一
屋敷のうらの、おゝきな森を、
杜鵑が
啼いて渡った。
上弦の月のあかりが、初夏の
水分の夜を、ひときわ緑かぐわしいものにしていた。
幅はそう広くない
濠のそとを、濠に浴うて屋敷をぐるりとめぐる土手には、かなり遅咲きのつゝじが、
緋と、
紅と、白と、
茜むらさきの
色綾を、みごとに敷きのべているのであったが、満月へはまだ夜かずのある月光は、おしいかな
光力に乏しくて、ごくほのやかにその美観を照らしだすだけだった。けれども土手のそとべりに、杉や、松や、
樅の
常緑樹と枝をまじえている
銀杏、
橡、
椎、
欅というような木々の、さわやかな緑は、いかにももはや夏という感触を、目よりもすぐに鼻へ、または肌へ、じかに訴えさせていた。
濠の内がわの、
築地にかこまれた邸内では、あとから次ぎ次ぎと建て増されたことが、一目みてもわかるような
格好の棟々の窓や、
明り
障子などが、ともし灯のいろも、あかるあかる、
鄙びてはいるけれども、どことなく充実した
富裕さ、満ちあふれる
気魄、とでもいえそうな趣きをたゞよわせていた。
屋敷の、おもて門は、
萱ぶき屋根をのせて、ひどく古びていたが、柱は太かった。
間口も狭くなかった。
武骨な
筋鉄と、さびた
鋲のついた扉は、まだ閉まらずにいた。
門のすぐ内側に、二本の、何百年も樹の
齢を重ねたにちがいない楠の大木が、
蓁々と枝葉しげらせつゝ、いとも
蟠然と立っていた。
この楠の老木こそ、
由緒ふかい樹であった。
正成から五代前の祖は、名を
成綱とよばれた。成綱は、遠い先祖以来、伝え継いできた
金剛山麓七郷の地を領して、こゝ水分の
館にすんでいた。うまれつき、非常に楠が好きだった。で、館の大手先の
馬場をはじめ、
菩提寺の観心寺その他いたるところに、この樹を植えさせた。あまり
楠樹を愛すので、誰れいうとなく、
楠どの、楠どの。──やがて世人一般がそう呼ぶことになったから、自分の
橘の姓を、楠に改めてしまった。成綱は、どんな気持からこの樹を熱愛したかというと、自ら人にむかって、次ぎのように語った。
地上に生ずる木の種類は多いが、世の人が一ばん愛すのは、桜、梅、藤、などであろう。これは、春陽の気をうけて花をひらき、紅、白、紫と色をきそい、その芳香を四方に
薫じさせる。だから、折にふれ、あるいは景色を賞でて、詩や歌を詠ずるものは、大体これらの
花木を愛するのだ。けれども
詩歌、
題詠は、公家のもてあそぶところで、地方に
土着した武士の家のものでない。むろん詩歌文芸、あながちこれを捨てるわけではないけれど、
行って余力あればすなわち
文を学ぶのでなければならない。なおまた
柳を愛し、松を好む者も、すくなからずあるが、柳は、
嫋々たる風情ばかりで、まったく気力に欠けた点は、まるで
怯懦の人に似ている。それにくらべるなら、松ははるかに自分としても好もしい。十八公色は雪中に深く、
春秋を知らずして
露霜にも衰えない。しかしながら、その松さえも、楠には
較ぶべくもないと思う。なぜかなら、世に楠ほど
木情の
剛強なものはない。楠ほどの大木になり得る樹は、どう探そうとありうべくもない。一旦、亭々と
聳えたならば、その
毅さはまったく言葉で
形容が出来ないほどで、後にはほとんど
磐石となって、
不朽に伝わり、永世に至りおよぶのである。さながら天地と共に
長久を保つもの、これ楠でなくて何であろう。自分が最も楠を愛すわけは、これだ。
成綱の植えた楠のうちで、特にすばらしく大きくなったのは、この門内の二本だった。
門番の
小舎は、その楠の大木の根もとにあった。小舎の前に、さゝやかな
篝火がたかれていて、話ごえが聞えた。
多くの馬をいれることの出来る
厩舎が、低く、黒く、門内の広場の一方につゞいていた。その辺は、成綱の頃の馬場の跡だった。それほど屋敷は、正成の代になってひろがったのである。また広場の一方は、中門を設けた
中築地で、それが厩舎と
対き合っていた。そして正面には、館の玄関と、遠侍の入口が見え、玄関は暗かったけれども、遠侍の方からは、あかるく
灯影がもれていた。
広場は、人寄せの
法螺貝なり、鐘なりが一度なれば、たちどころに五百や千の兵を、楽に集め入れるだけの広さがあった。
「お帰りーいっ」
と、番人がさけんだ。
門から、この広場へ、二人舁きの
塗輿が入ってきたのである。
門番は、後室の
輿が帰ったものとばかり思ったが、違った。供の一人が、大きな声で、番小舎へ、
「これは吉野より、御当家楠の殿のおあとを追い参らせて、
弁内侍が見えて候う。お取次ぎ頼もう」
と、云った。
二
番小舎から一人、遠侍へ走って行った。
玄関に
灯が見え、人が見えた。
輿と供は、広場を玄関へすゝんだ。
供がしらの青侍が、
式台に近づいて、
「内侍は、いたづきに
臥せりし身を起して、はるけき山路を日ねもす
輿にゆられつゝ参った次第、あわれ痛痛しさを何とぞ館の殿へ、聞えあげ下されい」
そう云うと、式台に膝まずいている二人の
士は、顔を見合わせたが、
「しばらく、お待ちを願う」
一人が奥へ去った。
供頭の青侍は、ずいぶん待ったが、なかなか取次ぎの士が戻らぬので、心もとなさそうに
周囲を見まわしたり、
躰をゆすったりしていたが、やがて輿のわきへ行って
簾ごしに、なにか
囁いたりした。
式台に居残った士は、手を膝に、
肘を張って、
無表情な顔をよそおった。
輿の従者たちは、みんな不安な面持ちで、
供頭をとりまいた。そしてひそひそ話しあった。
かなり待ちくたびれたとき、遠侍の土間から、
下部が、供頭のためらしい
洗足の水だらいを運んできた。と、取次ぎの士が、玄関へ戻って、
「どうぞ、お上りー」
と、いった。
供頭は、輿わきの従者を、すこし待てというように手で制して、まず自分が洗足をすましてから、
主を輿からおろした。
濃い
群青の
羅物へ、朝顔の花を
白銀いろに抜き模様した
唐衣。下は、水色うすもの、
裳は、
白生絹に銀の波をおどらし、
被衣をぬぐと、うばたまの黒髪が、たわゝにゆれた。
弁内侍は、たおれそうであった。供がしらの
老本由有が、それをたすけて、みちびかれた。
失った恋にやせおとろえながらも、なお
諦めかねて、一
縷の望みをたどりつゝ、やっとこゝまでたどりついた内侍は、客殿のうちの一室に案内された。
「お目もじ、かのうであろうか?」
かぼそい声で、内侍がいうと、
由有は、
「お案じあそばすな」
と、なぐさめた。
だが、うれわしげな
溜息がもれた。
こがれわずらった
美姫の
面ざしは、ものにたとえようもないほどに
凄艶だった。案内した
士は、一種のまぶしさを感じて眼をふせた。そして不思議な肌ざむさをおぼえた。
(こうもあでやかな
上
を──殿は木か、石かのように──)
士が、心のなかで
歎ちながらさがると、内侍は、たよたよと体をまげて、支えるにさえ堪えがたそうに、上半身の重みをようやく手でさゝえながら、ふるび
煤けた
格天井を見るともなしに見上げた。燭の灯は、
天井の隅々へまでとゞくほど明るくなかった。内侍の心はますます暗くなりまさった。
(身うちにあるかぎりの力を、ふるいたゝせて、こゝまでは──こゝまでは来たものゝ──)
たとえて云うなら、わたるに舟のない、離れ小島に捨てられて、その荒ら磯に歎きつゝ、怒れる
濤のさかまき狂う
大海原でへだてられた陸地をば、たゞひたすらにあこがれる人のように、かぎりもなく悲惨な気持にさいなまれるのであった。
「のう
由有」
「は」
「そなたならば、いくたび繰り返そうと、聞いてたもるであろう?」
「はい」
由有は、日野家の
雑掌だった。
「もそっと、近う寄りゃ」
「承わりまする」
「かけまくもありがたき
思召しの、もれた折のうれしさが、おゝきかっただけ悲しさが
遣瀬ないぞや。あのお歌を、知った
刹那の切なさ、苦しさは、まのあたり我が玉の緒が絶えきれて、たちまち五体が逆さまに、
奈落の底へおちるような──」
「おゝ、内侍さま!」
「のう! 忝けない重ねての御諚さえ、かいなしとあれば、いかに辛かろうと諦めるよりないことながら、
拒まるれば拒まるゝほど、うたてや胸の
炎はもえさかる。思いきろうと、あせる気持は泪となっても、
妖しい光りをきらめかす想いの火は、消えるどころか、泪は油──油をそえた
炎の熱さ!」
「おゝ、御道理でござりまする!」
「
由有──。わらわは、その火に焼かれて焦げて、死ぬより
詮はないとおもうぞや。これほどに恋う楠の殿が、あだし
女子と
契らせらるゝを、どうまあ生きて見ておれようぞえ!」
「おことわり! もうもう
挺でも、お
身動ぎなされますな。この館から
金輪際、はなれぬというお覚悟で──」
由有は、はげました。しかし、動かぬ、離れとうないと云ったとて、追い出されたら何としょう? そう思うと内侍は、また今さらのように泣けて来た。
涙で、ともし灯が曇った。
檜扇をすてゝ、内侍は
唐衣の群青の袖に、白い顔を埋めた。
由有は、すかすように、
「お
嫂ぎみ北の方の仰せには、
水分館の御後室は、賢婦賢母のきこえあるお方ゆえ、内侍さまのお父上、
俊基朝臣と、楠家との昔の
誼みを
楯にして、まげても割りなくおすがりあそばさば、かならず
悪しくはなされますまい、との事でござりました」
そういったとき、廊に足音がした。由有は声を落して、
「正行の殿の、お
頑固も、あるいは御母堂のお
肝煎りで──」
と、あわたゞしく云いさしたまゝ、そばから離れた。そして
固唾をのんだ。
だが、由有の期待は、がらりはずれた。あらわれたのは、さっきの士より軽い
身柄の数人が、食物を盛った
器を、
高坏と、それから
曲物にのせて持ってきたのであった。
「お
空腹におわそう。なんの
風情とてもござりませぬが──」
高坏は、内侍の前に、そして曲物は
供頭の前にすえられた。
三
正行は、
狩衣も
烏帽子もぬぎ、小袖に、
掻巻をはおって、
脇息にもたれていた。
頬づえの手くびにも、指の先のふれている
顳
にも、
際だって痩せがみえた。蒼白な顔には、さびしげな陰影が、ともし灯のためにくまどられていた。
居室は、
附書院を思いきり大きくとり、入側へ一間半ほども、せり出させて、そのために出来た
凹所に、机と書架を置くようになっていた。畳が
高麗べりので敷きつめられたことゝ、床の
懸軸と
間の
扁額とが別のものであることゝを除ければ、この室のすべてがみな、亡父正成からの
伝承であった。だから、壁には
罅がいり、天井はいうまでもなく、板戸も、襖も、黒ずんでいたし、
側床の棚がいくぶんかは
歪み、先代の在世当時から、本箱の内に外に、本棚の上に下に、あるいは壁のわきに、つみ重ねられたまゝになって、虫干しや掃除されても元の位置はほとんど変えられずにいる、おびたゞしい書物が、かなり
黴臭い紙のにおいを、室一ぱいに──廊下にまでたゞよわせていた。
そこは、戸外からの見かけは、ちょっと
泉殿に似た構築だった。というのは、
水分川の水をあげた池に
臨んでいたし、背後には
築山を負っていたし、渡り廊下で母屋に通じてもいたからである。だが内部は、まったく
枯淡な造作で、
自然木とあまりちがわぬ木材と、壁ばかり、ともいえそうな
粗朴さだった。机と書棚以外には、調度らしい調度は一つも置いてなかった。
居間の奥には、寝室があった。居間は次ぎの間につづいていて、入側は
鉤の
手についていた。この建物のうちには、今、正行のほかに誰れもいないのであった。だから深い
寂莫をかすかにやぶるのはたゞ、正行自身の引く息、吐く息だけだった。
正行は、しばらくの間、おのが呼吸を聞いていたらしかったが、やがて頬づえを
除って、
拇指と人差指で左の
手頸をはさんだ。
自脈を、うかゞったのである。
脈は、思ったよりなお
速かった。
右手が、
額をおさえてみた。それから襟へ、ふところへ、
腋窩へ、指先がとゞいた。
一文字の、濃い眉が、ひそんだ。
(いつもの
微熱が、今夜は高い。──吉野から
並足の馬で、山路といっても、やゝ
険しいのは
水越峠ひとつ。それで疲れるとは!)
脇毛がべっとり、汗にぬれていた。
(
寝汗のみか、さめていても──)
厚い
掻巻をまとっているのだから、初夏とはいえ、相当な
温気に、汗ばむのもさして
訝しくもないのだが、病いが病いだけに、ひどく神経がたかぶる。
(少納言入道ほどの医師が、およその死期について
予測の、つかない筈はなかろう。それを言おうとしないのは──)
そう考え始めたとき、渡り廊下から聞えて来る足音が、
思案の糸を
他事に、もつれさせた。
石掬丸が、入側へあらわれた。
鹿路平での負傷は重かったが、もはやすっかり治っていた。しかし
顳
から頬へ三寸ほど、なまなましい
傷痕が残って、その時の奮闘を物語るのだった。
正行から先に、
「
掬丸──」
と、いった。石掬丸は、
閾ぎわに膝まずいて、
「
賓客が、待ちあぐんでおわすに、──成らせられい」
「いや」
「しかし、ともあれ──」
「
先刻、いうたではないか、わしは逢わぬと」
「それは承わりました。なれど──」
「
助氏に、まかせた筈じゃ」
「それが、
老巧な助氏どのも、持てあましましてな、殿に、
所詮一度は、お顔出しを願うほかない、と申しておられまする」
「わしが逢うては、なお悪い。断じて逢わん。助氏に、そう申せ」
「しからば、殿には、どうあっても──」
「くどい。そう申せ」
「は」
石掬丸は、廊へ去った。
正行も心のうちでは、
(助氏とて、困るだろう)
と、思ったが、ほかに
智慧もうかばなかった。──
和田助氏は、
湊川で陣没した
和泉守正遠の
季の弟で、その母は、正成の叔母だった。がんらい和田の家は、楠にとって第一の重臣というよりは、むしろ同族関係であった。つまり
家来筋ではないのである。ちょうど用件があったため、
和泉の
岸和田の屋敷から出かけて来て、滞在していたのだった。で、正行からいうと、亡父の
従弟ではあり、建武以来の
宿将や老臣たちが死に絶えた今日では、四十歳をいくつも越えていなくても、随一の
長老に相違なかった。ほかに神宮寺の正房が、千早の城にいたが、和田と神宮寺では、太郎兵衛
正房がいかに湊川の
生紀念でも、同列どころか、やはり主従関係の方に近かった。
(だが、困っても仕方がない)
正行は、どうにかして助氏が、厄介千万な押し掛け客を、どこか一間に寝かしつけるであろう、夜さえ明けたら、
有無をいわせず帰らすだろう、と、あくまで
邪慳に考えようとした。
すると、妙なことには、できるだけ
苛酷になろうと思えば思うほど、その努力が、あべこべの結果をうんでゆくのだった。
石掬丸が、最初に
内侍の見えたことを告げに来たときは、驚きはしたがまず腹がたった、二度目に来たときは、追払い方を助氏に
託させて、自分では自分のことだけを、すぐに考えることが出来た。ところが、今度はそうは行かなかった。
(
不治の病いとはいうものゝ、養生次第、
労咳の人でも、五十歳、六十歳まで生きられぬことはないと、円性医師が──)
と、おのが体のことを、考えようとしたが、頭のなかに、すでに内侍が入っていた。
(吉野から、後追って来たからには──)
四
手燭をもった侍童をさきに立てゝ、和田助氏が、
石掬丸と一緒に入って来た。
「館──。手をあげ申した」
「おむずかりか?」
「さよう。──
事面倒じゃ」
「なんと?」
「吉野川の
淵へ、身を投げる──」
「といわれるのか?」
「と、おっしゃいます」
「困ったの」
「まことにな」
「どう致す?」
「いかゞなされる?」
「なにか
和殿に
智慧は?」
「ござらん。こればかりはな」
「智慧までゝなくとも、
術はないか、術は?」
「あるほどならば、こゝへは参りませぬ」
「母上に、なんぞ
御分別はあるまいかの?」
困じ果てゝ、正行がそういうと、
「
生憎と、御後室はお
外出じゃ」
と、助氏が答えた。
「なに、
在さぬ?」
「おゝかた新屋敷でもござろうかと存じて、人を
遣りましたところ、お見えにならぬとのこと」
「ほう。では、
観心寺か」
「あるいは、
東条かも知れませぬ」
「東条? ではなかろう」
正行は、そうは云ったものゝ、ふとある
懸念がわいた。で、観心寺であってほしいと思った。
正当忌繰上げの話をしたから、それで行かれたとすれば、
格別のことはないけれど、もし寺でなくて東条の城だとすると──? 日ごろ、足を向けられたこともない東条へ、今夜──?
「御後室にも、よい
御分別のありようがない」
と、助氏が云った。
「なにか、
思案が──」
と、正行がつぶやいた、なにしろ内侍のことは、当面の急なのである。
「館──。みずからお逢いなされて、
御裁量とげらるるほかは、ござるまいな」
「いや。わしが逢っては、
悩乱をつのらすだけだ。
和殿から、しかと断りを言うて貰って、あとは成行きに
委そうぞ」
「なら、御自身、仰せられい」
「いや」
たちまち正行に、困ったという
面差しが消えて、決意が
眼にひらめいた。
「わしは
可厭じゃ」
五
和田助氏は、こゝでもまた手を焼いた、というよりも
俄かに、異様な不気味さを感じて、
表の館へ戻って行った。正行の決断の表情に
気圧されたことよりも、その顔のいろの、なんともいえぬ蒼白さに、怖れをおぼえたからであった。
ひとりになると、正行はふたゝび、
脇息に寄りかゝって、じっとり汗ばんだ
前額へ、
掌をおしあてた。ひゃっこい皮膚の
下面の肉には、依然、厭な熱ぼったさがあった。
脈膊の速いことは、じっとしていてもわかった。
(母上は、なんで東条へ?──)
吉野から帰って、開戦のことゝ
法要繰上げを母に告げた今日の今夜だ。来年の
正当忌をこの五月にいとなむということは、それに一言半句を加えずとも、たゞそれだけで、万事を説明している。
毅しくはあっても、さすがに女性、母は正行の生命の半年でも一年でも長からんことを
希っている。そうでなければ今宵、
虎夜叉のもとへ行くはずがない。たしかに母は──
(虎夜叉に、加勢をお頼みにちがいない)
そんな
具合に考えているうちに、いつの間にか、尼僧の
衣のような感じの後室の小袖が、頭のなかで、心の眼の先で、
色彩きらびやかな五衣と
唐衣とにおきかえられていた。そして後室の、さゝやかな切り髪──すでにやゝ霜をまじえ、光沢のうせてしまった頭髪は、内侍のさながら
蠱惑を
陽炎いたゝせるかと思われるような黒髪に変って、あやしくもかぐわしい肌のぬくもりの籠った
蘭奢の薫りが、
嗅覚によみがえった。
かぐわしい、ときめき! それは千本上の日野の館で──対屋の庭先で、はじめて内侍と言葉をかわした時に、おぼえずも正行がひきつけられた
薫りだった。
巫山の夢をはらむ
黛、なめらかな白肌。情けの泉を秘むる
双眸、
朱い唇。
人の世の
悦楽の、
象のような、その
姿態。
(ちえっ!)
おそいかゝる、それらの記憶を、正行は払いのけるためにもがいた。
だが、
末梢の感覚を、そうした記憶の方へ、と同時に、現に今わが邸内にある内侍の方へ、引きずってゆくものゝ力は、意外にもなんと強かったことだろう?
(えゝ
愚か!)
いぶかりつゝ自分を
憤る、声なき叫びをほとばしらせて、
茵を起ったのである。
掻巻の裾を、畳にひきながら、正行は、室のなかをあちこちと歩いた。やがて、歩いている間に、その
漠然とした
視野のうちへ、ふいっと入ってきたのは、
天理人欲交戦機
という七文字であった。
眸は、鉄片が
磁石にひかれるように、床の壁にかゝった
掛軸の上に吸いよせられた。亡父正成の
荘重にして
雄渾な
筆蹟だった。天理人欲交戦機の七宇は、「
朱子語類鈔鐸」の中の文字であった。
「おゝ、
人欲、人欲!」
おもわずも叫んで、正行は眼をとじ、
「
是はこれ
天理、
非はこれ
人欲。是は
即ち守って失うことなかれ。非は即ち去って
留むることなかれ」
「朱子語類」の一節を、口ずさんだのである。そして静かに
茵へ戻って、
脇息にもたれた。
四つの首
一
(どうにか、始末をつけたのだろう)
何ともいって来ないから、たぶん助氏がほどよくあしらったものと、正行は思った。
(早く睡って、疲労を
癒そう」
明日は一族、
宗徒の家臣が、こぞって集まる。きっと虎夜叉が──素直には出まい。彼れのことだ、
大風呂敷をひろげて悠々と論じるかも知れぬし、あるいは
無手勝流に、
面もふらず
端的に、まっしぐらに迫ってくるか、とにかく、ちょっと
端倪ができん。が、手こずらすことだけは明らかだ。多ぜいの中には、煙にまかれるものもあろうし、感心させられるものもあろう。だから自分は骨が折れる。早く睡りについて、明日にそなえよう。母上とても、明日は厄介な
母者びとかもしれぬ。
──と、そう思いつゝ、寝室の
臥褥のなかで、睡りをいそいだ。
けれども、目は冴えきっていた。
(内侍は、ほんとうに死ぬかしら?)
吉野で、
准后館で、女人のひとりや二人、たとい悲恋に死なすとも、それにこだわるような自分ではないといったようにおぼえている。しかも、内侍の家とは
姻戚の四条大納言の前で、そういったのだ。だが──
(死ぬかも知れん)
吉野川の淵へ、身を沈めるかもしれぬ。
俊基朝臣の
遺した姫が、あわれはかなく──
「誰れか?」
と、正行はつぶやいた。廊下に幾人かの足音がしたのである。
襖の外で、
「
館──」
助氏の声であった。
正行は、枕から頭を、やゝもたげて、
「また参ったのか」
「東条より、
虎夜叉どのが参じられた」
「おゝ、
正儀が」
「只今これへ。御後室にもともども」
その時、虎夜叉の声がきこえた。
「兄のとの。正儀に申し条がござる。
臥所を出でさしめ」
二
虎夜叉は、暗い入側の
遣戸を、二三枚、繰りあけた。
濡縁ごしに、庭から月明りがさした。池のおもては、さやかに光り、青葉から
微風が、さわさわと渡ってきた。
助氏が、ついてきた侍童に、
「ともし
灯。」
と、いった。
手燭の火が、
燭台に移された。
助氏は、自分で次の間から
円座をはこんで、居間の正行の
茵と向き合った場所に、後室のために座をもうけた。だが、後室はまだ姿をみせなかった。それに、おかしいのは、助氏が円座を二つ持ってきたことだった。虎夜叉はそれを敷かずに坐った。助氏は、敷けとも云わなかった。そして自分は、虎夜叉の後ろ
側に坐ったのである。侍童が、次の間へさがった。
寝室から、正行が現われた。
白綸子の寝間着のうえに、
掻巻をまとっていた。
居間の
茵にすわると、咳が出てきた。正行はうつむいて、やゝ
少時、苦しそうにそれを続けた。虎夜叉が、一礼して、
「お
咳が──いけませぬの」
案じ顔をあげて、そういったけれども、兄は答えなかった。
「それがしが
許へ、母者びとが見えられて──」
と、あとを云わずに、じいっと見まもると、正行はやはり無言のまゝながめ返した。
その沈黙がなお
継続しているうちに、静やかな、女らしい足音が、近づいて、後室
久子の方が居間へ入ってきた時、
(あっ!)
ぎくりとなった正行であった。母の背後から、よろよろと、内侍がよろめきつゝ現われようとは、まるで思いがけなかったからである。
群青に銀朝顔の
唐衣のそでが、ゆらいで、まろぶがように、恋人の膝へ、
「正行の──との!」
人目も、羞耻もなんのその、わが身をわすれて、
「もし!」
と、ひたすがりに、
「
無慈悲、無慈悲! お
恨めしゅうございまする!」
言葉のすえが泣く
音にとけ、れんれんと泪は
白絖のように頬をつたって、思わずも
掻い抱くにも似た形になった正行の手へ、ながれ落ちた。
後室が、おもむろに坐って、
「お
怨みは、ことわりじゃ、お道理じゃ。
委細は内侍さまより、お物語りがあった。のう館、
木目の
堅いは楠木の
本性とはいえ、勿体ない
御諚までも頂きながら──おん身のように酷いのは人の情けにもとる。みずからも種蒔いておいて、刈りとらぬとは、そりゃお
卑怯じゃ」
と、とがめるようにいうと、
「たれが種蒔いた。母上」
正行は、青ざめた
顔で、
「なにを
酷いとおっしゃる?」
「まあ、たれがとは──おん身ともおぼえぬお言葉じゃぞえ。──みずから内侍さまに想いをかけ──」
「いや」
と、さえぎって、
「
恋慕など、いたした
覚えはござらぬぞ」
きっぱり云った正行は、その
語気とはそぐわぬようにふるえる手で、内侍を膝からおしへだてゝ、
「やよ内侍どの。申すべきことは、すでに吉野において、申し尽した。今、繰返したとて、
詮はなし」
まともに深く、
眸を見入って、
「
畏怖をも
顧みずに御諚をさえも、いなみ奉った正行でござる。いかに──いかに
怨ち、
歎かるゝとも、なんでこの心、ひるがえしましょうぞ。縁なきは、
宿世のさだめごとゝ、お
諦め下されい」
「諦めらるゝほどならば、慕うてこゝまで、
此方まで、参りはいたしませぬ。のう
左衛門督の殿──おこゝろ動かずば──」
「内侍どの!」
「わらわは命すてまする!」
「────」
「死にまする!」
「死なばとて、わが心は不動、鉄石──
何条ゆるごう。ひとたび
干戈、北に向えば、いくばくも
存生せぬ正行でござる」
「戦場にむかうとき、生きて還るをのぞまぬは、武将の
恒とやら承わりまする。討死あそばすお覚悟と、わらわが願いをかなえてたまわることゝは、ならび立たぬでございましょうか? 殿」
正行が、目をそらしたので、内侍はすゝりあげた。
そのとき、虎夜叉が、
「ならび立たぬ
事柄ではござらぬ」
と、言葉をはさんだ。
三
「兄上──。決死は
兵家、武臣にとっては、
格別のことでもござるまい。戦場の死ということにかゝずらっては、乱世の武士に
婚姻はできぬはずじゃ。つま
娶らばとて、心がら次第、あえて死に後れようとも存ぜぬに、
御思案がせますぎる」
そう虎夜叉がいうと、後室も、
「正儀の申すことに、のう館、いまの言葉に、
誤りはないと思いますぞや」
と、口をそえて、
「朝敵征伐のいくさとても、
首将の
生死を、たゞ一戦に
賭けるような、存亡一
期のたいせつな日は、そうそう急にはまいりますまい。かりそめな、名もない戦さとは事ちがい、湊川の
弔合戦とあらば、天下の人目をみはらせましょうに、十二分の支度がのうてはかないませぬぞえ。
仮の
契りを、いかで結ばんと、館は
詠まれたけれど、その支度の
暇にも重ねうる
契りが、なんで仮の契りであろう。わたしは早う
初孫の顔みたい」
「兄の殿──。母者びとは初孫を、早く見たいとおっしゃる。──忠とともに孝、孝とともに情知る人となられませ」
「虎夜叉、おぬしの申し条とは、それか?」
「いやいや。今宵の
推参──余の儀にあらず」
と、正儀は、膝をすゝめて、
「父上の十三回忌
御法要を、来月の御命日にいとなまるゝ趣き、まことに心得がたい」
長兄の視線を、がっちりと受けとめ、
「開戦の
勅許ありたればとて、速戦して決をあせるは、
拙の拙なるもの、敵を知らず、
己を知らざること、甚だしいと考えまする。よって、
正当忌お繰上げは、たしかに無用の儀と存ずるゆえ、断じてお
諌めつかまつる」
正行の、やゝ
険しくなった眼に、
陰欝な
暈がかゝった。
しずんだ
声音で、
「
己を知ればこそ、
速戦の決をいそぐのだ」
青白い腕が、
白綸子の胸でくまれた。
虎夜叉が、
「いそぐべき
理由、あらば承わろう」
と、いった。そして答えを待った。
しかし、兄がだまっているので、
「承わろう」
と、くり返した。
だが、沈黙は破れなかった。正行は、どこまでも自分の病いを、秘めたいと思った。
「仰せられい」
「────」
「兄者──」
「────」
「では、虎夜叉が言葉お聞きあれ。──敵を知らずと申したは、待たば京都で、人の和が、
破綻せんこと必定なるがゆえでござる。
尊氏は、先帝
後醍醐の院が、
鳳輦に召して
亀山の
離宮に入らせたまうと夢みたと、
夢窓禅師から告げられて、おのれもまた、先帝が
金竜に
駕したまいつゝ、嵐山の
川畔を、
逍遙しおわしますのを夢にみた。それ以来、心はすくみ、気は
萎えばんで、もはや昔の
覇気は、いずこへやら、消えて失せたにもかゝわらず、
師直と
師泰兄弟を、たよりもし
庇いもする心だけは、あいも変わらずじゃ。されば、師直らが
傍若無人は、ますますつのるばかり。それを憎しとおもう上杉、畠山の
輩は、尊氏への
面当もあれば、また各

の
打算からでもござろうが、
直義と
直冬をかつぎあげておりまする。対立は、まさに五分と五分。いずれへか、なにか一つ
拍車がかゝらば、たちまち乱れる。攻める。
防ぐ」
「虎夜叉──。それしきの事、おぬしから聞かずともじゃ」
「いやいや。それがしでなくば、
確的には申せぬことでござるぞ」
「癖が出た」
「いや。この虎夜叉なればこそ、言いうることじゃ」
「
高言をはくな!」
「きわめて
内輪に、申しておる。足利幕府の内情に関するかぎり、それがしのいうことは、信じられてよい理由、
確乎たる
根拠をもっておりまするぞ。兄者、己を知らずとも申したが、これはそれがしでなくとも、いや誰れでも
容易く言いうることでござろう。即ち、
征西宮を奉ずる五
条勘解由次官と、
筑後の菊池どのゝ
画策、みのらんとして、いまだみのらず──」
「やめい」
「申す。東も、
霊山の準備最中──」
「えゝ親房卿から聞き
飽かされた」
「すくなくも、
大和川、
淀川の川尻から、
兵庫までを、まもるに足る船の数が、そろう日を──」
「待てぬ。待てぬ」
「待つべきでござる」
「正儀っ!」
「
戟をひそめ、馬を休めて、お美しき内侍へ、お心くつろげて──」
「えゝ何を! おのが好みを引きのべて、
不埒なこと申すな」
「不埒とは、心得ず」
虎夜叉が、
微笑したので、
「うすら笑ったな!」
と、正行は、眼に
険しさを加えた。
だが虎夜叉は、ほゝえみを
納めずに、
「これこそ、よくない癖でござる」
「
愚弄するかっ」
正行は、
茵を立った。そして、後室へ、
「母上──。
気色がすぐれませぬ。
御免あれ、内侍どのにも、許されい」
と、
会釈して、寝室へ戻るつもりで、足をはこびかけた時、はっとして、おもわず立ちどまった。
胸の
深部に、なにかしら異状を──
無気味な圧迫に似たものを、感じたのであった。
四
(はて?)
正行が、手を胸にあてたとき、
「わっ!」
と、内侍はこらえかねて、泣きくずれた。
和田助氏が、
「館──」
掌ろをあげて、呼びとめた。そして、
「
乙殿のお口には、
棘もあろう。しかし七
情、
錯落として、ふれざるところなしでござるぞ」
と、いった。
「兄上──」
虎夜叉も、呼んだ。
「
茵へ、もどらせられい」
だが、正行は、後ろを見せたまゝで、
「正儀! 床にかゝった文字を、改めて読め」
「
朱子の
鉄縛りから、
遁れしめよ」
「朱子は、
人倫道義の
鉄則。一歩たりとも、わしは、ふみ
超えようとは思わぬ」
「しかれども
小路に、
箇の物事ありて
引著せられ、知らず、おぼえず、走って小路に従い去り──」
と、虎夜叉は『
語類』から引用したが、たちまちそれに
絡めて、
「
大路を行くべきを、兄上は、お忘れになったことがある」
「なに?」
正行は、ぐるりふり向き直った。
「わしが
何時、どこで?」
「
鹿路ガ
原で──」
「おゝ!」
「大君のおんために、
足利を討つべき、その重責にある身を思わず、
竜在峠こえて
将監を追われた」
「む!」
「吉野朝武臣の旗がしらが、
矢板某の刃に、もし斃れなば、それこそ不忠不臣、あわれ不孝、
不肖」
「あゝ、それ云うな! 正行の
不覚じゃ」
「よしんば剣に、
入神の
技あればとて、名将かならずしも、
否むしろ
剣戟の雄であってはならない。
鼠賊を追わすには人があろう。自ら危きを
冒すは、大きな
誤り──。その誤りに兄上を走らせたは、何か?」
「む!」
「すなわち、弁内侍への、つよき恋ごころ」
「────」
「さ、
恋慕のおぼえ、なしなどと、兄者はなぜにお
匿しあるか? なぜ
没義道に、内侍どのゝお情けを
拒まるゝか?」
そう畳みかけられては、正行も
窮した。返辞に困ったのである。
「いざ、その訳は?」
「────」
癒しがたい病いとは、母にも弟にも告げたくなかった。──それと知ったなら、虎夜叉は、出陣などは
烏滸の沙汰だ、
寝衾かぶって
臥褥から、一歩も出るな、というかも知れぬ。そう言いはられては、いよいよ面倒だ。しかし告げなくては、理詰めの頭に、
納得はさせ得まい。が、告げたらたちまち、知れわたる。
郎党、
卒伍、百姓のすべてが知らば、士気、民心にもかゝわるだろう。
(明かすべきではない)
正行は、そう考えたので、
「弟。──わしは
体熱がたかぶって来た。
風邪を、こじらしたらしい。
頭も痛むし、いやな
寒気がする」
と、いった。
虎夜叉が、じいっと見て、
「お顔色が、わるいと思った」
と、眉をひそめた。
正行は
「話は、
明日だ」
そう、いゝすてゝ、寝室へ入って行った。
その後ろ姿を、ながめる虎夜叉の、頭のなかを、ふと
凶々しいものがかすめた。
まだ
欷り泣きをつゞけていた内侍へ、
後室が、
「明朝のことに──」
と、さゝやいた。
五
後室は、
内侍をいたわりながら、廊をわたって行った。
虎夜叉は、廊の中途で、助氏に、
「一言、いゝ忘れたことがある」
そういって、足をとめた。そして
侍童に、
「
手燭を」
と、手を出した。
「
館に?」
助氏が訊くと、うなずいて、
灯を受取った。
「では、お先に」
助氏と侍童は、虎夜叉をのこして
母屋へ去った。
だが、しばらく虎夜叉は動かなかった。
(なぜ、
宿直を遠ざけておられるのだろう?
悪寒をおぼえて、
頭が痛むくらい熱が、おありなのに?)
──もともと次郎兄や自分とは、体の出来が、違っていた。それを
烈しすぎる鍛錬。──
蒲柳の
質が、気魄と鍛錬のおかげで、あれまでになられた、とも思えたが、やはり──正成の
嫡男という気持ちにとらわれたがための、過激な錬磨が、ついに──そうだ、体をこわしかけたのだ。しかし、どの程度に?
そう考えたとき、またも、さっきの
凶々しさが、心に戻った。胸騒ぎがしてきた。
(
咳。いやな咳!)
──あるいは?
虎夜叉の
鼓動は、たかまった。
(
不吉な
予感でなければよいが!)
そろそろと廊下を、離れ屋に近づいて、入側から、居間の
明り
障子のそばまで、静かに歩いて行ったとき、
(──?)
刹那に、(あっ!)と、感じた。
叫びとも、
呻きとも、
唸り声とも
太息とも判断のつかぬひと声が、寝室からもれたのである。虎夜叉は、はげしい
切迫をおぼえて、
「兄上っ!」
と、呼びながら、
襖へ走った。だが、
答えはなくて、疑いもない
呻きごえが聞えたので、引く手もあわたゞしく、入口の襖をあけて、寝所へ片足いれかけたが、その瞬間に、ぐさりと、
刃物で刺されたかのように、内部の光景にうたれたのであった。
「あゝっ!」
血、血、
鮮血!
おぼろな
紙行燈の灯かげでも、みまごうべくもない
鮮紅の血が、
白綸子の
寝間衣の、襟から袖をべっとり染めて──正行は、仰向けに
臥褥と畳に、半がかりに倒れていた。喰いしばった口からは、どす黒いねばった
後血が、はみ出て、頬へも、
顎へも、
臥褥の上へもたれていた。
「
兄者つ!」
かけよって、のぞき込むと、まるで死人のような
顔の、眼だけがまず動いて、それから血みどろな口が動いた。
「騒ぐな」
「おゝ!」
「おぬしだけか?」
「はい。誰れも──」
「
労咳の
咯血じゃ」
「労咳!」
虎夜叉は、
嗟歎したが、すぐ、
「お苦しくは?」
「ない。──紙」
「あ、お静かに」
懐紙で、虎夜叉は、兄の口の
端をぬぐった。紙の上へ、正行が、黒赤い
血痰を、ぺっと両三度はいた。
「もうよい。
楽になった」
「いや、仰向けのまゝ、じっとお身体を、兄者、動いてはお悪かろう」
かつておぼえない感情が、心一ぱいにぐるぐると
旋回して、もの事に
狼狽えることのない虎夜叉も、異常な亢奮へ
没入せずにはいられなかった。常には油をたたえたような
深潭も、
暴風雨にあえば波立ちもする。ふたゝび紙で、
唇のあたりをふいてやる正儀の指の先が、かすかにふるえた。やゝかすれた声で、
「労咳の咯血は、
肺の
臓腑の、
血管の破れからと聞きまする。二度目の咯血が来なければよいが!」
と、いうと、正行は
仰臥のまゝで、
「当分は来ないだろう。円性先生がそう云われた」
「おゝ、吉野の
典薬頭が──?」
「ひそかに
診てもらった。一回や二回の
咯血では、死なぬという。わしは、病いでは
斃れん。戦って死ぬのだ」
「兄者!」
「虎夜叉!」
「戦われよ!」
「む!」
「己れを知って戦いをいそぐお心──」
目がしらが熱くなるのを感じつゝ、
「お察し申すぞ!」
と、虎夜叉が云った。そして自分の手を、兄の手へ重ねて、おもわずしっかりと握りしめるのだった。
「わかったか?」
「すべて!」
内侍をこばんだのも、病いを
亢進させたくないからであったか、と思うと、虎夜叉は悲壮を感じた。正成の長男として、
桜井駅の
受訓者として、たといどうあろうと、病いの
臥褥では死ねない兄なのである。そう考えた時、一度も経験したことのない熱涙が、あふれ落ちた。そして戦いをいそぐことを
非とする理窟が、兄への
深酷な同情のまえに、低く頭をたれた。
「うがいの水をくれ」
ひどい
貧血にもかゝわらず、精神はれつれつと、さかんなる意気で、ふるい起つのを感じている正行であった。
咯血の量は、おびたゞしかった。だが来るべきところへ来たという、一種の落ちつきが、
不惜身命のひたむきな心を、朝敵と戦うことに
専らならしめたのであった。
虎夜叉が、次ぎの間へ、うがいの
器をとりに立った時、正行は
眼をつぶった。
と、閉じられた目のさきに、現われたのは四つの首であった。
並んだその四つの首は、
尊氏の首と、
直義の首と、それから
師直のそれと、もう一つは、
正行自身の首であった。
咎の徴軽からず
一
「暑い、暑い」
直冬は、びっしょりぬれた
狩衣をぬいで、
敷妙から、手拭いを受取って、流れる汗をふいた。
「
直垂になされますか?」
扇で、風をおくりながら、敷妙が云った。
「うむ。だが少し涼まぬことにはな」
「ほんに、どういたした暑さなのでございましょう」
「
戸外は、やけるようじゃ。路に、犬が
斃れていた。人死にもありそうな日照りだ」
「
日蔭にいてさへ、息がつまりそうでございまする」
「生れて初めてじゃ」
肌着の胸をはだけて、直冬は、どっかり坐って、
「湊川の戦さの日も、
無上に暑かったというが、わしはあの頃、
武蔵の
東勝寺におったので、それに
小児ごころ、一向おぼえてはいないが、こんな日だったかも知れぬて」
「わたくしにも
憶えはございませぬけれど、関東と
上方では、暑さが異っておったのかも知れませぬ」
敷妙がそういった時、直冬が、
「一向
肖ておらんぞ」
と、唐突に云ったので、
「──?」
敷妙は、眼で訊き返すと、
「叔父上にも、北の方にも──」
「まあ、さようでございまするか!」
さも、ぎょっとしたらしく、
仰山に云った愛妾へ、
「うまれたお子が、男と聞いた時──深くは気にかくべきことではないと、思いながらも、やはりひやりと心が
寒気立ったが、親に
肖ぬ子の顔を、いま見てまいった。──どうにも厭な
気鬱がとれぬ」
「お道理でございます。せめて、
姫さまが、おうまれあそばせば、あのことも──お笑い話にもなったでございましょうに!」
「そうじゃよ。──まったく、
訝しなことになってしまった。ないものと思っていたお子が
儲かり、お
夫妻とも四十歳を
超されての
初子が、男子とあれば、こんなめでたい儀はない筈じゃ、それを喜べぬというのは、のう。叔父上は、来て見ようともなさらぬ」
「あら! ではあの、
左武衛さまは、若君をまだ、御覧あそばさぬのでございまするか?」
「そりゃ、御無理ないぞ、
大塔宮の御外戚、峰の僧正の生れ変わりというお子ではな」
直冬は、重苦しい
憂欝へ、沈んで行った。その横顔を、敷妙が、じいっと眺めた。
きのう──六月八日の
午刻に、足利副将軍
直義の北の方が、男の児を無事に産みおとした。産室は、二条京極の
吉良邸──北の方の実家にあった。伏見院からはその日、院使を賜わって、
御剣をくだされた。副将軍の
初児というのだから、源氏の一門、
譜代外様の諸大名は、いずれも黙ってはいられない。高師直をいたゞく、反直義党の人々までが、あるいは太刀、鎧、あるいは金銀、
綾羅の類を、祝儀に運んだ。で、吉良邸は、ごったかえした。直冬もいま、お祝いに行ってきたのだった。
「でも、それでは北の方さまが──」
敷妙は、うつくしい顔を、暑さのために
上気させて、なめらかな肌に汗をたらたら流しながらも、扇の手をやすめずに、直冬をあおぎつゞけていた。
「お
可哀そうではございませぬか?」
「だが叔父上は、六本杉の
怪異には、お気をくさらせきってござる。昨夜お訪ねした折なぞ、ほとんど
恐怖におびえておられたと云ってよいくらいだ。世の中には恐ろしいこともあるものだと、そうおっしゃった時の、お顔つきといったら、こちらが怖いようであったぞ」
「まあ!」
敷妙は、あおぐ手をとめて、無気味そうにつぶやいた。
「お眼のいろが、なんとなく、
狂おしいように光ったのだ」
「あれもう! わたくしは恐ろしゅうございまする」
と、敷妙は、身をふるわせるのであった。
ちょうどその時、
使番が、入側にひざまずいた。
「は、只今、副将軍館より、
火急、お出ましあられたしと、おん申越しでござりまするが、いかゞ
御返辞?」
直冬は、やゝ不安げに、
「火急と申したな?」
「はい」
「さっそく参上と答えよ」
二
副将軍直義の、三条坊門館では、六
間の客殿の三方を開けはらって、上座には、直義。
脇座には、上杉、畠山。下座には、
粟飯原下総、
斎藤五郎左衛門入道などというごく
腹心の小名連が坐っていた。なにしろ気違いじみた暑さなので、
密閉した室で相談することは、どうにも我慢が出来そうもなかった。だが、非常な機密に関する
評議であったから、むしろ客殿の広間ならば、最も凌ぎよいと同時に、秘密のもれる怖れも却ってあるまいと思われた。そこで
密議が、館じゅうで一番
広濶な場所で、行われたのだった。むろん、要所要所には、見張りが立っていて、人を近づけなかったから、密議といっても、普通とあまり違わない
音声で話すことが出来た。
酷烈な暑気のために、神経がひどく
鈍ったせいも、いくぶん手伝ったのかも知れぬが、ほとんど
異議なしで話が、とんとん運んだ。いわば評議の
体裁をなさなかったのである。まるで、すでに定った事柄について、ほんの一通り語りあったようなものだった。密議の
題目について話し合った言葉の数よりも、きょうの暑さに関して驚いたり、
呪ったり、
歎じたりした言葉の方が多かった。それほど暑くもあったが、とにかく一座の気持は、まことによく一致していた。
直冬の見えた時は、だから、はやくも評議がまとまって、皆が、衣服を汗で濡れしおたらせながらも、そして苦しげにあえぎながらも、一大事をいよいよ決行するという意気で、互いに
鼓舞しあっていた。
副将軍が、
「ほかでもないが──」
と、いった。直冬は、一座の顔ぶれから、すぐ
悟って、
「
高どのが、どうかされましたか?」
と、訊くと、
「明日、こゝへ、
師直が来る」
「ほう、めずらしいことで」
「ついぞないことだ」
「楠への
対策に関してゞござろうかな?」
「そうじゃ」
「お招きなされたのか?」
「いや。先方から」
と、副将軍が云った。
直冬は、さすが師直は
豪物だ、と思った。いかに平素は横暴でも、いざという場合には、
為べきことはする。先月二十五日に、
河内の
観心寺で、楠正成の十三回忌が、来年の
正当をくりあげて
営まれた。これは誰れが見ても楠一族が、異常な覚悟で、戦いを準備している
証拠だった。楠が
単独で事をあげる筈はないから、
河泉の兵が起つときは、諸国の吉野方が並び動くものと、考えなくてはならない。とすれば、
幕府にとってもまさしく非常時だ。
高が、副将軍の意見を訊きに、自分で出掛けて来るというのは、理窟からは当然でも、
内輪もめが昂じて、いつ、どんなことのないとも限らぬ昨今の情態では、師直ほどの
剛胆さがなければ、出来ない。そう直冬は、感じたのであった。
「絶好の機会じゃということに、今──」
「叔父上、なにがでござります?」
「まあ、聞け。今、相談が決ったところだ。五郎左入道も
粟飯原も、腕力では人に負けない。両人を合わせたら何十人力じゃ。この両人を組み手にして、左右から師直の
双手の自由を、うばうのを合図に、
完戸安芸が、抜く手もみせずに
真っ
向を浴びせる。若党、
中間どもは、遠侍か
大庭かにおる。中門の
唐垣うちへついて来るのは四五人ゆえ、押し
隔って斬りふせる」
「ひょんなこと。思いも寄らぬ」
と、直冬が手をふった。
「なに? おぬしは
不賛か?」
「申すまでもなし」
「それは
訝しい」
副将軍は、汗をぬぐいつゝ、
眉根を寄せた。
「
訝しいのは叔父上、あなたの御心裡じゃ」
「
異なことを云うぞ、幕府の
癌腫は、あの師直だと、申したのは誰れだ?」
「この直冬でござる。
療治の致しようがないから、癌腫だと申した」
わきから、上杉
重能が、
「
竹若どの」
と、直冬を呼んで、
「その癌腫を、
下御所が御療治なさろうとおっしゃるのだ」
そういうと、直冬は、
「
以っての
外。荒療治は、
腫物を悪くつのらすのみでござろう」
と、答えて、
「叔父上の、
御分別とも存ぜず」
むき直られて、
「荒療治ほか
術なかろう。わしとしては、母の生家、上杉が、師直のために滅びるのを、とても
傍観は出来ぬからな」
副将軍が、そういった時、畠山
直宗が口をいれた。
「直冬の殿は、
寵妾をねらわれておると、申しますぞ」
それには返辞をせずに、
「高一族の全勢力を、一挙にくつがえすことが可能なら、なにも
癌腫などとは申しませぬ。たとい、師直殿を
屠ったとて、一万の兵をもつ
師泰、
師冬、
師秋がのこっては、どうなると
思召す? 師直、亡くば、形勢が変わると仰せあるかも知れませぬが、勢いをつくるものは人であっても、また同時に、人をつくるものは勢いでござります。かならずや師直殿に代って高一族の力を、指揮する人が出て、
下御所と上杉殿を打倒すべく闘いましょう。さあ、その場合の
御成算があるか?」
暑そうに、ほっと
一息いれてから、
「
若年のそれがし、
口幅ひろすぎるようにはござれど、高一族は、
済々多士じゃ。上杉畠山
両殿の武力を、けっしてあなどろうといたす
竹若ではござらぬが、将の数、兵の量において、及びがたいは論ないこと。のみならず、南方が
微々として
屏息するときならば、ともかくも、十二年の間、ねりに錬った精鋭をひっさげて、強敵、楠はこの
秋、決然と戦いをいどんでくることは明らかだ。そうした際に、われわれが
墻に

ぎ合うことは、何を意味するか?」
直冬は、ぐるりと一座を見まわした眼を、叔父の顔でとめて、
「それがしごときに、教えらるゝような叔父上では
在さぬはずながら、昨日の、御出産以来、ちとお心が、みだれたかに、お見あげ申す」
「黙れっ」
と、副将軍は、思わず叫んだ。
日ごろは、この
甥に対しては、
丁寧すぎるぐらいの叔父だったが、まさしく甥がいゝあてたとおり、昨日から心の
平衡が、俄然、失われたのである。
六本杉の怪異は、峰の僧正
春雅が男子となって北の方の腹から産れ出たことを、予言した。副将軍直義も昨日までは、男か女か、わかるものかと、ある程度までは
多寡をくゝっていたのであったが、
午刻に男の子が
分娩されて、しかも自分にすこしも
肖ていない、と聞いた刹那のおどろきは、あぶなく
昏倒しそうだった。一夜で
懐胎らせた、去年の九月一日のことを、怪異が知っていたことも、断じて偶然の一致や、いゝ加減な
暗合ではなかったと、そう思うと、体じゅうが
粟立った。そして、もう一つ悪いことには、先月の十七日の宵に、馬が一疋、この邸へ表門から走り入って、
吐血して斃れたのを、
卜筮わせたところが、大変な
凶とあったことが、今や新らしい恐怖となって、大塔宮の
御怨霊にむすびつけられた。
決して人一倍の迷信家というわけでもなかったが、
護良の
親王をあやめまいらせたという心の
苛責は、直義に、いとも困難な
女犯戒を誓わせもしたし、八万四千基の
利生の石塔をもつくらせた。
だから、昨日から今日にかけての
稀有な暑さまでが、一つの
凶兆であるかのように思われて、気が
顛倒していたのだ。
「直冬っ、おぬしは恩知らずだ」
「御恩をおもえばこそ、お
諌めいたす」
「なにおっ!」
眼が、凄くきらめいた。
直冬は、
(これは困ったことに──)
そう、感じながら、
「お軽はずみは、あくまでお
抑え申すぞ」
と、いった。その時、
「竹若どのっ!」と、上杉が叫んだ。
三
征夷大将軍、源氏の長者、正二位
大納言という、武臣としては極位にのぼっている
尊氏は、気にいりの侍童、
饗庭命鶴丸に、書物を読ませていた。
そこは、
土御門東洞院御所とよばれる、将軍の居館の一間だった。
読ませているのは、つい近ごろ、世の中に
流布されたばかりの、「
太平記巻二十一」であった。
著者はたゞ、小島法師とばかりで、
何処の、誰れか解らなかったが、数年前から、こつねんと出現して、読書人の驚異と讃嘆の
坩堝をたぎらせた。そして巻を重ねるにつれて、だんだん広く世にもてはやされた。
吉野朝の側に立って書かれてはいたが、持明院統へも、足利へも、ことさらな反感は含まれていなかった。事実にはあまたの誤りはあっても、その流麗な文章が、読むものを
魅惑したのだった。
日盛りの殺人的な暑熱が、雷も鳴らず、
夕立も来ないのに、不思議にも急にどこへか行ってしまって、夏も
終りらしい入道雲が、にょきにょき西の空にわきたった。そしてむしろ涼しいほどの夜の
帳がおりた。尊氏は、居間先の
濡縁へ、
燭をはこばせ、柱にもたれ
寛ろぎながら、新らしい
写本「巻二十一」を読む命鶴丸の声に、耳をかたむけているのであった。
だが、
寵童が、
「──『
先帝崩御の
事』──」
と、読んだ時、
「待て、お
鶴」
そう
支えとめて、尊氏は居ずまいを正した。そして、
「読め」
と、いった。命鶴丸は、
「──『南朝の年号
延元四年八月九日より』──」そう読み始めて、「『
委細に
綸言を遺されて、左の
御手──』」というところまで行ったとき、ふたゝび、
「待て!」
「────」
尊氏は、改めて
襟を正して、両手をついて、うやうやしく、頭を垂れた。
「読め」
額ずいたまゝ云った。
「『左の御手に、
法華経の五の巻を持たせ給ひ、右の御手には御剣を
按じて、八月十六日の
丑の
刻に、遂に
崩御なりにけり。悲しいかな
北辰位高くして、百官星の如くに
列なると雖も、九泉の旅の路には、
供奉仕る臣一人もなし。
奈何せん、南山の
地僻にして、万卒雲の如くに集ると雖も、無常の敵の来るをば、
禦ぎ止むる兵
更になし。
只中流に船を
覆して一
壺の浪に漂い、暗夜に
灯消えて五
更の雨に向ふが如し。葬礼の御事かねて遺勅ありしかば、
御終焉の御形を改めず、
棺郭を厚くし御座を正しうして、吉野山の麓、
蔵王堂の
艮なる林の奥に、
円丘を高く
築いて、
北向に葬り奉る。寂寞たる
空山の
裏、鳥啼き日すでに暮れぬ。
土墳数尺の草、一径涙尽きて愁ひ
未だ尽きず。旧臣
后妃、
泣く泣く
鼎湖の雲を
瞻望して、
恨みを天辺の月にそへ、
覇陵の風に
夙夜して、
別れを
夢裡の花に慕ふ。
哀れなりし御事なり。天下久しく乱に向ふ』──」
「待て! 待て!」
尊氏は、声をふるわせた。明らかに泣いていたのである。
やっともたげた顔には、
泪の
雫が、
灯がけを映した。命鶴が、
「続けましょうか?」
と、きいた。
「
少時、待て」
尊氏は、
瞑目した。
源氏の嫡流らしい端麗な
輪廓だけは、容貌から消える訳はなかったけれど、かつては
寛濶のうちに
覇気と
果断とがつゝまれ、俊敏な理性を悠々たる
情緒でやわらげているといったような、いわば円満そのものにも近かった
顔の肉づけは、いまや陰惨な痛々しい
面相に、場所を
譲らねばならなくなっていた。つまり
暗澹とした表情が、昔の明朗さに取って代わったのである。
後醍醐の
帝がお
崩れになったのは、尊氏の三十四歳のときだった。それからは、ちょうど一年に二つずつも
歳老ったかのように、十年目の今年、四十三歳の尊氏は、
初老に入ったばかりなのに五十歳を、とっくに越したらしくさえ見えた。
眼をつぶったなりで、
「一径
涙尽きて、
愁ひ未だ尽きず」
と、尊氏が、いま聞きとった文章の一句を、低く口ずさんだ。
青ざめた頬を、泪の流れが
匍った。
しばらくして、
「はやくも十年!」
今さらのように呟かずにはおれなかった。呟くと、
眼をみひらいて、
「お鶴──。この間、
河内で、正成どのゝ年忌
法要があったそうじゃ。──楠は、湊川で討死したとき、四十三歳であった。ちょうど今年の、わしの
年齢じゃ」
かぎりなく寂しげな
声色であった。
攀慕の愁腸
一
命鶴丸が、読みつゞけた。
「『──先帝程の聖主神武の君は、
未だ
坐さゞりしかば、
何となくとも、聖徳一たび開けて、
拝趨忠功の
望みを達せぬ事はあらじと、人皆
憑みをなしけるが、君の崩御なりぬるを
見進らせて、今は
御裳濯河の
流れの末も絶えはて、
築波山の陰に寄る人もなくて、天下皆
魔魅の
掌握に落つる世にならんずらんと、あぢきなく
覚えければ──』」
「
少時」
尊氏は、
入側へ目をやった。
そこには、
御台、
登子の方が膝まずいていた。
「何か?」
「あの──たゞいま、
竹若どのより使いの者が参じました。お目もじかないましょうか?」
「竹若から、使い?」
「はい。なにやら、
容易ならぬことを、聞えあげねばならぬと申しまする」
「み
台。お身は、会えとわしにいうのか?」
「
下御所で、一大事が、起りかけておると申しまするものを」
「
誰人か、使いは?」
「竹若どの秘蔵の
妾とやら、
敷妙と申す
女でございまする」
「わしは、会いたくない」
そう云いすてゝ、命鶴丸へ、
「続けい」
「は」
だが、
躊躇うあいだに、
登子の方が、
「もし。
高の執事どのに、かゝわったことらしゅうございますけれど──」
といったが、尊氏は、再び
顧みようともしないで、
「いやじゃ。彼等の
諍いに、かゝずらう気になれぬのだ」
「
上──」
「────」
尊氏は、
直衣の袖を、うるさいという言葉がわりに、後ろへ払った。
御台は、うれわしげな
面ざしで、起った。
この
登子の方は、
北条十代最後の執権、
守時の妹で、尊氏に
嫁いで千寿王丸
義詮と、光王丸
基氏の二子をもうけていた。北条の
女に生れて足利の
室となったのだから、武家の女性としては、この上もない名流にちがいなかった。
元弘の末、
帝のお味方に、尊氏が馳せさんじたとき、わずか四歳の千寿王丸を擁して
鎌倉を、攻めなければならなかったのは、登子としては世にも悲痛な事柄だった。わが夫のために、わが父と兄とを攻め殺した事は、若かりし心に
癒しがたい
痛傷をおわせた。しかも登子にそれほどに大きな犠牲を払わせた夫尊氏の勤王は、
薬師堂谷の夜嵐が狂おしくも大塔の灯を吹きけしたことを
偶機に、まるで空から落ちるように、帝への
叛逆となった。帝が
南山に神去りましてから、夫の心が暗くなればなるほど、この妻の心の
陰影もまた濃さをました。登子にとって、この世は決して楽しいものではなかった。けれども登子は、彼女の遠い祖先が生んだ
政子(北条
時政の女、源
頼朝の室)に、かなり
肖かよったところのある女であった。
明眸の才媛で、良き妻であった点、政治的にも
才幹がめぐまれていた点など。いやそればかりでなく、
嫉妬深かった点までが、よく似ていた。政子がそうであったように、登子もまた夫が他の女を愛すことを、かたく
拒んだ。彼女は自分が、夫の愛を、独占するに充分な資格をもっていると信じた。だから尊氏は、竹若という子まで産ませた愛妾、
朝日局を追わねばならなかった。そして庶長子である竹若をも、東勝寺の
喝食にするというような、すこぶる邪慳な仕打ちをしてみせる必要にせまられた。だが登子は、そうした
情痴のわずらいにおいてだけは、彼女の偉大な
先人政子よりも幸福だったといえる。なぜなら、
頼朝は生涯、いろんな女のことで政子を悩ました。ところが尊氏は、先帝への恐懼からすっかり気が
萎えむすぼれた。
(
諍いなどに、こだわるのは厭じゃとおっしゃる。自分で
裁量するほかあるまい)
そう、思いながら
御台は、
敷妙の待っている室へ、もどって行った。
(心にそまぬ竹若どのではあるけれど、どうした風向きの変わりやら、いつになく
高の
執事のためをおもっての使いらしいが──)
二
「
海山もたゞならぬ御恩をくだされた、
下御所さまのおん身に、もしものことがあってはと──」
「これ、
敷妙」
と、
御台がさえぎった。
「
異なことを申すぞや。そもじの
主人、直冬は、下御所には恩を着たけれど、
御所の恩は蒙らぬといわぬばかり!」
「あれまあ、
御台さま。御所さまは、おん血をお
頒けくださいました
実のお父君、わが館とてなんでお
疎略に思われましょう」
敷妙は、こゝぞとばかりに、わざと
実の
父という言葉に力をこめた。その
効目は、たちまち現われた。
「まあ! そなたは、
故意にそのようなことを云いやるのか? わらわは
継母じゃ。
生さぬ仲じゃ。その知れきったことをあてこすって!」
御台は、
師直暗殺の企みを聞くことが出来て、あゝよかったと思うと同時に、神経が不思議にいらだってきたのであった。
いかに聡明でも、
嫉妬ぶかい女の常として、時と場合で妙に物の感じかた、考えかたが、
発作的に偏してくる。
「わらわは礼などは申さぬぞ。大それた
陰謀を知って、それを告げるのは当然じゃ!」
御台は、まだ三十五歳の若々しい声を、

だかくふるえさせた。
登子の方の、感情のたかぶりを、心理的に
解剖するならば、なかなか複雑だ。──自分は、生家
北条を
贄にしてまでつくした足利の家は、あくまで
衛り、栄えさせなくてはならぬ。それがためには、いかに
乱婬でも
傲慢でも、師直はなくてはかなわぬ人物だ。それを殺そうとする下御所は、憎い朝日局の腹からでた竹若を、ひどく愛し
庇っている。竹若は秀才だ。末おそろしい
器量人だ。源氏は
由来、兄弟喧嘩の家柄である。すると、自分が産んだ千寿王と光王丸にとっては、まことに気味のわるい
庶兄だ。将来が案じられる。密告したのも、あるいは、遠大な腹黒さからかもしれぬ。
かぞえ立てたら、きりがない。とにかく御台は、今夜はじめて逢った
敷妙が、噂以上にも美しいことさえが気に入らなかった。
「わが
館なぞと、北の方気取りは身のほど知らずじゃ。つゝしむがよい!」
「あれ、御台さまのお言葉ともおぼえませぬ。まこと、わが館ゆえ、わが館と申すのが
無躾けとは──」
「えゝもうあきれた
女子じゃ。帰れ!」
御台は、青い顔で座をたった。
(思いどおり!)
と、敷妙は心のなかで、ほくそえんだ。
こうほくそえむまでの、敷妙の気持ちも、またずいぶん入りくんだ働きかたをしたのであった。
まず、直冬が、三条坊門の下御所から戻って、
諫めたが聴かれないから、
不本意でも密告すると云った時、敷妙は、せっかくそこまで運べたのに、残念至極──と、ひそかに歯がみをしたが、密告をさえぎる手段はなかった。しかし、あの六本杉の
贋怪異が、こうも大きな魔力をふるうものかと、驚かれるにつけても、東条の
虎夜叉が、
「
御怨霊が、男子となって生れることにした方が、
凄味がある。間違って、女子が生れたにしても、
懐胎の夜を云いあてゝおるから、ひとたび根をおろした恐怖が、そう
容易と消えるわけはない。で、もし的中して男子が
分娩された場合、どれほど直義が恐れ、おのゝくか。一時は、気も変になるだろう。こりゃどうしても、
予言しておいて、男子が産れた時の凄さをねらわずばなるまい」
そう、
伽羅作にむかって云ったことが、思い出された。敷妙は、密告するなら、自分が将軍御所へ使いに行こうと考えて、許しを得たのであった。ころんでもたゞは起きないという覚悟だった。
三
「
小座敷に
灯をともせ」
と、尊氏がいった。
命鶴丸は、
対屋とは別棟の
小書院に、ともし灯を入れてもどった。
尊氏は、
鬱々と歩みを運んだ。命鶴は、あるじの気持をおし
測って、ついては行かずに
廊にとゞまった。夏も
老けた六月九日の月が、
赤銅いろに中空でかゞやいていた。その焦げたような色には、きょうの
未の
尅過ぎまでつゞいた酷烈な暑さがしのばれたけれど、しっとりとぬれた
夜露の庭ははやくも秋がおとずれたかのように感じられた。月あかりを浴びている樹々の
葉むらは、どれもこれも緑がすでに疲れたように黒ずんでいた。夏草はもう
大方、花を
凋ませて、萩や、月見草がそれに代ろうとしている閑寂な
苑のすがたであった。
小書院は、
塵ひとつないように、清掃されていた。
濡縁と
入側にかこまれた小さな座敷には、
繧
縁の
厚畳を敷きつめてあった。床と
脇棚は、築山と植樹でしきられた小苑にのぞんで南面していた。座敷うちにも入側にも、一つも調度品が置いてなかった。というのは、こゝは尊氏にとって特別な場所であったからだ。
たゞ床に
軸一幅、棚に観世音菩薩の小形の
金銅像一基。
懸軸には尊氏の自筆で、
倩かに
顧るに微質の
鷹揚は
先皇の
鴻漸に起る
温柔の
叡旨
猶お
耳底に留る
攀慕の
愁腸
心端を尽し難し
恩恵極みなく
報謝何ぞ
疎なる
と、書かれてあった。
倩かに自分というものをふりかえってみると、一
治部大輔にすぎぬ
微賤な身をもって、建武維新の功の
首勲に賞され、
御諱の一字、
尊を賜わって、
雲上につらなることができたのは、ひとえにこれ先皇
後醍醐帝の鴻大無辺の
聖恩によるのである。
禁裡の
御座ちかきほとりにまでお召しをいたゞいて、和歌の御会やお歌合わせのお席をも
汚し、かしこくも温かき、そして忝けなくも柔かき、おん言葉のかずかずは、かくある今もなお耳の底にふかくふかく刻まれ残っている。しかるに事は、心とゆきちがい、
齟齬はついに大逆へ自分をおし落してしまった。あまつさえ
畏れおゝくも
主上におかせられては、南山雲白き
彼方で
崩れさせたまい、おん
現し身は
永久に、
北闕に還らせたもう由もなし。ああ悲しきことよ、
攀慕まいらする想いのみ
徒らに募って、愁いは
腸臓を断つようである。うらむらくは自分の心情は、いかなる表現によるも尽しがたいことだ。先帝の御恩恵は、実に極みないのである。
按えば、
踈かなことだ、あゝ、報謝し奉つることの、なんと
踈かなことであろう。
軸に書かれてある文字の意味は、そうであった。
尊氏は、小座敷のまん中に
端座して、この文字を、しばらく見入った。
やがて
直衣の襟や、
指貫の
褶を正し、南の
小苑、すなわち吉野の方へむかって、
敬虔な面持ちでお辞儀をした。
両手をついたまゝ、
「臣節を
誤った尊氏でござります。
踰えてはならぬ
埒を踰えてしまった尊氏でござります。
廃立の大逆を
犯しました私でござりまする。今日は、炎天に
身装をくずしました為め、いまだ一度もおん詫び仕らなかった次第、
恐懼にたえませぬ」
さながら、おわしますがごとく、尊氏はうやうやしかった。
「
等持院に
曼荼羅供を修めましたこと、南禅寺には
千僧供養を行いましたること、
洛西嵐山のふもと、保津川
畔のおん聖跡に、天竜寺を、私のあらんかぎりの力を傾けまして、たゞたゞ
御冥福を祈るために
建立いたし、これを
勅願寺として
証真常の一切経供養を相営みましたること、それらは
御照覧あらせられたとおりにござりまする」
と、自らの報謝の
業蹟をならべたが、さらに言葉をつゞけて、
「さりながら、一たん
犯しました私の大罪は、なにをもってしても
償いがたいのでござりまする。私もひとたびは、鎌倉の
浄光明寺において、また再び目には
尾道の浄土寺におきまして、
落飾、
遁世を志ざしましたものゝ、周囲の勢いが、つよく私を
阻み、
腑甲斐なくも私は順逆を過ったのでござります。されど私が尾道で、仏門に入りましたにせよ、天下の武士どもはやはり武家政治を、再興仕ったであろうことは、疑うべくもごさりませぬ。この点におきましては、悲しくも尊氏一箇の力は、じつに
微々たるものにすぎませぬ。武家政治、幕府政治は、
由って来たるところ遠くして、
根柢、
牢として抜くべからず、
畢竟すれば武士
土着、
封建の必然でござりました。
廷喜天暦の藤原氏全盛の公家政治によって、
醸しいだされましたところの諸国、地方の形勢が、私の本家、
頼朝をしてついに幕府を
開基いたさせてより以来、源氏三代、北条十代の長い
因襲は、あまねく天下の土に、田に畠に、山に川に、
浸みおりまして、一旦には到底、
得抜けないのでござります。もとよりこの
皇ら
御国は、一天万乗の大君の知ろし召すところ、政治もまた、おん
親しく知ろし召すべきは、理の当然でござりまする。不肖私も、率先、御親政に参じまいらせました。さりながら
奈何せん、
呪わしくも
歪められたる現実は、源氏の分家たる私を
有無を云わせず
強いに強いまして、幕府の
帳のなかに押し据えたる
顛末、並びにその後の模様は、いま御照覧もあろうごとくにござりまする」
息を
凝らして、尊氏は、しばらく
眼をとじていたが、
「不正なる現実を、
匡正すべき力を
欠いたがために、心
憂わしくも順逆を踏みちがえましたる尊氏、死して限りなき罪をおん詫び仕るは、いとも易きことながら、それよりも命のかぎり生きて、生きてあるかぎり苦しみを続け、
懺悔をつゞけ、御冥福のおんための報謝にいそしむが本義とこそ存じあげまする。──ひとたび絶たば再び続かず、ひとたび
懺えば永く再び造らず、これ仏の
懺悔の意なりと申しまする。日に悔いて
懈怠なければ、
罪業ながく抜くべしとあるを、せめてもの頼みの
灯といたしまして、苦悩の
暗夜を、尊氏は
辿りつゞけまする」
そう云い終わって、静かに
額ずいた。
燭の灯が、淋しく、
懺悔者のやつれた顔へ、まばたいた。
干戈動く
一
旗が、白く
幾流も、月の光で、黒い
杜の前に浮きだしていた。
侵入第一軍の大将、細川
顕氏の本陣は、
誉田八幡社の
境内に宿って、一夜明けたら、さらに前進することになっていた。
ぬいだ
腹巻を、草の上において、
楯へ、
脛当と
籠手を、枕にするつもりで重ねた兵が、
「このまゝ、寝てしまうには、もったいない月だのう」
と、云った。石を枕にしていた兵が、
「すこし歩こうか」
と、云いながら、起きた。
「む。お月見と
洒落るかの。よかろう」
「
瓢箪に、
枝豆が欲しいな」
「
贅沢いうなっ!」
と、
朋輩の腹を枕に
借用していた兵が、どなった。
「明日、
富田林まで行けば、酒屋ぐらいあろうぞ。それ当てことに、飲んだ気でお月様をおがんで来い」
と、明朝の朝食として渡された握り飯を、はやくも半分に割って、片方へかじりついた兵が、口をもぐもぐさせながら、
他には何を云うのか解らぬように云った。
「や、食い意地の張った奴じゃ」
「
明朝の
吠え
面、おれは知らんぞ」
二人は、
社うらの森の下から、草原の
径へ出た。
夜露のなかで、虫が、やかましいほど鳴いていた。あたりは、昼間のように明るかった。
「いゝ月だのう」
「十五夜じゃもの」
「月見る月は、この月の月か」
「あかるき月は
仲秋の月だ」
「なんじゃよ、それは」
「歌だ。
下の句だ」
「上の
句は?」
「ちょいとは出ないな。つけてくれ」
「よし。えゝと──
望の
月、あゝ望の月、望の月」
「おいおい、
自作か? 人真似ではないのか?」
「
懸け
値なし。自作じゃ」
「今年の十五夜に、
河内で逢おうとは、思わなかった」
「これが十五夜の、見納めかもしれん」
「
陰気くさい
声を出さぬことだ」
「あそこに、水が光っている。なんという池かしら?」
「ありゃ池ではない、
濠だ。いや、お濠だ」
「濠? なら城か?」
「
脱け! あんなところに城があってみろ、こうはしておれんわい」
「大きにな」
「城のように見えても、
実はみさゝぎじゃ」
「みさゝぎ?」
「
罰あたりめ! みさゝぎを知らんのか、みさゝぎを?」
「はての?」
「
応神天皇様の
御陵だ」
「あゝ、
陵か。だが、えらい物知りじゃのう」
「さっき、殿にうかゞったのだ」
「殿に? 道理で!──だけど素晴しい
御陵じゃなあ」
「この辺は、御陵ばかりじゃ、おれはもう、みさゝぎにかけては、大したものだぞ。とんでもない
通の、また通の
大通じゃ」
「ふうむ。話十分一としても相当なものだの」
「
度胆を引っこ抜いてやるぞ。ほれ、あの川原の、佐々木六角
判官どの御陣の
真うえに、黒うくまるっこく見える、あれが、えゝと、なんだっけな、えゝと──」
「こう、早く驚ろかしてくれ」
「はてな?
胴忘れしたかな」
「馬鹿めが」
「あ、わかった。
允恭天皇さま御陵だ。そのすこし手前の森が、
仲姫皇后のみさゝぎだ」
「どなた様の、お
后さまじゃ?」
「そんなことを知るものか。拙者は御陵
専門じゃ。それからと──あの原っぱの向うの、赤松殿御陣と
藤井寺の村の間に、やっぱりまるっこい岡が見えるだろう。
周囲のお濠の水もちょいと見えるだろう」
「む、見える、見える」
「あれが三韓征伐の、
仲哀天皇さまの御陵だ」
「へえゝ。だが三韓征伐は、
神功皇后だ」
「その、また向うの森が、えゝとその──むゝ、
雄略天皇様のみさゝぎだ」
「ほう。みんな殿から、承わったのか?」
「知れたことよ。えゝ、それからと──」
「え? まだあるのか、まだ?」
「まだまだ。
宇都宮入道どのゝ
旗差し
物が立っているだろう、あそこに。あのうしろの小高いところが、ええとその、
仁賢天皇の御陵だし、
長どのゝ陣所の裏が、
日本武尊の御陵だし、松田次郎左衛門どのゝ旗のうしろが、
清寧天皇さまのみさゝぎだ」
「ひゃあ! 驚ろいたな!」
「そのまた東の、川っぷちに近い陣所、誰れのだっけ、
目賀田か、
安保か、旗じるしがよく見えないけれど、あのそばの小山が、はてな──あゝそうだ、
安閑天皇さまの御陵だ」
「ほう! 驚ろいたのう!」
「えゝと、それから──」
「あゝもう
結構じゃ! 結構じゃ!」
「わはゝゝゝ! どうじゃ参ったか?」
「参った! 恐れ入った。なんのことはない、みさゝぎの
御番に来たようなものだ」
「これさ、おれの物おぼえの
達者なところも、すこしは感心しろよ」
「いや、感心々々! そりゃそうと、ばかに
篝が暗いじゃないか、どこの陣でも」
「お月様に
顔負けしたんじゃ」
「そりぁ顔負けもあろうが、一体に
吝なのだ」
「相済んません、以後はきっと気をつけまする。だが何も、今晩あたり
達筆に
篝火を、
焚くという
術はなかろうさ」
「念を入れて損はせん」
「
得にもならん。考えても見さっしゃれだ、今日、楠兵が五六百、石川むこうの
山根腰を、こそこそと駆け抜けたときぁ、てっきり挾み討ちの
寸法と、思いきや当てことゝ
褌、向うがはずして、なんのことだ、
飯盛山をさして、ひた走りではないか。敵は、天王寺から八尾へ出た我が第二軍が、飯盛の城を攻めるものとばかり思いこんで、それで
援けに行ったのだ」
「おいおい、どうやらそれも、受売りらしいぞ」
「云うにゃ及ぶ。だが聞くがいゝ。敵はたゞもう
籠城の一
術だ。東条の城は、われわれの殿
顕氏さまの第一軍を引受けるし、飯盛の城では
清氏さまの第二軍をくい止める、という寸法なんだとさ」
「敵の腹のなかを、のぞいてきたようだな」
「そもそも昔から楠は、
平場の戦に勝った
例がないんだ」
「うそをつけ」
「うそなもんか。
湊川でも俺たちの
卿律師定禅さまに、敗けている。われわれ細川兵の強さが、身にしみている」
「強かったのはわれわれの、親たちだろう」
「まぜっかえすなよ。とにかく
籠城さ。
籠ったとなりぁ
野方図もなく腰のすわる奴だ。楠はかたつむりの生れ替りだ」
「はゝゝ
巧いことをいうの。どこから仕入れた?」
「馬鹿にするな。これこそ自作じゃ。だが待てよ、何の話だったっけ?」
「えゝ?」
「
汝がまぜっかえすもんだから、話の続きが
迷い
子になった」
「おい、冗談ではないぞ、
篝火が
吝だって話からだ」
そういった時、
「やっ、あの音っ!」
と、相手が叫んだ。
「おゝ、
鬨、鬨! 鬨の声だっ!」
と、一人も棒立ちになった。
どっと
挙がった鬨の声は、まさしく
誉田八幡社の
杜の方からひゞいた。
「と、と、と、鬨だ、敵だっ!」
「夜討ちだ、夜討ちだっ!」
わあーっ、という声が、
喚きが、続けざまに起って、それが、丘に、原に、森に、
木霊にひゞきわたった。
二
仁賢帝御陵と
日本武尊御陵との間、ちょうど
宇都宮隊の夜営地からも、
長隊の陣からも見えない
隘地を、
縦列で、将も、部将も、みな
徒歩で粛々と通りぬけた楠勢であった。東条の城から、山伝いの
間道を、強行軍で、
小平尾、
填生と進み、
来目皇子の御墓のわきから、この
隘地にでたのだ。そして長、宇都宮の両隊へは目もくれずに、隘地から原へ出るとすぐ
横列に展開して、
薙刀や、
長巻や、太刀を、さやかな十五夜の月光にひらめかしつゝ、幅三町ほどの原を走り越え、敵の大将
顕氏の本陣の
宿った
誉田の
杜へせまるが否や、わあーっ、わあーっ、と鬨をつくって夜営の場所へ、幕張りのなかへ、楯のかげへ、まるで猛獣のむれが
餌食をねらっておどりこむように、おそいかゝった。
楠勢の将は、
虎夜叉正儀であった。部将は、
香月権太、
安西九八郎、
生方庄助、夜襲の奇兵五百は、すべて虎夜叉の
手兵だった。
「
顕氏を
遁すなっ!
定禅を斬れっ!」
と、八幡社殿の鳥居の下で、
正儀が叫ぶと、
香月の兵が、おめきながら、
禰宜の家へ乱入した。
「さわぐなっ!」
と、
陸奥守顕氏が、隣室へどなったが、自分も
鎧を、肩にはかけたものゝ、
上帯を締める
暇がないから、太刀が
佩けない。
籠手ははめたけれど、
脛当ては断念して、
刃を鞘から払った。
「
兄者! 逃げるほかないっ!」
と、
律師定禅が云った。
驍将、細川卿律師も、こう寝込みをおそわれては、あわてゝ闘う不利を感じたのだ。からくも
小具足だけつけて、
鎧は捨てた。そして、長い太刀を
押取って、
「馬引けっ!」
と、叫びつゝ庭へ、走り出た。
「馬、馬あ!」
と、
総師の顕氏も、素足に
履だけひっかけて、
草摺なしの鎧で外へとび出て行った。
「律師定禅か、覚悟っ!」
はやくも
挺進してきた兵が、
薙刀をふるったが、
「
推参っ!」
律師の太刀が、月に光って、兵の腕が、長い
得物と一所に地べたへ落ちた。
半裸体の郎従が、
銜をとった馬の背へ、
血刀もったまゝとび乗って、
「兄者、
速うっ!」
と、定禅が呼ばわった時、
抜身の郎党十人ほどが、
「との! 両とのっ!」
と、
危急を叫びつゝ駆けつけた。家のなかも外も、はげしい
喚きと、足音と、
衝撃のひゞきと、よろけてぶっつかり、すべって
転び、斬られて倒れ、
呻きつゝ絶え入る、人と物のざわめきで埋められた。
安西九八郎が、社殿の
廻廊に突っ立った。
「そうれ、馬で逃ぐるぞっ!」
森の中から、馬が二頭、
顕氏と
定禅を乗せて西へ走り出した。一
塊りの兵が、それを
衞って、路のない原を、
長九郎左衞門の陣を
目的に駆けわたった。
「続けっ!」
と、虎夜叉が、馬上で叫んだ。敵の馬を、
奪ったのである。すでに
境内の乱闘は、さながら
海嘯の引いた跡のように静まっていた。そして、いわば大きな
爼板の上の
膾でも見るように、
武装まとう暇のなかった細川兵が、何百人も悲惨な死屍を横たえていた。
「
追撃っ!」
と、
生方庄助が、兵を
顧みた。兵は、一気に敵の本営を
潰乱させて、いよいよ勇みたっていた。
香月が、
「味方の死傷は、わずかだぞっ!」
と、大きな声で
鼓舞した。
「わあ!」
歓声がわいた。だがそのどよめきには、なお一倍の
緊張がこもっていた。細川兵の過半は、闘わずに四方の友陣へむかって
逃散したのであったが、追うとすれば、むろん、顕氏と定禅だった。目ざすは、
長の陣──
宇都宮の陣であった。
香月、
生方、
安西、そのほか重立った士が、みんな敵の
遺棄した馬を利用した。虎夜叉が、
鞭をあげた。馬がいなゝいた。
晃々と照りわたる月明の原を、武器と
躰に雄々しく血ぬった東条の精兵が、将と部将を
擁しつゝ、
疾風のように猛然と、追撃にうつった。
三
馬を、
顕氏の馬へ、追いつかせて、
「兄者! 闇夜なら、命がなかった」
と
定禅が云った。
「楠は、今夜の将は誰か知ら?」
「わからん。誰れ一人、
名乗もあげん。ばかされたようじゃ」
「おぬしほどの豪傑も、あれではのう」
「出直すより、ござらん」
長も、宇都宮も、松田も、総くずれだった。本陣一千の兵が
潰えたと聞いては、踏み止って
拒ごうという者はなかった。佐々木も、赤松兄弟も、色をうしなって各自の陣をはらった。深夜の竹内街道は、たちまち兵で、なだれあふれた。
闘って傷ついた兵が、闘わずに逃げて来た
卒のなかにまじりあい、肩を貸してもらったり、かゝえてもらったり、押合い、ひしめき合い、馬のために路から
田圃へ落されたり、
跣の足を踏まれたりして、今朝未明に
発ってきた
住吉へ、逆戻りの総退却をいそいだ。
瓜生野に腥風すさぶ
一
天王寺の細川の
軍営から、部将、
小笠原入道
浄斎が、法衣に
小具足、兵は十四五人、自分は馬上で、紀州街道へ出てきた。
路は、雪が降ったように、霜で真っ白だった。
碧い朝空の下に、
阿部野と、その先の大きな
瓜生野が、白茶けてひろがっていた。
茶臼山の
丘腹が、あざやかな紅葉をまとうていた時分は、この広野も、もっとふっくらと黄ばんで見えたのだが、もはやそこには晩秋が
名残なく
冬景色に、入替わられていた。痛いように澄んだ空気のなかで、
呼吸が白く
凝った。
小笠原入道は、
帝塚山の
丘裾までくると、馬をとめて、
「告げて参れ」
と、云った時、丘の坂に、
騎馬と兵が現われた。
「おゝ見えたぞ」
と、駆け出そうとした兵をとゞめた。
帝塚山は、赤松
信濃守範資の陣所だった。
「や、
筑前どのじゃ」
範資の弟、
筑前守貞範が、坂から下りてきた。
「これはこれは。筑前守どの御自身にて」
と、入道は、赤松貞範の
馬側へ、自分の馬を近寄せた。
「わしらの
身内には、入道ほどの人物が見あたらぬでの」
「お
戯れごとを、はゝゝゝ」
「
丁寧に越したことはなかろう、とも存じてな」
「いや、御尤も」
入道は、貞範と馬を並べて、街道を南の方へ進んで行った。赤松の従兵も、二十人を出なかった。街道の右は、
住吉浦の
磯馴松が、堺浦の浜まで延々とつゞいて、
凪いだ海と、茶色の陸を
限っていた。そして左は、
住吉の
邑だった。民家が、路ばたに断続し、近在の百姓、物売り、旅人、
修験者、商人、荷車、牛、馬、手押し車などが路上に動いていて、関西
近畿にならびない
要津堺港の近いことを思わせた。
貞範と
入道は、やがて、
堺の街に入って、一ばん
富裕そうな通りへ曲って行った。街の両側には、大きな商人の店と、家が、ならんでいた。乗馬のとまったのは、
唐土屋伽羅作の店の前であった。
二
「ほゝう、あのような所に、お城を!」
わざと、とぼけて、
伽羅作は内心の驚きをおし
匿すために、
仰山にいぶかってみせた。
「不思議におもうは無理もないが──」
と、赤松
貞範は、
床柱をかついだ上座から、
附書院の前に坐った入道
浄斎へ目をやった。入道は心得て、
「のう
唐土屋。
大手筋とやらいうても
商人、裕福でも町人のそなたにすれば、さぞ馬鹿らしいことゝ思うであろうが、武家大名に特別な利害なり、意地合いなりからはじく
算盤では、ぜひとも
彼処に堅固な城がいるのじゃ」
「へーえ。それはまた何故でござりまする?」
「訳か? それはこうじゃ」
浄斎入道は、火鉢に手をかざした。
唐土屋の奥座敷は、ちいさな寺院の書院くらいには立派だった。四人ほど従士が並んだその
下座にすわっている
伽羅作は、腹のなかで、
(さっそく、東条へ
報げなくては──)
と、思った。だが同時に、なんのために赤松の
弟殿と、細川の老臣が、自ら突然出かけてきたのか? そう怪しみつゝ、入道を眺めた。
「唐土屋、そなたも
勿論、知らぬはずもなかろうが、さんぬる八月十五日の夜、我等が殿、細川
陸奥守殿、ならびにそれにおわす赤松の殿御兄弟は、御武運にめぐまれずして楠の
奇計におち、不意の
夜討を
防ぐに術がなく、三千七百の侵入軍も、かるからぬ
痛手を蒙って退却のやむなきに至ったが、元弘以来、名誉のお
家柄、おめおめと京へはもとより、御領国へも帰られず、天王寺の
茶臼山と、住吉の
帝塚山に御陣構えあって、すでに二ヵ月、この冬は御陣中で年を越さねばならぬ、と申すのは、楠の、武備、兵力、さぐればさぐるほど
侮りがたく、容易には攻めがたいからじゃ。再三
督促をかさねたものゝ、京都では、高の殿と、下御所のおん折合いが、面白うないために、山名
時氏の殿の大軍も、さて
何時、京発か、見込みが立たぬでの、せっかく、飯盛城をかこんだ第二軍も引揚げさせて、いよいよ
永陣、ということになれば城じゃ。この
堺浦から
浪速の
川尻を、楠兵の手にゆだねたら、それこそ一大事だ。ついてはの──」
「もし」
と、伽羅作が、
「
肝腎な、石と、材木を、どうなされまするか?」
と、たずねた。小笠原入道は、
「それそれ、そのことじゃ。城造りに必要な
石材と、
木材。のう唐土屋、そなたの持ち船で、紀州から運んでは貰えまいか?」
そう云ったが、伽羅作は答えなかった。
「どうじゃ?」
「────」
「この赤松からも、頼む」
と、筑前守
貞範が、商人に
会釈した。
「ひと肌、ぬいでくれまいか?
費りに
糸目は、つけぬ」
「しがない町人へ、
御歴々が、いかゞなされた儀でござりましょう。船にも、人にも、御不足があろうとも存じませぬ」
「いやいや、それに不足はないけれど──」
と、入道が、
「
熊野の海賊船が
厄介じゃ。あれは吉野方の味方ゆえ、商人の船は
襲わぬが、われわれの船なら
見遁しはせん。
岸和田の、和田が兵船と
諜しあわせて、川尻から
兵庫までも荒らし廻る。とても危うて、四国からも、
播磨からも、船をよう出せぬのじゃ」
と、云った。
阿波は細川の領国だったし、また播磨には赤松の
所領があったのである。
「
唐土屋──。赤松貞範が、頭を下ぐるぞ」
「あゝ恐れ入りまする」
「
解ってくれたか?」
「赤松の殿──。細川の御重役へも、申し上げまする。
当、
堺港には、船持ちの商人も数ござります。どうぞ
餘人に仰せつけ下さりまするよう──」
「なに?」
と、入道が思わず叫んだ。
「は。私には、御用
相勤まりかねまする」
「なんと?」
貞範も、きっとなった。
「細川家、赤松家の御用命は、承わる訳に参りませぬ」
伽羅作は
臆せずに、きっぱり云って
退けた。
「だまれ
唐土屋っ」
「おのれ楠に心寄するかっ」
入道と貞範が、同時に膝を立てた。士の一人が、
「南朝方とあれば、
容赦