師直の放縦
一
「うふゝゝ、うい
奴だ」
そう呟きつゝ、
高師直は、
几帳のかげから現われた。
白絹の
布帛で、濃い胸毛の、ふとく縮れたのにたまった汗のたまをぬぐいながら、つりあげてある
半蔀の下まで出て、熱ぼったい息をあらく吐きだしてから、ふかぶかと外気を吸ってほゝえんだ。
庭苑は桜花の夕ぐれだった。
西の対屋の
廊の
欄に、寵愛の
側室──側室には違いないが、二条関白の妹姫だから、実にやんごとない高貴な身分なのである。だが師直の愛子五郎丸を心ならずも産まなければならなかった──その二条
御前づきの女房たちの
もたれているのが、花の
隙間に、おぼろに見えた。
師直は、
「
小渚──」
と、女の名を呼んだが、答えがなかった。
几帳のかげでは、小渚が装おいをなおしているらしく、
袿のすそが、ほの暗い中でゆらいだ。
「どうじゃな、三位卿よりも頼もしくはないか?」
師直は、脂ぎった鼻と、厚い唇をゆがめた。小渚は、
文章博士、日野三位
行氏卿の愛妾だった。
「これさ、もはや恥じろうにも及ぶまいに、さあ出てまいれ」
袍も、
表袴も、ぬぎすてて、下がさねの襟をはだけ、ながい
石帯と、金蒔絵の太刀とを、床にほうりだして──。でも、頭には、
巻纓の
老懸をかぶったまゝの師直であった。
きょうは、洛西の天竜寺に、
持明院法皇が、嵐山の花をみそなわした。師直は、それに
扈従し奉った
供奉の正装を、ふだんの
狩衣に着かえる暇さえ惜しむほどに、あわたゞしく、こゝ一条今出川の、自分の
館の東対屋の一間へ、女をひき入れたのであった。
「小渚。まいれと申すに」
ふたゝび呼ばれて、女は
羞恥をおびつゝ、師直のそばへ歩みよった。その柔かな手くびを、ぎゅっと
捉らえて、
「約束の品々を、とらすぞよ」
そういって師直は、あかあかともう
灯のはいった別室へ、小渚をつれてゆくと、
「おゝ!」
おもわず驚きの目をみはったのも道理、台のうえにうず高く、まばゆいほどに見事な錦の
綾が、女人のこころを惑わさずにはおかぬような
絢爛さを、きらめかしつゝ積みかさねられてあったのだ。
「なんとまあ、あでやかな
綾錦!」
手を、胸に──。
動悸をおさえて、
「あの──これを?」
「
遣わすのじゃ」
「くださる? くださるのでございまするか?」
「その
裹みも取らすぞ。こなたの台の上のだ。それをあけてみい」
高脚の台のうえには、
縫箔の布づつみが載っていた。
なかばは夢心地で小渚が、
裹みをとくと、なかは、
燦然とかゞやく
砂黄金──。
「あっ!」
あぶなく倒れかけて、ようやく
肘で、
躰をさゝえた小渚であった。目をつぶって、
額には八の字を刻んで、たしなみも、すっかり忘れて、あえいだ。
「なんと、嬉しかろう? 師直は、
偽りは申さぬぞ。遣わすと云ったら、かならず遣わす」
と、こだわりなげに笑って、
「首尾よく、三位卿と
北の
方に因果をふくめて──
納得をさせて、
梅枝とかを
囮につかって、吉野の
宮居から、このわしの、首ったけの──な、あらん限りの財宝にかえてもと──それほどに想いこがれているあの
美女を、まんまとおびきだしたなら、ふゝゝゝ──」
目尻に、
卑猥な
皺を、ふかぶかと寄せて、
「この
懐に、しっぽりと、かい
抱かせてくれさえすれば、
成就の謝礼には、どんな褒美でも、およそ望みのまゝであろうぞ。なんの、これしきの、
当座の引出物は、ほんの
手附だ。ふとした出来心から、そなたをもせがんだ、その
酬いは、また何ぞ別に考えよう。わしは女に、
物吝みはせん」
四十代を、なかば過ぎたとは思われない師直の、
壮んな
赭ら顔を、いかにも
霊験のあらたかな、福運の神でも仰ぐような気持で、小渚は見あげた。
「きっと頼んだぞ」
「はい」
女の肩に、大きな
掌をかけて、片手が、黒髪をなでた。
「立ち戻って、申すべき筋道は、忘れはしまいな? 先刻いゝ聞かせたとおり──よいか?」
「はい」
「師直に逆らわば、誰であろうと
容赦はせぬぞ。
顔世を出し渋ったために、身をほろぼしたのが
塩谷判官だ。かんがみていましむべき前例だぞ。くつがえった車の
轍は、心して踏まぬようにと──まず
北の
方に申せ」
「はい」
「わしの所望に、かぶりをふった
菅宰相も──なんぼ
菅原道実の子孫であろうと、いかに北野の長者であろうと、な、あの最後じゃ。
公卿でも、殿上人でも、この師直に睨まれたら、いのちはなかろうと、三位卿を、おどかすのじゃ」
「はい」
さすがに
怖気だちながらも、小渚が、
「わたくしに叶いまするかぎりは──」
と、答えたとき、襖へだてた
彼方の廊で、
「師直、師直」
と呼ぶ、従弟の、播磨守
師冬の声がきこえた。
二
頭にだけ、
勿体らしく
老懸をつけた、変妙な姿が目に入ると、
「な、なんでござる
埒もない、その
風態は!」
師冬が、いらだった声で、とがめた。
だが、みだらな
態を、一向はじる
気色もなしに、師直は落着きはらって、
「用か?」
「師直」
あきれた眼で師冬は、従兄と、ついぞ見知らぬ女とを、見くらべて、太い眉をぴくぴくとしかめた。
すでに
膏肓に入った悪癖ではあるし、師直ほどではなくても、
師泰も、
師秋も、また師冬自身にしても、決して女あさりは嫌いどころか、
高の一家一族は、その道の達者ぞろいなのだが、いま、容易ならぬ噂を、聞きこんで駆けつけただけに、腹にすえかねた思いで、
「一大事が、起りかけておる」
と、叩きつけるようにいうと、
「ふうむ、一大事がの」
師直は、まるで
他人ごとらしく呟いた。そして手を伸ばして、小渚が躰をさがらせていたのを、またも身近に引きよせて、
「あれ、
武州さま!」
と小声でこばむのを、小脇にかゝえて、白い頬にほつれる
鬢の毛を、まさぐった。
「女を、女をはなたれい」
「大切な女だ。感心な心がけの者だぞ。
和ぬしがせくなら、こゝで聞こうではないか。かまわん、申せ」
「細川、畠山、石堂、
吉良など、十五六人の大名らが集っている」
師冬が、
髯のあつい
顎を、つきだすと、
「上杉の屋敷にか?」
「おう、御存じかもはや?」
「いや、知らん。話せ」
「上杉も、今日という今日は、
堪忍袋の緒をきらしたと見える」
「
連判でも、つくろうというのか?」
「お身の、
毒舌のたゝりだ。のどかなるべきお花見の
御遊に、
月卿雲客のつらなる前で、あのように
完膚なきまでに、のゝしられては上杉とて、
無念骨髄、つね日ごろお身をうらむ
宗徒の大名らを
鳩合して、
下御所へ
弾劾の決議をつきつけるかも知れぬ。いや、きっとそういたすであろう。下御所にとっても、お身は目の上の
瘤じゃ。うっとうしゅうて、こらえかねてござるぞ」
下御所というのは、足利将軍
尊氏の弟、
直義のことである。
「ふゝゝゝ!」
と、師直は、あざけり笑って、
「連判に、頭かずがそろわば、わしの地位、あやうしと
和ぬしは申すのか」
「それはお身への、将軍の御信頼を疑いはせぬが─」
「なら、案ずるな。
執事の権能を、わしからうばう力が、直義どのにあるものか」
執事というと、名は軽そうにきこえるが、実は将軍の代理者ともいえる権力を、がっちり握っていた師直であった。だから天下の副将軍とあがめられる直義にたいしてさえ、一歩もゆずろうとはしなかった。
「しかし──」
と、師冬は、頭を横にゆすって、
「国々に、戦雲うごきつゝある時ならばいざ知らず、吉野がたの、おもなる大名小名が、なかばは
滅び、のこるは
屏息、意気なえて、
康永このかた、すでに五年の泰平つゞきだ。それゆえ、わしらの武力も、ひところほどには
幅がきかぬ。世がおだやかでは、弱いやからの、人なみづらが通る。われわれ
高の、兄弟
従兄弟が、いかに戦ったかを、彼等はわすれて、たゞたゞお身の、権勢と、
富を、にくみ、うらやんでいる。しかるにお身は、
強気一
図の
自儘三昧──認識をかいた豪奢のたらだら」
「はゝ、なにがたらだら」
「美邸に住むもよし、美女を蓄うるもあながち悪しくはなけれど、ほど、ほどがござろうぞ」
「いうな。お
許までが──」
「いや申す!」
百戦
不撓の
双肩を、ぐいとそびやかして、
「かくいう師冬、そもそもこの
館が気に入らん」
「さようか。だが、わしには、かなり住み心地がよい。
雑賀石の巨大なのを運ばせて、築山には、宇津の峠のおもむきを
象どったし、泉水には、
難波の
葦のながめをうつしたでの」
「そ、それがよくない。悪うござる」
「
普請にも、念を入れたぞよ。
寝殿、
対屋──
泉殿から
渡殿まわり──」
「武州っ!」
と、師冬はさえぎって、
「武弁武士の
棲家には、とんと似合わぬ構えじゃ。身どもが気にくわんと申すのを、ふにおちぬげなしらじらしさが、よけい面白うござらん。将軍家の
土御門東洞院御所をも、はるかにしのぐ結構ずくめは、
分をわすれた
贅沢だ。
栄燿だ。あの
唐門のきらびやかさは、だいそれた
潜上だ、
下剋上だ。そしられても
弁疏の
辞はござるまいぞ」
「あるある」
「え、なんと?」
「
威圧のためじゃ」
せまらぬ声で、師直は、おゝどかに答えつゝ、女の黒髪の下で、
頸窩をいろうた。
「あァれ殿、殿──」
小渚が身をくねらせた。
三
「のみならず」
と、師冬は、ふたゝび肩を、そばだてゝ、
「
前の関白、二条公の姫ぎみを、
掠奪もひとしい手段で
閨にいれたのを手はじめに、
眉目うるわしとあれば、見さかいもなく、およそ
東武士とはつり合わぬ雲上、高貴の女性をもてあそばるゝは、お身の病いだ。師直、
御辺の、うりょうべき
病患じゃ」
はげしい語気を、やはり軽く、
「ちがう、違う」
受け流して、膝のうえでもがく女を、抱きすくめながら、師直が、
「それも、これもだ──」
と、てらてら
脂肪びかりのする自分の顔を、そむける女の頬さきへ、もって行って、
「みんな、武将の威光というものを、かゞやかすのに役立つのじゃよ、あやかれ、あやかれ」
臆面なしの頬ずりに、師冬は、むかむかとなって、
「つ、つける薬がないっ!」
たちかけると、
「まて。わしの
薬味の、処方だけきいてゆけ。
播磨、──
末法堕落のいまの世に、なまじいな説法や
掟で、人の統治がつくと思うか? せんずるところ実力で、
否応なしにおしつけるおしの一手じゃ」
「ほう! 色におぼれ、栄華をすごすのが、世を治むる
秘訣とは! なるほど、こりゃおしの一手かしれぬて」
師冬が、皮肉に
苦笑いしながら、座を立つと、師直はようやく
真顔で、
「建武の
乱れは、なぜ起った?
公家をのさばらせては、政治はとれん。殿上人の増長によってかもされた大乱をしずめたはわしの弾圧政治だ。
大塔宮の御生母、民部卿
三位局の旧御所を、こうして我が邸に造りかえたのも、ふかい所存があってのことだ。わしは、ことさらに身分の高い姫たちに寝屋の
伽をしいるのじゃ」
従弟が、
(だめだ! 病いは骨がらみ──)
そう思った時、
「見るがいゝ──」
と、師直は、おゝきな小鼻を、うごめかして、
「
青公卿たちの、
今日びの柔順さを。あだかも猫じゃ。いまの猫ども、かつては建武の虎であったぞ」
小渚の、ふくらかな肩が、
衣ごしに、なであげ、なでおろされた。
巌丈な腕に、さっきから抱えられつゞけているのだ。
「建武の乱は──」
師直は、従弟の
眸を、じっと見あげて、
「ひっきょう、
尊氏の殿が、
公家を甘やかしなされ過ぎたことに
萠した。雲上人に、武の力を、分譲されたのが、間違いの
因だった。
護良親王のおんことは、申すまでもあるまい。
親房、
顕家両卿に、奥州の軍権をにぎられたがため、わしらは長い年月、いかに苦労したか?
暦応のたしか元年、青野ガ原のいくさを、おぬし忘れはせぬだろう?」
鎌倉をおとしいれて、
破竹のいきおいで上ってきた北畠顕家卿の大軍と、美濃の青野ガ原で戦ったのが、師冬だった。奥州鎮守府の兵は、つよかった。
「命が、危うかったではないか」
師冬は、敗れた。そして追われた。
鎮守府将軍顕家卿は、
畿内に入った。
「わしは、安倍野と石津で、手いたい戦をしなければならなかった。あのときは、
師泰も
師秋も、必死だったぞ」
師直が負けたなら、京は
保てなかったにちがいない危機であった。しかし、高の主力軍と決戦した顕家卿は、武運にめぐまれずして
堺浦の、乱闘のちまたの哀れ露と消えた。
「のう師冬、その後も東国で、親房卿は、なん年おぬしを手こずらせたか──」
「昔話は、やめてほしい」
「健忘症でも、関城や、
下妻城をかこんだ折に、なめた辛苦は舌のさきに、こびりついておるはずだ」
奥州の武力が、
常陸に拠った親房卿の城々を、
後詰めした。
楠は、湊川に死し、
新田は越前に斃れたが、親房卿は、その嫡男、顕家を陣沒させても、
戟をおさめようとはしなかった。師冬はさんざんもてあましたのであったが、それはもはや過去の記憶というだけのもので、いまや目前の敵はけっして
南朝方ではなくて、味方の内部に、幕府のうち
輪にあると、そう思わずにはいられなかったので、
「もし上杉が、非常手段に訴えなば、なんとなさる? さあ、それ訊きにきたのだ」
「非常手段? ばかな!」
膝の女を
玩具あつかいに、ぐるり向き変えらすと、
袿の裾が床になびいた。
「あれ、ごめん遊ばして──」
と、躰をちゞめて、
小渚がかこつと、師冬も、
我慢できずに、
「見苦しいっ!」
どなったが、師直は、
傍若無人だった。
「やくな、やくな」
「ちえ、
痴れ狂う時かっ! 対策をきこう、対策を」
「上杉が、
重能が──ふん!」
「そりゃ
傲慢でござるぞ、武州っ! 上杉は、将軍家の
外戚だ」
「人を買いかぶる前に、おのが
値打を知れ」
「おみは、
弾劾を怖れぬのかっ?」
「わからぬ男じゃ、帰れ!」
「後悔なさるな!」
「たわけめ。
足利の天下にしたのは、この師直だ」
「よし! あとで詫びさせてやるっ!」
師冬は、
牀をけって、渡り廊へ出た。
あまりにも思いあがった師直には手がつけられぬ。が、高一門の、
浮沈の瀬戸は、近づいている。指図はなくとも、備えなくてはならん。師冬は、そう考えながら、ながい廊下をいそいだ。
四
小渚と、引出物を、日野邸へ送りとゞけるように、師直が郎従にいゝつけたとき、老臣の
益子弾正が、もうかなり老いしなびた顔を暗くして、対の屋へ入ってきた。
そのあとから、矢板
将監がついて来て、弾正と共に
入側の、
簀の
子の
端にすわった。顔一ぱいの熊毛髭で名の通った、この将監は、戦場
場数の勇士だった。
「殿──」
両人は諌めに
伺候したのであった。
「お詫びごとの使者を、おたてなされませ」
「なに、詫びごと?」
師直は、元弘以来、自分のために犬馬の労をおしまなかった弾正入道の、
懸念顔をながめて、
「おれに、あやまれというのか?」
「
重能の殿は、上杉家の御当主じゃ。将軍さまとは、お
従兄弟どうし、院の昇殿をいの一番におゆるされになった方でござります」
弾正が、そういうと、熊毛髭の将監も、
「建武の三年、正月の加茂川原合戦に、将軍家のおん身代りとして、討死されたは上杉の御先代、兵庫入道
憲房どのでござりましたぞ。まった延元は三年、わか葉のはつ夏──」
と、述べかけるのを、
「風も、緑に、
薫るころおいか」
そうさえぎって、師直は、
狩衣の腰ひもをしめた。侍女たちが、礼服をたゝんで、
装束筥におさめた。
「阿倍野の決戦には、
憲藤、
重行、御兄弟があっぱれ奮闘、お命を捨てられました。上杉こそ、勲功随一のお家がらでござります」
熊毛髭が声をはげますと、
「将監──」
にやり微笑をうかべつゝ、師直は、
黄帛縁のしとねに、どっかり坐って、
「おれは、師冬にわめかれて、もう耳がつかれた。ほかの話ならいとわぬが、上杉の
太鼓だけは、たゝくのをやめい」
「
館──」
と、首をゆすぶりながら、弾正入道が膝をすゝめた。
師直は、
「言ってきかすが──」
と、かぶせて、侍女のはこんできた
蘭の湯を、一口すゝってから、
「その
方らは、上杉をなにか大層な名門かのように考えているが、
公家出といってもたかの知れた
故実有職の家筋でしかないぞ。わが高の家とて、
惟頼が
下野に土着して武士となるまでは、やはり
京の公家仲間だ。
御堂関白の世の
春宮亮、
業遠、その子
成佐、孫、
惟章、みな学業をもって朝廷につかえたのだ。もとよりおれは、公家などを
敬いはせぬ。だが、家柄からいっても、上杉と劣る高ではないのだ」
「でも兵庫入道どのは、将軍家のおん母ぎみと御兄妹であらせられた」
「弾正──。おれの先祖は、将軍家の祖先、足利義国の弟じゃ。だが、そんな
苔の下の
詮議よりは、なまあたらしい武功だ、手柄だ。そして現在の腕が、ものをいう」
師直は、そういってから、侍女をかえりみて、
「
酒肴をもて」
と、命じた、弾正と将監は、目を見合わせた。
「この
両人にも、飲ますのじゃ」
侍女は、かしこまって立った。
「おれの心祝いを、その方らにも
頒けてつかわす。じつに素晴らしくよいことがあるぞよ。まだ、ほんの前祝いだが、
怺え
性のなくなるくらい嬉しいのだ、わははゝゝ!」
師直は、腹の底からわらって、あきれいぶかる両人へ、
「しかめ面を、すきな酒で洗いおとせ」
そういうと、将監が、
「お酒どころでは、ござりませぬ。すわといわば、間に合うよう、屋形を
警固めなくてはなりませぬ」
「馬鹿め! 誰れが寄り合おうと、泣き寝入りだ。いらぬ心配は、あたまから追ん出して、飲め飲め。そちには、一骨折ってもらいたいことがあるぞ、将監」
「は。
拙者に?」
「とても、大儀な
務めだぞよ」
「はあ」
「仕おわせたら、恩賞は
莫大じゃ。しかと働いてくれ」
「殿、いかなるお役にござりましょうか?」
熊毛髭が見上げると、
「飲みながら、申しつける」
師直は、にこやかに答えた。
京の日野邸
一
「え、戻った? あの、
小渚が、も、もどったとや?」
日野
行氏卿が、叫んだ。
もはや帰らないものと、かなしくも諦めきっていた
鍾愛の女が、ふたゝび我が屋形に──と聞くが早いか、死びとのように青ざめた
顔に、さっと血の気がもどったのである。
けれども、まだ疑ぐるように、
「まことか? まことか?」
いとも
仰山にわめく三位行氏卿は、
文章博士で、
大学頭だから、当今の
碩学に違いないが、いたって小心の臆病もので、人がらは一向すぐれていなかった。
「おみごとなお引出物を──」
そう、侍女の
梅枝がつげると、
「な、なに、引出物?」
まず、自分の耳を信じなかったが、たちまち、
「おゝ!」
があんと、不安にうたれて、
「小渚、小渚を、はよう!」
呼べといわれて、梅枝は、
「あの──たゞいま、北の方さまと、お話し中でございまする。なにやら、おひそやかに、人をお遠ざけになりまして」
と、答えたので、ますます勘違いした三位は、またも
血相を蒼白にかえて、北の対屋へと走って行った。
「おゝわが
夫!」
北の方は、三位をみるなり訴え声で、
「高の執事どのが、御難題を──」
「引出物──引出物で、
購おうと申すのであろう? あゝ錦の山、
綾きんらん──」
と、はこびこまれた贈り物へ、目をすえて、
「むゝ
砂黄金の、おゝづつみじゃな。宝をつんで、小渚──小渚──」
愛妾を、ひしと
抱えて、
「そもじを、買おうとは、憎いわ僧いわ、えゝなんとしょう?」
と、取乱して、女々しくうめく三位へ、北の方が、
「あれ、さようではございませぬぞえ、
夫の卿」
「いや、そうじゃそうじゃ、
蛇の前の
蛙だ!」
「いゝえ、蛇は蛇でも、蛙は小渚とおもいきや、とおい吉野の──」
「
おろちにねらわるゝ小兎だ、
小渚だ。あゝ小渚だ! のがれようとて──」
三位は、北の方の言葉もきこえないらしく、そう歎きわびながら、愛妾の肩から
牀にくずおれたまゝ、ぐったりと
俯伏したので、小渚が、のぞき込んで、
「もし、卿さまの、おぼし違いではございませぬか?
館さま! 武蔵守どのゝ御執心なのは──」
「いやいや
外道だ、鬼畜だ! おそろしいのは
魔性師直──」
むっくりと顔は、もたげたが、文章博士の魂は、ひらいた
瞳から、ふらふらとぬけて出たかのようであった。
空虚になった。
脳裡には、高武蔵守師直の所望を、にべもなくしりぞけたがために、無残にも、
横死をとげた北野の長者、
菅宰相のいたましさが、たゞ一ぱいにひろがった。
と、にわかに目先が
暗々となり、斬りおとされた自分の首と、真紅の血潮をふく胴体とが、まがまがしいまぼろしに描きだされた。
「あっ!」
恐怖のさけびと共に、むちゅうで頭上の
冠を、両手でつかんで、
仰に倒れたから、おどろいて北の方と小渚は、右と左から、介抱しつゝ、
「わが
夫!」
「卿さま!」
「もうし、師直どのゝ
懸想人は、吉野の宮居に住もう女でごさいまする」
「わたくしはただ、頼まれましたのみでございまする」
「のう、お気づよう、夫の卿! 小渚は、なかだちを、橋わたしを、
強いられたまでゝございまする」
「お引出物は、申さば、お
周旋の
料の──お手附──。
媒介を、首尾よう果たしたなら、お礼は望みのまゝ、館さまの思召し次第とございました。さあ、おこゝろを
確かと──」
小渚は、女子よりも弱い
性根の行氏卿を、たすけおこして、背中をさすった。
と、どんより
眼をひらいて、
「おゝ、そんなら
懸想人は、小渚、そもじでは、あらざりしか?」
「はい」
「さらば──さらば誰れぞや」
「吉野に、宮仕えなされます、
弁内侍さまでございまする」
「なに、弁内侍とや?」
しまりの失せた、三位の
下顎を、小渚はいつになく、さげすむ気持で眺めるのだった。
──三位と師直! こうも
差別のあるものか? 暴虐でも、
理不尽でも、あれほど強い武家と、みやびやかがよいにしても、かくまで弱々しい
公家と──いずれが、このもしい?
あくどい師直の
移り
香が、まだ消えずにいた。小渚のこゝろは、あやしく動いた。
二
日ごろは、どこまでも物やさしくて、学には
秀で、詩歌の道にも
堪能な、大宮びとの師表で、まことにいみじき文芸の
長であり、経史の
司であると仰ぎみていた自分のあるじに、
今宵は思いがけもなく幻滅をおぼえた
小渚であった。
「へだたる吉野の、内侍をば」
そう、三位はいったが、小渚は答えなかった。
心がまるで
顛倒して、
推理の力が、どこへかけしとんでしまったらしい行氏卿を、今出川
館での師直の、山がくずれてもおどろかぬ態度に、ひきくらべていたのだった。
(播磨守師冬どのほどの
豪傑が、一大事といってあわてるのを、ぐいとおさえて、言いまくるあの
御胆力──そしてまあなんという、きびきびとしたお
頭の働きよう!)
三位へは、北の方が、
「内侍は、いとけない頃から
珠をあざむく、顔かたちでございました。吉野へまいって後、もはや十とせ、うるわしい
莟がさぞ、あでやかに花咲いたことでございましょう。噂によれば、
俊業どのも、妹の内侍のために、よい婿がねを探しておらるゝとやら申しまする。──
南山の若公家たちは、われこそわれこそと
競いたっておるとやら、街の
童んべまでが
取沙汰いたしまするものを、師直どのの白羽の矢がむいたとて──なんでそのように、わが夫には?」
と、きかれて、
「身が、いぶかるは、
非道の高が
強淫ではないぞよ。たゞ──」
いゝさして、
太息とともに、うなだれつゝ、
「橋渡しを、まろの
愛しむ小渚に、強いた心が──?」
「それとても、あきらかと、わらわは
訝しみませぬ。内侍は、父ぎみ俊基朝臣なきのちは、この館にひきとられ、伯父ぎみなるわが
夫をば、実の親とかわりのう、したわれつゝ育った
女でございまする」
「お方、お身はそう云わるゝが、南山の
賢所の
掌侍をつとむる内侍を、まろが力で、なんとしょう?
陣鐘矢叫び、さいわいやんで、こゝ五六年、天下はからくも穏かだが、天竜寺の供養ごときで後醍醐の院の、おん
尊霊が
和まろうか? 北畠の親房卿はなお
健かだし──楠の一族は、ひそかに武をねり、
戈をみがくとか聞く。吉野の
欝憤は、ふかいぞよ」
三位はやっと、どうやら文章博士らしく、そして五十という歳に手のとゞいた中老
相応な、分別がおを、夫人へ見せて、
「殊に、内侍の兄、
俊業は亡父の
志をうけて、南朝に忠勤をはげんでおる。幼少のころは、内侍ともども我が家にあって、まろになついてはいたけれど、吉野へ走ってこのかた、
雁のたよりも絶えてない、うとましさだ。北と南にわかれては、それも詮ないことではあるが、そうした兄をもつ内侍がもとへ、いかに、まろが言い送ろうと、とてもとても! こりゃ、山を動かせよ、海をうずめよ、と
強うるにもひとしい難題じゃ。
無体じゃ」
そういゝおわって、うち
萎れると、
「そりゃ師直どのとて、やすきわざとは、おもわれませぬ。まともの手だてでは、おぼつかないとあって、たばかり
奪うたくらみを、
彼方からお授けでございまする。のう、小渚」
「はい」
「なんと? いつわって奪えと──?」
「北の方のおん文を、梅枝に
携えさせて、吉野へつかわせ、との事でございました」
と、小渚はこたえて、いまはむしろ、師直に味方する気持で、
「このはかりごとが、
成就のあかつきには三位の官位を進め、かつは所領をも、たんまりと参らそうが、もし
諾けがわせ給わずば、おん身の上、よもや
安穏ではあるまい。先には塩谷判官、近くは菅宰相、
在登の卿のためしもある。前のわだちは、ゆめ踏みたもうな、とございました」
「おゝ、
諾けがわずば、
安穏ではあるまいと?」
「はい」
「申したか」
「はい」
まっさおな三位の
顔が、ぎゅっとゆがんで、ひきつった。
「あゝゝ、まろは見こまれた! まろは──北の方──どうしたら、
大蛇に、よい智慧が、いやいやお身に、よい智慧がないか、大蛇の

の、
贄とならずに──」
と、三位は、頭も、舌も、しどろもどろに、
「どうじゃ、分別は?
思案は、これさ思案は、小渚、そもじは──頼む。まろは、まろはもう考える力がない、あゝ! 目が、目がくらむ」
うめきつゝ、どっと倒れたのだった。
「北の方、小渚、う、う、う──」
「いたわしいけれど、内侍を
贄に──」
三位卿夫人は、そう呟いた。
小渚が、
「
梅枝を、お呼びなされませ」
と、いうと、北の方がうなずいた。
燭台の灯がゆれた。庭さきから、なまぬるい
微風が入ってきたのである。待賢門外の春の宵は、もの静かにふけて行った。
二十四年のむかし、後醍醐のみかどの、おん
股肱として、
正中の変の中心人物となった日野
俊基朝臣は、この館のあるじ行氏卿の弟だった。まことに似つかない弟と兄であった。弟は、討幕の志がならず、捕われて鎌倉へおくられた。そして
仮粧坂で斬られた。公家にはまれな、
胆のすわった人となりであった。ところが兄は、今、師直をおそれて、婦女子までがさげすむほどに見苦しく、とりみだした。そして弟の遺した子、弁内侍は、師直という
淫魔への
贄にそなえられようとしているのだった。
水越峠
一
大和と
河内の国ざかい、水越峠のいたゞきが、
峠路にけずられた崖の
赭土を、あかるい春陽に反射させていた。ふかい渓谷は、白雲でうずまったかとまがうばかりに、らんまんと山桜を咲かせていたし、
渓谷からそばだつ懸崖を、めぐりめぐり登る坂みちが、
薄緑にもえでた喬木林の、

、
樫、
欅などの梢を、縫いつゞるかのように見えた。
峠の尾根は、北のほうへも、だんだん高まって、国境を蜿々と走るのであるが、南はすぐ
急勾配で、その斜面は、千古
斧鉞をいれない常緑の大森林を、おごそかに抱きつゝ、
金剛山の
峻しい峯へつらなっていた。
「
虎夜叉──。あの山のおかげで、ずいぶん遠廻りさせられるのう」
と、馬上で、次郎
正時がいった。
おなじく馬上で、弟の虎夜叉
正儀が笑った。
「はゝゝゝ。おかげで、
千早の城は
堅固なのだ。小言も、いわれますまい」
正時は、
手綱をつめて、
「だがの、吉野がよいには、まこと
邪魔だぞよ」
正儀の馬が、いなゝいた。
「なんの。馬にあるかせて。──山国そだちのくせに、次郎兄も案がい
栄耀いわるゝよ」
そう、正儀がいうと、
「──虎夜叉」
と、正時は背後を、ちょいと振り返って、弟と視線を合わせたが、すぐ向き直った。
「お身は、あいかわらず
籠城万能論らしいが、わしは別じゃ。山地の戦よりも、はなばなしい野戦を好む」
「次郎兄は、すっかりと兄上にかぶれめさったな。あまり、ほめらるゝことではござらぬぞ」
「なに、ほめらるゝことではないと?」
とがめる語気でいったが、こんどは背後を
顧みずに、
「兄上
正行にかぶれることが、悪いというのか? かぶれるなどという言葉が、第一よくない。気にいらん」
「かぶれたが悪いとは、決して申さぬ。また、あなたが、心から同感なされたとすれば、なおさら結構じゃ。たゞしかし、この虎夜叉は、ほめませぬぞ」
「ふゝゝ、お身らしい言い方をするわい」
正時は、そういって口をつぐんだ。
弟の馬は、兄の馬の
尾に、鼻をすりつけながら、坂を登って行った。
徒歩の郎従どもは、小半町もおくれていたし、
恩智興武とその家来らは、その後からだった。そして和田一家の人々は、すでにはるか目の下になった桜の林のふちから、まだ姿を現わさぬほど
後れていた。
楠正行のふたりの弟、正時と虎夜叉正儀は、いま、吉野から河内へ帰る途中なのであった。
二
登りが、急になった。
馬は、あえいだ。虎夜叉が、
「吉野に、兄上が居残られた理由を、次郎兄はなんと解さるゝ?」
と、いったので、あえぐ馬に一鞭くれた正時は、さもいぶかしげに振り返って、
「
異なことをいうの」
「あなたには、異なことゝは
覚さぬか?」
「なに──なにをさ?」
やゝ
鈍重とさえ見える
面持で、きゝかえした。
「
謎でござるよ」
持ちまえの、
批判めく薄わらいが、正儀の唇にうかんだ。
「謎──?」
「謎を、わたくしに解かすなら、恋のしわざと解く」
「え、恋のしわざ?」
「さよう」
「ばかな! 兄上が──兄の殿が恋、わはゝゝゝ!」
鞍つぼに、笑いこける正時の、その笑い声のおさまるのを待って、
「笑うのは御勝手ながら、わたくしの
察見の矢、きっと
図星でござろうぞ」
「虎夜叉、お身はときおり、人をからかう。よからぬ
癖じゃ」
「
戯れ
口は、気散じの妙薬だ。──妙にうっとうしい時や、
緊張が、度をこした折など、きゝめがあらたかだ。たゞし只今の話は、おゝ
真面目でござるよ」
今年ようやく二十歳、とは、どうしても思えぬ
熟成た口調だった。いや、物の言いかたのみでなく、容貌といゝ、態度といゝ、三つ年上の正時の方が、むしろ弟らしく見えた。現にいま、着ている小桜色ぼかしの派手な
狩衣が、だいぶ不似合なくらいだ。長兄の正行とくらべてさえ、若くはなかった。そして頭脳も、気持も、
外貌よりまだ一段と老成のおもむきがあった。
正時の狩衣は、
萠黄だった。その袖を、自分の手でしっかりと掴みながら、やゝ
厳しく、
「亡き父ぎみは、かりそめにも、
揶揄冗談はつゝしまれたというぞ。──おのが頭のよさを、虎夜叉お身は、悪用するのだ」
そう、正時がいったとき、
白辛夷の花枝──ちょうど崖から路へ、
下ざまに差しでたのを、ぽきりと、虎夜叉は折った。
兄が、言葉をつゞけた。
「逆賊足利を、いかにして討とうと、お心くだく以外、兄の殿正行に、なんで
他意があろう」
弟は白辛夷の、大輪の花弁の濃い香を、
嗅ぎしめながら、
「次郎兄の、嗅ぐ鼻のうといこと!」
「なに、鼻が?」
とたんに、乗馬がまた、いなゝいた。
正時は、
鎧のかゝとで、馬腹をうった。
虎夜叉が、
「ものゝ裏の匂いが、おわかりにならん」
「おれは、
正路をふんで、けっして裏道は通らぬからな」
「通れるかぎりは、無論よろしかろう。しかし正路は往々、ふさがることがある」
しばらくして、正時が、
「兄上のこと、いさゝかは、
根拠あって申したのか?」
と、たずねた。
「さすがに、お気にはかゝると見える」
「お身とは、てんでお
生れつきが異うぞ。
早熟に女色をおぼえた自分の物差で、
出鱈目におしはかったとて寸法が合うかよ」
それには答えずに、正儀は花枝を捨てゝ、
手綱をしぼった。
頂上にちかづいて、坂の
勾配が、ひどくなった。二騎の馬は、汗だくだくで、あえぎをはげしくした。
「
不憫じゃ。おりてやろうか」
と、いう兄へ、
「癖になる。山国の馬だ」
と、弟が答えた。
馬は、
胸衝きの急坂を、からくも登りつめて、兄弟を国境に立たせた。金剛山脈の西斜面は、一しおふけた春景色を敷きひろげていた。
三
兄弟は、馬をやすませつゝ、眺めおろした。
青崩の大きな谷が、
水分の盆地へ、傾きひらけていた。うらゝかな陽の光をあびて、紅、白、
萠黄、真っ黄色──。わか葉の緑に花のいろを、まぜてかげろう、この山峡こそ、兄弟がそこに生まれ、そこに育ち、
湊川に尊王の
大旆をかゝげて討死した父、
正成の遺志をつぐべき長兄の、
正行と共に成長し、今年はもはやその父の壮烈きわまる戦死をとげた延元元年から、指折りかぞえると十二年目の正平二年、
多聞正行は二十五歳、次郎正時は二十三歳、虎夜叉正儀は二十歳の春をむかえた楠氏、譜代の
采邑であったのだ。
累世の居邸の
杜かげに、屋形の白壁が光っていた。すこし離れて、鎮守がみ
建水分神社の朱の鳥居と、重臣の神宮寺正房の屋敷に年古る
毬形の老杉とが、くだり一里はんの麓にめだった。
楠氏の
邸館の杜は、
扇の形をした盆地の、ちょうど
要の位置にあった。盆地のまん中で、この
青崩の谷の水をあつめた水分川が、金剛山から流れだす千早川を合流させているのが、あざやかに見えた。盆地の東のふちは、こゝ
水越峠の尾根の
支翼だった。そして西の
縁をかぎっているのは、上赤坂、下赤坂、
甘南備、
東条の四つの丘で、それが、それぞれ城を
擁した。つらなるその四つの城は、水分をまもる要害で、
櫓のいらかに、塁の
狭間に、
寨の柵の石垣に、
外郭めぐりの
塹壕に、楠の武力の尋常でなさがあらわれているのであった。
「虎夜叉」
と、正時は、盆地の春の
粧いから、目を転じて、
「兄上が、吉野におとゞまりなされたは、近衛左大臣や
花山院の内府なんどの、柔弱な、
怯懦なお心持を、いくぶんでも骨のある考えかたに向けかえて、堂上にはびこる非戦論を一掃しようとの御存念、と、わしは思う」
そういったが、弟はまだ、眺めつゞけていた。
水分川が、盆地を横ぎり、神山の山峡をぬって、
富田林の北にぬけ、そこで石川の本流に出合い、南河内の平野をうるおしつゝ、丁字形に、大和川へぶつかる姿──それを見ていたのである。
「花ぐもりで、岸和田から
堺うらの、海は
霞にとけているし、大和川の川向うも、おゝ空と野原のけじめはつかぬ。だが我れわれの領土、南河内と、南
和泉は、一望のもと、文字どおりじゃ」
正儀の目には、銀光をはなつ
狭山池があった。
淡緑い
和泉の山々があった。一族和田の城と
砦があった。
「のう虎夜叉」
と、かさねて正時が、
「兄の殿は、こんどの
御評定には、異常なお覚悟で御参加あったものと思うがの、どうじゃ?」
「いかにも」
虎夜叉は、和田の本城である
槇尾城から、目近の観心寺の三重の塔へ、視線をうつして、
「しかし、お宿を
如意輪寺から、
俊業朝臣の
館にかえられた一事が、次郎兄の
解釈を裏切る」
と、独りごともどきにいうと、
「わはゝゝゝ!」
兄は、
豪放に、笑いごえを
爆発させて、
「なんのことだ! そ、それがおぬしの、──はゝゝは!」
と、なおも笑いつゞけつゝ、
「そ、それが
出鱈目の、あて
推量の
根拠か。なにかと思ったら、
痴な!
埒もない!」
「なかなか」
首をふりながら、弟はやっと、眼を、兄の顔へむけて、
「北畠准后
親房と、四条
隆資卿、まったくこのお
両人ほか、ござるまいではないか? 兄上が、まず動かそうとなさるゝならば──。な、北畠の
館も、四条屋形も、所在はともに、如意輪寺の隣りじゃ。ところが兄上は、
蔵王堂よりもなお手前の、日野邸へ、わざわざお宿がえなされた」
「それが?」
「次郎兄」
「なにが
訝しい? 俊業どのゝ亡き父君、日野
俊基朝臣は、われらが父上と
肝胆相照らした仲であったぞ」
「それはいうまでもなく、日野俊基ば、正中の昔、いち早く尊王、討幕をとなえた人傑でござる。かしこくも先皇、
後醍醐のみかどに、われらの父をば、結びつけまいらせし、建武維新の殊勲者だ。だが、いまの俊業は、不肖の子、むしろ父の名をはずかしむる
凡庸の
資でござるぞ」
「しかし、日野と楠──特別な間柄だ」
「いや、昔の
誼みは、おろそかには思いませぬが、われらが兄正行が、
恢復の大業を、ともに語るべき友にはあらず」
そういゝきった正儀の
眸には、明敏なかゞやきがあった。
四
顔立ちは、一見兄弟らしく似てはいた。だがよくみると、正時の
顔の
造作は間がのびていた。気質は、
胆汁質で一本気だった。
弟が、俊業を、
不肖凡庸とあなどったので、不快な色をうかべて、
「お身は、秀才だ。万事に器用じゃ。だが一つ、珠に
瑕瑾がある。惜しいかな、深い瑕瑾だ。重大な
闕点だ。それは、ほかでもない、父に
肖ていないという短所だ」
「とんだ
傍道へ、おそれになったな」
「えゝ聞け!」
と、たちまち語気はげしく、
「
他人を、不肖の子とのゝしるまえに、おのれを
顧みろ! 神童が、たゞの才子に
堕したは、その
闕点のせいだぞ。学問、武術、ゆくとして可ならざるはなしという、その英材が──と、おれはうらめしいのだ。お身のあらゆる長所でうずめても、うずめつくせぬ深い
瑕瑾だぞ、虎夜叉っ! わしは、うらめしくて涙が出る!」
声が、わなゝいた。そしてやゝ、黙して後、
「わしとて、決して
俊業の朝臣を、お世辞にも
俊髦の
器とはいわん。しかし兄の殿は、純情の
仁じゃ。道をとうとぶお方じゃ。
器量おとればとて、ふるき
誼みをすてゝかえりみぬお人ではない。そこがおぬしとは、人格の異るところだ」
「お言葉どおり」
と、
会釈した正儀は、
「十日ほど、宮中から──」
云いさして、
莞爾ほゝえんだ。
正時の
瞳がひらいて、
顎がすこし、前へ出た。
「
禁裏から、十日ほど何が?」
「日野
館におやど下り、なさるそうな」
「む?」
「うとい!」
「え?」
「
内侍が、
弁内侍が──」
「なに、内侍どのが?」
と、正時は、やゝ
白眼をはだけて、
「お身に、そのようなことが、どこから?」
あやしんで訊くと、虎夜叉が、
「俊業朝臣から、承わった」
と、答えた。
「朝臣が、お身に──?」
正時は、半信半疑に、手をこまぬいた。
こくり
頷いて、虎夜叉が、
「たしかに、
恋慕のなやみが、兄の殿にあった」
そう呟くようにいうと、
萠黄狩衣の袖を、ぱっと左右へあけて、大きく首を、正時はゆすった。
「なにを
証拠に、申すのだ?」
「兄上のまなざしに、人知れず胸こがす者の、もだえが、見えましたゆえ」
「ふゝん!」
鼻で、あざわらって、
「いつの間にやら、虎夜叉は
読心術まで、おぼえたそうじゃ」
正儀は、
真顔で、頭をさげて、
「こゝ半月ほど、専心に修業つかまつった」
そう応酬したとき、
徒歩の郎従たちが、ようやく峠の頂上に現われた。
正時が、
「
下ろう」
と、
手綱をひいた。
正儀も、馬を、くだり坂の方へ、進めた。
兄は、やはり
前行しつゝ、
「お顔色の、すぐれぬのは、肉体すこやかでないせいじゃ。わしと、お身とは、ちと達者すぎるで──出来ることなら健康を、わけて差上げたいが──まゝにならぬでのう」
「
憂鬱は、御病身のためもある。しかし」
と、弟は、ちょいとことばを保留してから、
「恋は、
曲者じゃ」
やゝ皮肉に、だが自分に呟くようにいって、鞍のうえで眼をつぶった。
吉野の日野邸
一
吉野の
邑──たゞ修験道の霊場、
蔵王堂と
如意輪寺の名と共に、
深山の桜の名所として知られただけの、
僻南の山里も先帝、
後醍醐の院がおそれおゝくも仮の宮居を、おかせられてから最早十年あまり、仕え奉る、公卿、
朝臣たちが、それぞれ棲むべき屋敷を、こゝに設けるようになった
今日びでは、いくぶんか
行在所らしい趣きをそなえてきた。
だが、なにぶんにもかりそめの土木のことだから、どの屋敷も、いたってお
粗末で、これが殿上人の屋形であろうかとうたがわれた。
日野
俊業朝臣の住いも、もちろん、その例に洩れよう筈がなかった。
日野邸は、蔵王堂から西へまがって、一目千本の桜の名所へ下る坂の、そのおり口にあったから、
行宮のある如意輪寺からは、かなり離れていた。
気分がすぐれず、病いの気味合いということで、宿さがりを願った弁内侍は、
輿で、兄俊業の邸に戻った。めっきり長くなった春陽の
日脚も、吉野山の西尾根に、ちかづく時刻だった。
わかき
嫂の、俊業夫人は、内侍を西の
対へむかえ入れて、いたわった。
「まあ、おやつれあそばしたこと!」
嫂は、そういって、いろいろ容態を気づかい尋ねた。
「五蔵の病いでは、ございませぬ。たゞ
味気のうて味気のうて、
遣るせなさの、つのりつのった
気鬱の
症でございまする」
と、内侍は答えた。
さながら
妖桃の春をいたむる
顔ばせ、
垂柳の風にたえかねた物ごし──という、ふるい
譬えが、ぴったりと当てはまるような
容貌であった。嫂の言葉どおり、目の
縁に、頬のほとりに、やつれは見えてはいたものの、なやめる美女の
態には、また一種いうにいわれぬ魅力がふくまれていた。
「
医師は、誰れでございましたか?」
「あの──
医師には
診せませぬ。ながらえたとても、かいのない命でございまするものを!」
「まあ、内侍さまのお言葉とも思われませぬ。かいのない命などと、どうした訳でございましょう?」
俊業夫人は、いぶかしそうに、見まもった。
浮線綾に、
山吹の花を散らし織りにした
唐衣を着た、若い嫂は、四条大納言の息女で、
眉目うつくしい女性だった。けれども山河へだてた
京童まで、国色無双と噂する弁内侍のうるわしさと並べてみると、朝の陽に光をうばわれる、残んの星のようにしか見えなかった。
「たぐいもないその美しさで──なぜ、そのように──この世をお
儚なみなさるかのように?」
と、嫂は重ねていうと、
「
嫂上さま!」
と、だけで、たちまち
薄縁に
突っ
臥して、堪えがたそうに
泪をながした。そして声をしのばせて、しめやかに
啜り泣いた。
嫂は、いざり寄って、
濃香に緋の
牡丹花の織りだされた内侍の唐衣の、背をそっとさすりながら、
「もし内侍さま。──
躬らおもとめになった病いとやら、おきゝいたしては、なおさらのこと、わらわは心にかゝりまする。さあ、あたりにさいわい人はなし、お胸のうちのお秘めごとを、どうぞわらわにだけ、お洩らし下さいませ。わが
夫はお兄上。のう、内侍さま、
他人にはおつゝみなされましょうとも、わらわへは、なんのお心おきがございましょう。さあ
仰しゃって下さいませ」
といった。
だが、答えは、
堰き止めることの出来ない、涙だけがあった。
俊業夫人は、しかし
根づよく、なだめたり、すかしたりして、ひそかにひめられた
憂鬱の
因を、さぐりあてようとつとめた。夫人は、聡明で、思慮ぶかく、それで勝ち気な
質は、父
隆資卿そっくりだった。先帝以来、南朝の
重なる支柱の一本だった四条大納言には、たしかにふさわしい息女であった。だが、
俊業のつれあいとしては、かなりに過ぎた妻だったので、なにか事があると夫は、いつも夫人に、導かれていた。
「御遠慮あそばしては、却ってお恨めしゅう存じまするぞえ」
そういって、夫人は、のぞき込んだ。そして、内侍の耳へ、自分の顔をよせて、何かさゝやこうとしたとき、
「内侍どのは、それにか?」
俊業朝臣の声が、きこえた。
入側に立ちどまって、
怪訝らしく、妹の様子をながめたが、
「
所労のため、宿下りを願った由、お身に病いがあろうとは、つい昨日まで、夢にも知らなかった。いかゞじゃの?」
と、いゝながら入って来て、坐った。
俊業の
端麗な顔には亡父俊基の
面影がしのばれた。が、体格ははるかに劣って、
脆弱だった。
「楠どのと、話に身をいれて、つい遅くなった。当分は、日夜語りあえるものを、今日に限ったかのように、万事を忘れて──おん身をさえ、なおざりに致した。許されい」
俊業が、そう云いおわらぬうちに、内侍は、
「おゝ!」
と、おもわず叫ぶように声を立てゝ、その
凄艶な美貌をもたげた。
驚きと、
歓びと、
羞耻と、待望とが、内侍の表情のなかで、あやしくまじりあった。
「あの──楠の──楠の殿には──この
館に?」
と、
訊く内侍へ、嫂が、
「昨夜から──こゝしばらくは、
御滞留とのことでございまする」
と答えた。
俊業夫人は、心の中で、たしかに──と
首肯けるものをつかんだ。
敏感な若夫人は、
(楠どのに──内侍は恋している)
と、思った。だが、なぜ、ながらえても
甲斐ないなどとまで
儚なむのであろう?
俊業夫人には、それが
解せなかった。
この吉野に住む
公達が、いかに多く、内侍へ、胸をこがしたことだろう。けれども、そうした
懸念は、すべて片想いに終った。だれ一人、この麗人の心を、とらえ得たものはなかった。内侍はあれほど美しくても、
情知らずなのであろうか? とさえ思われたのに──。
楠への恋──。それは、ふさわしい恋だ。武家ではあるが、正行ほどの若人は、殿上の公達にも、あるかどうか? ないともいえる。内侍は、ないと感じたにちがいない。けれども、何故の
悲観であろう? 身も世もないように?
夫人は、考えたが、わからなかった。
俊業が、云った。
「楠どのは、お宿を、我が館へうつされたのだ。次郎、虎夜叉、ふたりの御舎弟は、和田、
恩智など
宗徒の衆をはじめ、郎党たちを引き具して、今朝未明に如意輪寺の宿坊を
発たれた。居残った郎従たちは、わずか十人たらずゆえ、手狭いこの屋敷でも、事欠かぬのが、身どもの仕合わせであった。──その昔、亡き父上、
俊基が、正成の殿と回天の事業を、ひそかに
談らわれたのにあやかって、身どもゝ今や、正行どのと、討幕の再挙について
図ろうと思うのじゃ。──内侍どの、よろこんでたもれ。亡き父上は、わしがこのたび、正行どのを我が家に迎えたことを、草葉の蔭で、どのくらい御満足におぼすであろう!」
そう云って、眼をしばたゝいた。胸は、
亢奮におどるのであった。
だが、内侍の胸の高鳴りは、それに幾層倍か知れぬ輪をかけていた。
二
おさえてもおさえても、嬉しさが、はげしい
戦慄となって、からだじゅうを
匐いまわった。
「おゝ兄上、わらわは、うれしゅうございまする!」
声も、
情の熱にうかされたように、わなゝく内侍へ、
「む、うれしいか。──おゝうれしそうな!」
と、俊業は、たゞもう、自分の悲壮な気持へ、自分の忠と孝の至誠へ、同感しての内侍の歓びである、とばかり思い込んで、
「たんと、よろこんでほしい。身どもゝこれで、はじめて父
尊霊の
位牌の前に、自分を、さまで恥ずることなくぬかずける。また周囲の人々へも、顔むけがなる。──のう内侍どの。あまりに
傑れた父をもつ子は、つらいものじゃ。心ひそかにしばしば泣けてくる。父俊基は、あの若さで、山伏姿に身をやつして、勤王の士を求めるために、単身、雄々しくも、諸国の山河を
跋渉したではないか。それが、どうじゃ。あれ
俯甲斐なき子の
態よ! 父は勇敢にも大難に殉じた。鎌倉は
化粧坂の露ときえても、名を後の世に
遺したのに、あれあれあの子の、安きをぬすむにがにがしさよ! 烈々たる父の
気魄はいずくにかある、と蔭口をきかれ、後ろ指をさゝれる、そのつらさ。
推量して欲しいぞよ、内侍どの!」
つらかった、いろいろの記憶を、一遍に想いだしたかのように、暗然となると、内侍もまた、それとはまるで異う理由から、一度は陽に照り映える花のようにかゞやいた顔を、たちまち曇らせた。
内侍の恋うひとは、嫂の今感づいたとおり、楠多聞兵衛
正行その人であった。如意輪寺の
苑でふと相見た一目の恋が忘れられず、夜も、昼も、こがるゝ想いに、胸をむしばまれて、睡られなかった。いても、立っても、面影が眼の先にこびりついて離れなかった。そのやるせなさから、とうとう羞かしさを忘れて、如意輪寺の
吉水法印に、切ない心のなかを告げて、ひそかに楠への、なかだちを依頼したのであった。吉水法印は、内侍を、まるで肉身の孫のようにいとしんでいた。で、老法印は、内侍のために、正行に会って、語った。だが、内侍の意中を告げられた正行は、にべもなく、それを
拒んだのだ。とても、かなわぬ恋だ、あきらめるほかあるまいと、そういわれたとき内侍は、世の中が真っ暗くなったように感じた。内侍のふかい
悶えは、そこから生じた。
崇めなついていた老法印の言葉ではあったけれど、こればかりは
諦めらるゝ事柄ではなかった。こばまれたのだから、無ろん、諦めたいとは思った。忘れようとは思った。だが、そう思えば思うほど、いよいよつのる恋であった。ついに内侍は
賢所のつとめがおろそかになるのを怖れて、宿下りを願ったのであった。
ところが、兄の
館に還ってみると、そこには恋う人、正行が、如意輪寺から宿を変えて、こゝしばらく滞在するというのだ。内侍の心は、嵐のように動いた。
そして、たちまち堪らなく悲しくなった。
恋い人は、この屋敷のなかに──と思うと、あさましくも心が、狂いそうに感じられてきた。
内侍は、
心地苦しいからといって、この対の屋の寝所の、
臥褥に入ったまゝ、食事もとらず、かしずく女房たちにも顔をあわせなかった。夜がきても、そして人は寝静まっても、内侍は、とても睡れなかった。
(こうして、気が──狂ってゆくのではなかろうか?)
しかし、
暁近くなって、どうやらすこしは心が静まってきた内侍だった。で、朝は、
臥褥を離れて、
朝餉の箸もとり、嫂と顔を合せて、語りあいもした。
嫂が、午後、ふたゝび姿を見せた。
きょうもまた、のどかな
日和だった。せまい庭ではあったが、泉水、築山、植込みなど、ひと通りは設けられていた。その庭に咲く桜を、ながめつゝ、嫂は、
「一目千本は、ついそこでございますもの、お気散じにいかゞでございます? こゝ両三日が見ごろの花ざかりを、御覧あそばしては?」
と、すゝめた。だが、
「心憂い折の花は、ひとしおこゝろを
滅入らせまする」
内侍は、さびしげに、ほんのわずか
微笑んだ。
「そんなら、いま
少時お待ちあそばせ、おっつけ、このさゝやな庭景色──なんの
風情もない眺めが、きっとお心を晴らすであろう眺めに変わりましょうぞえ」
「眺めの変わるとおっしゃるのは」
「申さぬが花──。さぞやお胸をときめかす花とだけ──。もし、内侍さま、今朝はやばやとわが
夫は、わらわの
実家の館へ、参られて、まだ帰られませぬ」
「四条館へ──あの、お一人で?」
「いえ、お二人で、仲むつまじげに──」
嫂が、そう答えたとき、この対屋から、あまり
隔たっていない
中門の扉があいた。
内侍は、兄俊業が庭に入って来た姿を目にいれた
刹那、
(お二人で──)
と、いう観念が、非常なはやさで、頭にきらめいたので、はっと感じたその
途端に、
「あれい!」
自分を忘れて、おもわず叫んだまゝ、全身をこわばらせた。
恋う人!
楠多聞兵衛正行が、中門をくゞって、庭にあらわれたのであった。
弁内侍受難
一
前日の夕がたは、花曇り、というよりも、やゝ雨模様にくもった空が、今日はまた
乳藍色もふかぶかと、うらゝかに晴れていた。
正午すこし前のことだった。
西の対屋へ、嫂が入ってきて、
「内侍さま。
梅枝と申す女房が、たずねて参りました。お目もじいたしたいと申しまする」
「わらわに?」
梅枝という名は、ごくありふれた侍女名であった。現に、中宮御殿にも、女御のお召使いにも──。で、
「御所からでございましょうか?」
「いえ、京の日野
館の梅枝、と申しまする」
「あら、京の!」
驚いたのも道理だ。その梅枝なら、伯父三位卿の邸で、内侍があどけない時から、物心をおぼえた十四歳まで、十年あまり、ねんごろに
侍いてくれた侍女だった。自分が、吉野の人となってからは、まったく消息をきかなかったが、だしぬけに、今おとずれて来ようとは!
「三位卿
北の
方の、お文をたずさえましたとやら」
「
世話をかけた
女でございまする。お通し下さいませ」
恋さえなかったら、どんなにか心が動いたであろう。
だが、命消えてもとまで、こがるゝその人に、昨日は、初めていろいろと、言葉を交わすことが出来た─。
(あゝなんという気高いお
顔だろう! なんとそのお姿のりゝしいことよ! しかも
情知る人の
眼差しであった。そして、この胸に、ひしひしとせまるようなお声いろ!)
もう幾晩も、つゞきかさなった睡り
不足に、あたまも、心も疲れきって、まどろむともなくまどろんだ夢は、恋うその人から許された夢であった。
けれども、許されたのは、夢であって、現実ではない。現実は、つれない
拒絶である。こばむ人をいつまで恋うて、大切なお勧めを怠るのか? あきらめなくてはならぬ。あきらめるには、心をよそへ
紛らさなければならない。
そう思いながら、内侍は、梅枝の入ってくるのを待った。
まもなく、俊業夫人の後ろについて、梅枝が現われた。──みまがうほどに内侍をあでやかにした十年の歳月は、梅枝を四十女らしく老けさせていた。
「──
子さま!」
と、呼びかけたなり、わっと泣き伏した梅枝を見ると、さすがに内侍も、
「まあ、めずらしいこと、梅枝!
伯父ぎみにも、北の方にも、お変わりはあらせられぬか?」
と、なつかしげに
尋ねた。
梅枝は、泪にぬれさせた顔をあげて、
「はしたない嬉し涙、お許しくださりませ。──うるわしい
御気色を、十年ぶりでお見上げいたしまする。京のお邸ではお二方様はじめ、皆様がおすこやかで、
子さまの──おゝわたくしとしたことが、
不調法な──もうもう絶えず内侍さまの、お噂ばかり。なにくれとなくお不自由がちな
深山のお住まい、さぞかし──と思いまいらせても、都と吉野、北と南のおん仲たがいでは、なかなかに、お
音信をいたそうにも、
便とてもございませぬゆえ──」
「それは、こなたとて、おなじ思いじゃ。お二方の御恩を、わすれはせぬけれど──」
「おなつかしさが、
弥ませば、わが子とも思うのに、逢うよしもない心
憂さよ、と
袂をおぬらしあそばす北の方さまでございまする」
「おゝ伯母ぎみには、わらわのことを、それほどまでにか!」
「ほんにうらめしい世の中じゃと、それはそれはお痛わしいお歎きでございまする」
詞藻に
御堪能な持明院朝の寵臣として、文芸の府の
長に任ずる
文章博士の邸に召しつかわるゝ女房だけあって、梅枝は、言いまわしが、ひどくうまかった。
「産みの親よりも、育ての親に、いつくしみの深いためしも、まゝございまする」
と、またも泪を、こぼしてみせた。
内侍も、つい引き入れられて、
「ほんに産みの恩より、育ての恩!
襁褓のおりに、
両親に死にわかれたわらわは、伯父ぎみと伯母ぎみの、御養育の御恩に、むくいる
術の今はないのが、心苦しい」
「内侍さま。これは──北の方のお文でございまする」
持って来た
文筥を、出して、
「そのお筆にもございましょうが、北の方さまには、このたび、住吉に御参詣を、よいしおに、
河内の
高安まで、お
輿をはこばれました」
「なに、高安まで?」
文筥をひらきながら、内侍がきゝかえした。
高安は、内侍の乳母の在所なのであった。それが、記憶にのこっていた。
「はい。
彼所には、あなたさまに、お乳まいらせました
安岡が、百姓の
賤が家ながらも、ゆたかに暮しておりまするので──」
「おゝ
彼女も、つゝがなくて──」
「はい。その安岡の家で内侍さまを、お待ちなされてござります」
「北の方が、わらわを?」
「はい、高安まで、おはこびを、ぜひぜひお願いいたせと申しつかりました」
梅枝は、こゝだと思ったから、
「まあそのお文を、御覧下さいませ。はかない世の中といゝ、ましてお互いに

ぎあう南と北にわかれて離るゝ身の上ゆえ、このたびでなくては──この
機をのがしては、もうもう逢い見るおりは来ぬやも知れぬと、そう申し上げよという、お言葉でございました」
内侍は、三位卿夫人の手紙を読んだ。
こまごまと、
思慕の情を述べて、
「乱れがましき世に
侍れば、こたびをおいて、いかでか相
見え参らせん」
と、あった。そして、その奥に、
『逢見んとおもふ心を先だてゝ、袖にしられぬ
道芝の露』
と、一首の歌が、書きそえられていた。
「
嫂うえ──」
内侍は、俊業夫人へ、
「いかゞ致したもので、ございましょう?」
と、いうと、
「高安とやらまで、お越しなされませ」
嫂は、そう答えたが、すぐつけたした。
「でも、わが
夫は、なんと申されまするか、わらわから
訊ねてみましょう」
北の対へ立ち去る嫂の後ろ姿を見おくって、内侍はむしろ正行のそばから離れる方がいゝと思った。
二
供は、
女房二人、
青侍三人。
梅枝のつれてきた迎えの人数は、青侍四人と
輿丁六名。
弁内侍は、もたらせの
塗輿に乗った。
輿わきに附添った梅枝が、
「音にきこえた吉野山、盛りの花に、ちょうど参りあわせたわたくしは、
果報ものでございました。あゝ美しいこと! 見晴らすかぎり、花また花でございまするのう! このあたりが、一目千本、とやら申すのでございましょうか?」
などと、しきりに口をきいた。
一目千本は、やゝ散りかけていた。
折りからわたる山風が、
花吹雪となって、路へ、人の肩へ、
簾をかゞげた輿の中へ、花びらをまいた。
「さきほどは、胸にゆとりがございませぬので、眺め残していそぎましたが、もうお使いを果たしたも同様な今は、心もかるく、
深山の春に酔いまする」
陽は、すこし西にまわって、乳をとかしたような青空が、かぐわしい
霞のようにたなびく桜が、そして
陽炎いたつ
草が──
春愁を感じさせるほどに
駘蕩とした山路を、輿がくだって行った。
くだるにつれて、路が白く、そして、ぼうっと
薄紅く、散った花弁でうずまっていた。
「高安までは、よほどの道のりであろうの」
と、内侍がたずねると、
「およそ十四五里がほどは、ございましょう。朝まだきに発ちましても、女の足がまじりましてはどうせ
中一泊り。──北の方さまは、さぞお待ちわびて、おわしましょう」
梅枝は、そう答えたが、やがて言葉をついで、
「でも、内侍さまは、またとないようなよい折に、おやどさがり! 思えばこれも、北の方が日ごろ御信心のあつい、
住吉神の、御利やくでもございましょうか」
「──そんなら途中で、どこぞに
宿るのであろうの?」
内侍はやゝ、不安げにいった。すると、宿はとらねばならぬけれど、せいぜい、路をいそいで、行けるところまで行くつもりだと、梅枝が答えた。輿でゆられるにつれて内侍は、そうはげしくはないけれども
眩暈をおぼえて、胸もとが、なんとなく気味わるくなった。梅枝はなお、
能弁に話しかけたが、内侍は口をつぐんでしまった。
まどった
揚句に、やっと心をきめて高安へ、行くことにした内侍であった。嫂がまずすゝめたし、兄の俊業も、でかけた方がよかろうと云ったのだ。
俊業は、妻から、内侍の病いの気は
気鬱のせいで、──じつは恋わずらいであること、そして恋いびとは誰れあろう楠正行であることを告げられた。これまで身分の尊い殿上人の
公達から、どんなに熱心に言い寄られても、ういた心を
微塵も動かさなかった内侍は、兄から見れば、むしろはがゆいくらいだった。十七八ならばともかくも、内侍はもう二十はとうに越していた。
妙齢はすでに過ぎていたともいえた。どんなに美しくても、女には
年頃というものがあるのに、こゝろ固いにもほどほどがあると──そう思うと、兄は気がもめてならなかったのであったが、──だから、恋い人が楠と聞いた
刹那、やれうれしや、それは実によかったと感じたのであったが、意外にも楠が、内侍の恋を拒絶したと知った時、
(あゝ、人の世はまゝにならぬ!)
と、おぼえずも
嘆声をもらさずにはいられなかった
俊業であった。
(ほんとうに、似合わしい
男女であるのに!)
今の
誼みからいっても、今の関係から考えても──まったく、これ以上にふさわしい
夫婦はなかろうに、さりとは楠も、かたくなゝ!
俊業は正行の心がうらめしかった。けれども、朝敵討伐に
余念のない、忠孝一図に凝りに凝った精神は、内侍の恋をさえ
容れる
余裕をもたぬのだと思うと、うらむよりは、雄々しくも、
健気にもそびえ立つ高さの前に、頭をさげなくてはならなかった。
不憫でも、妹を、断念させなければならない。思いきらすには、心をできるだけ
他事へ、そらしてやらなくてはならぬ。それには丁度いゝ伯母の使者だった。
そう考えた俊業は、ためらう内侍をうながすために、京の日野家と自分兄妹の関係について、いろいろと語り聞かせたのであった。
──そもそも日野家は、
宗家の日野南家も、分家の日野北家も、
持明院(北朝の統)
御譜代のおん
寵あつい
眤近であった。北畠親房卿の書いた「
職原抄」に、「今に至り日野南家、
儒は
納言に昇る。日野俊光卿、始めて大納言に任じ
畢んぬ」
と、ある。すなわち俊光は、大納言となって、伏見上皇の院
執権という
顕職に任じたのだ。そして分家の
種範も、三位、
文章博士にのぼった。それまでは、文章博士は
宗家の日野南家の任で、分家は代々、正四位下
大内記を出世のとまりにしていたのである。で、宗家の三人の子、
資名、
資朝、
資明、それから分家の二子、
行氏、
俊基、いずれもみな伏見院から愛された。ところがそうした
生粋の持明院
閥の家にうまれた俊基が、宗家の次男の資朝と共に、
後醍醐の帝の、歴史の御研究に公然と
参与しまいらせて、
大覚寺統の文学興張に
首となって働いたので、世間は奇異の眼をみはった。しかも、それどころか
秘かに、おん機密を託されて、
画策につとめた。
資朝はもっぱら、帝の
御帷幄に加わったし、俊基は
偽籠居してその間に、外をうけ持った。
修験者に身をやつして
水分の楠正成を訪ねたり、吉野、熊野の衆徒や
郷士を、説いて廻ったりしたのだ。その結果が、
正中の
変となって、建武維新のさきがけをしたから、二人の周囲は、あっとおどろかされた。資朝は、佐渡へ流されてのち斬られたし、俊基は、すぐ鎌倉へ護送されて、
扇谷の
仮粧坂で、
古来一
句 無
死無
生
万里雲尽 長江水清
と、辞世の
頌をのこして首を
刎ねられた。青侍の後藤助光は死骸を
茶毘に附し、むなしい遺骨を抱いて、京に帰ったので、北の方は悲しみに堪えかねて、
稚い二歳の俊業と、生れたばかりの
子(弁内侍)を、ふり捨てた。亡き夫の四十九日に、濃い墨染の
法体と
態を変えたのだ。そして嵯峨野の奥の、
柴戸のなかで、
菩提をとむらった。が、間もなく夫のあと追って、この世を去ってしまった。
旧記に、
「俊基は、
累葉の
儒業を継ぎて才学
優長なりしかば、
顕職に召仕われて、官、
蘭台に至り、職、
職事を
司どれり」
と、ある。
蘭台は、
蔵人頭だし、職事は
右少弁だ。たしかに重要な地位だった。また資朝も、中納言としてときめいていたのだ。この二人が悲惨な最後をとげたから、日野一門はふるえあがった。
戦々兢々として、北朝に従順を誓った。俊基と資朝は、当時の
公家には出色、
稀有な人物だった。だが、日野家の一族からいわせると
異端者であった。その後、俊業は、亡父俊基のこゝろざしを自分の心として、
敢然と吉野へ走って南朝につかえたが、伯父の行氏が北朝の文章博士でいることに対しては従来の関係からいって、特にいきどおりを感じるといったようなことはなかった。むろん、平安朝
型の伯父の典雅さを、意気地なしと小馬鹿にしてはいたものゝ、格別、憎しみの感情はもたず、自分兄妹が養育された
恩誼は、ありがたく思っていた。
で、俊業は、内侍に、
「高安へ参らぬとあっては、
情誼にそむく、人でなしとも、そしられよう」
と、いった。
正行は朝から外出していた。たぶん北畠
館へ行ったのだろう、と嫂が、内侍に告げた。なにか──虫の知らせか、妙に後ろ髪をひかれるように感じた内侍だったが、やっと決心して迎えの
輿に乗ったのであった。
梅枝が、
「内侍さま──」
と、呼んだ。
受け
応えがなかった。内侍は、美しい
額を、悲しそうにひそめながら、
睫毛を白い
下瞼にくつけていた。
背後の、山の上に残してきた人の引力に、なやむのだった。そして
躰の疲労も、にわかにはげしく感じられた。
輿は、桜の山を、麓までおりつくした。
そこは、吉野川の
峡谷で、路は、谷の崖ぶちに沿い、崖は、絶壁となって、
六田の
奔瀬に裾をあらわれていた。
淙々と流れる川瀬の音を聞いても、やゝしばらく眼をひらかなかった内侍が、
「陽のあるうちに、
河内の国境を、越せるであろうか、のう梅枝。──
水分の、楠館──の
傍を、この輿は、通るであろうの?」
そう、いゝながら見ひらいた目で、眺めるともなく
川面を見て、
(おや?)
と、思った。
三
吉野川が、逆に流れている。
(おかしい!)
いや、路が、川の流れと、
逆行している。
(でも、やはり
奇異じゃ!)
内侍は、輿が川上の方へ進んでゆくのを、心でたしかめてから、
「あれ、路が、ちがいはせぬか?」
といった。
「いえいえちがいませぬ。一里ほど上りますれば、
上市でございまする」
梅枝が、そう
返辞すると、内侍はいぶかしげに、
「あれ、上市へ? ──河内へまいるには、吉野川の
縁を
下市まで下って、それから山路へかゝると、わらわは聞いておったに、げせぬことをお云いじゃのう」
と、たゞしたが、梅枝はほゝえんだ。
「内侍さまは、地理をおわきまえなさいませぬ。南河内の水分へなら、さよう参るが
順路でございましょうが、高安は、おなじ河内と申しましても、大和川をこえて北。中河内でございますゆえ、この谷をくだって下市へまいっては、かえって遠まわりに相成りましょう。やはり上市から、
竜在峠をこえまして、三輪、大安寺とまいる方が、近くもあれば、路もよろしゅうございまする」
内侍に、道のりの遠いか近いかの判断がつくわけもなかった。
梅枝は、京の西、
嵐山のふもとに、天竜寺が
建立されたこと、その天竜寺は、後醍醐の
帝の御冥福をいのるために、
尊氏将軍が、あらゆる
費えをおしまずに建てた一大
伽藍であること、そこで行われた「天竜寺供養」が、どんなに盛大だったか、その折の
結縁に、
行幸あそばした上皇のおん行列が、どんなに立派だったか、ということなどを口きらずに内侍の耳へ入れた。
「かしこくも、上皇には、
御簾を、おかゝげあそばしましてな、路々につどう老若貴賤の見物どもを、みそなわしたのでございます。ありがたく、わたくしも拝みました。
黄練貫のおん
衣に、おん
直衣は
雲立涌の織物でございました。お
指貫は、たしか薄色でございました。お供は
西園寺大納言
公重の卿はじめ、宰相中将
忠季卿──
頭左中弁宗光朝臣──御本家の
資明中納言さまも、わが館さま行氏卿も、きらびやかな御装束でございました」
梅枝の言葉は、のべつに続いた。
輿が半里ばかり進んだ頃、──
上市の
邑はずれには、
髭が頬一面、眼の下まで、真っ黒ぐろと、すさまじく生えはびこった、筋骨のたくましい武士が、強そうな馬にまたがって、ぎらぎら
眸をひからせていた。
それは、
熊毛髭の
将監──
高師直の家臣にその人ありと知られた豪勇の士、
矢板将監であった。
脇楯、
籠手、
臑当にがちり身をかためた
小具足いでたちで、おそろしく長い刀をおびていた。そばには、おなじような装束の騎馬武者が数騎と、三十人あまりの郎従が、立ちはだかっていた。
そこは、吉野川の北岸で、路が
追分になっていて、一方は
六田へ、岸に沿うてくだる街道、一方は、あぶなげな釣り橋で川を越えて、細い
渓川づたいに、吉野の
邑の後ろ手へ、のぼってゆける近道だった。しかし、この近道の方は、輿の通れるような路ではなかった。
「あゝくたびれた!」
郎従の一人が、路ばたの草原に尻をついて、腰をさすると、二人、三人と、ばたばたとまねて、たちまち十人ほどが、可憐な
山慈姑の花を、尻の下にしきつぶした。
「むゝう眠い! おれは睡っとうて、たまらん」
「まさか、くたびれ儲けになりあしまいな」
「なってたまるか、
昨夜はねずの峠越しだ」
「
慾得なしに、寝転びたいの」
「ぐっすりと
一睡せんことには、どうもならん」
「弱音をはくな。いゝ女のそばになら、二晩三晩は、まんじりともせず喰い下っておるくせに!」
「馬鹿を申せ、そなたとは違うぞ」
「
心許ないて、ちと」
「こう、ひまどってはの」
「心配御無用、出来ばえは
保証するわい!」
「ふん、お前の知ったことか?」
「ふくれるなよ。うんとこさ
御褒美が、待っているわさ」
「
気どられたのでは、ないか知ら?」
「猫の子を、
盗ってくるのとは、事がちがう。訳が
異る」
「
鄙びたれども、雲居に近い、
九重のおく深い場所からおびき出すのだ。そう、おいそれと参るものか」
「そうともそうとも。
気どられるはずが、ないではないか?」
「いや、ないとはいわれん」
「いや、ない!」
「いや、なくはない!」
「こう、そりゃなくはないの。今の甚五が
口真似ではないけれど、雲井に近い
上
をおびき出すのに、
輿をかついで行ったのは──大きな声では云えないが、ちいっと念が入りすぎて、過ぎたるはなお及ばざるのではないかのう?」
「
須野左。みょうなことをいう。相手が貴い
上
だからこそ、輿も
舁いて迎えに行ったのじゃ」
「だからこそ、
尻尾をつかまれはせぬかと、かく申す須野
左門、案じている」
「な、なぜさ?」
「相手が、輿のない
女かよ?」
一人が「なるほど」と、感心して、
「はゝゝ梅枝それで
腰くだけか!」
と、笑うと、一人が、
「なあにあの腰は、二枚腰じゃ」
と、首をゆすぶった。
「ほい、いつ
検めた?」
「誰れが、たゞで聞かすか。だが
塗輿の件は、八幡大丈夫、と思う」
「大丈夫、
気どられる
気遣いはないと、この甚五も思うの。さきが
天眼通ではあるまいし、まあ考えても見るがいゝ、京の
街が、寝静まってから、今出川のお邸を出て、奈良、
櫟本、
柳本、三輪と──大和路へ入ってからは、伊賀は
名張の佐々木殿館へまいる一行という触れ込みゆえ、たれも、われわれを吉野へ行く者とは考えまいさ。な。三輪の宿で、きのう一日
逗留して、楠の主従が
河内へ、のこらず帰ったということを、ごく内密にたしかめてさ。の、それから
昨夜、急に夜中
発ちだ。
初瀬へ曲ったものと思わせて、まっすぐに、
多武峯をこして
竜在峠、
松明たよりの山路の暗闇を、
寝不足の眼を皿にして、足は
擂粉木──らくではなかったよ、なあ! 峠をおりて、朝からずっと、この
追分で立ちん棒、棒のように相成った
脚腰を、ふんばって、
上市の
邑から吉野の方へは、人っ子は論ないこと、犬一疋、鹿一疋もまだおろか、蛇一本、
蜥蜴一本、通さなんだ。
塩焼飯で、腹をもたせて、見張っている目は、だいぶかすむが、
熊髭どのに頑張られては、
瞼を相談させるわけにもゆかぬので、のう──われわれを
怪しいと注進に、走って行った人間の、ないことだけは、たしかにわかる。と、すればだ、どうじゃ?」
「いかにも!」
と、皆が、うなずいた。
「お互に、
恩賞にあぶれるおそれは、およそないのう」
そう、甚五がいったとき、
騎馬の士の一人が、
「
起てっ!」
と、どなった。
街道に、輿が見えたのである。
「やあ、来た来た!」
「ござった!」
「おいでなすった!」
山慈姑の花咲く草原から、郎従らは、尻をあげて、
往還へかけ戻った。
「とうとう
罠に、しめこの
内侍じゃ!」
「てへ、かたじけないぞ!」
「おやおや? あたじけない
供だな、たった二三人らしいぞ」
「ちえ、張合いがないのう!」
「ぷ。おれたちの、働き場所がふっとんだわい」
「ふっとばした梅枝婆アめ、おぼえていろ!」
「婆アはなかろう、
脂ぎっている」
「二枚腰どころか、十二枚腰じゃ」
「腰か、腕かは知らんが、すごいての」
「そりゃ

じゃよ、口じゃよ」
「あの口で、
手柄を総なめ、総なめ!」
「ちえちえ、いまいましいなあ!」
「これさ、さもしい
根性、出すまい出すまい!」
輿の脇で、梅枝が、手をふった。
熊毛髭の
将監が、
「御苦労っ!」
と、馬上で大声をはなった。
追及
一
正行は今朝、北畠
館をおとずれた。
それは、
親房卿の心をうごかして、
朝議の再開をねがうつもりだった。
こゝ両三年は現状維持、なお
形勢をみてから──という、先日の決議が、なんとしても不服だったのである。正行は、一日も早く、戦いたかった。決して軽々しくはやって、
無謀に功をいそぐのではない。
間諜は京都からしきりに、高師直と、上杉
重能との不和、
軋擽をしらせて来る。執事武蔵守
師直、越後守
師泰、播磨守
師冬、刑部大輔
師秋、伊豫守
重成などの高一族と──伊豆守
重能、弾正
少弼朝定、左馬助
朝房たちの上杉一門との争いは、足利幕府の勢力が、まっ二つに分裂することを意味するのだ。だから
時機は、すでに熟している。そう正行は考えたのであった。
(北畠の
准后は、先帝以来の
補弼の
棟梁でおわす。その親房卿が、戦機、熟せり、戦わなければならぬ、と一言、みかどの御前において仰せあって下さりさえすれば──鶴の一声。
群卿は、さながら
群鶏のごとく──おれは、すぐにも開戦が、できるのだが──)
きのう、
俊業と一緒に、四条大納言の館をたずねたのは、大納言
隆資卿をまず説いて、隆資卿から北畠准后の心を、開戦論の方へかたむくように語らってもらうためだった。俊業も、正行のために、口をそえて、
岳父の大納言へ極力、申しのべた。
だが、大納言は、正行と俊業の言葉を、とりあげなかった。
「よしや、
麿が、いかに申そうと、准后の御心、なんとして動こう。北畠の卿は、東西に
征戦をお重ねになって、多年、兵馬の間に
起臥あそばされたお方じゃ。帝業
補佐の尊きおん身でありながら、同時にまた、三軍に将たるべき
器ゆえ、おん
躬ずから戦機をみるの明をそなえておられる。なんで他入の言によって、御自身の御判断を、右左されようぞ」
そういわれては、正行は直接に、親房卿にぶつかってみる外なかった。
で、今日、北畠館に
伺候したのであったが、親房卿は、昨夜らい、風邪の気味で、なお
臥所にあったので、
謁することが出来なかった。
館の門をでると、正行は
少時たゝずんでいたが、南へ歩きだした。
供の郎従、
橘内が、
「いずれへ?」
と、伺うと、
「
御陵へ」
と、答えた。
しばらく歩いて、左へわかれる
木下路を、はいってゆくと、そこには、先帝、後醍醐院の
御陵があった。
おそれおゝくも
仮の宮居、おんわびしき
行在と定められた
吉野寺、吉水院如意輪寺の客殿の、裏手の
築地ぎわから高まる丘陵の一端に、
常盤の緑と、年ごとにめぐむ
葉の、濃淡に、いとも
蓊鬱と、おゝわれつゝ、かんさびてある御陵の御まえに、正行は、ひれふして、黙祷に時をうつした。
そして、頭を、もたげてからも、容易に目をひらかなかった。
「──身は南山にうずむと
雖も、
神はつねに
北闕を望む」
正行の
脣から、低くもれるのは、おん
傷わしき、先帝の御辞世のみぎりの、
御詠の句であった。
瞼の間から、
滂沱として、涙がわいた。涙は、青白い頬を、つたい流れた。
やがて御陵前を辞した正行は、木下路を戻ったが、
邑の方へはかえらずに、足を
山路へむけた。
橘内が、また、
「いずれへ、お越しなされます?」
と、云った。
「奥の
社へ」
と、正行は答えた。
二
十町ほど、登ると、山路は奥の千本の、さくら林のなかに入った。
橘内が、うしろから、
「下の千本は、もう昨日あたりから散りはじめましたし、
鎮守のお社、
蔵王権現うらの、中の千本も、どうやら色があせかけたようでござりますが、
奥は、ちょうど七八分──山の深いせいでもござりましょうが、花は満開よりも、半開からこのくらいが、眺めどころでござりましょうな」
そういったが、正行はだまったまゝ登って行った。
ほんのりと
紅をとかした白雲のなかを、わけのぼるようで、花は申分なくめでられたけれど、
主の殿のうしろ姿が、なぜかしらひどく淋しげに見えるのが、橘内には気にかゝった。
桜花の中を、五六町のぼると、
金峰神社の社頭だ。そこは、吉野連峯ちゅうでは、最も高い場所だった。
正行は、神前にぬかずいてから、眺望のきく地点へ行って、腰をおろした。
社の附近には、
青侍をつれた公家が二三人、吉水院の衆徒や
里人の間にまじって歩いていたが、このあたりは、ちょうど人影が絶えていた。
吉野川の大きな峡谷が、正行の目の下の、如意輪寺の森や、
蔵王堂のいらかなどの彼方に
蜿々と横たわっていた。
正行は、その峡谷をへだてた西の空に、自分の領土の
標識をなす金剛山の、峯をながめた。
金剛山は、
葛城、
信貴、
生駒とつらなる金剛山脈と、
紀伊見峠、
槇尾山、
牛滝、
根来の峯をつなぐ紀伊山脈とを、左右の両翼に従えて、こゝ吉野